第5話

 俺が事態の展開を飲み込めないでいると、実夏が不思議そうな顔を近づけてくる。




「みっくん、どうしたの? 寝ぼけた?」




 従妹とは言え、実夏はかなり可愛い女の子だ。


 その顔がドアップになるのはちょっと照れくさい。


 俺は慌ててのけ反って顔を離す。




「な、何でもないよ」


「変なみっくん」




 実夏は不思議そうだったが、とりあえず離れてくれた。


 大人達は俺達のやりとりを微笑ましそうに見ている。


 そうだな、きっと夢を見ていただけなんだろう。 


 リアルすぎるから急に目が覚めても混乱したんだ。


 そう自分に言い聞かせて車から降りると、実夏がピンク色のセーターにジーンズといういでたちだという事に気づいた。


 叔母さんも夢で見た服装と全く同じだ……どういう事だ?


 俺の中で再び疑問が沸き起こると実夏が抱きついてくる。




「みっくん、改めて久しぶり。いらっしゃい」


「お、おう」




 胸の柔らかい感触にどぎまぎしながら答える。


 これも夢とそっくりだけど、この家に来た俺を迎える時の実夏の行動パターンは大体同じだし。


 それに夢では俺が車から降りた後、家の中から出てきたという違いがある。


 やっぱり夢は夢でしかないだろう。


 そう思うと少し落ち着く。




「あ、伯父さんと伯母さんも」


「こら、実夏」




 父さんと母さんを俺のおまけ扱いして叔母さんに叱られる実夏。


 ペロッと舌を出して笑ってごまかし、苦笑するうちの両親。


 ……これも夢と同じだけど、何度も見た事あるしなぁ。


 時々、実夏は頭がいい割に学習能力ないのかって思ったくらいだ。


 それだけ俺に会えるのが嬉しいって考えるのは、何だか照れくさいし。




「それにしても貴方達、相変わらず仲よしね」




 叔母さんが俺と実夏を見て微笑む。


 お、これは微妙に違う気がする。




「だって喧嘩してないんだもーん」




 実夏は理由になってないような事を言いながら俺にくっついてくる。


 柔らかい感触と共にかすかにいい匂いが漂う。


 ポニーテイル状に束ねているヘアバンドの色はピンクだった。




「ほら、いつまでもそうしてると稔君が中に入れないでしょ」


「はーい」




 叔母さんに言われて実夏はやっと離れ、でもすぐに俺の手を掴んで歩き出す。


 玄関の中に入るとクリーム色のマットが敷いてあるのが目に映る。


 俺達は仲よく靴を脱ぎ、隅の方に揃えると木の廊下を歩きながら実夏の部屋へと向かう。




「ね、ね、受験どうだった? あたし今度受験生だから、受験の事を聞いておきたくて」




 やはりこの質問が飛び出す。


 夢でも思ったけど、俺の意見は実夏の参考になるのかな。


 どう返そうか迷ったものの、別に夢と同じでいいかと思った。




「実夏は俺とは学力が違うからなぁ」




 予想通り実夏はつないでいた手を離してふくれっ面をする。




「心構えとかの方だよ。あたしの狙っているところ、レベルが高くてさ」




 ややナーバスな答えを返す。




「そうなのか。実夏には無用の心配だと思っていたよ」




 意外そうに言うと実夏は複雑な顔をする。




「皆もそういうんだよね。心配してもらってるのは分かるし、純粋な気持ちで励ましてくれてるのも分かるんだけど、何かイラっときちゃう時があるの」


「あ、それは分かるなぁ」




 俺も去年似た経験をした。


 俺の場合は純粋に学力を心配されていたわけだし、ありがたくもあって下手に反発するのも出来なかった。




「最終的には何とかなるさっていい感じで開き直れたんだよ、俺の場合」




 実のところ破れかぶれだったけど。


 それにしてもまるで夢をなぞるような展開が続いてるな……ちょっと面白くなってきた。




「そっか。みっくんの場合、本当に何とかしちゃったよね」




