第13話

 人生ゲームは結局最後までやり、ばあちゃんが勝った。


 終盤でじいちゃんと実夏をかわし、トップでゴールしたのである。


 まさかの大逆転劇に皆びっくりしていたけど、本人が一番驚いていたな。




「実夏も受験がこれの二の舞にならないよう、最後まで気を引き締めなさい」




 叔母さんがそう諭し、実夏も神妙な顔でうなずいていた。


 たかが人生ゲームを教訓にもっていったのはすごいと思う。


 母親って偉大だね。


 そして現在は夕食だが、俺の体感では三度目のすき焼きだ。


 これも変わらない点なのか。


 やっぱり提案しないとダメなのかね?


 他の影響を受けて変わるもの、俺が動いて変えなきゃいけないものを見極めないといけないな。


 ……ちょっとのんきすぎるかもしれないな。


 ループの原因は全然分からないし。


 皆が寝た後調べてみるか?


 現状は「明日が来ない」んだから、今日中に何かあるんだろうし。


 何かと言っても何があるのか、さっぱり分からないけどなあ。


 ここは平和な町だ。


 「何もない」と言うのはさすがに言いすぎだけど、それでも田舎と言える。


 前に実夏が言っていたんだけど、小火くらいでもニュースになるらしい。


 それくらい事件といったものとは無縁なのだ。


 だから、何かあればニュースになっているだろう。


 つまり隕石が降って来たとか、そういった類の事は考えにくい。


 かと言って他に事件らしいものがあるとは思えないし……。


 明日が来ない原因が何なのか、とんと見当がつかないな。


 と、そこまで考えていると、皆がちらちらこっちを見ている事に気が付いた。


 慌てて手を動かす。


 充分不審に思われているんだろうけど、今回は打ち明ける気にならない。


 「ループ中みたいだ」なんて言えるはずもなかった。  


 まあ、実は夢オチかもしれないけどな。


 それだったらどれだけいい事やら。


 実夏が俺のところから春菊を取り、しめじを放り込む。


 相変わらずしめじだけはダメなんだな。


 と思ったが、叔母さんや母さんに注意されない?


 今回は見とがめられなかったのだろうか。


 さらっと展開が変わったみたいだな。


 何がきっかけでどう変わるか分からないなんて、やりにくいなあ。


 変わらないよりはマシだから贅沢は言えないけどさ。


 肉を食べるタイミングでちらりと実夏を見ると、野菜を食べていた。


 前の時は肉を食べていたし、これも変化という事でいいだろう。


 微妙すぎるラインだけど。


 こんなのは偶然の範疇かもしれないんだし。


 でもせっかくだし、ポジティブになってみようかな。


 問題はこれからどう動くかだ。


 立場や関係を考えれば、俺が単独行動を取るというのは難しい。


 出来るとしたら皆が寝てからだな。


 もしかしたらその時刻にこの家から火事でも出るのかも……ん、俺は今、何を考えたんだ?


 家から火事が出た結果、ループするなら「死に戻り」というやつじゃないだろうか。


 死に戻り……つまり俺が死ぬ事によって戻る?


