第20話

 俺がハッと気がつくと、車の中だった。




「どうしたの、悪夢でも見た?」




 母さんが助手席から不思議そうに顔をのぞかせる。




「あ、うん……」




 俺はあいまいな返答をした。


 掌に汗をかいている。


 今回の件で、俺がループをしているはほぼ確実だと言っていいと思う。


 でも、その理由が最悪でとても信じられないものだ。


 まさか犯人が父さんだったなんて……。


 嘘だと、何かの間違いだと思いたい。


 けど、見た事がないような父さんの冷たい目つきはまだ目に焼きついていて、思い出しただけで体が震える。


 冷たいものが背中を駆け抜けていく。


 父さんが犯人だったなら、襲撃があると言った時、やたらと否定的だったのもうなずける。


 皆は形ばかりでも肯定的だったのに、それすらしなかったのは父さんが犯人だったからなのだろう。


 ……本当にそうだろうか。


 父さんがじいちゃんやばあちゃん、俺を殺す理由がどこにあるのだろう。


 少なくとも俺を殺すのはいつでもできるはずだ、父さんなら。


 ……じいちゃんとばあちゃんはいつでもという訳にはいかないし、俺達はついでなのかもしれない。


 ネガティブで恐ろしい考えが何度も何度も浮かんでは消える。


 俺が知っている限り、父さんが皆を殺す理由はない。


 これは別に父さんに限った事じゃなく、他の人にも言える事だ。


 だから俺は襲撃者が外部犯である事に疑問を持たなかったんだ。


 でも、ここにきて一気にぐらついてしまっている。


 父さん、何でだよ……いやいや、もしかしたら何か俺が思い違いをしているのかもしれない。


 と言っても、電気をつけたんだから、倒れたのは俺だって分かったはずだよな。


 やっぱり父さんなんだろうか?


 違うなら、俺が倒れてるのを見ればもっと驚いたはず。


 ……酔いが抜けていなかったから俺だと分からなかったとか、そういうオチを期待したいな。


 していいんだろうか。


 そんな弱気な自分をダメだと叱咤する。


 父さんが容疑者候補に浮上したなら、当然その対策を考えなきゃいけない。


 と言ってもどうすればいいのか。


 動機が分からない以上、実行するのを防ぐしかない。


 そう考えれば、案外そこまで難しくない気がする。


 前回もその前も、父さんは俺が抜けだすまでは部屋にいたんだから。


 俺が部屋から出ず、母さんと喋っていれば犯行は阻止できるかも。


 ただ、これには大きな欠点がある。


 まず、最初から俺や母さんを殺すつもりでいる場合、あまり意味がない。


 そして父さんは「早く寝ろ」と言うだけでいいという点だ。


 これは正論で俺には逆らえない、必殺の呪文だ。


 父さんが俺の行動を封じたいなら、この一言を言えばすむ。


 となると父さんが寝たふりをして、母さんが寝入ってから父さんを縛り上げるか?


 体格は父さんの方がいいけど、不意をつけば何とかなると思う。


 前回も前々回も、父さんに変なところはなかったし。


 叔父さんや母さんに加勢してもらえると助かるけど、まさか皆父さんに殺されるなんて言えないしなぁ。


 外部犯襲撃説以上に信用してくれないだろう。


 俺だってまだ半信半疑だし。


 本当、父さんがと思う。


 全然わからなかったよ。


 父さんを何とかしないとループは終わらないのだろう。


 それとも俺の「残数」がなくなるか。


 ループもので後者は珍しいけど、これはあくまでも現実であってゲームじゃないしな。


 はっきり言って死ぬのは嫌だ。


 既に何回も殺されているんだけど。


 そう言えばループゲーの中には、展開が変われば犯人が変わるってタイプもあったな。


 ……まさかと思うけど、今回はそれか?


