第4話
出来上がったチョコレートとマシュマロは、三時過ぎに皆で仲よく食べた。
チョコレートは俺の好みの甘さでとても美味しくて、皆にも評判はよかった。
もっとも俺としては、自分の嗜好が実夏にきちんと把握されている事を再認識するハメになり、少し複雑な気持ちがある。
マシュマロについては、皆が優しく労いの言葉をかけてくれたという事で許してほしい。
叔母さんが手伝ってくれなかったら、果たして食べられる物に仕上がっていたのか、作った本人すら疑わしいかぎりなのだから。
「割と美味しいよ、ありがとう」
肝心の実夏はこう言って喜んでくれたのでよしとしたい。
最初の部分は今後の糧としよう。
実夏の事だから俺を馬鹿にする気はなく、素直に思った事を言っただけだろうし。
家に帰ったら母さんに頼んで、少しずつ料理を覚えようかな。
確か入学予定の高校では一年の四月にいきなり研修キャンプがあり、そこでは自炊させられる日があるらしいし。
女子頼みになりそうな予感はしているが、ちょっとくらいは手伝えた方が後ろめたくないし、女子受けもよさそうだという下心もないと言えば嘘になる。
俺だってそろそろ彼女の一人くらい、欲しいと思う年なのだ。
そして俺は今晩ご飯のすき焼きを食べている。
席順は昼の時と同様で、やっぱり実夏は俺の隣である。
ただ、すき焼きだと俺も実夏も肉を食べたがるのは同じだったが、だからと言って取り合いは起こらない。
肉がたっぷり用意されているとか、肉を食べたがるのは他にうちの父親くらいだからとかいう事もあるのだが、俺達は協力プレイに徹している。
「二人とも野菜も食べなさいね」
母さんと叔母さんが俺達を代わる代わる一括りに注意する。
そうすると俺達は決まって仲よく首を縮めて「はーい」と返事をするのだった。
返事だけ、と言われないように白菜や豆腐も食べる。
じいちゃんは肉も食べるけど食欲はそれほどないようで、食べるペースはあまり早くない。
ばあちゃん、母さん、叔母さんは野菜が中心で、叔父さんはバランスよく食べるって感じ。
父さんは俺や実夏と同じく肉が多めで、母さんに問答無用で野菜を放り込まれている。
父さんと叔父さんはビールを飲みながらである。
すき焼きとビールなんてあうのかと聞いたら、「ビールにあわないものはない」ときっぱりと断言された。
「ビール飲めればなんでもいいんでしょう」
と母さんと叔母さんがハモって一蹴したせいで台無しだったけど。
俺と実夏は基本的に嫌いな食べ物は少ない方だと思うけど、俺は春菊が苦手で、実夏はしめじが苦手だ。
だからお互いの取り皿に入れられた春菊としめじをこっそり交換したりする。
でも大概は
「こら、交換しない」
こんな風に見つかって叱られたりする。
俺は怒られるのを覚悟で交換したいくらい春菊が苦手だし、実夏も似たようなものだろう。
実夏はマツタケやシイタケは平気なのに、しめじだけは食べられないのだ。
俺も野菜では春菊だけが無理だから、そういう意味では似た者同士と言えるのかもしれない。
次やったらもっと叱られるので、肉や白菜と一緒に食べる事にする。
春菊やしめじくらい食べなくても人間は死なないと思うんだけどな。
こうやってぼやく事くらいは許してほしい。
愚痴の一つでも言わずにはいられないくらい俺はいっぱいいっぱいだし、実夏も隣で涙目になっている。
こういう時こそお茶が役に立つのだが、慌てるとむせるので自重しなくては。
と思っていたら実夏がむせて咳き込んだので、俺は黙って背中をさすってやった。
気持ちは物凄くよく分かるしな。
「みっくん、ありがと」
実夏は申し訳なさそうに小声で礼を言ってくる。
俺は目で気にするなと言って食事へと戻った。
そんな俺達をじいちゃんとばあちゃんは微笑ましそうに、あるいは嬉しそうに眺めている。
孫と一緒にいるのが楽しみって公言している人達だからある程度は仕方ないのかな。
母さんや叔母さん達みたいにからかったりしてこない分、ずっとましだし。
