第12話

おやつの時間が終わった後、皆でボードゲームをする事になった。


 これは俺の提案である。


 ループ内で起こる出来事の多くが変えられる以上、なるべく変えまくってやろうと思ったのだ。


 知らず知らずのうちに脱出フラグを立てられるかもしれない……そういう打算もある。




「みっくん、ボードゲーム好きだったっけ?」




 実夏が言ったように皆どこか不思議そうだったが。




「たまにはいいじゃん」




 そう言うとそれ以上は何も言われなかった。


 多分、ごまかされてくれたんだろう。


 実夏が持ってきたのは「大往生じゃあ」だ。


 昼過ぎにやったものより、ずっと大型である。




「これをやるのか?」


「夕食までに終わるかな……」




 何やら不安げな声も上がるが、無理もないと思う。


 一回休みと振り出しに戻るのマスが多く、全員がゴールした時、大往生していると揶揄されるくらいだ。


 八人でプレイしたら、どれくらいかかるだろうか。


 正直、想像も出来ない。




「夕飯の支度の時間になったら、途中でも抜けさせてもらいますね」




 叔母さんがそう言う。




「二人でチームを作った方がいいんじゃないか?」




 という叔父さんの提案には実夏が反対する。




「いいじゃん。皆で遊ぶって滅多にないんだし」


「そうねぇ。たまにはいいかもね」




 母さんが実夏に加勢し、俺も頷いて援護すると大勢は決まった。


 一番手はじいちゃんで次がばあちゃん、父さんが最後である。


 さて、これだけ大人数なら、俺の運の悪さも吹き飛んでくれるはず。


 そう期待してもいいよな?


