第17話
本当の事を打ち明けずに信じてもらう事が、こんなにも難しいなんて。
心の中で舌打ちをする。
最初は戸惑っても皆信じてくれると思っていた。
見通しが甘かったと言わざるを得ない。
本当どうすればいいんだろう。
ここは父さんに泣きつくか……?
本気で情けない事を考え始めた時、じいちゃん達が帰ってきた。
「おお、稔、来たか」
温和な声に鬱屈した気持ちが洗い流されたような感覚。
じいちゃんの雰囲気は不思議な力があった。
「うん」
そう言えば今回、実夏とは久しぶり云々のやりとりはしなかったんじゃ?
さりげなく変えていたのかも。
いちいちこういう事を考えなきゃいけないのも何だかなぁ、と思わなくもないけど、皆の命が懸かっているわけで。
じいちゃん達は俺達に漂う微妙な空気に気が付かず、もしくはそのフリをして椅子に腰かける。
「部活とかは決めたのか?」
叔父さんにそう訊かれて俺は迷う。
決めていない事に違いはないんだけど、言い方次第で影響がありそうだったからだ。
と思ったけど、訊いてきたのがじいちゃんじゃなくて叔父さんって時点で、既に変わっているとも言えるよな。
どうしようか。
一応、変えておいた方がいいか?
「まだ考え中。入学式の後の部活見学会まで時間があるしね」
これだけ言って、先輩の失敗談とかは言わない。
だからどうしたって話だけど、何が変化のきっかけになるか分からないからなあ。
「そうか。釣りはやらないのか?」
あ、ここでこの流れになるのか。
言わんとする事は分かったけど、とぼけてみようか。
「ん? 部活動に釣りはないよ」
「いや、そうじゃなくて」
叔父さんは苦笑し、言い直す。
ごめん、分かってはいたんだけどね。
心の中でだけ謝っておく。
「釣りはなかなか上達しないから、あまり楽しくないんだよね。父さんみたいに釣れるなら、面白いのかもしれないけど」
いまいち上手く言えた気がしない。
意味はそのままで、言い回しだけ変えるのって大変なんだな。
「そんなものか? ふかせ釣りとかはどうだ? あれなら初心者でもいけると思うが」
「ふかせ釣り……?」
何だそれという意味と、過去三回とは違う流れであるという事、二つの理由で首をかしげた。
「初めて釣りに行った時にやったあれだよ」
父さんの説明でやっと分かった。
でも、あれもダメだったんだよなあ。
いや、一匹も釣れないって事はなかったんだけどさ。
「パッとしなかったせいか、あんまり楽しくなかったかな。釣りに向いていないのかもしれないね」
「そうか」
叔父さんは残念そうにしていたけど、それ以上は何も言わなかった。
「稔君は何が向いているのかしらね」
じいちゃん達の為にお茶を淹れてきた叔母さんがそうつぶやく。
これも初めての体験だ。
けど、何でこうなったんだ?
理由が分からないと今後の参考に出来ないので困るな。
「それは今から時間をかけて見つけるもんだろう。焦ったところで、見つからんものは見つからんよ」
じいちゃんが優しく、諭すように言う。
さすが年長者の貫禄って感じで、説得力があった。
「そうですね」
大人達も納得してしまったようである。
全員が黙り、沈黙が訪れた。
「あれ、どうしたの?」
実夏がエプロンを外しながら小首をかしげる。
こうして皆が集まる時は、大抵、誰かが何かを話しているもので、こうして沈黙が広がっているのは珍しい。
だから従妹が不思議がるのも無理はなかった。
俺は答えず、代わりに質問をする。
「叔母さんの手伝いはいいのか?」
「うん。休憩していいって」
恥ずかしそうな表情をしたので、何かやらかしたのかと勘ぐりたくなった。
そもそも昼食の支度にはちょっと早かったんじゃ? というのもある。
実夏は当然といった顔で俺の隣に座った。
そして近くに置いてあるやかんに手を伸ばし、お茶を入れる。
「それでどうしたの?」
お茶を一口飲んだ後の実夏の声だ。
どうやらごまかされてくれる気はないらしい。
「いや、俺が釣りに向いていないんじゃないかって話だけど」
「そりゃ、向き不向きなんじゃないの?」
即答されてしまった。
「それで話がちょうど終わったところなんだよ」
「あ、そうなんだ」
納得してもらえて何よりである。
俺達の様子を見て、大人達が
「相変わらず仲良しだよな」
「兄妹みたいだ」
などと言い始める。
これもいつも通りなんだけど、微妙な空気を払拭する意味もあるんだろう。
「でもみっくんって肝が据わっているよね」
実夏が突然そんな事を言い出したので、俺は目を丸くする。
「何だよ、いきなり」
「あたし、今年受験だから。どうやったらみっくんみたいに落ち着けるのかなあって」
この言葉を聞いて納得がいった。
過去に何度か聞いた事であり、今回も聞くという事は、よほど気になっているのだろう。
「実力的には落ち着かない方が不思議なんだけどな」
これは俺の本心だった。
県の同世代トップクラスの学力があるのに、何が不安なのだろう?