いつもニヤニヤしてこっちを眺める父さんと叔父さんはと言うと、何やら二人で仕事の話で盛り上がっているようだ。
酒飲みって何でも肴にするって言ったのは確か母さんだったと思うけど、二人の姿を見ると間違いではなさそうに思えた。
決してワイワイ騒いでいるわけではないけど、温かくて心地よい空気が満ちている。
俺が三沢の家に遊びに来るのが好きな理由だ。
……来るのを渋って見せるのは恥ずかしながら照れ隠しなのである。
父さん、母さんとの三人暮らしも決して悪くはないけど、こうした「家族」という雰囲気はここくらいでしか味わえないのだ。
父方の祖父母はもう既になくなっているし。
締めに食べるのはやっぱり肉だよな。
実夏も俺と同じように肉を頬張っていた。
やっぱり俺達って似た者同士なのかも。
晩ご飯をすませると母さんと叔母さんが後片づけにとりかかり、じいちゃんとばあちゃんはお茶で一服。
そして俺と実夏は父さんと叔父さんと四人でトランプを始めた。
まず最初はババ抜きである。
「むぅ」
実夏が俺からジョーカーを取って悔しそうにうなる。
ポーカーフェイスが苦手の実夏は、この手の勝負は弱い。
でも見かけによらず負けず嫌いなので、よく負けるゲームの方をムキになってやったりする。
今もババ抜きをやろうと言い出したのは実夏なのであった。
叔父さんは実夏からカードを取ろうと手を動かす。
とある一枚の上に手を伸ばした時だけ実夏の表情は強張る。
……実に分かりやすい。
それ以外のカードを取り、叔父さんは二枚捨てた。
実の娘相手でも真剣勝負なのが叔父さんらしい。
父さんは考えもせず選んで、捨てる手札にならなかったらしく舌打ちする。
うん、父さんらしいよ。
まあババ抜きは考えても無駄なゲームかもしれないけどね。
叔父さんは娘の方と違ってポーカーフェイスが上手いし。
父さんがカードを差し出してきたので、一番左を選んで取る。
「よし、上がり」
俺が一抜けだった。
しかし父さん、実の息子が一抜けして舌打ちってちょっとひどいよ。
実夏がうなるのは可愛いな、ですむんだけど。
結局、二抜けが叔父さんで実夏が最下位だった。
「むぅ……また最下位」
実夏は悔しそうにうなっている。
ババ抜きとポーカーは気の毒なまでに弱い。
俺はそんな彼女の頭をポンポンと撫でてから言った。
「まあまあ、次は実夏が得意なのにすればいいじゃないか」
叔父さんと父さんも頷いている。
実夏はすぐに機嫌を直してニコッと笑った。
「得意かどうか分からないけど、ブタのしっぽで」
その一言で決まった。
俺がカードをよく切り、尻尾みたいに丸く並べる。
「ブタのしっぽ」はしっぽ状に並べたカードを順番に取り、同じマークを出したら場に出ているカードを全部手札にしなければならない。
そして「しっぽ」がなくなった時、手札が一番少ない人が勝ちだ。
「数字はどうする?」
実夏が訪ねてくる。
同じ数字でもマークと同じ扱いにするか、それともセーフにするかという事だろう。
実夏と初めてやった時、俺はセーフで実夏はアウトだと思っていたのだった。
「アウトでいいんじゃないか?」
別に俺にこだわりはない……実夏にもないだろうけどね。
同じ数字でも取らなくてはいけないルールの方が、スリルが上がって面白い気がするし。
親二人も特に反対はせず、実夏から始まった。
このゲームは始めの方は気楽なものだろう。
いきなり同じマークが出るのは珍しいし、出てもすぐになくせるからだ
叔父さんも適当にめくってハートの五を出し、父さんも同じようにクローバーの八を出した。
俺も二人に倣って何も考えずめくるとクローバーの二が出た。
「こういう事もあるよ。でも始めでよかったよね」
思わず固まった俺を実夏がカードをめくりながら慰めてくれる。
苦笑している叔父さんはともかく、父さんの方は明らかに面白がっていた。
皆は順調にカードを出し、俺も手札を減らしていく。
最後にハートの五が残った時、父さんが何とハートの三を出した。
黙って場のカードを手札に加えると、父さんは声を立てて笑う。