 だとしたら無理ゲーにもほどがあるだろう。


 父さんの犯行を阻止しようと動いていたら、別の人間が犯人だったとか。


 いや、待てよ。


 今回のケースだと逆だと言えるかもしれない。


 外部犯の犯行を阻止すべく頑張っていたら、父さんが犯人になったという。


 当然これは父さんが犯人であって欲しくないという、俺の願望が混ざっているのだろう。


 でも、絶対にないとは言い切れない。


 むしろ、そのへんを今回で証明するように動いてみようか。


 前回と同じ行動は取らないようにしよう。 


 もし、父さんが犯人になった理由があるのだとすれば、俺が皆が襲われると言い出した事だろう。


 それと夕飯をファミレスで食べた事かな。


 他には思いつかないな。


 皆と遊んだくらいで殺意を抱いたりはしないと思いたい。


 それを言ったら、ファミレスに行ったのも同様だけど。


 ……けど、これだと父さんは俺が騒いだ事に便乗しただけで、皆に殺意は持っていたって事になるんじゃないだろうか。


 それはそれで嫌だなあ。


 殺意がなかったなら、何であんな事になったのか? と訊かれても答えられないんだけど。


 そうこうしているうちに車が高速を降りる。


 そろそろを心を決めないとな。


 とりあえず、侵入者が外から入ってきた、前々回のものをなぞった方がいいだろうか。


 ……全部覚えているかどうか、正直自信はないんだけど。


 背に腹は代えられないから、何とかして思い出さないと。


 俺は必死に頭を働かせ、過去の記憶をたどる。


 確か父さんがロリコン呼ばわりされたり、ボードゲームで遊んだりしたんだっけ?


 やばいな、細かい部分が全くと言っていいほど出てこない。


 それにどれが何回目かというのも、はっきりしない。


 これまでのパターン的に、同じ行動をとりさえすれば同じ結果が出るはずなんだけど、それが難しい。


 さすがに人生ゲームをやったくらいは覚えているけど、ただそれだけで同じ展開になるだろうか?


 もうちょっと思い出さないと心もとないな。


 そうだ、実夏に部屋に誘われた時、叔母さんの手伝いをしろって言わなかったっけ? 


 でも、何て言ったか、一字一句までは出てこない……。


 ゲームは同じものさえすれば、言葉が合わなくても大丈夫だと思うけど、人間同士のやりとりだからなぁ。


 どうしよう。


 そう思っているうちに、無情にも三沢の家が見えてきた。


 もうついてしまったのか。


 それだけ俺が考えこんでいた証拠なんだろうけど、もっと時間が欲しかったと思う。


 まだ考えはまとまっていないし、記憶も整理できていないのに。


 俺の焦燥感はよそに車は三沢家の敷地に入っていく。


 音が聞こえたのか、実夏と叔母さんが出てきたのはパターン通りだ。


 ちなみに二人の服装もである。 




「みっくん、久しぶり」




「うん」




 笑顔で声をかけてきた実夏に、俺はそう答えた。


 確かこういう返し方をしたはずだから。


 そう言えば叔母さんには挨拶をするんだっけ?


 分からないからしておこうか。




「叔母さんも」




 簡単に言うと叔母さんはうなずいて微笑んでくれた。




「みっくん、部屋に行こう?」




 実夏はやはりそう言って俺の手を取る。


 それを見た叔母さんの顔が険しくなった。




「実夏、伯父さんと伯母さんにきちんと挨拶をしなさい」




「はーい」




 叱られた実夏は肩を竦め、父さんと母さんに挨拶をする。


 二人は苦笑しながら返す。


 毎度の事だしな。


 そして俺は挨拶を終えた実夏に先手を打って言った。




「叔母さんを手伝わなくていいのか?」




「そうね、手伝ってくれる?」




 すかさず叔母さんに言われ、実夏は少し恨めしそうな顔をしたけど、すぐに笑顔に切り替える。




「うん。みっくん、後でね」




 さっさと手伝いを終わらたら、俺と遊ぶ時間を確保できると思ったのだろう。


 小さく手を振って家の中に入る。


 事実、前回か前々回では結局昼食前に遊べたし。


 鍋だからとか言っていたはず。


 準備は大変なんだろうけど、実夏に手伝わせるのは叔母さんなりの親心かな?


 突拍子もない事をふと考えついた。


 何でこんな事を?




「義兄さんと義姉さん、稔君は中でコーヒーでもどうぞ。お義父さん達はもうすぐ帰ってくるでしょうから」




 叔母さんにそう言われて、俺達は中に入る。


 そう言えばじいちゃん達は外出しているんだっけ。


 俺へのプレゼントを買いに行っているのかな?


 いや、俺と会った時、それらしきものは持っていなかったような。


 まあ、別に俺一人の目につかないようにするくらい、皆と協力すれば訳ないんだろうけど。


 それより本当、これからどうしよう。


 普通にコーヒーとか飲んでいていいのか?


