第16話
大切なのはタイミングだと思う。
唐突に切り出したところでポカーンとされるだろう。
かと言って準備もあるし、ぎりぎりになってもいけない。
いつくらいがいいのだろう。
俺は思案しながら携帯ゲームを確認する。
やはり電源は切れていない。
……電源を切る前の時点まで戻っているという事だろうか?
それとも単に切り忘れたのか?
どっちなのか、はっきりとした事は言えない。
ループしているらしいとは分かっても、全部が分かったわけじゃないんだよなぁ。
何でループに巻き込まれたのかもよく分からんし。
今まで起こらなかっただけで、俺が死ねばループは発動するのか?
それとも何かがきっかけで力が覚醒したのか?
……まあ、どれだけ考えても答えは分かりそうにないし、後回しにした方がいいかもしれない。
それよりもじいちゃんとばあちゃんは刺されてたのに、俺は頭を殴られた事の方が気になる。
殺害方法をどうして変えたんだろう?
俺だったら同じ方法を続けるだろうに。
何らかの理由で刃物を使えなくなったとか?
日本刀は何人も斬ると切れ味が落ちるって小説に書いたあったけど、同じように刺せなくなったりするんだろうか?
これは何かのヒントになるかもしれないから、覚えておこう。
と言ってもじいちゃんもばあちゃんも殺されるわけはいかないから、まず刃物を何とかすべきなんだろうけど。
いや、それより侵入経路の特定が先か?
わずかな物音を聞いて駆けつけたらじいちゃんとばあちゃんが殺されているので、多分じいちゃんとばあちゃんの部屋からだろう。
あれ? でも、二人とも目を覚ましていた感じじゃなかったぞ?
寝ていたところを一刺されたようだった。
どういう事だ?
俺が聞いた音は、窓ガラスを割る音じゃなかったという事か?
改めて問われるとはっきりそうだとは言えないな。
聞こえたのが奇跡とは言わなくても偶然には違いない、それくらい小さな音だったし。
……だとしたら何の音だったんだろう?
最悪、じいちゃんとばあちゃんの部屋にいて待ち伏せすればいいと思ったけど、もしかしてそんなに単純じゃない?
単にじいちゃんとばあちゃんが目を覚まさない程度の音だったかもしれないけど。
これも一応、覚えておいた方がいいかな?
考える事、いくつもあるな。
こりゃ本当に誰かに相談しないと俺の手にはあまりそう。
車は高速道路を下り、一般道路に入る。
ゆっくり考えられる時間はそろそろ終わりだな。
三沢の家に着いたら、そんな余裕はないだろう。
考え事に没頭しようとしたら、過去三回みたいに変な顔をされるに違いない。
ループの事を切り出すきっかけなんて作れないから、変な顔をされた方がいいかもしれないけどさ。
そもそも「ループしている」と言って通じるか?
そして信じてもらえるか?
結局ループの証拠らしきものは何も見つかっていない。
信じてもらえさえすれば、結果論的に証拠になると思うんだけど……。
問題を解決するだけなら、別にループを信じてもらわなくてもいいかな?
要は何者かを取り押さえればいいんだし。
ただ、信じてもらえなくても協力してもらう必要はあるわけで。
安全の為には、父さんと叔父さんの二人は不可欠だと思う。
皆で協力すれば、一番なんだけど。
でも最低でも三人は殺すような奴だし、実夏は巻き込みたくないなぁ。
まあ、上手くいかないと巻き込んでしまう可能性は高いんだけど。
俺が殺されたのは実夏の部屋でだったし。
あの後、実夏はどうなるんだろう……?
そう考えると胸がむかむかしてきた。
何とかしないとな。
そうこうしているうちに車は三沢の家に着いた。
そして叔母さんと実夏が出てくる。
……叔母さんが出てくるのは確実なんだけど、実夏は出てきたり来なかったりしているような気がする。
何か分岐の理由みたいなものは存在するんだろうか。
こういった事のすりあわせが、突破口になるのか?
いや、でも、何の関係があるんだって話だしなあ。
俺がプレイした事があるループゲームだと、重要な伏線もあれば意味のない、ミスリードの為のものもあったし。
そのあたりを見極めなきゃいけないんだよな。
念の為、変えられそうな部分は変えておこう。
と言っても今回はそう複雑な事態というわけではないと思うけど。
侵入してくる襲撃者を撃退すればいいんだし。
……上手く立ち回らない限り捕まえられない、なんて事はないよな?
