第6話
出入り口から見て奥の右端にじいちゃんが座り、そこから左にばあちゃん、叔父さん、そして叔母さん。
手前の奥から父さん、俺、実夏、母さんの順で座る。
夢と同じ位置だけど、これはいつもの事だ。
正月とか皆が集まった時は、必ずこの配置になるので驚くには及ばない。
「はい」
当然の顔をして俺の左隣に座った実夏がポン酢を差し出してくれる。
鍋の時、いつもポン酢をつけているからだろう。
「ほい」
必要な分を入れて実夏に渡す。
俺達のやりとりを大人達は微笑ましそうな表情で見ている。
これくらいでいちいちそんな反応は止めて欲しいんだけどなぁ。
母さんと叔母さんがじいちゃん、叔父さん、父さんにビールを注ぎ、実夏が自分と俺の分の麦茶を注ぐ。
最後に母さんが叔母さんと自分の分の麦茶を注ぎ、やかんを置く。
そしてじいちゃんがコップを持って音頭を取る。
「それでは稔、合格おめでとう!」
「おめでとう」
「ありがとう」
皆に唱和され、俺は頭を下げて礼を言う。
「乾杯」
「乾杯」
ビールが注がれたジョッキと麦茶が入ったコップを次々に打ち鳴らす。
少しの気恥ずかしさと大きな喜び。
二つの感情が同時に沸いてきて、ほっこりとする。
「そう言えば稔、バレンタインはどうだったんだ?」
早くも顔を赤くした叔父さんがそう尋ねてくる。
やはり実夏の方をからかうように見ながらだ。
アルコールが入った途端、俺達をからかうのが大好きな性格になるのは困ったものである。
白菜と水菜を頬張りながらどう答えようか考えてみた。
ふと視線を感じたので横目で隣を見ると、実夏が少し表情を強張らせている。
緊張しているようにも見えた。
言い方には気をつけた方がいいだろうなと思い、夢で言った通りに答える事にする。
「義理ならもらったよ。部活の子にね。本命はゼロ」
俺がそう肩を竦めると実夏の体から体が抜けた。
そんな気がするというくらい、わずかなものだったけど。
夢でも同じような反応をしたのだろうか。
夢だとそこまで気は回らなかったけど……。
正直、自分がモテるとはとても思わない。
くれたのはいずれも仲がよかった女子で、しかも男子部員全員に配った子達だ。
あまり接点がなかった子達からは貰えなかったし。
何個も本命チョコを貰って吊るし上げを食らっていた奴とは違う。
そう言えばあいつ、ホワイトデーのお返しはどうしたのだろう。
モテる奴はモテる奴なりの苦労はありそうだけど。
「あら、義理でも貰えたのならよかったじゃない? お返しはちゃんとしたの?」
叔母さんがやや早口に言う。
てっきり俺を慰めるのと、むくれた実夏に何も言わせない為だと思っていたけど……でも義理しか貰えなかったと言った時点で、実夏は機嫌を直していたようだし?
あれ、何か勘違いしていたのかな。
「したよ。マシュマロで。男子部員全員、マシュマロだったらしいけど」
そう言って笑って実夏をちらりと見るとムスッとした顔に戻っている。
うーん……もしかして俺がお返しをしたって事が原因なのだろうか。
いや、でも実夏からはそもそも貰ってないし……何か頭が混乱してきたな。
女心が複雑なのか、実夏がややこしいのか、単に俺が馬鹿なのか。
とりあえず質問はしてみる。
「実夏はどうしたんだ? 誰かに上げたのか?」
「顧問の先生には上げたよ。義理で」
実夏はしぶしぶといった態ながら答えてくれた。
顧問の先生には上げたのか。
ここも夢と同じだが……これはどうなのだろう。
少なくとも当然とは言えないと思う。
実夏が誰に上げるかなんて、俺に予想出来るはずがないしな。
お返しについて聞こうとして、何から何までなぞる必要がないと思い直す。
実夏はケーキよりシュークリームの方が好きだし、もしケーキを奢って貰ったのであれば、それは部のメンバーと一括でという事になるだろう。
俺が反応しなかったからか、実夏がこっちをじっと見る。
「みっくんも食べる?」
真剣な顔をして俺をうかがっている。
からかっているんじゃなくて、俺にも食べて貰いたいという事なのだろう。
細かい部分は変わっても大きな流れは変わらない、とこれまで試した限りではわかってるしなぁ。
なら貰った方が得だよな。
「うん。プリーズ」
