第7話
実夏は無塩バター、板チョコ、薄力粉、強力粉などを買い物かごに入れていく。
俺は一旦別れて、実夏へのプレゼントを買いに向かっている。
希望として挙げられたのは、お揃いのカップ、お揃いのTシャツ、お揃いの携帯ストラップで、カップかストラップが無難だと思った。
男が持っていても違和感がなくてなおかつ実夏が好きそうな物……実夏は女の子らしいデザインの物、可愛らしいマスコットなどを好む。
俺が持っていたら気持ち悪いだろうな。
いっそ食べ物にしようかと考えがよぎり、すぐに打ち消す。
食べ物なら、夢でやったように手作りの方がよい。
こういうのは気持ちが大切なのだ。
その観点で言えば、俺が贈るべきプレゼントも気持ちが大切なのだけど……でも出来れば希望を聞きたいと思う。
近くを通った女性店員に男女両方に好まれているストラップがないか訊いてみたら、にんまりと笑って売り場の一角に案内してくれた。
そこには動物のストラップがいくつも並べられている。
「男性にも女性にも売れている商品ですと、こちらになりますが」
説明になるほどと思う。
犬や猫ならあまりファンシーな物でもない限り、男だって持っていてもそんなにおかしくないもんな。
実夏が好きなのは猫とハムスターである。
可愛ければ大概の物は好きだけど、実夏の基準での話だし。
迷って色々手に取った挙句選んだのは、白くて小さな猫の像がついた物だ。
クールな感じがしていいし、実夏の好みの範疇でもあるはず。
「ありがとうございましたー」
レジの人の挨拶を背にお菓子コーナーへと戻る。
実夏の姿をほどなく見つけたと思ったら、同世代と思しき男達と一緒だった。
どうやらナンパされたらしいな。
近づくと愛想よく断っている実夏の声が聞こえる。
何だかナンパされ慣れているようにも思える断り方だ。
やがてオレに気がつき、笑顔で手を振ってくる。
「みっくん、こっちだよー」
男達は驚いて俺の方を振り向き、
「何だよ、男連れかよ」
と舌打ちして去って行った。
良識のある奴らだったようで何よりである。
「ナンパか?」
「うん。高校生だと思われたみたい」
どこか嬉しそうだった。
「ナンパされて喜ぶのも何だかなー」
俺が率直に言うと実夏は顔を膨らませる。
「高校生だと思われたからだよ。ナンパ自体は迷惑だよ」
「そりゃそうか。ごめん」
ここは素直に謝っておく。
ナンパされて喜ぶ女の子もいるらしいが、少なくとも実夏はそうじゃないよな。
そんな従妹は口に出して「ぷんぷん」と言った後、俺が持つ包装紙に視線を集中させる。
「それは?」
「家に帰ってからのお楽しみだ」
俺がそう言って背後に隠すと実夏は、
「えー」
と不満そうな声を出したが、ちょっとわざとらしさがあった。
そんな俺達を叔母さんが見つける。
「無事に買えた?」
娘と甥が同時に頷くと叔母さんは
「じゃあ帰りましょう」
と言ってすたすた歩き出す。
俺達はすぐにその後を追った。
家に戻ると俺はすぐ実夏にプレゼントを渡す。
「順番が違う気もするけど、先に渡しておくよ」
いそいそと包みを開け、中の物を取り出した実夏は、目を輝かせた。
「わ、可愛い。ありがとう」
嬉しそうに頬を緩めるのを見てホッとする。
無理に喜んでいる素振りではないし、本当によかった。
実夏はストラップを大切そうに抱え、鼻歌を歌いながら部屋に戻る。
それを微笑ましく見ていた俺にじいちゃんが声をかけてきた。
「稔、少しいいか?」
「うん、何?」
と儀礼的に返す。
近くにばあちゃんや叔父さんがいるから、用件は察しがつく。
夢の時とタイミングもほぼ同じだし。
「入学祝いを渡そうと思ってな。ボケて忘れる前に」
そう言ってじいちゃんはからからと笑う。
声には力があって当分は大丈夫だとしか思えない、そんな印象だ。
「後、五十年くらいは平気そうだけど?」
「ワシは何歳まで生きればいいんじゃ?」
俺の冗談にじいちゃんは笑顔で応じてくれる。
「おじいさん」
いつまでも笑っているじいちゃんをばあちゃんがたしなめた。
「おう、すまん、すまん」
じいちゃんは笑いを引っ込めて真面目な顔になる。
そして黒地のストライプの包装紙で綺麗にラッピングされた、四角い箱を俺に渡す。
「稔、入学おめでとう」
そう言われた気がするが、俺は驚きの余り言葉が出てこない。
黒地のストライプの包装紙に箱……これまでの展開とは違い、当たる方がおかしいだろう。
何をプレゼントしてもらえるかだなんて、俺に想像出来るはずがない。
一体、これはどういう事なんだ?
