第2話:刺客

 怪しげな薬品や機械類が所狭しと並ぶ室内の一角に、その女、大保方春子おおやすかた はるこはいた。パンツスーツの上にショッキングピンクのエプロンという明らかに場違いな服装は、彼女が世間を賑わせていたあの時から全く変わっていない。


「久しぶりね、勝武くん。確か春波賞の時以来かしら?」

「いえ、浦野さんの結婚式が最後ですね」

「あら、そうだったかしら。まぁ、どっちでも良いわ」


そんなことより、と勝武の対面に座る大保方は彼の手にしているバッグを凝視した。すでに表舞台から姿を消した身ではあるが、それでも彼女は研究者にとって最も重要な資質、つまり好奇心は失っていないようだった。


「その中に例のものが?」

「えぇ、大保方さんなら何かわかるんじゃないかと思いまして」


 そう言って勝武はバッグからサニタリードライバーを取り出し、大保方の前に置く。普通の女性であれば、一見ただの生理用品でしかないこの道具を目にした時点できっと怪訝な顔をするだろう。もしかすると、怒って勝武を罵倒したり、部屋から出ていくかもしれない。勝武自身、そうなることを覚悟して彼女に調査の依頼をしにやって来ていた。しかし、大保方の反応は彼の予想に反するものであった。


「この手触り……ちょっと機械にかけても良いかしら?」

「ちょっ、えっ、どうして」

「どうしてって、素手で触っただけで"コレ"の正体がわかる訳ないじゃない」

「いや、そうじゃなくて……」


 勝武の言葉を無視して、大保方はサニタリードライバーを二人が座っているテーブルの付近に置かれた機械の方に持っていく。一般的な家庭におかれている冷蔵庫くらいの大きさをしたその機械の正面には中が見えるように透明な素材で作られた扉がついており、その真上にはモニターが嵌め込まれている。この画面が解析したデータを確認するためのものであろうことは、このような機材に詳しくない勝武にも一瞬で察する事ができた。


「それじゃあ、投入するわね」


 大保方は扉の中にサニタリードライバーを入れ、機械のスイッチを入れた。すると機械の内部から微かにモーター音が鳴り始め、モニターには『解析中』の文字が表示された。


「解析が終わるまで少し時間がかかるんだけど、どうする?忙しいなら後日結果を教えるけど」

「いえ、待ちます。折角なので」

「そう。じゃあコーヒーでも淹れてくるわね」


 奥の部屋へ向かう大保方の後ろ姿を眺めながら、勝武は彼女の過去について思いを巡らせていた。

 勝武と大保方かつて同じ早稲山大学に通っていて当時から互いに面識があるのだが、勝武は当時の彼女を自分に負けず劣らず真面目で優秀な学生であったと記憶している。実際のところ卒業後の彼女は国立大研究所に勤め、数年後にはその研究員らしからぬ服装と新規性の高い研究の内容から多くのメディアに取り上げられて一躍時の人となっていた。あのまま地道に研究を続けていれば彼女はきっとその道の第一人者として大きな成功を収めていただろう。そうであったにも関わらずなぜ不正を働いたのだろうか?当時の会見では『早急に結果を出さなければならないプレッシャーがあった』と語っていものの、勝武にとってはいまいち納得がいかなかった。


「……しかし遅いなぁ」


 大保方が部屋を出てからもうそれなりに時間が経つが、一向に戻ってくる気配がない。彼女の様子が気がかりになった勝武は奥の部屋へと向かった。


「む、むぐぅ」

「おい、静かにしろ……ちっ、バレたか」


 四肢を拘束され口には猿轡をはめられた大保方と拳銃を持った防弾チョッキの男。隣の部屋に足を踏み入れた勝武が目にしたのは、そんな衝撃的な光景だった。


「彼女から手を放せ!!」


 思わず大声で叫ぶ勝武。しかし男は全く動じることなく鋭い目付きで彼をじっと見据えた。


「悪いがこっちも仕事なん「いいから離れろ!!このレイプ魔め!!」」

「……えっ?」


 突然現れたホスト風の男が放った予想外すぎる言葉に驚いたのか、防弾チョッキの男が思わず素っ頓狂な声を上げる。それもそうだろう、彼に与えられた仕事はあくまでも『研究者、大保方春子の誘拐』であり、男には彼女に危害を加えるつもりなど全くなかった。それに、彼の日本国内においては余りにも物騒な装備を見て、ヤクザや殺し屋ならばともかく即座にレイプ魔であると判断する人間が果たしているだろうか?いや、いない(反語)


「ちょっと待て、俺はそんなんじゃ「お前!自分が何をしているのかわかってるのか!!レイプは魂の殺人なんだぞ!!魂の!!殺人!!」」

「いや、だから俺は「黙れ犯罪者!!」」

「…………」


 男がいくら身の潔白を主張しても、勝武の耳には全く届かない。もっとも誘拐自体はしていた訳で、潔白というのもおかしな話ではあるが。ともかく、ミソジニストから女性を守る正義の男性フェミニストである彼にとってはレイプ魔の言い訳など聞くに値しないものなのであった。たとえ男がレイプ魔であるというその認識自体が単なる勘違いだとしても。


「ええい、クソ!埒が明かねぇ!おい、てめぇ自分の立場がわかってんのか!?こっちは拳銃が「私には""これ""があるんだ!!」」


 突然自分をレイプ魔扱いし始めた勝武に最初は気圧されていた男であったが、ついに落ち着きを取り戻し場の支配を試みる。しかし、今の勝武にとってピストルの一丁や二丁など恐れるに足りなかった。

 怒号と共に勝武が懐から取り出したのは、勿論サニタリードライバーであった。大保方の元へと向かう際、彼は念のため機械に入れていたドライバーを回収していたのである。彼の手にあるそれの正体を知らない防弾チョッキの男がつい先ほど取り戻したはずの平常心を再び失ったのはもはや言うまでもない。


「なっ!お前それは!!人をあたかも変態野郎みたいに言っといてお前よりによってそれは「変身!!!!」」


『チェェェェンジッ!!サニタリィィィィ!!』


 やはり男の言葉を遮り、勝武が変身の掛け声を発した。すると、O町温泉郷の時と同じように彼の全身が眩い光に包まれた。


「くそ!何しやがったこの野郎!!」


 目の前で起きている現象が明らかに常軌を逸したものであると察した男が構えていた銃を発砲するが、時既に遅し。解き放たれた銃弾は勝部のいた地点を正確に攻撃したが、光の中から現れた白金の騎士の身体に傷ひとつ与えることさえ叶わなかった。


「女尊戦士!ウーマンマン!見参!!」

「あああぁぁぁ!!畜生!畜生!!なんなんだよてめ「一気に行くぞ!!必殺!!」」


『ウーーーッ!!ゲンキマンマン!!』

「Xジェンダーーーー!!!!」


 勝武、もといウーマンマンの双腕から放たれた虹色の光線は、男を防弾チョッキごと至近距離から吹き飛ばした。


「ぐわああぁぁぁ「成敗!!!!」」


 最期の断末魔すら遮られた哀れな男は、おびただしい量の鮮血を散らしながら爆散した。


「……よし。大保方さん、怪我はない?」

「え、えぇ……しかし驚いたわ、こんな事が本当にあるなんて」


 元の姿に戻った勝武に四肢を縛る縄を解かれてようやく自由になった大保方は、そう言いながら勝武をまじまじと見つめている。

 潤んだ瞳から注がれる彼女の視線は不可思議な現象を観察する研究者のものであると同時に、強い雄に惹かれる一人の女のものでもあった。

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