「了解」
実夏は何だかとても嬉しそうに微笑む。
夢の中では距離という問題があると思っていたけど、実夏がその気になれば大丈夫だと証明済みだ。
反応からして現実ではダメって事はないみたいだし。
「じゃ、お昼ご飯終わったら材料買って来るね」
そう言って許可を求めるように叔母さんを見た。
叔母さんは口に入っていた物を飲み込んでから
「構わないけど、そろそろ食べましょうね」
と言った。
確かに器に入った分は完全放置中である。
俺は白菜を口の中に放り込んだ。
そんな俺に母さんが、
「実夏ちゃんにおねだりしたんだから、ちゃんとお返しをしないとダメよ」
と言うと父さんも
「そうだな。男なら三倍返しをしないとな」
と続く。
俺は思わずむせ込み、実夏に背中をさすってもらった。
母さんのはともかく、父さんの三倍返しって何だよ。
「三倍返しって何だよ」
俺が睨むと父さんはすっとぼけた顔で、
「男ならそれくらいは当然だ」
と言う。
本気で言っているのか茶化しているのかよく分からない。
「え、困るよ。普通でいいよ」
実夏はびっくりしていた。
「遠慮しなくていいよ、実夏ちゃん。俺はいつも豪華なお礼をしていた」
父さんはそう胸を張ったが、
「そのおかげでいつも金欠で、デートもままならなかったのよね?」
「あう」
母さんがにこりと笑って突っ込みを入れると、父さんは情けない顔をして黙り込んでしまう。
笑いが一斉に起こって、母さんの勝ちってところか。
しかしそれはそれとして、お返しは考えないといけないよな。
夢だと普通にマシュマロを作っていたけど……手作りにこだわる必要はないかな?
大切なのは気持ちで、実夏が喜んでくれる事だし。
夢で微妙だったように、俺の手作りは今一つといったところだ。
食べられる物は出来るけど、美味しいかは別の話なのである。
でもまあ、今は食べる事に集中しよう。
そうでないとまた叔母さんに注意される。
俺が食べる事に集中し始めると会話が途切れた。
俺に遠慮したわけじゃないだろうけど。
昼食を終えた後、俺は叔母さんが運転する軽ワゴン車に乗せて貰った。
行き先は車で十分ほどの距離にあるスーパーである。
隣には実夏がニコニコしながら座っていた。
俺に密着した状態で。
「みっくんとお出かけ、久しぶりだよね?」
何でくっついて来るのかと訊けば野暮になるだろう。
俺でもそれくらいは分かる。
だから口にしたのは違う事だ。
「正月も一緒に出かけただろ」
「うん、だから久しぶり」
即答され、俺は言葉に詰まる。
二ヶ月程度しかあいていないのだけど、それをどう解釈するかは人それぞか。
「で、実夏はプレゼント何がいい?」
「みっくんが選んでくれた物なら何でも嬉しいよ」
そう返されて、困ってしまう。
母さんは献立を訊いて来る時、「何でもいいが一番困る」と言っていたが、本当だな。
言われてみて初めて分かった。
今度からは気をつける事にしよう。
「それじゃ稔君が困るでしょう。きちんと選びなさい」
叔母さんが言ってくれる。
「そっか、そうだね。ごめんね、みっくん」
実夏は頭を俺の肩に乗せながら謝った。
「いや、いいけど」
俺がそう言うと実夏は嬉しそうに微笑み「ごろにゃご」と言いながら、甘えるように頬擦りをしてくる。
さすがにこの年でされると恥ずかしいが、逃げても角が立ちそうだったからされるがままになっておく。
バックミラーで俺達の様子を見た叔母さんは、小さく苦笑し、俺に謝るようにウインクをしてきた。
……謝るようにと思ったのは俺だけで、もしかすると「娘をお願い」的なニュアンスだったかもしれない。
「みっくんの匂いがする」
鼻をくんくんさせながらそんな事を言い出したので、俺は無理矢理体を離した。
「さすがに勘弁してくれ」
「冗談だったのに」
従妹は不満そうに頬を膨らませたけど、目が笑っていなかった事にちゃんと気がついていたのさ。
「と言うか花も恥らう年頃の女の子がそんな事をしちゃいけません」
「え? あたし、花が恥らいそう?」
何故だかとても嬉しそうにする実夏。
褒めたつもりはなかったのに……少し残念な方向に成長しているのではないだろうか。
何がとはあえて言わない。