難関私立中に通っている生徒を含めているのかどうかまでは知らないが、それを抜きにしても百パーセントに近い合格率である事に変わりはない。
「と言うかお前が落ち着きすぎだったんだよ」
父さんが横槍を入れてくる。
「そうね。焦っているのは私達だけで、当の本人はけろっとしていたのが、ちょっと納得いかないわ」
母さんも真顔でそんな事を言う。
だって、今更どうしようもなかったんだし、なるようにしかならないじゃないか?
「なるようにしかならないって思う事がいけないのかな?」
「それ、きちんとやるべき事をやっていた奴が言う事だろう」
父さんがどこか疲れたような口ぶりで言う。
「そっか、なるようにしかならないよね」
実夏が何やら納得したような顔で頷く。
え? それでいいのか?
俺が言えた義理じゃないけど。
と言うか前までの俺の苦心はなんだったんだ。
「実夏、吹っ切れたみたいだな」
叔父さんがそう言い、じいちゃんとばあちゃんも頷く。
「うん」
嬉しそうに返事をする従妹を見て、俺は釈然としない気持ちを抑える事にした。
こいつがいいならもうそれでいいやって思うし。
苦心って言っても大した事をしたわけじゃないからな。
「実夏ちゃんは安心していられるんじゃない?」
母さんが叔父さん、自分の弟に向かってそう尋ねる。
「そうでもないさ」
叔父さんは肩をすくめて見せた。
「学力は申し分ないって言っても、こいつはナイーブなところがあるからな。本番にやらかすタイプじゃないかってひやひやしているよ」
「否定はしないけど、本人の前で言う事?」
実夏が父親を睨み付け、叔父さんは苦笑いを浮かべる。
「怖い、怖い。でも、怒るならあまり心配させないでくれな。いや、心配をするのは親の勝手ではあるんだが……」
「うん、ごめんなさい」
何やら美しいシーンが目の前に広がった。
言葉を発するだけ野暮と言うものだろう。
黙って見守った方がいいな。
実夏は元々、実力は申し分ないんだし、実力を十全に発揮出来さえすれば問題はないだろう。
後、遅刻したり受験票を忘れたりしなければ。
当日に高熱を出すってパターンもあるか。
でも、実夏ってそういう「ツキがない」というのとは無縁だしなあ。
心配のしすぎになりそうだ。
もっとも、今夜侵入してくる奴を何とかしないといけないわけだけど。
本当、どうしよう……少なくとも今の空気で、侵入者に関する話にはもっていきようがない。
俺ってへたれなのかなあ?
まあ、かっこいい人間ではないとは思うけども。
幸いな事にまだまだ時間はある。
タイミングを見計らって言ってみよう。
何とか寝る時間までには。
……父さんだけなら、皆が寝た後でもいいな。
どうするか。
叔父さんにも声をかけるか?
かけた方がいいのは確かだけど、信じてもらえるかが鍵だ。
信じてもらえないなら、かける意味はあまりないかもしれない。
その点、父さんはとりあえず付き合ってくれるだろうという期待がある。
「もう心配はせんでも大丈夫かな」
じいちゃんがそんな事を言う。
「俺が大丈夫だったんだから実夏だって大丈夫さ」
「説得力抜群だな」
俺がしめるつもりで言うと、父さんが茶々を入れてきた。
「うん、説得力抜群だろう」
そう胸を張ってやった。
だって父さんに構うといつまでたっても終わりそうにないし。
実夏がくすくす笑い出したので、俺のたくらみは成功したと言える。
そして、それがしめとなってこの話は終わった。
「みっくん、部屋に行かない?」
実夏はそんな事を言い出す。
どうすべきなんだろう。
過去は行っていたけど、行かない方がいいのか?