 実夏は感心したように何度も頷く。


 このへんの機微は伝わらないか……今更だけど、実夏が俺を見る目には変なフィルターでもかかってたりするんじゃないだろうか。




「実夏って学力は充分なんだし、リラックス出来れば問題なさそうだけどな」




 俺がそう言うと、実夏は少し困った顔になる。




「うーん、リラックスの仕方が知りたかったんだけどね。どういう風に開き


直れたのかとかさ」




 すまないけどそれに関しては余り力になれないと思う。


 俺の場合は自暴自棄に近かったので。




「まあいいや。どうぞ」




 ネームプレートがかかったドアを開け、手招きをする。


 何度も入っているベッドカバー、壁紙、カーテンがピンク色で統一された実夏の部屋だ。


 かすかにいい匂いがするし綺麗に片づけられているのも相変わらずだけど、小物とかぬいぐるみとか女の子らしい物はほとんどない。


 携帯ゲーム機とソフトがひとそえ程度にあるけど、本、辞書、参考書が多数を占めている。




「お昼ご飯まであたしの部屋で遊んでいようよ」


「いいけど、手伝いは?」




 確か夢の中だと叔母さんに手伝うように言われるんだよな。


 そう思っていたらノックの後、叔母さんが入ってきた。




「実夏、今日くらいは手伝いなさい」


「はぁい」




 実夏は首をすくめたものの、逆らわなかった。


 またねと俺に小さく手を振って台所へと向かう。


 そんな娘をため息ついて見送った叔母さんは、俺に向き直って声をかけてくる。




「おじいちゃん達が戻ってきて、稔君に会いたがってるの。悪いけど、移動して顔を見せてあげてくれる?」


「うん」




 ここまで夢と全く同じ展開だ。


 こんな事ってあるんだなぁと俺は感心しながら立ち上がる。


 夢でも思ったけど、本人がいないのに女の子の部屋にいるのはちょっといまずいのだ。


 それにおじいちゃん達に会わない訳にもいかない。




「稔君は素直でいいわねぇ」




 すると叔母さんはやはり夢と同じ事を言う。




「実夏は?」




 俺が尋ねると叔母さんはしまったという顔をして、




「私が言ったってのは内緒ね。あの子、稔君の前だと素直でいい子なのよ」




 と耳打ちしてきた。


 これも同じだったけど、当たり前と言えば当たり前だろう。


 叔母さんの実夏に対する評価は、そうそう変わるもんじゃない。


 ふと思いついて、反応を変えてみる事にする。




「俺の前でだけ猫を被っているって?」 




 夢では「そうは思えない」と言っていたのだが、さて叔母さんの返事はどうだろうか。




「それは言い過ぎだと思うけど」




 叔母さんは困った顔をして、右手を頬に当てる。


 あっさりと違った反応になった。


 これも当たり前と言えば当たり前だな。


 所詮、夢は夢なのだろう。


 俺はそんな事を思いながら居間に行った。


 居間にはじいちゃん、ばあちゃん、叔父さんが座っていて、俺の姿を見て立ち上がる。




「稔、大きくなったな」




 そう第一声をかけてきたのは叔父さんだった。




「二ヶ月くらいじゃ変わらないと思うけど」




 俺は反射的に答えていた。




「うむ。二、三センチくらいは伸びたんじゃないか」


「そうねえ」




 じいちゃんがそう言い、ばあちゃんが相槌を打つ。


 そこに母さんが来る。




「稔、コーヒーでいい?」


「え、うん」




 言ってからしまったと思った。


 これ、全部夢と同じ流れじゃないか。


 俺は父さんの隣の椅子に腰をかけながら、違う事を言ってみる事にした。




「砂糖はなしで」


「あら、珍しい」




 母さんは目を瞬かせたものの、そのまま淹れに行ってくれる。


 俺はコーヒーにはミルクと角砂糖を一つ、というのがセオリーだ。


 崩した場合、果たしてどうなるのか?


