ウーマンマン

アリクイ

第1話:変身

「それでね、その時私は言ってやったんだ、『じゃあお前みたいなミソジニー野郎の遺伝子に価値はあるのか?』ってね」

「さすが~!」

「すごーい!」


 自慢気に武勇伝を語る細身の男性と、彼に黄色い声を浴びせる女達。五人の男女を乗せた真っ赤な乗用車は、山中を颯爽と走っていた。

 N県北部に位置する温泉地、O町温泉郷。落ち着いた雰囲気の宿泊施設が立ち並ぶその温泉街は、辺りを囲う雄大な自然の美しさを味わいながら入浴を楽しめることから日頃の喧騒を忘れてゆったりとした時を過ごすために訪れる客が後を絶たない。たったいま温泉郷を訪れようと車を走らせているこのグループも、そうした来訪者のうちのひとつであった。


「いやー、彼はきっと私を知らなかったんだろうね。もし知っていたらあんな絡み方は出来なかっただろうし。」


 助手席と後部座席に座る女達に持て囃され、満更でもなさそうに男は笑みを浮かべる。

 彼の名は勝武元気しょうぶ もとき。普段はジェンダー評論家として、社会に潜む女性差別に関する問題提起や情報の発信などを中心とした活動を行っている。ホモソーシャルの呪縛に苦しむ女性に寄り添う姿勢とアウトドアを好む活発な性格から、彼のファンの中にはフェミニストとしてではなく一人の男性としての彼に惹かれているという者も少なくない。今日の温泉旅行に同行している加藤由美子、中村ゆかり、高橋葵、そして田中萌の四人もその一部である。


「おっ、もうすぐ到着だね」

「へぇ~、知らなかった~!」


 車の目前には『O町温泉郷まであと五キロ』と書かれた看板が設置されていた。温泉街へと続く道のりには、ぐにゃぐにゃと入り組んだ山道で観光客が迷わないように同じような看板が一定間隔で設置されていた。それらを頼りに勝武は残りの道程も走り抜けていく。五人が違和感に気付いたのは、それからしばらく経った後のことだった。


「あれ、もう着いても良い頃なんだけどな……」

「そうなんだ~」


 先程の看板を通過してからもうそれなりの時間が経過しているにも関わらず、温泉街の入口が一向に見えてこない。それどころか、周囲の深緑は徐々に深くなっていくばかりだった。確かに看板通りに進んでいたはずなのだが……勝武が困惑していると、少し先の方に複数の人影が見えた。


「うーん、あの人たちに道を尋ねてみようか」


 車のスピードを落としてゆっくり近付いてみると、集団の正体は中年男性のグループであった。彼らはみな胸元の大きく空いたシャツやサングラスといったアイテムを身に付けている。いわゆる「チョイ悪オヤジ」と呼ばれるファッションだ。


「あのー、すみません」

「なんだい?」


 勝武は車に乗ったまま、窓から身を乗り出して一番近くにいた男性に声をかける。ストライプのシャツを身に付けた白髪混じりの男性は急に声をかけられたからか一瞬だけ迷惑そうな顔をしたものの、五人が道に迷っている事を知ると、仲間たちと共に道を教えてくれた。


「いやー、しかし災難だったなぁ」

「えぇ、本当に……おかげ様で助かりました。それじゃあ――」

「おっと、ちょっと待った!」


 道を引き返して再び温泉郷に向かおうとする車を男性が引き止める。勝武が振り返ると、男は軽く手を挙げながら運転席の窓に寄ってきた。


「あの、なんでしょうか?」

「こうして会ったのも何かの縁だ、良かったらこの先の店で蕎麦でも食べて行かないか?俺の知り合いがやってるんだ。どうだい?お嬢さんたちも一緒に」


 そう語る男の表情に、勝武はえもいわれぬ不快感を覚える。なんだかいやらしい目でこちらを見ているような、ねちっこさを感じるニヤニヤ笑い。これまでのフェミニスト人生で何度も見てきた顔だ。


「彼女たちへのナンパならやめて貰えますか」


 険しい目付きで睨みつつ毅然とした態度で言い放つが、男は全く動じないどころか勝武の言葉を聞くと思い切り吹き出した。


「ははは、勘弁してくれよ。そんなつもりは全く無いって。第一、俺達みんな嫁も子供もいるんだぜ?」


 なぁ、男は周りの仲間達をぐるりと見回す。それを受けて「あぁ、そうだ」「こいつなんかもうじきお爺ちゃんになるもんな」などと口々に述べる中年達は、みな同じように笑みを浮かべている。


「いい加減にしてください」

 