 別に俺じゃなくてもいいとは思うけど、何度も戻っている事に気がついている人間が他にいないのは変だし。


 俺が巻き戻している、と考えるのはアリだろう。


 それとも家の誰かが死ぬ事で発動し、俺だけ記憶出来ているか。


 つまりこの家に起こる何かをどうすればいいか、防げばいいのだ。


 ちょっとは前進出来ると思う。


 確証はないんだけど、そもそも証拠らしきものは一切存在していない。


 俺の記憶だけが手がかりって感じだ。


 推理じゃなくて妄想に近いって自覚はある。


 本当なら寝て起きたら明日が来ていたというのが一番だ。


 そうする為にも一度調べてみた方がいいんじゃないだろうか。


 ただ、そうすると皆が寝るまでどうするかだなあ。


 実夏と遊ぶか、皆と何かゲームでもするか。


 大抵、どっちかなわけだが、どっちの方がいいんだろう。


 もしかしたら俺が潰したい原因そのものが、起きないように変わる可能性だってあるし。


 ……難しいな。


 何をどうすれば変わるのか分からないし、そもそも既に変わってしまっているかもしれない。


 もしかしたら今後の過ごし方で発生するのかもしれない。


 情報が少なすぎて、どの選択肢が正解かだなんて予想すら出来ない。




「みっくん?」




 実夏の声で我に返る。


 皆の視線が痛い。


 俺は急いでご飯をかきこむ。


 どうしてこうなったのか……どうすればいいのか。








 俺は結局、実夏と二人で遊ぶ道を選んだ。


 実夏一人ならどうにでもごまかせる自信がある。


 ごまかされたフリをしてもらっているだけ、という可能性はこの際無視する事にしよう。




「今度は何をする?」




 従妹は嬉しそうに、無邪気な笑みを浮かべていた。


 こうして見るとしっかり者じゃなく、単に扱いやすい奴と思えるんだよなぁ。




「トランプでもやろうぜ。ブラックジャックとか」


「いいよ」




 実夏は早速カードを切り始める。


 せっかくだからやってない事をやっていこうと思う。


 まだ変わったか分からないし、変える努力は続けるべきだ。


 少なくとも風呂に入る順番は変わってないからな。


 俺が意見を出せば変えられたかもしれないけど、この家で風呂に入る順番は決まっている。


 それを変えようとすれば、さすがに説明が必要だろう。


 皆に説明した方がいいとは思っている。


 しかし、どう説明すればいい?


 前回、「正夢を見た」といった話をしても風呂に入る順番は変わらなかった。


 危険を訴えたわけじゃなかったから当たり前と言えば当たり前なんだけど、危険を訴えるには材料が不足しすぎている。


 皆が笑わずに聞いてくれたのは、あくまでも「正夢を見た」レベルの出来事だと判断したからだろう。


 予知能力に突然覚醒したと言っても……意外と信じてくれるかもしれないけど、その後の立ち回りがなあ。


 全然分からない事だらけで、皆にどう相談すればいいのかすら分からない。


 せめて根拠だけでも見つけたいな。




「やった、あたしの勝ち」




 あっさりと負けた。


 実夏は二十一で俺は十五か。


 ところで、ループしている根拠、それも皆を納得させるものってどうやって見つければいいんだろう?