「稔? どうかしたのか?」
じいちゃんの怪訝そうな声にハッとする。
他の人にしてみれば、プレゼントを見た途端固まった変な奴じゃないか。
「ちゃんとお礼を言って受け取りなさいよ?」
母さんに釘を刺された。
「う、うん。ありがとう。ちょっと驚いて」
そう言い訳しながら受け取る。
もしかしたら、もしかしたら中身は違うかもしれないという期待はある。
「開けてみていい?」
許可を得てから開ける。
俺は黒色が好きだから、包装紙を黒にするのはありえない事ではない。
ストライプである事、四角い箱に入っているのは偶然。
そう自分に言い聞かせながら。
中から出てきたのは黒い電子辞書だった。
「ありがとう」
やはりという衝撃が強かったけど、何とかお礼の言葉をひねり出す。
じいちゃんは勘違いしたのか、やや申し訳なさそうに
「迷ったんだが、勉強の為になる物の方がいいかと思ってな」
と言い、ばあちゃんも
「皆で選んだ物なら、大切に使ってくれるだろうしね」
と続ける。
「うん、ありがとう」
夢の事があって素直に喜べないけど、大切にしようと思った。
箱に蓋をして母さんに預かってもらう事にする。
父さんに渡しても変な顔をされ、母さんに渡るだろうしな。
それに実夏が顔を出さないし、叔母さんもいない。
微妙にだが変わっている。
お返しを変えて一緒に買い物に行ったバタフライ効果ってやつだろうか。
……と、知ったかぶりをしてみた。
台所に顔を出してみると実夏が奮闘中だった。
俺が近づいた瞬間振り返り、
「もうちょっとで完成だから待っててね。終わったら遊ぼ?」
と誘ってくる。
断る理由もないので頷いておく。
チョコレートが出来上がる速さが違うなと思ったものの、今回は俺の提案でチョコチップスコーンになったんだと思い直す。
知らないから勝手を言ったけど、人数分を作るのは大変なのかもしれない。
だとすると悪い事をしちゃったかな。
若干、気まずく思いながら俺がリビングに移動したら、叔母さんがテレビを見ながらお茶を飲んでいた。
「あら稔君。さっきは買い物に付き合ってくれてどうもありがとう」
「ううん。叔母さんがテレビって珍しいね?」
大抵母さんとお喋りしているか、忙しそうに家事をしているかってイメージなのに。
俺の心の声が伝わったのか、微苦笑を浮かべる。
「実夏に追い出されちゃったの。自分一人で作るって」
「ああ」
俺はなるほどと思ったものの、すぐに疑問を抱く。
「俺以外の分も?」
何となくだが、俺以外の分は叔母さんに手伝ってもらっていてもおかしくない気がしたのだ。
俺の問いに叔母さんは黙って頷く。
「手を抜かずに頑張っているみたい。いい傾向だわ」
どこか嬉しそうにそう言う。
俺が注意したからだと考えるのは自惚れすぎだろうか。
俺は叔母さんの横に座り、一緒にテレビを見る。
ちょうどニュースをやっていて、アナウンサーの声が耳に届く。
「焼け跡から焼死体が発見されました。警察は身元の確認を急いでいます」
物騒な内容に俺は眉を寄せた。
「これって放火かな?」
「さあ。そこまでは分かっていないみたいね」
最近、こういった報道が増えている気がする。
俺の家やここの周辺じゃないのが、不幸中の幸いってところだ。
「あら、ニュース?」
母さんがやってきて俺達に話しかけてくる。
「ええ。焼死体が見つかったそうですよ」
叔母さんが答えると母さんは目を丸くしながら、俺の隣に腰を下ろした。
「困るわねぇ。ラジオニュースでも強盗殺人犯が逃走中だって言っていたし」
そう言えばそんな事もあったな。
もっとも俺は寝ていたはずだから、うかつな事は言えないけど。
「今年はそういう年なのでしょうか」
叔母さんも乗っかる。
「そうかもしれないわね。実夏ちゃん、受験生だから気をつけた方がいいかもしれないわね」
「ええ」
母さんの言葉に対し、叔母さんは真摯に頷く。
いくら何でも心配し過ぎだと思ったけど、笑い飛ばせない雰囲気だった。