スーパーに行くとまず「お一人様限定」らしいトイレットペーパーを買う。
そして次はティッシュなど日用品を。
車に置いていても腐ったりしない物を優先という事だった。
俺はと言うと、基本的に実夏に案内されている。
さすがに人目があるからか、あまりベタベタしてこなくてちょっとホッとしていた。
同時にちょっぴり残念でもあるのは、俺も男だという事で。
そんな俺達は今、お菓子コーナーの前にいた。
「う〜ん、何を作ろっかなぁ」
実夏がチョコレートを前にして悩んでいる。
詳しく知らないけど、何を作るかで材料も変わるという事なのだろう。
「せっかくだし、皆で食べられる物がいいんじゃないか?」
バレンタインチョコという名目でも今はもう三月なんだし。
皆が集まる機会ってそうそうないし。
俺がそう言うと実夏は少々残念そうな顔で、
「えー、みっくん以外はおまけでいいのに……」
と外聞のよろしくない事を言う。
俺へのバレンタインチョコなのだから俺以外はおまけ、というのが間違っているとは思わないけど、だからと言ってそうはっきり言うのはどうなのだろう。
「そういう言い方はないんじゃないか?」
たしなめても不貞腐れたような顔をするばかりだった。
仕方がないので俺は自分の意見を言う。
「皆で食べられる物だとどんなのがある?」
「……カップケーキとかスコーンとか?」
不満そうにしながらも教えてくれたので考える。
カップケーキとスコーンならスコーンの方が好きだ。
でもカップケーキの方が皆で食べるイメージがある。
カップケーキと言おうとして、作るのは実夏だと気づく。
大変なのはあくまでも実夏なのだ。
俺はそのあたり、きちんと考えていたとは言えないかもしれない。
「作るのに手間がかからないのは?」
俺がそう尋ねると
「手間がかかるから、皆の分を作るのは嫌って言ってるんじゃないよ?」
実夏は俺の目を覗き込みながら小首をかしげる。
時々、やけに鋭くなるな、こいつ。
と言っても正確に射抜いている訳ではないけど。
「実夏がそんな子だなんて思っていないよ。ただ、あまり手間かけさせるのは悪いと思ってな」
俺が説明すると実夏はこっちの目を数秒じっと凝視する。
そして表情を緩めた。
「気にしなくていいよ。好きでやるんだし」
のほほんとして言う。
「むしろいっぱい食べてもらいたい」
ガッツポーズをして意気込む姿は可愛らしい。
側を通るおばさん達も微笑ましそうな視線を送っている。
「食いすぎて太るのも困るよ」
俺はおどけてそう言った。
肥満や生活習慣病とは無縁でいたい。
「あたしがずっと介護してあげるよ?」
実夏も冗談めかして言ってくる。
ただ、目は笑っていなくて、ちょっと怖かった。
「はは、年を取ったら頼むかもな」
「うん」
俺が更におどけても普通に返事してくる。
やはり目は笑っていない。
何だろう、何かとんでもない失敗をしたのではないだろうか。
そんな心配が湧き上がる。
実夏ってこんな子だったっけ?
もっと明るくて屈託のない、無邪気な感じだったと思うのだけど。
どうしてこうなったのだろう。
それとも今まで表面化しなかっただけで、元々こういう性格だったのだろうか?
夢の事を思い出す。
夢では一緒に買い物に来なかったからか、実夏にこんな一面があるとは知る事もなかった。
変えてしまってよかったのだろうか。
ふと浮かんだ考えにゾッとする。
漫画や小説ではむやみに歴史を変えた者は、必ずと言っていいほど罰を受けてしまう。
今回はそう大層な話ではないし、そもそも歴史ではなくて夢の話だけど。
それにさっき思い出したが「みっくん以外はおまけ」と耳打ちしてきたではないか。
叔母さんに説教されてもいたし。
「みっくん?」
気が付けば実夏が不思議そうな顔で俺の顔を覗き込んでいた。
「いや、何でもないよ」
俺は頭を切り替える。
一体何を考えていたのだろうか。
疲れているのか、漫画や小説を読み過ぎたか、それともゲームをし過ぎたかのいずれだな。
夢と一致する事が続いて、ちょっと違ったくらいで「歴史を変えた」とか、思い返せばかなり恥ずかしい。
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