ランス2 ジェネラル

 『黒山羊協会』のアジトには、昨日とは比較にならない数の人間がいた。

 数にして五十人以上はいるだろうか、全員緊張した面持ちでその場に立っている。

 置かれていたソファーは片付けられ、ただの集会場へと姿を変えていた。


「他の場所でも待機している。全体の人数は百を超えるだろう」

「これが現在の『黒山羊協会』の戦力というわけか」

「ああ。でかい組織とは比べ物にならないが、戦後にできた新興の組織としてはなかなかのものだろう?」


 レヴィは謙遜するが、そこに『黒山羊協会』の豊富な武装が加われば、社会にとって十分な脅威になることは明らかだった。


「これだけの人間を集めて、戦争でもするつもりだったのか?」

「まさか! ただ、将来的に組織を拡大して商売の幅を広げようと思っていただけだ」

「そのための私兵を今回は黒山羊討伐に費やそうというわけか」

「まあ、そういうわけだ」

 にやりと笑うレヴィをランスは無視した。


 昨夜の反省を活かし、『黒山羊協会』はより多くの戦力を投入して黒山羊に対処することに決めたようだった。

 実際に立ち向かったランスからすれば、銃火器の数が増えたところであの怪物を相手にできるとは思えなかったが、レヴィは違うと考えているのだろうか。


「だが、昨晩の戦闘で死者が出たことも知られているのだろう? そんな状態で彼らは作戦についてくるのか?」

「たしかにな」レヴィは薄く笑う「だからこそ、これからジェネラルによる演説がある」

「ジェネラル……」


 『黒山羊協会』のトップにして、その正体が謎に包まれた存在。

 そのような人物が、この状況で何を語るのだろうか。


『ザ……ザザッ……ザ……』

 思案するランスの耳に、耳障りな雑音が入ってきた。

 音の発生源は、天井に備え付けられた古びたスピーカーからだった。


「はじまるぞ!」

 傍らに立つレヴィに促され、ランスは固唾を飲んで待った。


『あ、あ……音声は届いているな』

 機械的な声音が、スピーカーから聞こえてくる。


(ボイスチェンジャーか?)

 どうやら、ジェネラルの正体は組織の構成員に対しても秘匿されているらしい。


『まずは諸君、集まってもらい嬉しく思う。一度にこれだけの人数を集めたのは他でもない。アレッシオ・モンテロの裏切りと奴の呼び出した悪魔の起こした騒動については、聞き及んでいると思う。モンテロについては、すでに死の制裁を受けているが、悪魔は依然として地下空間を根城に殺戮を繰り返している。今回はその悪魔の討伐が諸君らの任務となる。


 ――が、諸君らのなかには彼の悪魔を恐れる者もいるだろう。あるいは、なぜモンテロの尻拭いをしなければならないのだと不満を持っている者も多いかと思う。

 その意見はもっともだ。しかし、それをもってしても我々『黒山羊協会』が彼の悪魔を討伐しなければならない理由がある。


 その理由とは、我々が兵器を売買する組織であるから、だ。


 ――諸君、兵器とはなんだ? 敵を殺すためのものか? 自らの身を守るためのものか? 他者を脅すためのものか?』


 聴衆に思案させるためか、ジェネラルはわずかに間を取った。


『その全てが正解であり不正解だ。兵器とは”力”を象徴するものなのだ。それは他人に対してであり、また自分自身に対してでもある。優れた軍人であっても銃を突きつけられれば子供のように震え上がる。逆に、臆病な人間でも、銃を握りさえすれば勇敢な戦士にも残虐な殺人鬼にもなりうるのだ。


 我々が取り扱っているのは力そのもの――力を支配していると言ってもいい。力の支配により我々は利益を上げ、ここまで組織を拡大してきた。


 今回、我々は悪魔という”力”を制御できないという事態に陥っている。これは由々しき問題であると同時に、大きなチャンスでもある、と私は捉えている。


 支配できない力の存在は、組織の対外的な信頼を失墜させ、諸君らの内に潜む恐怖を呼び起こすだろう。だが、逆にこの窮地を乗り切ることこそが、我々にとっての重大な試練となるのではないだろうか。人外の怪物――悪魔さえも倒すことができるのなら、よもや我々に何を恐れるものがあるだろうか。