そんな奴、この近隣にはいないはずだぞ。
俺が知らないだけって事はありえるんだけど……そもそもループ自体が普通じゃありえないし、一応記憶に留めておこう。
だからと言って対策が浮かぶわけじゃないけどね。
「みっくん、いらっしゃい」
実夏はいつも通り、まず俺にだけ挨拶をしてくる。
「おう。ついでに父さんと母さんも来た」
「こらこら」
俺がおどけると父さんと母さんが苦笑した。
「叔父さんと叔母さんもいらっしゃい」
俺がおどけたせいで、叔母さんが実夏を叱るタイミングは失われる。
これで何か変わったりするだろうか?
ささやかな事だから無理かなあ。
頭の中でだけ首をひねっていると、実夏が俺の手をとる。
「みっくん、あたしの部屋に行こ?」
これも避けておいた方がいいよな。
「俺はいいけど、手伝いはしなくていいのか?」
二人で叔母さんを見ると、
「今日くらいは手伝いなさい」
とお答えが返ってきた。
「は〜い」
実夏はしぶしぶ返事をする。
これだけだと前までとほぼ同じだよな。
変えるなら何か言うべきだろう。
「実夏の料理、楽しみにしているな」
言ってからちょっと恥ずかしい思いをしたけど、
「うん! 頑張る!」
実夏は大いに張り切ってくれた。
叔母さんと母さんは微笑ましいそうな顔で、父さんはニヤニヤしながら俺達を見ている。
そして飛び込むように家の中に姿を消した。
「あの勢いだとお昼は鍋以外になりそうね」
やっぱり昼は鍋で決まっていたのか。
三度も経験したので驚きはない。
「今から変更って出来るの?」
俺が気になったのはこの点である。
「今からなら何とでもなるわ」
そう言って笑った叔母さんが、何だか頼もしげに見えた。
同時に胸をなでおろす。
俺が変な事を言ったせいで迷惑がかかったりなくてよかった。
考えなしの言動は慎むべきだ。
ただ、どんな言動がどんな結果を生むのか、いまいち分かりにくい。
過去をなぞれば結果は予想出来るんだけど、それじゃ意味がないしなあ。
あまり大きな変動がありそうな事は避けても、未来を変えられなかったらやっぱり意味がないし。
「稔君と義兄さん義姉さんは、リビングでお茶でもどうぞ」
「ありがとう」
父さんが代表して礼を言う。
「おじいちゃんと主人はもうすぐ戻ってくると思います」
そう言えば、どこに行っているんだろうな?
「どこに行っているの?」
じいちゃん、叔父さん、ばあちゃんが揃って不在なのは珍しい。
だから俺が疑問を口にしてもおかしくはないはずだ。
はずなのだけど、叔母さんは困った顔をする。
何か変な事だったか?
不自然に思い、それからやっと一つの答えが浮かんだ。
俺への入学祝いを買いに行っているんじゃ?
だとしたら叔母さんが困ったのにも納得がいく。
今まで気が付かなかったのは迂闊だったな……。
「あ、いや、何かごめん」
そう言ってみたものの、気まずい空気はぬぐえなかった。
「もうちょっと察しがよくなるといいな」
父さんに軽く頭を叩かれる。
どうやら父さんと母さんは気が付いていたらしい。
反省しよう。
「コーヒーがいい? 紅茶がいい?」
叔母さんに訊かれて俺はアイスコーヒーと答えかけ、ぎりぎりで思いとどまった。
これじゃ前と同じだしな。
「紅茶で」
父さんと母さんは前と同じものを頼んでいる。
「今日は紅茶の気分?」
母さんに訊かれたので頷いておく。
俺がコーヒー派だと知っているんだから、当然の疑問だ。
「何となく」と答えようとして、やっぱり止める。
こういうところで前ふりをしておいた方がいいんじゃないかと思ったのだ。
荒唐無稽な話だけに、聞く耳を持ってもらえる下地みたいなものを作っておけるなら、それに越した事はないだろうし。
「何か変な夢を見たので紅茶で」
さすがにループとは言えない。
「夢見が悪かった」ならまだそういう事もあるか、と受け入れられるだろう。
気にしすぎだと笑われる可能性もあるけど。
案の定、母さんも父さんも変な顔をする。
「紅茶を選ぶなんて、よっぽど夢見が悪かったの?」
「うん、コーヒー飲んだせいで皆が殺される夢だった」
我ながら無茶苦茶言っていると思う。
でもこれくらいでないと効果ないんじゃないだろうか。
「コーヒー飲んだら殺されるって何だそりゃ」
父さんにつっこみを入れられてしまう。
「さあ? 夢だし、俺に訊かれても」
とっさにそう答える。
ベストだとは言わないけど、まずまずな返しじゃないだろうか。
何でそんな夢を見たのかと問われ、理由をきちんと言える人なんてめったにいるものじゃないだろう。
あまり荒唐無稽な事を言うと協力を仰ぎにくくなってしまうので、もう少し言い方を考えないと。
どう言えばいいんだろう。
一番いいのは、不審者がこの近隣で目撃されたって情報がある事なんだけど。
それなら警戒するようもっていくのは、それほど難しくはない。
でもこのあたりにそんな奴が出るかな?