実夏は女の子だし、気をつけた方がいいってのは確かなんだし。
「叔母さんも綺麗だから気をつけた方がいいかもよ」
俺は割と真面目にそう言ったのだけど、二人の女性の反応は違った。
「こんなおばさんをからかうものじゃないわよ」
叔母さんはたしなめるように言い、
「叔母さんみたいな人が好みなの?」
母さんはからかうような顔になる。
「何でそうなるんだよ」
俺は呆れてそう返すと、
「みっくん、お母さんが好みなの? お母さんの年下殺し」
いつからいたのか、実夏がそんな事を言いながら叔母さんを睨みつけた。
「誰も叔母さんをナンパしてないよ?」
思わずそう口走ってしまったくらい不本意な展開である。
「あらあら、照れなくてもいいのよ」
母さんは明らかに面白がっている。
実夏は「むむむ」と唸った。
だからこそ母さんが面白がってからかうんだと気がついていないな。
「母さんはお前をからかっているんだよ」
俺に指摘された実夏は、ハッとした顔になって母さんを睨む。
「う〜」
必死に威嚇する子犬のような可愛らしさがあり、少しも怖くない。
「義姉さん、ほどほどでお願いしますね」
叔母さんが娘を援護すべくそう言う。
……援護する気がなさげなのはきっと俺の思い違いだ。
「ふふ、ごめんなさいね、実夏ちゃん」
少しも申し訳なさそうな顔で母さんが謝ると、実夏は俺に向き直る。
「叔母さんなんて知らないもん。みっくん、遊ぼ?」
「チョコレートはいいのか?」
訊いてから馬鹿な事を言ったと思う。
いいからこそ来たのだろう。
「うん。ちゃんと人数分出来たよ。味は保証出来ないけどね?」
悪戯っぽく微笑む。
「実夏の腕は信用しているよ」
俺がそう言うと実夏はチラリと母さんの方を見て、
「でも伯母さんの分は、酷い事になっちゃうかもよ」
と返した。
これには母さんも苦笑するしかない。
リビングにかかっている時計を見ると三時まであまり時間がなかった。
「時間が時間だし、一緒にテレビを見ないか?」
俺が誘うと、
「え? う〜ん……いいよ」
実夏は数秒悩んでから賛成し、叔母さんの隣に座る。
俺の隣じゃなかったのが正直意外だったが、顔に出さないように気をつけた。
ばれたらからかわれるだけだからな。
母さんが実夏に向かって声をかける。
「実夏ちゃん、受験は大丈夫なの?」
「え? うん、何もなければ問題ないだろうって」
実夏は自然体で答えた。
「県で五番らしいから……」
俺がため息をつきながら言うと、母さんも「ああ」とつぶやく。
「うちの稔とは根本的に出来が違ったわね」
「ほっとけ」
俺はそう答えるので精一杯だった。
「でも、ちゃんと志望校に合格したんでしょう?」
「勝負強いよね、みっくん」
叔母さんと実夏がフォローしてくれる。
申し訳ないやらありがたいやら。
他に俺しかいないならそういう事にするのはありかもしれないが、生憎と母さんもいるのでごまかしはきかない。
「いや、実は第一、第二志望は落ちて、第三志望に受かったんだ……」
「危うく浪人するところだったわね」
俺がことさらしんみりした態度で打ち明けると、母さんもしみじみとつぶやく。
「受かったんだからそれでいいじゃない?」
実夏は目を丸くしながらもそう言ってくれた。
いい子だなぁ。
「もう少し勉強していれば、第二に入れたんじゃないかしら」
母さんが追い打ちをかけてくる。
これは母さんなりの実夏への助言であり、戒めなのだろう。
俺も実夏には同じ轍を踏んで欲しくはないから、喜んでとはいかなくても黙ってダシにされる事にする。
「かもな。実は結構後悔したよ」
俺が言うと実夏はむっと唸った。
当事者ならではの説得力を感じたのかもしれない。
「明日から本気出す」
実夏がそう言って握り拳を作ると、
「今日からにしなさい」
叔母さんが頭を軽くはたいた。
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