第14話

 今回も叔母さんに言われ、俺は実夏と別れて部屋に行った。


 布団が敷かれた部屋に両親はいない。


 これからは皆が寝静まる時間まで、寝たふりをしなければならないと思うと気が滅入る。


 両親が部屋に戻ってくるまでなら、普通に起きていても問題はないだろうけども。


 俺は仰向けに寝転がり、天井を眺めながら思索に没頭する。


 どこから見て回るべきだろうか。


 やっぱり最初は台所か?


 失火による火事が原因かもしれないし。


 それから放火って可能性もあるけど、この街にそんな物騒な人間がいるのかなあ?


 いや、いると思って行動してみよう。


 いなかったらごめんなさいという事で。


 次はどうしよう。


 後、家の中にいる俺が死ぬとなると……地震かな? 


 でも、あの部屋、俺の上に倒れてきそうな物はないぞ。


 タンスはあるけど、位置的にやばいのは父さんだ。


 そもそも地震が来た事に気が付かないってありえるか?


 一人で寝ているならまだしも、父さんか母さんが一緒だし、どちらかが起こしてくれるはず。


 二人とも即死するんだろうか。


 二人が即死するような状況で目が覚めないってのはさすがにちょっとないと思うんだが……。


 でも、一応頭には入れておく。


 それから……後は何があるだろう?


 死ぬ原因はともかく、俺が自分が死ぬ事に気が付かないパターンって、実のところあんまりないと思うんだよな。


 後、あるとすれば寝ている時に父さんや母さんに口と鼻を塞がれるケースだけど。


 くだらんな。


 大体、あの二人なら何もこの家で俺を殺す必要がない。


 もっと別の場所で殺して、俺が行方不明になったと言えばいいんだ。


 この家で俺を殺す必要なんて……この家の人達ならあるのか。


 普段は全くと言っていいほど顔を合わせないもんな。


 え、でも殺される理由なんて心当たりがないぞ。


 そもそも俺の入学祝いをしてくれたじゃんか。


 ……俺を確実に呼ぶ為だったのか?


 いや、待て、俺。


 何を考えているんだよ。


 じいちゃんとかばあちゃんとか、叔父さんとか叔母さんとか、実夏とか。


 俺を殺す理由なんてあるわけがない。


 ……でも、叔父さんとかじいちゃんとかどこかに出かけていたんだよな。


 いつもなら大抵家で出迎えてくれるのに。


 何で今日に限って家にいなかったんだ?


 父さん達も姿を見ない事があったな。


 過去二回は台所でマシュマロを作ったり、実夏や叔母さんと買い物に行ったりしていたから分からなかったけど。


 いつもはじいちゃんや叔父さんとリビングにいるはず。


 一体どうしてなんだ?


 ……たまたまって事はあるよな。


 この家に来るたび、同じ行動を取り続けるわけがないんだし。


 やばい、何だか皆が怪しく思えてきた。


 俺は必死で深呼吸をする。


 皆が俺の命を狙うはずがない、そんなはずはないんだ。


 俺が一体何をしたって言うんだよ?