 見つけられないなら、自分一人でやっていくしかないのかなあ。




「くそ、負けたか」




 俺は悔しがって見せたけど、どこかわざとらしさはあったように思える。


 自分でそう感じたくらいだから、実夏はなおさらだったらしい。




「みっくん、今日は何か変だよ? 会った時からさ」




 バレバレのようだ。


 もちろん、バレていないと思っていたわけじゃない。




「そうか? 部活の事とか、考えたい事が色々あるからなあ」




 申し訳なさそうな表情を作って言い訳をする。




「そう? 高校ってそれだけ大変なのかな?」




 実夏はあっさりと信じてくれ、俺をいたわるような顔になった。


 まだ中学生の実夏だからこそ疑う余地がないのだろう。


 何だか罪悪感でいっぱいになる。




「今度はポーカーをやろうぜ」


「うん」




 トランプを切り直す実夏の姿を眺めつつ、再び考え事に戻る。


 じいちゃんとばあちゃんは朝が早い分、今頃寝ているはずだ。


 父さんと母さんが寝るのは夜中の十二時くらい。


 実夏は大体それより少し早いって本人から聞いた事がある。


 俺達が遊びに来ている時は何故か早めで、大抵十時くらいなんだけど。


 問題は叔父さんと叔母さんで、この二人がいつ寝るのかよく分からない。


 ちょうどいいから訊いてみるか。


 せいぜい不審に思われないよう気をつけないと。




「実夏って何時くらいまで起きている?」


「ん? 十一時くらいまでは起きていると思うけど。前に言わなかったっけ?」




 首をかしげられたので、




「いや、ど忘れしちゃったから。受験だからって寝る時のリズムは変えない方がいいみたいだよ」


「うん。ありがと」




 実夏は嬉しそうにと言うより、はにかんだような笑みを浮かべる。


 心配している言い回しになったせいだろう。


 すまん、許してくれ。


 他にも理由があるってだけで、別に心配しているのは嘘じゃないから。




「叔父さんと叔母さんも変えない方がいいらしい。二人がいつ寝ているかなんて知らんけどな」


「ふうん、そうなんだ? お父さんとお母さんはたぶん、十二時前には寝ていると思うけど」




 なるほど、十二時前ね。


 じゃあ、マージンを取って十二時半くらいから動くのがいいかな。


 と、ここで切るのも変だな。




「十二時前くらいなら、うちの親達と同じくらいだな」


「え? そうなんだ」




 実夏は目を丸くする。


 伯父伯母の就寝時間なんて普通は知らないだろうしなあ。




「似た者同士なんだ。さすが家族って感じ?」




 軽やかな笑い声を立てる。




「どうなんだろ? 母さんと叔父さんは姉弟だから偶然じゃないだろうけど。父さんと叔母さんがな」


「片方が寝るなら、もう片方があわせるんじゃない? そのへんは分からないけどさ」




 そのへんはきっと夫婦間で決める事だ。


 子供である俺達にはどうなっているのか、分かるはずもない。




「みっくん達はどうしていたの?」




 当然の帰結とでも言うべきか、実夏に振られる。


 今更隠すような事でもないので正直に答えた。




「俺はいつも通りだったな。父さんと母さんは、今思えば不安そうだったし、受験日前とかはあまり寝ていないみたいだったけど」


「まるで人事だね……」




 さすがの実夏も呆れて絶句してしまう。


 俺もこれには気まずくて弁明を試みる。




「でもそのおかげで普段通りの実力は出せたんだぞ」


「ぎりぎりだったらしいね」




 あっさり切り返されてしまった。


 まあ、父さんと母さんが散々愚痴っていたからな。 


 こう切り返されるのは想定の範囲内です。




「けど実夏が知りたいのは、実力を発揮出来る方法だろう?」




 元々学力には全く問題がないわけだし。




「むう」




 実夏は黙り込んでしまう。


 人事のようにリラックスしたいんだとは切り返しては来なかったな。


 素直な奴め……そこがこいつの可愛いところでもあるんだけど。




「受験を人事のように思えたらリラックス出来るのかぁ。出来るかな?」




 うんうん唸りながらぶつぶつ言い出す。


 ここはもう一押ししておこうか。




「実夏の場合、実力は全く問題ないんだろ?」


「え、うん。A判定だよ」




 A判定とはさすがだな。


 トップクラスで合格出来そうな人間にしか与えられないという噂。


 俺にしてみれば都市伝説的な代物だ。




「じゃあ人事に思えるきっかけみたいなものがあればいいんじゃないか?」


「きっかけ、きっかけかあ。うーん」




 悩み始める。


 自分は大丈夫だと信じられたらそれが一番だと思うけど、実夏はそうではないらしい。


 県でトップクラスの学力で落ちるなんて、当日高熱を出したとか大幅に遅刻したとか、受験票を忘れたとか、そういったことがない限り大丈夫だと思うんだけどな。


 公立高校は三つまで志望出来るはずだし。




「行きたい学校は決まっているのか?」


「うん。学区で一番レベルの高いところ」




 さらっと淀みなく出てくるところをみると迷いはないわけか。




「じゃあ二番目のレベルをわざと落としてみるとか。それなら、たとえ不調だったとしても受かる確率はぐっと高くなるだろ?」


「うーん、それ許してもらえないと思うんだよね。言い方悪いけど、あたしより学力が下の子達もいるわけだから」




 実夏がレベルが低い学校を志望してしまうとその分、学力が低い子が割を食ってしまうという事か。


 確かにその子達にしてみれば理不尽すぎるわな。


 もっとレベルの高いところを志望してくれって思うだろう。


 俺だってそういう立場の人間なんだけど、今心配しなきゃいけないのは実夏の事だからな。




「じゃあ私立は? 私立なら大して問題ないんじゃないか?」


「うん、まあ。公立よりは大丈夫かな?」




 実夏はあまり歯切れがよくない口調で答える。


 どうもわざとランクを落として受けるという行為にためらいがあるらしい。


 これはあまりしつこく勧めない方がいいかも。




「まあ、受験料もかかるから、叔父さんと叔母さんに相談した方がいいだろうな」




 私立の方が当然高いはずだ。


 いくつも受けると金銭面の負担が大きくなる。




「うん。そうしてみる」




 実夏は素直に頷いた。


 最悪、私立の二次募集でいいじゃないか、と思うのはきっと俺くらいなんだろうなぁ。


 この楽天的な考えをするかどうかが俺と実夏との差だと思う。


 俺の場合、楽天的すぎるってよく言われているけどね。


 俺が何度も言っていれば、楽天さが移ったりしないだろうか?


 実夏はちょっと楽天的になるくらいでちょうどいいんだよな。


 ……生まれた時から交流があるのに、これだけ性格に差が出たんだから、あまり期待は出来ないかもしれないけど。


 でも、やらないよりはマシだよな。

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