酔っぱらいさえ滅多にいないと聞いた覚えがある。
何とかしてそういう方向に持っていくべきなんだろうなあ。
ループしている、皆殺されるなんて言って信じてもらえるんだろうか。
言うだけ言ってみた方がいいかな?
正夢は信じてもらえたんだし。
いざとなったら父さんだけでも助けてもらえればいい。
父さんだけなら、拝み倒せばいけるだろう。
色々思い悩む俺の見てどう思ったのか、父さんも母さんも、そして叔母さんも気遣うようなそぶりを見せる。
「今頃受験ノイローゼになったんじゃないか?」
おい、父さん。
「ありえるわね。この子、人より色々とずれているから」
母さんも。
「確かに稔君ならありえるかしら」
叔母さんまでそう言うと、台所へ戻っていった。
多分、実夏の暴走を阻止する為だろう。
それにしてもノイローゼ扱いかよ。
いや、確か前も疲れ云々の展開になったか。
つまり俺の言い方が悪かったんだな。
じゃあどうすればいいんだろう?
そう言えば、テレビやラジオのニュースで何やら物騒な事を報道していたような気がする。
それを指摘したらどうだろう?
いや、多分それじゃダメだな。
俺が「ここは大丈夫」だと思っていたんだから、他の皆もそう思っている可能性は高い。
それに今までそういう事に対して、俺はのんきな態度を示してきた。
今回に限って必死になったところで、受け入れられるとは考えにくいな。
俺、だめだめじゃん。
どうすればいい?
どうすれば皆が聞いてくれるんだ?
イライラしているのと同時に胸がもやもやする。
これが焦燥感ってやつなんだろうか。
「稔、おい稔?」
父さんの大きな声で我に返った。
「ん? 何?」
父さんと母さんが変な顔をしている。
俺、何か話しかけられていたのか?
やばい、全然聞いていなかった。
「いや、本当お前どうしたんだ?」
「ぼーっとしているみたいね? まさか夢が怖かったんじゃないでしょうし」
母さんがそんな事を言ったけど、俺は否定出来なかった。
怖いと言えば怖い。
それが俺の本心である。
相手は真夜中に人の家に侵入し、何人も殺すような凶悪犯なのだ。
味方は多いに越した事がない。
だが、それには皆を納得させなければいけなかった。
そしてそれの難しさを今更思い知っている。
「いや、やけにリアルな夢だったから気になってさ」
「お前、夢の内容を気にするタイプだったっけ?」
口に出したのは父さんだったけど、母さんの表情も似たようなものだ。
そんな事はない。
どちらかと言えば夢占いなんて馬鹿にする側の人間だ。
でも、これは夢占いじゃないんだよ。
夢占いで押す線しか思いつかないだけで。
「どんな夢だって?」
母さんが訊いてくる。
興味を持ったんじゃなくて、話の接ぎ穂として選んだって感じだな。
それでもラッキーには違いない。
「俺とじいちゃんとばあちゃんが侵入してきた男に殺される夢」
きっぱりと言ってみる。
父さんと母さんは顔を見合わせ、笑い出した。
「それはさすがにないだろ。ここ、のどかな田舎町だぞ」
父さんがそう言う。
母さんも口には出さないだけで、信じていないのは明らかだった。
くそ、どう言えば信じてもらえるんだろう。
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