 それに実夏はいつも通りだったし。


 実夏は大丈夫だ、実夏だけはきっと俺の味方だ。


 だから俺は何を考えているんだろう。


 放火される可能性があるなら、他にも凶悪な奴が来るかもしれないじゃないか。


 外部犯の方がよっぽどありえるはずだ。


 そうだよ、外部犯をまず疑うべきなんだ。


 少し気が楽になる。


 どうかしているよな、身内を疑うだなんて。


 ほっとした時、父さんと母さんが部屋に入ってきた。




「ん? 稔、まだ起きていたのか?」




 そう父さんに声をかけられる。


 電気をつけて仰向けに寝転がったままだったのだから、ばればれなのは当然だ。




「うん、ちょっと考え事」


「ポエムっているのかしら?」




 母さんが人の悪い笑みを浮かべながらからかってくる。


 俺が詩を書く事を「ポエムっている」と言うのだ。


 ただ、これへの対抗策は存在する。




「うん。美人だな、ああ母さんは美人だな」




 情感を込めて言うと母さんは照れ、父さんの肩をたたきまくった。




「もう、いやだ。この子ときたら。実の母親をナンパするつもりなのかしら」




 父さんは叩かれた部位を抑えてしゃがみこむ。


 派手な音がしたし、かなり痛かったのかもしれない。




「か、母さん。脱臼しそうになったよ」




 哀れっぽい声で言う父さんだったけど、




「またまた。オーバーねえ」




 母さんはまともに取り合わない。


 俺も母さんに賛成だ。


 肩を叩いたら脱臼とか、母さんにそんな力があるとは思えない。


 もっとも父さんの表情も演技には見えないんだけど……。


 いや、でもなあ。




「早く寝ようよ」




 俺が言うと、両親は驚いてこっちを見る。




「今日のお前、本当に変だぞ。明日、雪と槍が降って来てもおかしくないくらいに変だ」




 と父さん。




「本当にねぇ。太陽が西から昇ってきそうなくらいに変よ」




 と母さん。


 皆にばればれなのは分かっていたけど、そんな言い方をしなくてもいいじゃないか。


 さて、どう言えばいいのか。


 今晩何か起こるって言うのが一番だろう。


 でも、何が起こるのか俺でさえ分からないのに、言ったところで信じてもらえるだろうか。


 せめて何が起こるか分かっていれば……。


 言葉にできず沈黙を守る俺を両親は気遣わしげな顔で見ている。


 心配をかけて申し訳ないと思う。




「今頃受験の疲れが出てきたのかも」


「本当に今頃だな!」




 言い訳に父さんが食いついてくる。


 食いついてくれたと言った方がより正しいかもしれない。




「でもありえない話ではないわね」




 母さんが思案げな顔になっていた。




「疲れがいつ出てくるかなんて、その人次第でしょうし」


「それもそうだな」




 父さんはあっさりと納得する。


 否定しない方が俺にはいいように思えたので、何も言わないでおこう。 




「そういう事なら早めに寝ろよ」


「うん」




 そして父さんの言葉に逆らわない。


 布団を被ってしまえば寝たふりをするのは大して難しくないし。


 問題は二人がいつ寝てくれるかという事だ。


 そして叔父さんと叔母さんも。


 念の為、言い訳を考えておいた方がいいかな。


 俺は素直に布団を被る。


 父さんと母さんも布団に入ったか、部屋の電気は消えた。


 息を殺して待とうとしたけど、すぐに止める。


 寝息やいびきが聞こえないのでは、起きていると言っているようなものだからだ。


 どれくらい経過したのか、父さんと母さんが小声で話し始める。




「実夏ちゃんは大丈夫かしら?」


「大丈夫だろう。残念ながらうちの稔とは出来が違う。あいつの前じゃ言えないけどな」




 俺は寝たと思っているのだろう。


 いや、父さん、俺まだ起きているんですけど。


 とは言えなかった。


 それに実夏の方が圧倒的に出来がいいのは事実だ。


 安定した寝息を続けよう。




「でも、その分稔の方が神経は太いみたいだけど」


「だなあ。実夏ちゃんは、出来るが故に不安になってしまうって感じだな」




 確かにそういったところはあるな。


 俺の場合、なるようにしかならないって開き直れるんだけど。




「あの二人、足して二で割ればちょうどいいかもね」


「それは言えているな」




 二人はくすくす笑う。


 俺と実夏を足して二で割ったらダメじゃないのかな?


 俺の開き直りの早さを実夏に分けられるなら、それが一番かもしれないとは思うんだけども。


 しかし、親って結構子供の話をしているんだな。


 全然気がつかなかったよ。


 俺が知らないところでしか話さないんだから当たり前か。




「それより実夏ちゃんと稔、どう思う?」




 父さんがいきなりそんな事を言い出した。




「実夏ちゃんは稔に相当懐いているとは思うけど、稔は妹としか思っていないんじゃないかしら」




 確かに俺は妹的存在だとしか思っていないな。


 母さん鋭いわ。




「それは俺も同感だな」




 父さんがそう言うけど、何と言うかわざとらしさを感じた。




「ただ、実夏ちゃんはどうなんだろう? と思うんだ。稔の事は兄的存在なのか? それともそれ以上なのか?」




 何を言い出すんだよ、いきなり。


 驚きのあまり、心臓の音が大きくなった気がする。


 実夏が俺を男として見ている……?


