第15話
結局、最初に来たのは台所だ。
まずガスの元栓から確かめようと思ったのだ。
じいちゃんも父さんも叔父さんもタバコは吸わないので、タバコの不始末から出火ってのはないだろうし。
廊下は暗くして静まり返っていて、見慣れた家の中とは全く違うように見える。
電気が点いていないってだけでかなり変わるんだな。
点けた方がいいのかもしれないけど、ここは点けずにいく。
何故と言われても何となくとしか言いようがない。
点けない方が見つかった時、言い訳が難しい事は承知している。
それでも点けないのは「犯人」がいる場合、実行に移しやすいと思うからだ。
危険だとは思っている。
しかし、「犯人」が俺だけを殺してそれで終わるだろうか?
身内ならそれもあるかもしれないけど、外部犯だった場合は?
わざわざ俺を殺すだけで他に何もしないってありえるか?
そう、他にも被害が出る可能性は高い。
それなら電気を点けずに待ち構え、不意打ちしてやろうと思うのだ。
凶悪犯だったら電気を点けたくらいで来ないとは限らないし。
と言っても、ガスの元栓や戸締りを確認するには電気を点けなきゃいけないから大して意味はないかもしれないけど。
……俺の判断は間違っているだろうか?
何か見落としはないだろうか?
正直、相当不安だ。
誰かに相談した方がいいんだろうけど、どう相談すればいいのか分からなかった。
それに実のところまだ半信半疑だしな。
ゲームのしすぎだったってオチが一番だ。
壁に手を当て、恐る恐る廊下を歩く。
どこに何があるか大体把握しているけど、真っ暗ってだけで不気味だ。
怪談とかお化けとか平気だからいいけど、そうでなかったらこれはかなり辛かったかもしれない。
そろそろ次の部屋があるはずだと思い、手を滑らせると硬い物に触れる。
恐らくリビングのドアだ。
ゆっくりと開け、それからスイッチを探す。
さすがにリビングを電気なしで歩ける自信はなかった。
何度か空振りした後、スイッチを見つけて電気を点ける。
そして台所へ行ってガスの元栓を確認するが、きちんと締めてあった。
うーん、やっぱり失火はないのかな。
戸締りも確認しておこうか。
一つ一つ見ていくけど、どこもきちんと鍵がかかっている。
これらは叔母さんがやっているもんなあ。
万が一の場合って思ったりしていたけど、そんな事はなさそうだ。
と言っても台所やリビングを見ただけでは安心は出来ない。
一応、玄関とかも見て回ろう。
電気を消して台所から移動する。
皆が寝ている部屋は無理だけど、それ以外の場所なら。
表、裏、応接間など見る場所は多いし、てきぱきとしておかないとな。
何かのきっかけで誰かと出くわさないとは限らない。
さすがに応接間とかだと何をしていたのか、弁明を思いつけそうにもない。
また暗闇の中を行こうかと思ったけど、一回電気を点けたら同じ気がしたので廊下の電気を点けてから行く。
電気を点けた方が見回りも早く出来るしな。
まずは台所の近くにある裏からだ。
そして次が応接間、そして最後に玄関。
戸締りは完璧である。
さすがは叔母さんかな。
これじゃ窓ガラス割ったりしない限り、外から侵入は無理だろう。
それかドアをピッキングでもするか。
今からはどうしようかな。
もし外部犯がやってくるなら、どこかで待ち構えた方がいいかな。
いやいや、その前に武器を用意するって手もあるな。
敵が凶悪犯って可能性を考えると、むしろ武器は用意しておいた方がいいか。
何がいいんだろう?
台所に行けば包丁とかあるけど、殺傷力がありすぎる気がする。
かと言って追い払おうとするなら、ある程度の殺傷力はあった方がいいよな。
俺、別に格闘技とか心得があるわけじゃないし。
迂闊だったな、何かないかな?
周囲を見回してみたけど、そう都合よく武器になる物を見つけられるはずもなかった。
やばい、どうしよう。
考えなしだったかな。
現実か思い違いか、迷いながら行動したのが裏目に出てしまったかも。
うーん……しばらく悩んでいたら、馬鹿みたいな考えが浮かんだ。
台所に行って俺はフライパンを手に取る。
漫画の読みすぎって笑われるかもしれない。
正直、俺だって自分を笑いたい気分である。
しかし、殺傷力は高くないけど武器になる、となるとこれが一番手頃なように思う。
あ、でもフライパンだって後頭部を思いっきり殴ったらやばいか?
