第19話

 父さんが運転する車は、叔父さんが運転する車に先導され、とあるファミレスの駐車場に入った。


 こんなところがあったなんて全然知らなかったよ。


 こっちに来た時はいつも叔母さんの手料理だったし、往復する際に寄り道はしなかったし。


 新鮮な気分できょろきょろしてしまう。


 まだ18時過ぎだからか、駐車場の大半はあいていた。




「みっくん、ここに来るのは初めてだっけ?」




 そんな俺を見た実夏が疑問をぶつけてくる。




「うん。実夏は?」




「何度かあるよ」




 その答えは俺にとっては意外だった。


 もっとも、実夏の態度を見た限りではそうじゃないかという気はしていたので、驚きはなかったけど。


 ただ、口には出していた。




「何と言うか意外だな。叔母さん、いつも手料理だと思っていた」




 実夏はくすりと笑う。




「お母さん、あれでもね……」




「実夏」




 俺達の会話は叔母さんに聞こえていたらしい。


 実夏の言葉は途中で遮られてしまった。


 実夏は首をすくめて舌を出す。


 俺としても無理に聞き出そうという気にはなれなかった。


 叔母さんの意外な一面を知っただけで満足しておこう。


 ……それどころじゃないというのもあったけど。


 今後の対策、本当にどうすればいいんだろう。


 今夜、ファミレスに来た事で回避できればいいんだけど、そんな簡単にいくのだろうか。


 どこかに一泊できれば大丈夫な可能性は出てくると思うんだけど。


 俺はぐるぐる悩みながら、ミニスカートの女性店員が案内してくれた席に座る。


 父さん、母さん、俺、そして何故か実夏と、じいちゃん、ばあちゃん、叔父さん、叔母さんという別れ方だ。


 叔母さんだけは俺の隣に座る実夏を見てため息をついたけど、それだけで何も言わない。


 他の大人達も同様だ。


 何となくほのぼのとした空気になっているように思う。


 さっきとは別の店員がメニューと水、おしぼりを持ってきてくれる。




「稔、何にする?」




「何でも頼んでいいわよ?」




 父さんと母さんがまず、俺に聞いてきた。


 俺はメニューの一つを実夏と二人で仲良く見る。


 実夏の髪の毛が俺の耳をくすぐったけど、気にしてはいけない。




「みっくんどうする?」




 実夏のささやきに俺は即答しなかった。


 メニューに載っているのはどれも美味しそうだったからだ。




「おすすめは山菜定食になっています」




 すかさずと言ってもよいタイミングで、店員さんが説明してくれた。


 山菜ご飯に豆腐のみそ汁、野菜とエビの天ぷらで1000円か。


 高いのか安いのかはボリューム次第だけど……。


 こういう店って、写真ほどボリュームがない場合が多いしなぁ。




「女性におすすめなのは玄米定食ですね」




 俺が優柔不断だと見て取ったのか、店員は母さんや実夏にセールストークを始めた。


 玄米定食は、玄米ご飯に野菜のサラダ、鮭の塩焼き、豆腐のみそ汁で800円。


 うーん、やっぱり高い気がするな。


 まあ、ファミレスなんてこういうところなんだろうけどさ。


 俺がメニューを見ながらうんうん唸っていると、




「寿司うどんセットを下さい」




 実夏はさっさと注文した。


 こういう時に決断速度の差って出るよなあ。


 俺はまだ決めかねている。




「ひとまずビールと枝豆を下さい」




 父さんは酒とつまみの注文を先にした。


 母さんに怒られるんじゃないかって思ったけど、母さんは何も言わない。


 まあ、ここから三沢の家に帰るだけなら、母さんだって運転できるだろうからな。


 俺と母さんはメニューとにらめっこを続けている。 


 うーん、本当にどうしようかな。


 何か変わった物を食べたら、そのせいで展開が変わるとかないかな。


 ……いくら何でもないか、疲れているんだろうなぁ。




「天ぷらとうどんセットをお願いします」




 下がらずにじっと待ってくれていた店員に注文をする。




「みっくん、うどん好きだねー」




 実夏がそんな事を言ってきたので、




「うん。うどんこそが至高の国民食だと思う」




 と応じておく。


 俺のせいで暗い雰囲気になるのはごめんだしな。




「ええ、日本人ならやっぱりお米だよー」




 実夏は即座に反論してきた。




「それは否定しない。けど、うどんがナンバーワンだ」




 俺はキリッとして答える。




「何を言う、ビールと枝豆こそが最強だぞ」




 父さんが話題に入ってきた。




「おっさん臭いよ」




 俺が切り返すと




「子供が楽しめない時点で最強じゃないもん」




 実夏が援護射撃してくれる。


 俺達のワンツーコンボに父さんはたじろいで、情けない顔をして母さんの方を見た。




「母さん、何とか言ってやってくれ」




「子供達に向かってビールが最強とか言わないでくれるかしら」




 頬に手を当ててため息をつきつつ、じろりと父さんを睨む。




「す、すいません」




 父さんはあっさり降伏した。




「よわっ」




 実夏が軽やかな笑い声を立てる。




「いつものパターンだな」




 俺はそう感想を述べた。


 父さんが母さんに勝てた事なんて滅多にあるもんじゃない。


 母さんこそが最強である。




「母さんのうどんが最強です」




 俺がそう言って持ち上げると、母さんは眉間にしわを寄せた。




「おだててもデザートはダメよ」




「……見抜かれていましたか」




 俺ががくりと肩を落とす。




「実夏もね」




 隣のテーブルに座っていた叔母さんに言われて、実夏も仲良く肩を落とした。


 こいつはこいつで何か狙っていたらしい。




「まあ、今日くらいはいいじゃないか」




 じいちゃんがそんな事を言ってくれる。


 おや、これは風向きが変わる事が期待できる……?