 下手に変えようとすると、父さんが犯人になってしまうかもしれないし。


 そもそも、最初からずっと父さんが犯人って可能性もあるし……。


 正直、誰かに相談したい。


 でも、誰かに相談したら犯人が父さんで確定になりそうな気がする。


 ゲーム風で言えばフラグってやつか。


 誰かに相談させない為の陰謀じゃないかって気すらするんだけど。


 父さんが犯人になるのが嫌である以上、一人で何とかするしかない。


 そこからの展開は覚えがあるものばかりだった。


 ニュースを見たり、じいちゃん達が帰ってきたり、実夏が手伝いを終えて俺にくっついてきたり。


 言いたい事は色々とあったけど、ぐっと我慢した。


 展開をむやみに変えてはいけないんだから。


 何度も自分にそう言い聞かせて。


 俺はすっかり臆病になっていて、変えようと頑張る気力が湧いてこない。


 父さんが犯人かもしれないという事が、それだけ恐怖だったし破壊力があったんだ。


 俺は実夏に手を引かれて、彼女の部屋に行った。




「何して遊ぶ?」




 無邪気に問いかけてくる従妹を見て、こいつはのんきでいいよなと思ってしまう。


 何も知らない実夏に何か思うのは、筋が通っていないとは分かっているんだけど。


 これまでは携帯ゲーム機かトランプだったよな。


 この場合はどっちだったっけ?


 思い出せないな。


 どちらでも大きな違いはないかな。


 今回は犯人が変化するのかどうか、を重点にしようかな。


 俺は急には思い出せない事が多くて、半ばヤケクソで決断をした。




「トランプか携帯ゲーム機がいいな」




 俺はそう言っておく。


 実夏に任せるともしかしたら第三の選択肢が出てくるかもしれない。


 変えようと努力していた前回までならそれよかったけど、今回はそれはなしの方向で。


 前回の展開をなぞらないなら、もう何でもいいとすら思ってしまう。




「じゃあトランプで。スピードをしよ?」




 実夏の提案にうなずいてからあれっと思った。


 スピードってやった事あったっけ?


 全く記憶にないんだけど。


 ひょっとして、ささいな事でも展開は変わってしまったりするんだろうか。


 となると「何もしない」というのは、考えていたよりもずっと大変だという事になるぞ。


 俺はごくりと唾を飲み込む。


 気を取られていたからか、スピードは実夏に完敗してしまった。




「みっくん、何か考え事?」




 実夏が不思議そうに首をかしげる。


 上の空だったのはばればれらしい。




「あ、うん。入学祝いって何なのかなぁと思って」




 とりあえず言い訳しておく。


 俺の発言による変化が怖いけど、何も言わないという訳にもいかない。




「ああ」




 実夏は目に納得の色を浮かべた。




「知っているけど、言わない方がいいよね」




 じっと見つめられ、俺はこくりとうなずく。


 こんな事を言われたのも初めてだし、ここで教えてもらったら今後の展開が怖すぎる。


 「犯人変化」のトリガーが何なのかさっぱり分からない以上、自重しなきゃいけないのに。


 自重できていないよなあ。


 実夏に丸投げしたのが失敗だったんだろうか。




「スピードもう一回する?」




 実夏はトランプを集めながら尋ねてくる。


 他意があるはずもないけど、俺はまたかよって叫びたいというのが本心だった。


 何か今回、やたらと俺の意見が聞かれまくっている気がする。


 どうしてこうなったんだ? 




「ううん。豚のしっぽをしよう」




 俺はひとまず提案してみた。


 実夏はあまり俺の提案を退けない。


 質問してきた時は特に。


 これは自惚れなんかじゃなくて事実だ。




「いいよ」




 案の定、あっさり賛成してくれる。


 これで少しは戻るだろうか?


 「父さんが犯人に変化」フラグは、俺が襲撃者が来るって皆に言った場合に限る、だといいんだけど。


 分からない以上、決めてかからない方がいい。


 問題は、今が今後にどんな影響を与えていくかだ。


 もう変わり始めている分はどうしようもない気もする。


 ささやかな事で変化するなら、戻そうとしたらまた違う方向に変化したりしないだろうか?


 疑心暗鬼に近い状態になっていた。


 豚のしっぽでも俺は実夏に負ける。


 これは過去にあった通りで、ちょっとホッとした。


 単に実夏が強くて俺が弱いだけかもしれないけど、豚のしっぽって運の要素が大きいと思う。


 つまり俺がついていないって事なんだろうか。


 ……こんな事に巻き込まれるくらいだから、いいとは言えないか。


 俺は実夏に聞こえないよう、こっそりため息をついた。


 早いところ明日が来てほしい。


 その為にも頑張らないとな。

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