……そこまで考えたらキリがないな。
そんな事を気にしている余裕があるかも分からないし。
それよりどこで待機するかだ。
何かあったらすぐに駆けつけられるような場所がいい。
となると廊下になるな。
廊下の中央付近なら、皆の部屋にすぐ行けるだろう。
少しひんやりしているけど、仕方はない。
目的の地点へと移動してその場に座り込む。
ここはトイレやリビングにも通じているから、誰かが起きてきたらすぐに見つかってしまうな。
フライパンを持って座り込んでいるとか、言い訳のしようがない気がする。
どこかに隠しておくか?
持っている瞬間を見られなきゃそれでいいし。
……父さんか叔父さんなら変な音が聞こえたとでも言って、参加してもらうのもありか?
信じてもらえれば一人でやる必要はないし、その方が俺も安全だ。
反対に実夏だったりしたら、言いくるめるのが大変じゃないか?
そのへんの事も考えてなかったな。
行き当たりばったりにもほどがあるって感じだ。
俺、馬鹿すぎる。
やばい、どうしよう。
さしあたっては、皆が起きてこない事を祈るか?
でも叔父さんと父さんは起きてくれた方がありがたいし……。
頭がごちゃごちゃしてきた。
ああ、もう。
叫びたくなるのを必死でこらえる。
起こるならさっさと起こりやがれ。
そう思ってしまう。
そう言えば、何時頃まで待機していればいいんだろう?
この家で朝を迎えた記憶がないから、朝が来ればもう大丈夫なのか?
となると後どれくらいだ?
時計を確認しておくか。
あ、その前にトイレに行ってお茶も飲んでおこう。
いつ何が起こるか分からんし、すませられる時にすませておいた方がいい。
トイレに行き、そしてやかんのお茶をコップに入れて飲む。
時計を確認してみると午前一時過ぎだった。
確かじいちゃんが起きるのが五時くらいだったから、後四時間弱ってところか。
長くなりそうだな。
ゲームでも持ってきた方がよかっただろうか。
いや、でも物音を聞き逃したらやばい。
じっと待っている方がいいだろうな。
対応出来なかったら、起きていた意味がないし。
明日、いやもう今日か。
辛くなるだろうけど、一晩くらいなら寝なくても何とかなるだろう。
電気を消して廊下に戻り、座り込む。
今のところは平和だ。
これが後四時間続けばいいんだけど。
と言うか、今この状況で家族は「白」と判断してもいいんじゃないか?
何故なら家族なら、とっくに行動を起こしていてもおかしくないからだ。
俺が起きて待ち構えているなんて、分かるはずがないんだし。
皆が寝静まるのが大体午前零時だとして、それから一時間も経過して何もしないのは不自然だと言えるだろう。
正直かなりほっとしている。
身内に殺されるなんて思いたくなかったからなあ。
よかったよかった。
とは言え、考えようによってはより厄介になったかもしれない。
失火でもなく、身内でもないなら外部から何者かがやってくる可能性が濃厚だからだ。
銃を持っている凶悪犯とかだったりしたらどうしよう……フライパンで銃弾を防げるかな?
防いでいる漫画なら前に見た事あるけど、試すには勇気がいるな。
いや、そもそも本当に誰かが来るか分からないんだけど。
もしかしたら地震とかかもしれないんだし。
でも、地震は地震で不自然だよな?
くそ、もう何が何だか分からない。
一体どれが正しいんだ?
時間が経てばそれが分かるんだろうけど……ん?
今、どこかで物音がした気がするぞ?
気のせいかもしれない。
しかし、もし犯罪者が本当に侵入してきたとしたら、こうして「気のせい」と思うような侵入の仕方をするんじゃないだろうか。
気のせいだったら気のせいでいい。
俺はそう思い、フライパンを握りしめて立ち上がる。
確証はないけど、じいちゃん達の部屋へと向かう。
そちらから音がした気がするからだ。
電気は一応点けておく。
起きている人間がいるぞ、と思えば怯んでくれるかもしれない。
そんな期待があった為だ。
じいちゃん達の部屋に行くのに一分もかからないはずだけど、この時ばかりは十分以上かかっているような気がする。
これが焦燥感ってやつだろうか。
じいちゃん達の部屋の前につくと、俺は思わずうめいた。
戸締り確認のついでに見た際、きちんと締まっていたドアがわずかにだけど開いている!