 俺が(おそらくは実夏も)思っていると、叔父さんとばあちゃんもじいちゃんに賛成した。




「デザートくらいいいだろう。これも入学祝いの一部だと考えれば」




 そう言うじいちゃんに、母さんと叔母さんは押し切られた形になった。




「仕方ないわね」




「実夏ちゃんだけなしというわけにもね」




 母親達はそう言って認めてくれた。


 ありがとう、じいちゃん。


 今度肩を揉ませてもらうよ。


 そうやって駄弁っているうちに注文していた品がくる。


 最初に来たのは実夏が頼んだ寿司うどんセット、ついで俺の天ぷらうどんセットだ。


 父さんと母さんが頼んだ分はまだ来なかったが、二人のすすめで先に食べ始める。




「みっくん、天ぷらを一つちょうだい」




 実夏がそんな事を言ってきたので、天ぷらが載っている皿を実夏の方に寄せる。




「ありがとう。お寿司食べる?」




 実夏の問いにうなずくと、寿司の皿が俺の目の前に出てきた。


 イカを一貫口に放り込む。




「みっくん、イカが好きだねえ」




「実夏だってサツマイモの天ぷらが好きじゃないか」




 そう言い合い、二人でくすくす笑う。




「足りなかったら一品も注文していいからな」




 父さんは俺達にそんな事を言いつつ、ビールをジョッキでぐいぐいやっている。


 早くも真っ赤になっているけど、これは単に顔に出やすいってだけでまだまだ酔ってはいないはずだ。




「デザート分は残しておくけどね」




 俺がそう言ったのに対して実夏は、




「甘いものは別腹だよ」




 と微笑む。


 女の子は胃袋からして神秘的だなと思った。






 結局俺は若鶏のから揚げと抹茶アイスクリームを頼み、実夏はチョコレートパフェを頼んだ。


 特に実夏は俺のから揚げを一個食べ、それからパフェを食べたので、もしかすると俺よりも食べたかもしれない。


 寿司うどんセットと天ぷらうどんセットのボリュームは同じくらいだけど、アイスクリームとパフェは明らかに差があったからだ。


 帰りしな、叔母さんが




「稔君の前だともう少し小食になるかと思ったけどね」




 と皮肉とも呆れともつかない事を言った。


 表情から察するに諦めているのかもしれないけど。


 実夏はぺろりと舌を出す。




「もう今更だもーん」




 確かに今更だ。


 実夏が甘いものをドカ食いするって事くらい、百も承知だし。


 だから俺は実夏の仕草を可愛いなとしか思わなかった。


 余談だけど、一番最後に食べ終わったのは父さんである。


 普段は決して遅くない人なんだけど、酒を飲む時は必ずと言っていいほど遅くなるのだ。


 だから母さんは叔父さん達に先に家に帰るように言ったし、叔父さん達はうなずいて席を立った。


 実夏は最初はごねたものの、叔母さんが厳しく名前を呼ぶとしぶしぶついていった。


 残されたのは親子三人である。


 ……それは構わないんだけど、今夜の襲撃を乗り切るって雰囲気じゃなくなったんだよなぁ。


 もしかしたらこれを狙って外食を言い出したのかもしれない。


 大人のズルい知恵ってやつだな。 


 それとも、こうして外食すれば俺は何も言わなくなると思われたんだろうか?


 いつもならこんな事は想像すらしなかっただろうけど、今は違う。


 何とかして回避したい未来があるのに、誰も本気で信じてくれていない。


 そんな焦りと怒りがあるのだ。


 ……理不尽だとは分かっている。


 荒唐無稽にもほどがある事で、俺だって誰かに突然言われただけなら、まともに取り合おうとはしないだろう。


 だから皆の反応を一方的に責める訳にはいかない。


 一番いいのは証拠を用意する事だろう。


 でも、どうやって?


