表裏、真偽、そしてON-OFF

かわらば

表裏、真偽、そしてON-OFF

仕事の日とオフの日はしっかり区別したい。


なので私は、オフの日には普段のきちんとした服装ではなく、いたってラフなTシャツにズボンといった服を好んで着る。

まあ万が一の時に職員だと分かるよう、胸元に「の」の縫取りの入った上着は羽織るのだが。


そして、オフの日のファッションの仕上げに、


「自分はヒトと変わらない」


と、3回ほど心の中で唱える。

唱えるたびに耳と尾が次第に透明になり、3回目で私はヒトと変わりない見た目になった。



そう、私はフレンズである。種はジャガランディ。

アニマルガールとしての仕事がない日はこうして耳と尾を消し、「梶谷 蘭」を名乗ってヒトとして暮らしている。


うん、準備は万端。私はドアを開けて外へ出た。



…とはいったものの、私には特に急ぐ用事も何もないのだった。ということは、家でゆっくりしても良いのだが、せっかくの休みだ。家にいるのは勿体ない。とりあえず私はネコ科のフレンズが集まる、ジャパリカフェへと足を向けた。


カフェへの道すがら、観光客らしい女性に声をかけられた。


「あの、すいません。ジャパリカフェって、こっちで合ってますか?」


地図を広げている様子からして、道に迷っているようだった。


「ああ、ちょうど私もそこまで行くところなのよ。案内するわ」

「ありがとうございます!」


その女性は頭を下げた。


「観光?どこから?」

「東京からです…って、ここも一応東京扱いなのになんか可笑しいですね」


その女性は微笑んだ。

私もそれに合わせて少し笑った。


「まだ自己紹介してませんでしたね。私は深山と言います」

「あ…私は、梶谷。梶谷 蘭よ」


フレンズだと分かった途端、色眼鏡で見てくる輩もいる以上、オフの日に迂闊に正体は明かせない。今日の私はあくまでもヒトなのだ。


「梶谷さんは、ガイドさんか何かですか?」

「ええ、普段は動物の解説や、道案内もしてるわ。今日はお休みなのよ」

「あ…すみません…せっかくのお休みの日に…」

「いえ、いいのよ。私もカフェまで行こうとしてたから。ほら、もう見えてきたわ」


私は、少し先に見えるレンガ造りの建物を指さした。


「ありがとうございます!あの、梶谷さん?」

「はい、何か?」

「また、会えませんか?私、パークとかフレンズのことを知りたくて、ここに来たんです。もっとお話を伺いたいんです…なので…」

「ええ、良いわよ。普段は別のエリアで働いてるけど、休みの日なら。そうね…次の休みが6日後なんで、またその日にお会いしましょうか」


一気に深山さんの顔が明るくなった。

こうして、私と深山さんは時々会うことになった。


私は嬉しかった。

私にも「ヒト」の友人ができた。

フレンズの中にはお客さんや職員とどんどん仲良くなる子もいるが、私はそういうタイプではなかった。

だから私にとってヒトの友人ができるのは初めてのことだった。




それからしばらく。


深山さんはしばらくパークに滞在する予定らしく、あれから数回、私と彼女は会っていた。


「それで、山岳地帯では鳥のフレンズが空を飛ぶレースを企画していたり、また他のところでは芸術祭が開かれていたりして、いろんな企画がひっきりなしに行われているのよ」

「あ、私もこの前芸術祭行きましたよ!フレンズさんが作る作品が、どれも独自の視点からの発想で…」


私の話を、深山さんは熱心に聞いていた。

私も深山さんの話に耳を傾けていた。


そんな時だった。

私の持っている無線機に連絡が入った。


『もしもし、エリアB-14にセルリアンの発生を確認。近くの客を避難させて。どうぞ』


どうやら司令室からのようだ。そして、エリアB-14といえば私たちが今いるエリアではないか。

こうしてはいられない。急いで深山さんを避難させなくては。


「どうしたんですか?ただごとではない雰囲気が漂ってましたけど…」

「聞いて、深山さん。この近くにサンドスターの怪物が現れたらしいの。急いで安全な所まで移動するわ。ついてきて」


私は深山さんを引導するように歩き出した。


「ちょっ…待ってください、怪物ってなんなんですか!」

「まだ言ってなかったわね。セルリアンっていう、未だに謎が多い生き物…なのかすらまだ分かってない存在よ。奴らはヒトやフレンズを襲うの。襲われても外傷はないけど、その代わりに自信、誇り、想像力みたいなものが奪われるの。一時期と比べてだいぶ少なくなったけど…」


そこまで言って、私は足を止めざるを得なかった…横道からセルリアンが現れたからだ。


「これが…⁉︎」

「何してるの!逃げるわよ!」


驚く深山さんの手を引いて駆け出す。追ってくるセルリアンから全速力で逃げる。

しかし、それも長くは続かなかった。

行く手にもう一体、セルリアンが見えたのだ。


しまった。もう一体いたのか。

道はまっすぐの一本道。横道もない。気づいた時には既に遅く、私たちは二体のセルリアンに挟まれていた。


「…深山さん、少し目を瞑っていてもらえるかしら」

「え?」


唐突な私の提案に戸惑っているのが見て取れた。しかし、悠長に説得する暇はない。


「いいから早く!」

「は、はいっ」


再び語気を強めに言うと、深山さんも驚いて目を瞑った。


私は腕を深山さんの背中と脚に回し、抱き抱える。所為お姫様抱っこという体制だ。


「ちょっ、梶谷さん⁉︎」


深山さん、ごめんなさい。


心の中でそう呟き、ありったけの力を込めて地面を蹴る。

一飛びで近くの木の枝に飛び乗る。


「目を開けて、しばらくここにいて」

「はい…ってえええ‼︎ここ…木の上⁉︎」


木から降り、目に野生の灯をともす。それと同時に意図して消していた耳と尻尾が姿をあらわした。


「ハアアアアアアッ‼︎」


手に力を込め、セルリアンを叩く。サンドスターで形作られたゼリー状の部分がえぐれ、結晶構造の核が露出する。そこを拳で殴りつけると、少々間の抜けたパッカーンという音と共にセルリアンはサンドスターへと還元された。


「まず一体!」


踵を返して回し蹴りを放つ。怯んだところをけものプラズムの爪で核ごと引き裂く。核は砕け、セルリアンは崩れ落ちた。


「………」

「………」


深山さんは茫然としていた。

私もなんと言ったらいいか分からず、ただ黙っていた。


「あの…フレンズ、だったんですね」

「…ええ。黙っててごめんなさい。それどころか自分をヒトと嘘をついていて…」

「かっこよかったです、梶谷さん」

「え?」

「今までフレンズだってこと隠してたのに、自分から明かしてまで私を守ってくれて、ありがとうございます」

「……」

「梶谷さんは、何の動物のフレンズなんですか?ていうかフレンズって耳とか尻尾を消せるんですね!知りませんでした!」

「……」


怒ってないの…?ずっと嘘をついていたのに…


「私、梶谷さんのこと、もっと知りたいです。元々どんな動物だったのか、とか普段はどんなことしてるのか、とか!」


その言葉がとても嬉しかった。

私は1度深呼吸をしてから言った。


「ネコ目ネコ科ピューマ属、ジャガランディよ。私のことは、好きに呼んだらいいわ」









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