 自らの行いを認めようとしないその態度に苛立ちを覚えた勝武は車から降りて男に詰め寄る。


「ちょっ、おい、何する気だ!?」


 男の表情が困惑したようなものに変わる。それを見て、勝武の怒りはより大きく膨れ上がった。


「あなたは自分達が何をしようとしたかわかってるんですか!?性暴力が悪いことだってマトモな人間なら理解できるでしょう!!」


 勝武は男の襟首を掴み、ぐいぐいと揺さぶる。


「やめろ!」

「ぐわぁっ!!」


 思い切り突き飛ばされ、勝武の体が堅い土の上に倒れた。男は彼を見下ろしながら肩で息をしている。


「はぁ……はぁ……なんなんだよ全く」

「ぐぅ……っ!」


 地面に伏したまま、勝武はギリリと歯軋りをする。くそ、こんな汚ならしい中年相手ですら私は彼女達を守れないのか?フェミニストとして女性への性的な搾取や性暴力と戦ってきたこの私が……



――立ちなさい。

「えっ……?」


 勝武の脳内に女性の声が響く。それは彼に同行している四人のものではない、美しく透き通った声。


――立つのです、勝武元気。


――そう、真の男性フェミニストとして。


 そうだ、私はフェミニストだ。いつだって女性の為に戦わなければならない。たとえ相手が暴力に訴えてこようとも。決意を固めた勝武が立ち上がろうとしたその時、彼は自分の手に何かが握られていることに気が付く。


「これは……生理用ナプキン?」


――いいえ、これはサニタリードライバー。


――これを使って戦うのです、勝武元気。


 女がそう言うと同時に、勝武の脳内にひとつの映像が流れ込む。そこに映っているのは、彼によく似た男性。しかしその服装は明らかに現代人のものではなく、ファンタジー映画に登場する騎士が身に纏うような鎧であった。その男性はナプキン、ではなくサニタリードライバーを腰に当て、そして……


「そうか、そうやって戦えば良いんだな」


 立ち上がりながら、勝武が呟く。先ほど彼を突き飛ばした中年男性はそれを見て怪訝な顔をした。不思議な女性の声は勝武の脳内に直接響いていたものであり、この男には聞こえていない。つまり彼の目には勝武がぶつぶつと独り言を言っているようにしか見えなかったのだ。


「なんだよ兄ちゃん、まだやる気か?それならこっちにも考「私のファンに対する性的加害、そして今の暴力行為……許さないっ!!」」


 男の声を遮り、勝武が叫ぶ。そのまま脳内に流れ込んだ映像のように腰にサニタリードライバーをあてがい、再び声を上げる。 


「変身っ!」

『チェェェェンジッ!!サニタリィィィィ!!』


 周囲にサニタリードライバーから発せられた合成音声が響くと同時に、勝武の全身がまばゆい光に包まれる。次の瞬間、そこには煌々と輝く白銀の鎧に身を包んだ戦士が現れた。腰には黒いベルトが巻かれており、バックルの部分にサニタリードライバーがぴったり収まっている。



「女尊戦士!ウーマンマン!見参!!」


※説明しよう!自他共に認める真の男性フェミニストがサニタリードライバーを装着すると、伝説の戦士ウーマンマンに変身することが出来るのだ!!


「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!」

「なんだこいつ!?逃げろお前ら!!」


 目の前で起こった信じがたい出来事に驚愕した中年達は、まるで蜘蛛の子を散らすようにその場から走り去ろうとする。しかし、ただの一般人である彼らにウーマンマンから逃れることはできない。


「させるかっ!ウーマンパンチ!!」


 ウーマンマンの放つ拳が衝撃波を生み出し、逃げ惑う男達に襲い掛かる。その一撃で、彼らの大半が物言わぬ肉塊と化した。


「ひえぇぇぇぇぇぇ!!」

「あぁ!!ケンジ、ヤスヒロぉぉぉ!!」

「くそっ、こうなりゃヤケだ!」


 辛うじて生き残った男達が、辺りに落ちていた木の枝や石を持って正面から勢いよく殴りかかる。しかし、ウーマンマンは動じない。


「女性を虐げるミソオス共め!彼女らの怒りを知るが良いっ!!」


 そう叫んだ後、白銀の騎士はベルトの横のボタンを押し、両腕を胸の前で斜めに交差させる。


『ウーーーッ!!ゲンキマンマン!!』

「必殺!Xジェンダーーー!!」


 掛け声と同時にウーマンマンの腕から虹色の光線が発射される。光線は迫り来る男達を飲み込み、次の瞬間、大きな爆発が起こった。


「君たち、大丈夫かい?」

「すご~い!!」

「さすが勝武さん!!」

「ふふっ、それほどでもないよ」


 変身を解き、満足そうに様子で笑う勝武。しかし彼はまだ知らなかった。これが永き闘いのほんの幕開けに過ぎないという事を。

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