 確かにバレンタインチョコはかなり気合が入った物をくれたりするけど。




「女の勘はそれ以上だと言っているけど、どうかしら。意外と実夏ちゃん自身も分かっていないのかもしれないわ」


「なるほど、それはありえそうだな」




 何て話をするんだよ……何もここでしなくてもいいだろうに。


 それが率直なところだ。


 この家に来たからこそ、そんな話が出るんだろうけどさ。




「お前はどうする? 実夏ちゃんと稔のカップル、賛成か反対か」




 何故話が飛躍するんだ。


 俺は父さんに抗議したくなるのを必死で我慢する。




「反対はしないわよ」




 母さんはあっさりそんな答えを言った。




「いとこ同士なら結婚出来るしね。ただ、稔に実夏ちゃんはもったいないっていうのが本音だけど」




 稔には言えないけどね、と言う母さん。


 ばっちり聴いていますよ。


 言えないけどさ。




「確かにもったいないな。実夏ちゃんなら、もっといい男をえり好み出来るだろう」




 その点については全面的に賛成だな。


 実夏は可愛いくて頭がいいし、スタイルも性格もいい方だと思う。


 家事も一応は一通り出来るはずだし。


 叔母さんが「俺の前限定」と言っていたのがどこまで本当にもよるかな。


 もしかしたら実夏への戒めになる事を期待して誇張したのかもしれない。




「稔もいいところはあるんですけどね。逆境でもあまり物怖じしなさそうだし」




 母さんがフォローをしてくれる。


 とってつけた感がないと言えば嘘になるけど、ちょっと嬉しいな。




「それは褒めすぎだろうな」




 と、父さん。


 事実だけど、もうちょっとオブラートに包んで下さい。




「でもまあ、ピンチになって、パニックになって、そこから立ち直るのは意外と早いかもしれないな」




 お、おおお?


 意外と高評価?


 そんな風に思われていたのか……。




「もっとも、普段からもう少しやれって話ではあるが」


「それはそうですね」




 ぎゃふん。


 何も言い返せない。


 もう少し頑張ってみようかな。


 その為にはまず明日が来てくれないと。


 話が一旦途切れ、部屋が沈黙に包まれる。


 聞き耳を立てているけど、新しく話が始まりそうにもない。


 話を聞いているだけじゃそうでもなかったけど、いざ沈黙が訪れると時間の経過がすごく遅く感じる。


 父さんも母さんも何も言わない。


 二人の息遣いだけが聞こえている。


 もしかして既に寝ちゃったのか?


 いや、二人が黙ってから大して時間は経っていないはず。 


 焦る必要はない。


 要は原因を突き止めればいいんだから。


 そしてそれがいつ起こるのか分からない。


 出来れば深呼吸をしたいけど、二人がもう寝たとは限らない。


 寝たふりを続けて様子をうかがい続ける。


 しばらく経過すると寝息が聞こえてきた。


 多分、母さんの方だな。


 父さんと母さんではちょっとだけ違いがあるのだ。


 それに父さんなら多分、いびきになるだろうし。


 念の為、もう少しだけ待ってみよう。


 体制が辛くなったので軽く身じろぎする。


 二人の反応は特にない。


 もういけるか?


 でも、父さんのいびきは聞こえてこないから、後ちょっと待った方がいいかもしれない。


 ……長いな。


 布団の中で待つという行為がこんなに長くて苦痛だなんて思わなかった。


 辛くなってきたので時々姿勢を変える。


 まだか、まだなのか。




「くー」




 と、いびきが聞こえてきた。


 やっとだな。


 でも、聞こえてすぐはちょっとまずいかも。


 もうしばらく経ってからの方が無難だろうな。 


 父さん達は寝ても叔父さん達はまだ起きているかもしれないんだし。


 ……けど、あまり待ちすぎるのも危険かな?


 「いつ起こる」というのが分からないんだし、こうしている間に何かが起こるかもしれない。


 どうしよう。


 そうだ、言い訳を用意しておこう。


 父さんと母さんが実夏の話を始めたせいですっかり忘れていた。


 どういうのがいいのか。


 やっぱり無難にお茶、トイレがいいかな。


 要は部屋から出た理由があればいいんだし、奇をてらっても仕方がない。


 いる場所次第では不自然に見えるかもしれないけど、そもそも皆だって起きるとしたらお茶かトイレだろう。


 ……犯人でもない限りは。


 他の場所だと逆に見つかりにくいんじゃないか。


 俺は布団をめくり、そっと立ち上がる。


 父さんと母さんは無反応だ。


 二人を起こさないよう、ゆっくりと慎重に歩き部屋の外に行く。


 心臓がバクバク鳴って、神経がガリガリ削られていくような感覚がする。


 俺って、結構小心者だったんだなぁ。


 と思ったあたり、多少は余裕があるのかも。


 静かに部屋のドアを開けて閉める。


 さて、どこから行こうかな。

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