 テーブルクロスは夢で見た白い物だけど、これは仕方ないと思う。


 そんなに頻繁に変えるような物じゃないんだし。




「そう言えば稔、高校で部活はどうするか決めたのか?」




 じいちゃんに尋ねられて首を横に振る。


 他に選択肢はなかった。


 決めたと言えば具体的に聞かれるだろうし、そうなると嘘をついたとすぐにばれてしまう。


 文芸部、合唱部、吹奏楽部あたりが気になっているのは事実だし、入学してみなければ分からないのも本当だ。


 目当ての部が廃部になっていた先輩の話をすると、じいちゃんは納得してくれた。


 一方、父さんは叔父さんとゴルフの話をしている。 


 母さんが戻ってきてオレの前にコーヒーのカップを置き、そして台所へと戻った。


 恐らく叔母さんと実夏を手伝うのだろう。


 するとじいちゃんとばあちゃんはそんな母さんの背中にチラリと視線を走らせ、母さんが父さんと仲よくなっているのか訊いてきた。


 ここはどう答えるか迷う。


 けど、嘘をつくのも何だし、じいちゃんとばあちゃんを無駄に心配させるのも悪い。


 ちょっとためらったけど、結局は本当の事を話す。




「息子として恥ずかしいくらい仲がいいよ」




 じいちゃんとばあちゃんは互いの顔を見合わせて苦笑する。


 これも夢と同じだなあ。


 もしかすると、人が思っているような事は変わらないのだろうか。


 いや、変わるも何も夢か。




「その割には二人目には恵まれんな……」




 じいちゃんがやや無念そうにぽつりとつぶやき、ばあちゃんがたしなめるように言った。




「子供なんて神様からの授かりものじゃないですか」


「そうだな。すまん」




 じいちゃんは申し訳なさそうに頬をかく。


 別に悪気があったわけではなく、もっと孫を可愛がりたいという思いの表れだろうと受け取れる仕草だった。


 そんなじいちゃん達を見て、早く孝行したいなという気持ちが自然と湧き上がってくる。


 じいちゃん達の事は大好きだから意外でも何でもないのだが、二回目なので奇妙な感覚だ。




「稔は釣りに興味ないのか?」




 父さんと喋ってた叔父さんが話に加わってくる。


 答えを返そうとして、舌を動かすのを止めた。


 言う事は同じでも言い回しを変える事は出来る。


 変えたらどうなるだろうか?




「釣りは連れて行ってもらった事はあるけど、ヘタクソで釣れないから諦めちゃったよ」




 おどけてそう言う。


 さあどうなると思ったら、じいちゃんが口を開いた。




「よく知らんが、釣れなきゃ大して面白くないんじゃないのか」




 そう助け舟を出してくれる。




「うーん、まあどうしようもないか」




 叔父さんは簡単に引き下がってしまう。


 これは夢と同じ展開だ。




「今はやれる事が氾濫してるんだし、焦る必要ないんじゃないかね」




 ばあちゃんがフォローするよう言ってくれる。


 二回目でも罪悪感はあるな。




「まあ情報過多はよくないっていいますからね」




 父さんが真面目な顔をしてそう言うとじいちゃんが続く。




「うむ。情報の取捨選択を正しく行わねばならんな。もっとも、昔からその点は変わらんだろうが」


「悪意が込められた噂とか、色々ありましたもんねぇ」




 ばあちゃんがしみじみとつぶやく。




「利口にならないと痛い目にあうのは同じだ。稔も気をつけろよ」




 叔父さんの真摯な忠告に俺は黙って頷く。


 実のところ高校選びで少し痛い目を見たところだしって、これは夢でも思ったなあ。


 実は第一志望だった部活、部員数の減少と顧問の先生の転勤で同好会に格下げになってしまっていたのだ。




「みっくん、ご飯だよ」




 実夏が夢と同じようなタイミングで声をかけてくれる。




「並べるの手伝うよ」


「うん、ありがとう」




 実夏は心底嬉しそうに笑う。 


 何度か夢と違う事をしたが、これはやってよかったと思う。


 実夏の笑顔にはそれだけの価値はある……と言うと少しクサいだろうか。


 周りの大人達は俺達を見守るように、ニヤニヤとしている。


 俺は咳払いをして立ち上がり、実夏達の手伝いをしに向かう。


 今日の昼は鍋だった。 


 これも夢と同じである。




「鍋、好きだったよね?」




 驚いて硬直した俺の顔を、実夏が覗き込んでくる。


 母さんと叔母さんも同じような表情だ。




「う、うん。予想していなかっただけで、好物だよ」




 俺がしどろもどろに言い訳すると、叔母さんと実夏は顔を輝かせる。




「だよね。みっくん好みの味付けにしてあるからねー」




 実夏はそう言い、叔母さんは頷いている。




「いや、それは悪い気がする」




 俺が思わずそう言うと、実夏と叔母さんはさっきとは別種類の笑顔を浮かべた。




「何を言っているの。稔君のお祝いをするのよ?」




 今度は叔母さんが言って実夏が頷く。


 胸を張り、両手を腰に当てて何だか偉そうな態度の実夏に苦笑してしまう。


 ただ、母さんはさっきから何やら不思議そうな顔をしている。


 俺の態度に違和感があったのだろうか。




「さ、並べよ?」




 実夏の声をきっかけに俺は行動を再開する。


 それにしても昼のメニューまで同じとはなぁ。


 何とかごまかしたけど、さすがにこれは笑えない気がする。


 ここまで同じって偶然なのだろうか?


 多少言い方を変えても、何も変わらないなんてありえるのだろうか?


 考えすぎならいいんだが……もし、考えすぎじゃないとしたら何なのだろう。

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