 誰に言うでもなく、心の中でだけつぶやく。


 じいちゃんは三を出して何もないマスに止まる。


 ばあちゃんも仲よく三を出した。


 続いては叔母さんでいきなり六を出し、「入園式。お祝いに百ポイント」である。




「おお、いきなり順調だな」




 叔父さんと父さんがそう言う。


 もしかして叔母さんも強いんだろうか。


 と思っていたら叔父さんは一だった。


 微妙な空気が流れる。


 夫婦そろって強いなんて事はないらしい。


 次は実夏で、六を出して叔母さんと同じ場所に止まり、歓声が起こる。




「やっぱり強いな」




 俺もそう口に出す。 


 実夏のこの強さは、運だけじゃない気がする。


 そして俺の番。


 一を出してへこんだ。


 叔父さんが優しい顔で肩に手を置いてくれる。


 何だか仲よくなれた気がした。


 母さんは二、父さんは四である。


 序盤は何も書いてないマスが多いので、勝負はこれからだ。


 そしてじいちゃんは五を出して「卒園式。ご祝儀に百ポイント」に止まる。




「お。まずまずですね」




 父さん、母さん、叔母さんが感心したように言う。


 ばあちゃんは三を出して叔母さん達に並ぶ。


 くそ、皆幸先がいいなぁ。


 と思ったけど、次は叔父さんだ。


 きっと俺の期待に応えてくれるに違いない。


 なんて思っていたら五を出したよ。




「叔父さんの裏切り者!」




 俺は思わず声に出していた。




「いやー、すまんすまん」




 叔父さんは爽やかな笑顔で謝ってくる。


 せっかく仲間だと思っていたのに。


 叔母さんがサイコロを振り、五を出す。


 あんまり急ぎすぎると落とし穴があるよ、と負け惜しみ半分で思っていたら、止まったマスが「入学式。前のプレイヤーからご祝儀を百ポイント貰う」だった。


 前のプレイヤー、すなわち叔父さんは百ポイント巻き上げられる。




「何かごめん」




 俺がそう言うと、




「いや、叔父さんこそ裏切ってすまなかった」




 と肩を落とした。


 そんな俺達をよそに実夏がサイコロを振る。


 一を出し「前のプレイヤーに百ポイントを払う」に止まった。




「あらら」




 実夏はあっけらかんとして、叔母さんに百ポイント払う。




「まあたまにはな」




 俺が言ってもニコニコしている。


 少しも気にしていないらしい。


 叔母さんに独走されても困るんだけどなぁ。


 そう思いながらサイコロを振ると四が出て、「もう一度サイコロを振る」のマスに止まった。




「お、やったじゃん」




 実夏が喜んでくれる。


 叔父さんは、




「稔も裏切るなよー」




 恨めしそうな声を出して叔母さんにたしなめられた。


 もう一度振るとまた一が出る。




「ポイントがもらえただけでもよしとしよう」


「今から気にしすぎじゃない?」




 母さんはそんな事を言って四を出す。


 そして父さんも二を出し、親子三人が仲よく同じマスに止まる事になった。




「こういう事もあるのだな」




 じいちゃんが驚いたようにつぶやく。




「何かの暗示かねぇ」




 ばあちゃんがそんな事を言い出したけど、皆で「ないない」と言った。


 所詮サイコロゲームだし、こういう日だってあるさ。


 まあ、調子が悪かったら腹も立つんだけど。


 そしてじいちゃんのターン。


 何も書いてないマスに止まり、ばあちゃんも同様だ。




「何にもないな」


「そういうものなのですかね」




 二人はそうやりとりをする。


 何と言うか、嵐の前の静けさって感じ?


 まだまだ序盤だからな。


 叔父さんが六を出し、「風邪を引いた。一回休み」となる。


 叔母さんは二を出して何もないマスに止まった。


 順調だなぁ。


 実夏は六を出し、「成績が良くて小遣いが上がった。百ポイントアップ」に止まる。




「現実でもこれくらいお小遣いが上がったらいいのになぁ」




 とぼやく。


 その点だけは心の底から同意するよ。


 叔父さんと叔母さんは笑っている。




「じゃあ伯父さんが小遣いを上げようか?」




 父さんがよせばいいのにそんな事を言い出す。


 実夏は目を丸くして、




「まず、みっくんの分を上げてからね?」




 などと言う。


 実夏が女神様に見えてきた。




「そうだそうだ。まず俺の分を」




 抗議しながらサイコロを振る。


 俺が止まったのは「偶数が出たらそのまま。奇数が出たらもう一度サイコロを振る」マスだった。




「一、三、五」




 口に出して念じながらサイコロを振ったら、見事に三が出る。




「よっしゃ!」




 思わずガッツポーズすると実夏とばあちゃんが小さく拍手してくれた。


 これで俺のターンが来る!


 という意気込みは、一の目に潰されました。


 何でなんだろうなぁ。


 俺ってここまで運が悪かったかな?


 しょぼくれる俺を尻目に母さんと父さんは順調に進める。


 いや、俺の不調って訳じゃないんだけどね。


 だけど乗り切れないと言うか……贅沢言っちゃいけないってのは分かるんだけども。


 じいちゃんは「中学校。小遣いアップ」に止まる。


 ばあちゃんは「誕生日会。皆からプレゼントを買ってもらい、五百ポイントアップ」だ。


 おかしくね?


 俺だけ……俺と叔父さんだけそういうのと縁が薄いなんて理不尽じゃないか?