 実際に侵入してきたら、じいちゃんとばあちゃんが殺されてしまう。


 二人を見殺しになんてできない。 


 分かっている、犠牲を出さないようにしようと思ったら、まずじいちゃんとばあちゃんを説得しなきゃいけないって。


 何となくではあるけど、じいちゃんとばあちゃんは何とかなりそうだった。


 後は実夏も。


 最大の難関は父さんだと思う。


 一番懐疑的だったし。


 母さんも、心情的には父さんに賛成って感じだったな。


 この二人はどうすればいいのだろうか。


 最悪、じいちゃんとばあちゃんだけでも移動してもらって、俺が部屋で待ち伏せしていようかな。


 俺は母さんが運転する車の後部座席に揺られながら、そんな事を考えていた。






 家に戻ると叔母さんが、酔っぱらった叔父さんと父さんの為に、コップに水と氷を入れていた。


 それを横目に俺は実夏の部屋に行く。


 最初に風呂に入るのがじいちゃん、その次がばあちゃんで三番目以降は不規則、というのがこの家のルールだった。


 さすがに風呂に入る順番で未来が変わったりはしないだろうな。


 風呂で事件が起こるなら別だけど。


 今回、三番目に入ったのは俺でその次が実夏、母さん、叔母さん、父さん、


そして最後が叔父さんだった。


 過去を振り返れば、最後に入るのは叔母さんだったはず。


 これは正月とかでもそうで、たまに母さんだったりする事もある。


 それにしても意外なところで変化があったな。


 だからと言ってどうという訳じゃないんだろうけど。


 俺は寝る前にお茶を飲むと言って部屋を出て、じいちゃん達の部屋に行った。


 幸い、じいちゃん達はまだ起きていて、俺の姿を見ると目を丸くした。




「どうした、稔?」




 この言葉に力が抜けてしまったけど、無理もないと言いたい。


 結局、じいちゃんも俺の言葉を本気で聞いていた訳じゃなかったんだ。


 失望に似た感情が湧きあがってきたけど、何とか抑え込む。


 そんなのは後回しにすべきだ。


 俺はじいちゃん達にもう一度説明し、別の部屋で寝てくれるように頼み込んだ。


 じいちゃん達は何とも形容しがたい表情で俺の言葉を聞いていて、やがてちいさくうなずく。




「いいだろう。今夜くらいは」




 ばあちゃんもやや仕方なさそうな顔で体を起こす。




「それじゃ居間で寝ようかね」




 そう言って二人は部屋を出ていく。


 何でだろう、嬉しさよりも徒労感や喪失感を覚える。


 やっぱり理解されないんだろうか。


 ……理解される事を期待するのは間違っていたんだろうか。


 暗く悲しい気持ちが胸にあふれてきたけど、俺は頭を何度も振って追い出そうと試みる。


 これも後回しだ。


 今は襲撃者を何とかする事が先決なんだから。


 俺は戦う為の武器が何かないか考える。


 バッドがあればよかったんだけど、実夏は野球もソフトボールもやっていないからなぁ。


 急には出てこない。


 仕方がないので一旦父さんと母さんのところへ戻った。




「遅かったな」




 父さんがそう言ってきたので、




「うん。トイレにも行っていたからね」




 と答えておく。


 トイレに何分もかかるなんておかしい、なんて言えまい。


 狙い通り、父さんも母さんもそれ以上は何も言わなかった。


 皆が寝入った頃を見計らって俺は起き上がる。


 熟慮の末、武器は空のビール瓶にした。


 襲撃者相手に気遣いなんてするとこっちがやられてしまう。


 少なくともじいちゃんとばあちゃん、それに俺を殺した奴だからな。


 懐中電灯をとり、ビール瓶を持ち、俺はじいちゃん達の部屋に行く。


 音を立てないように気をつけながら、室内に滑り込む。


 特に変わったところはない。


 襲撃者はまだやってきていなかったようだ。


 俺は窓のすぐ横の壁に身を隠して息を潜める。


 窓から侵入してきたらすぐ攻撃できるように。


 しばらく時間が経過し、立っているのが辛くなってきたので一旦座る。


 そう言えば、いつ侵入してくるんだろうか?


 ……俺が動き回ったせいで、侵入場所や時間が変わったとかないよな。


 漠然とした不安がこみ上げてくる。


 外部犯なんだから、そこまで行動に影響を与えるとは思えないけど。


 あ、でも、ファミレスを往復するところを見られていた場合、修正してくる事もありえるのか。


 どう修正してくるのか、それが問題だな。


 更に時間が経過し、俺はトイレに行きたくなった。


 まさかこんなに時間がかかるなんてな。


 俺はトイレに行こうとしてふと閃き、窓のところに椅子を並べておいた。


 これで少しは侵入しにくくなるはずだ。


 本当はベッドとかも動かしてバリケードを作るべきなんだろうけどな。


 トイレから戻った俺は、再度慎重に部屋に滑り込む。


 そしてドアから数歩離れた時、突然後頭部を殴られた。


 な、何で後ろからなんだ


 意識がもうろうとする中、俺は必死に考える。


 物音が聞こえて視界が明るくなった。


 誰かがスイッチを入れたらしい。


 何て大胆な奴だと思いながら、俺は力を振り絞って襲撃者の顔を見ようとする。


 顔さえ、顔さえ分かれば、きっと次にいかせるのだから。


 だが、その顔を見た俺は、驚いて声を漏らしてしまった。


「う、嘘だろ……」


 荒い息をしながら、冷たい目をして俺を見下ろしている父さんの顔を焼き付けて、俺の視界は暗転した。


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