何とかして皆に信じてもらうには、実夏の部屋に行っている場合じゃない気がするんだが。
とは言っても、断るにも口実がないんだよなぁ。
俺が実夏の誘いを断る方が、皆は変に思うだろう。
今ここで切り出せる空気じゃないし、一旦引いてチャンスを伺った方がいいだろうか。
「みっくん?」
悩む俺を実夏が不思議そうな顔をして覗き込んでくる。
くそ、可愛いな。
一瞬、変な事を考えてしまった。
美少女の不意打ちドアップは反則じゃないか。
「何でもない、行こっか」
俺が言うと実夏の表情はパァと明るくなる。
「うんっ」
元気よく返事をして俺の手を握ってきた。
普通、従兄妹だからってこんなベタベタするのかなって思うが、嫌がる理由もないんだよなぁ。
はぁ、何か俺の考えも変な気がするな。
普通じゃない経験をしているせいで、疲れているんだろうか。
……よくよく考えてみれば、ここまでの流れは思いっきり変わっていると言える。
叔母さんの許可を得て昼食前に遊ぶなんて、初めてなんだよな。
このままの勢いで最後まで変わったりしないだろうか。
冷静になって考えれば、皆が信じてくれたって、警察が信じてくれるかは分からないんだよな。
むしろ馬鹿にされる可能性は高い気がする。
警察が動いてくれなかったせいで、というニュースは何度も聞いた事があるし。
だったら人殺しが来ない展開になる方がいい。
父さんと叔父さんはともかく、他の人達は喧嘩も出来ないし。
それに、真っ先に殺されるのはじいちゃんとばあちゃんだ。
……そのシーンを思い出すと背筋が冷えて、足がすくむ。
「みっくん?」
俺が立ち止まった事に気がついて、実夏が振り返る。
「何でもないよ」
そう言ったけど、上手く笑えた自信はない。
人殺しが来ない展開になって欲しいものの、今やっている事がどれくらい影響を与えるのかという問題がある。
ループゲームでは、主人公の行動で未来は変わるんだけど、必要な行動を取らない限り、変わらなかったりするのだ。
ゲームと現実をごっちゃにするのはどうかという思いはある。
でも、はっきり言ってこれはゲームみたいな展開じゃないだろうか。
平和なはずの街にある家に人殺しが来て、殺される上にループするんだから。
……他にどうすればいいか分からない以上、ここは一つ、ループゲームと同じように考えてみよう。
ゲームだとループの要因は取り除けなかったりする。
まあ、ゲームが成立しなくなるから当たり前なんだけど、現実では要因を潰すという手が採れても変じゃないはずだ。
でも、どうすれば要因である人殺しがやってくる、という展開を潰せるのかが分からない。
指名手配されている相手なら、警察に通報すれば何とかなるかもしれないんだけど、もしそういう手合いじゃなかったら?
これまで犯罪をやった事がない人だった場合、警察は相手にしてくれないだろう。
いや、この場合は皆だって信じてくれないかもしれない。
俺だって実夏や皆が、実は凶悪な犯罪者だなんて言われても信じないだろう。
「みっくん、どうする?」
「トランプがいいな。豚のしっぽとか」
実夏の問いにそう答える。
正直、頭を使うゲームをやる余裕がない。
どうすればいい?
どうすればじいちゃんとばあちゃんを助けられる?
どうすれば脱出出来るんだろう?
……ゲームなら、わざと死ぬっていうのも一つの手だ。
失敗を繰り返していけば、いつか正解へとたどり着けるし、何より何度でもリセットできるからだ。
でも、これは現実なんだ。
何回でもやり直せるなんて保障はない。
それどころか次死んでしまえば全てが終わるかもしれないんだ。
そうだ、犯人の正体を突き止めるというのはどうだろう?
犯人さえ分かれば、対策が思い浮かぶかもしれない。
……けど、死んでも“次”はあるんだろうか?
そう考えただけでとても怖い。
ゲームなら、ソフトや本体やセーブデータが壊れない限り、いくらでもやり直す事は可能だ。
しかし、俺もそうだという保障はどこにある?
でもなぁ、変わらない限り、あいつはきっと来るだろうな。
じいちゃんとばあちゃんを殺し、俺も殺した奴が。
今まで俺が死んだ原因であろうあいつが。
「みっくん、考え事しすぎ」
実夏がつまらなそうな顔で睨んでくる。
「ごめんごめん」
豚のしっぽで連敗しまくっても、それどころではなかった。
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