 これは『黒山羊協会』という組織だけなく、諸君ら一人ひとりへの試練でもある。恐怖を克服し、強大な力に打ち勝つことこそ、諸君らを優れた支配者へと成長させるはずだ。


 組織はこれからも大きくなっていく。いずれは他の組織を従え、社会に対して強い影響力を持つようになるだろう。今回の事件は、我々の力を外部に示すという意味で、その足がかりとなるに違いない。作戦に参加する諸君らにおいては、一人ひとりが将来的に重要な地位につくであろう精鋭たちばかりだ。是非とも、勇敢さをもってその力を示して欲しい』


 ジェネラルの演説を聴き、『黒山羊協会』の構成員たちの顔つきが一変した。先ほどまで緊張で強張っていた表情が、今は自信とやる気に満ち溢れたものへと変わっている。


(これがジェネラルの影響力というわけか)


『作戦の決行は明日の二十二時。悪魔の出現地点については偵察部隊が捕捉する。諸君らは万全の状態で作戦に臨めるよう準備を頼む』


 スピーカーからの通信はそれで終了した。


(決行は明日か……)

 ルナのことを考えるのであれば、一日待つのは望ましくない。

 だが、『黒山羊協会』とて準備が必要なのだろう。むしろ、しっかりと時間を取るということはそれだけ本気であるということでもある。

 ランスとて準備不足で昨晩の二の舞を演じるわけにもいかない。 


「アンタは次の作戦にも参加するんだろうな」

 横からレヴィが声を掛けてきた。

「当然だ」

「そうか。次の作戦は昨晩よりも激しくなる。飛び交う銃弾の数も、前回とは比べ物にならないだろう。ということは、アンタが女を助け出すのも難しくなるはずだ。『黒山羊協会』は悪魔の討伐を最優先する……恨むなよ?」

「勝手にしろ。僕も勝手にやらせてもらう」

「ふん。まあ、アンタがうまくやることを祈っているよ」

 レヴィはランスの元を離れると、部下たちに指示を出し始めた。


(うまくやることを祈る、か)

 苦々しい表情をしながら、ランスはひっそりとアジトを後にした。

 外はすでに薄暗く、夜が迫りつつある。


 ランスは一人、あてのない道を歩きはじめた。



 

 ウィルフレッド主教は執務室で仕事に没頭していた。


 ランスとの面談で多少の時間は取られたものの、その後は特に大きな問題もなく予定は進んでいる。


(ラヴァテイン支部長……彼は惜しい人材だった。だが、代わりがいないわけではない)

 実のところ、主教はランスのことを高く評価していた。

 年齢の割りに信仰心が厚く、実務能力も高い。性格は真面目で実直であり、周囲からの人望もある。一見して非の打ち所がない、というのがランス・ラヴァテインという人間に対しての評価だった。


(まあ、今回はその実直さが仇になったともいえるが)

 ランスとルナが恋愛関係になっているとは主教も考えていなかった。実際の気持ちがどうあれ、ランスは立場上、ルナと結ばれることを良しとしないはずだ。

 ゆえに、最終的にはルナを諦めると踏んでいたのだが、結果、ランスは己の正義を貫き、教団を去った。


(あまり我欲や打算がない人間というのも考えものだ)

 本来であれば宗教家というのはそのような人物が理想なのだろうが、実際に組織を動かすとなれば話が違う。過剰に利他的であることは身を滅ぼすのだ。


 カンカン、と執務室のドアをノックする音が響いた。


「入りたまえ」

 ドアが開くと、シスターの一人がなかへと入ってきた。

「こちらが教主様から」

 シスターが持っていたのは、教主からの手紙だった。

 筆跡と封蝋から見るに、本人が書いたものに間違いない。

「わかった。下がってくれたまえ」

「はい」

 緊張した面持ちのまま、シスターは部屋を去った。


(さて、いったい何の用件やら)

 教主から手紙で連絡が来るのはよくあることだった。緊急時であっても、電話が掛かってくることはほとんどない。そもそも教主が携帯電話を持ち歩いているのかさえわからなかった。

 丁寧に封筒を開き、手紙に目を通す。


「なっ……!」

 主教は言葉を失った。

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