 叔母さんに至っては、「高校生。アルバイトを頑張って時給アップ」なんてふざけた展開に。


 叔父さんは相変わらずである。


 そして実夏も叔父さんとは違った意味で相変わらずだ。


 「金持ちの財布を拾って届けた。五千ポイント貰う」とか、ふざけているだろう。


 で、俺はと言うと、




「財布をなくした。五百ポイント失う」




 だそうだ。




「またかよ!」




 ついつい叫んでしまう。


 作った奴出てこい! という言葉はかろうじて飲み込んだ。


 俺はすごろくかサイコロに何かしたんだろうか。


 一体何の恨みがあると言うんだ。




「また?」




 母さんが聞きとがめたので、実夏と二人でやった時も同じ事があったと告げる。




「ぶははは」




 そう笑い転げたのは父さんで、母さんは




「そういう日なのかしらね」




 不思議そうに言いながらサイコロを振った。


 「素敵なあの子からのプレゼント。アイテムゲット」に止まる。


 アイテムはゴール後ポイントに換算出来るので、高ポイントになるアイテムを集めればそれだけ有利だ。




「いいなぁ」




 俺はかなり本気で羨ましがる。




「あげようか?」




 母さんはそんな事を言い出す。




「いや、アイテムやポイントの譲渡は禁止じゃないかな?」




 俺はつい真面目な反応をする。


 気持ちはありがたいけど、不正はダメだよな。




「そうだね」




 実夏達も賛成したので、貰えなかった。


 ほんの少しだけ悲しい。


 続いては父さん。


 やったね、「振り出しに戻る」だった。




「ざまあみろ」




 俺がいい笑顔で言ってやる。




「因果応報ね」




 母さんが言うと、




「人を呪わば……ちょっと違うかな?」




 実夏も言った。




「ち、ちくしょう。何か腹立つ」




 父さん、割と本気で悔しがっているな。


 とは言え、まだ分からんけど。


 スタートに戻されても、父さんはポイントを持っているから。


 現在の最下位は俺ですぐ上に叔父さんがいる。


 ゴールボーナスも、五位以降は微妙だからなぁ。


 なるべく先にゴールしたいところだ。


 こっちでは叔母さんがトップ、次がじいちゃん、その次が実夏、続いてばあちゃん、母さん、俺、叔父さん、父さんとなる。


 当面の目標は母さんとばあちゃんだな。


 そして何気にじいちゃんの調子がいいし、ばあちゃんもなかなかだ。


 年の功なのかな……すごろくにそんなの関係はないか。




「さて、次は何が出るかな」




 じいちゃんはのんびりとした様子でサイコロを振る。


 「皆からお年玉を百ポイントずつ貰う」だと?


 どっちかと言うと、上げる側の人なのに。


 いや、昔は貰っていたのかもしれないけど……昔ってお年玉を上げる習慣なんか、あったのだろうか?




「これでおじいちゃんがトップじゃない?」


「そうだね」




 実夏の言葉に皆がうんうんと頷く。


 確かにポイントでも叔母さんを抜いてトップに立った。


 じいちゃん、ちょっと大人げない気がします。


 叔母さんもだけど。




「じいちゃんと叔母さん、大人げないなぁ」




 胸の内にしまいきれず、声に出していた。


 二人はちょっと困った顔をする。




「そんな事を言われても……」


「ワシらが出したくて出している訳じゃないからなぁ」




 ごもっとも。


 サイコロの神様が問題か。


 神はサイコロを振らないらしいが、振る人間を弄ぶのも止めてもらえないだろうか。


 俺は何を言っているんだろうなあ。 


 そうこうしているうちに展開は進む。


 じいちゃん、叔母さん、実夏のトップ争い、俺と叔父さんの最下位争いは白熱している。


 次は叔母さんのターン。


 止まったマスは「夏休み。旅行で宿泊するホテルで火災発生。支配人からお詫びに千ポイントもらう」だと。


 普通、財産をなくすところだと思うんですがねえ。


 そして実夏のターン。


 「宝くじの一等が当たる。五千ポイント獲得」だってさ。




「ここまでくると呆れるしかないな」




 叔父さんが半ば呆然としてつぶやく。




「むしろさすがじゃないかな?」




 俺も同調する。


 実夏、いくら何でも強すぎじゃないか?




「何か気味が悪くなってきたよ」




 本人も困ったように言う。




「まさかと思うけど、今運を使っているって事はないよね?」




 不安そうにつぶやく。


 まさかも何も、思いっきり使っている気がするのは俺だけなんだろうか。


……俺だけじゃなかったらしく、部屋が奇妙な沈黙に包まれる。


 実夏はおろおろとしてあたりを見回し、そしてこっちに視点を定めた。




「み、みっくん?」




 すがるような声に若干良心を痛ませつつ、




「お前ならきっと実力だけで合格出来るよ」




 と答える。


 棒読みになってしまったのはやむをえないと主張したい。


 俺だってどう言えばちゃんとしたフォローになるのか、分からなかったんだから。




「ええ〜」




 実夏はショックを受けていた。




「馬鹿、フォローになってないぞ」




 父さんがそう言ってきたので、俺は




「手本を見せてくれ」




 と言い返す。


 「何で俺が」と言いかけたが、実夏のすがるような目を見た父さんは、




「きっといい事あるさ」




 と言って母さんに張り倒された。


 フォローになってないのは父さんも同じじゃんか。


 結局、ボードゲームはここのままお開きとなった。


 ナーバスになった実夏への配慮だろう。


 じいちゃんが、




「今年は実夏にとっていい年かもしれんぞ。だから大丈夫」




 と言って、「受験は来年だ」とツッコミを入れられまくった。


 俺が言えた義理じゃないかもしれないけど、ダメな大人が多くない?


 そして叔母さんが、




「運に左右されない実力をつければ不安も消えるわよ」




 と言って実夏をなだめていた。




「名前の書き忘れとか、注意すれば防げるものを防げばな」




 俺もそう続く。


 これはフォローらしい事言えたんじゃないかな。


 実夏は何とか落ち着き、頷いてくれた。


 大人びたしっかり者だと思っていたが、まだ十四歳の女の子なんだよなあ。


 見えないプレッシャーに押しつぶされそうになっていたのかもしれない。

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