……何があった?
いや、何かあったのか?
じいちゃんかばあちゃんが部屋から出てきたなら、俺と遭遇しないのはおかしいように思う。
何だろう、背筋がゾクゾクしてくる。
まるで背中に大量の氷を入れられたみたいな感じだ。
俺は深呼吸を三回繰り返し、勇気を振り絞ってドアを開けてみる。
念の為、フライパンを構えながら。
普段は気にならないドアのきしみが、やけに大きく聞こえる。
中を覗き込んでみると、じいちゃんとばあちゃんが寝ていた。
……目を見開き、顔を恐怖で歪ませて。
「じいちゃん、ばあちゃん」
俺は声をかけずにはいられなかった。
自分の声が震えている事に気がついたけど、そんな事はどうでもいい。
二人の布団はめくられていて、胸には真っ赤な染みが広がっている。
生きているはずがない、と直感してしまった。
黙って目を閉じ、深呼吸を一回して、二人の冥福を短く祈る。
そして気持ちを切り替えようと自分に必死に言い聞かせた。
俺の予感は嫌な方向に当たってしまったのだろう。
じいちゃんとばあちゃんをこんな事にした奴は、部屋の中にいない。
じゃあどこに行った?
言うまでもなく他の皆が危ない!
「うわああった!」
俺は大きな声を出しながら、音を立てて駆け出す。
寝ている皆が起きてくれる事を期待してだ。
そして、何者かが逃げてくればいいと思ってだ。
じいちゃんとばあちゃんを殺した奴は捕まえたいけど、今は安全が先だ。
自分でも驚くくらいそんな事を思っている。
次に狙われるのはどっちの部屋だろう。
父さんと母さんだろうか、それとも実夏や叔母さん達だろうか。
いずれにせよ、寝ているところを襲われたらひとたまりもない。
俺は気がつけば実夏のところへ駆け込んでいた。
ドアを思いっきり開ける。
「実夏ッ!」
そして叫ぶ。
寝ているのか、起きているのか、無事なのか、襲われているのか。
色んな思い、感情がごっちゃになっている。
とても言葉にしきれないものを一言で言い表したのが、この叫びだ。
目に飛び込んできたのは、目をつぶったまま仰向けになっている従妹の姿だった。
布団におかしなところはない。
「うん」
それどこから俺の叫びに対して、のんきな反応すら見せた。
実夏はまだ無事だったか。
そう安心した瞬間、後頭部にすごい衝撃を感じ、目の前が真っ暗になった。
ハッと気が付くと周囲は明るい。
そして見慣れた車の中の様子が目に映る。
「あら、寝ていたの?」
助手席にいた母さんが振り向く。
「う、うん」
またこのパターンか。
今度は驚きはなく、悔しさの方が強い。
じいちゃんとばあちゃんが殺され、俺も殺されてしまった。
さっきまでの事を夢で片づけるには、頭部に受けた衝撃が生々しすぎる。
痛みはなかったものの、だからこそ恐怖を感じさえした。
ただ、これで俺がループに巻き込まれているらしい事ははっきりしたと言えると思う。
そして、その原因が侵入してくる人殺しだという事も。
何とかしてそいつの犯行を止めないと。
俺だけが助かる手段なら、いくつもあるけど、じいちゃん達を見殺しになんて出来ない。
どうにかして皆で助かろう。
その為にはどうすればいいか。
やっぱり相談してみるのが一番だろうか?
俺一人じゃ、人の家に押し入って何人も殺そうとする奴に勝てるか分からない。
でも、父さんや叔父さんと協力すれば勝ち目はあるはず。
根拠となるのが、じいちゃん、ばあちゃん、俺の殺害手段だ。
じいちゃんとばあちゃんは、胸部が血まみれだったくらいだから、恐らくは刺されたのだろう。
そして俺は後頭部を殴られた。
つまり、敵は銃の類を持っていないか、それともむやみに使わない奴って可能性が極めて高い。
だったら、俺、父さん、叔父さんの三人で同時にとびかかれば、何とかなるんじゃないだろうか。
問題はどうやって信じてもらうかだな。
正夢の話はあっさり信じてくれたから、何とかなるかな?
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