わざと出来るはずもないが、何だかムカついてくる。
「こういう事もあるんだな」
叔父さんが珍しそうな顔をして、顎を手で撫でる。
実夏も目を丸くしている。
確かにこういったケースの連続はあまり経験がない。
「みっくん、今日は不運な日かな?」
それだとババ抜きも勝てないはずだけど、ババ抜きで使ってしまったのかもしれないな。
「さっきのババ抜きで運を使っちゃったかなあ」
軽くぼやく。
ゲームは進み、手札は俺が圧倒的に多くなっていた。
実夏は手ぶらで、叔父さんと父さんが数枚ずつ。
「お前が大量に持っていくから、逆に盛り上がらないな」
父さんは遠慮せずに口にする。
いや、あまり気を使われても申し訳ないんだけど、何で父さんはそんなに嬉しそうなんだ。
「ほんと、今日の……今のみっくん、何か変だね」
実夏にはすっかり同情されている。
「これが受験じゃなくてよかったよ」
軽口を叩こうとしたけど、思ったより実感がこもってしまった。
実際、このツキのなさが受験当日だったらと思うとゾッとする。
合格間違いなしって言われてたのに、当日電車が止まって大遅刻して本命校に落ちた奴もいるのだ。
「あたしも気をつけなきゃ。と言ってもツキのなさなんて、どう気をつけたらいいのか分からないけど」
実夏はペロッと舌を出した。
人によってはぶりっ子にも見えそうな仕草も、実夏がやると妙に様になっていて愛嬌がある。
「学業成就や合格祈願だけじゃ足りないか? お祓いもやっておくか、それとも開運除災のお守りも持たせるべきなのか……」
叔父さんはかなり真剣に考え始めている。
大人だけあって実力と関係ない部分で合格を逃した例、俺よりもずっと色々知っているんだろう。
叔父さんの思索を邪魔しないように声を潜めて実夏に訊いてみる。
「実夏って別に運は悪くなかったよな?」
「うん。でも、運悪くなかった人に限って受験で悲惨な目にあったりしてない?」
実夏もひそひそ声で返してきた。
……確かに俺の友達も、普段運が悪いって事はなかったな。
普段ついてない奴ほど慎重になるから、意外と受験とかは回避出来るのかもしれない。
「それもそうだな。まあ、気をつけといた方がいいかもな」
「うん」
ゲームを楽しむ空気ではなくなりかけたが、幸い叔父さんがすぐに自分の世界から帰ってきた。
「ごめんごめん、ゲームを続けよう」
ブタのしっぽは実夏が一位、叔父さんが二位、俺がダントツで最下位に終わった。
その後、洗い物を終えて合流した母さんと叔母さんも交えて七並べ、ダウト、最後の一人などで遊んだ。
叔母さん、実夏、叔父さんがよく一位になるという、家ではっきりとした差が出る結果になってしまった。
「姉さんが一回も一位になれないなんて珍しいな」
叔父さんがそんな事を言っていたくらい母さんは勝てなかった。
この発言からも分かるように、母さんは決して弱い人ではない。
実夏相手ならともかく、弟の叔父さんに手を抜いたりはしないだろうしなあ。
ま、こんな日もあるかと思いそれ以上深くは考えなかった。
一通り遊んだ後、順番にお風呂へと入っていく。
お風呂の広さも我が家より一回りは上で、湯船で思いっきり手足を伸ばせた。
手すりがついているのはじいちゃんとばあちゃんの為だろう。
「あ、みっくん上がったんだ」
先に上がってピンク色のパジャマに着替えた実夏が、俺を見つけて寄って来ようとしたところで叔母さんに捕まる。
「遊ぶならもう明日にしなさい」
「はぁ〜い」
実夏はすごすご引き下がり、俺に小さく手を振った後自分の部屋に戻っていく。
明日、帰るまでたっぷり遊ばないとな。
そう思いながら俺達親子三人に割り当てられた部屋へと引き上げる。
母さんが既に布団を三人分敷いてくれていた。
「明日は何時に帰る?」
俺が尋ねると父さんが母さんを見る。
「そうね、夕飯をどうするかにもよるわね」
家で食べるなら早めに、といったところか。
用意するのは母さんだから、母さんが決めるのは当然だ。
ちなみに昼ご飯までは三沢の家でよばれるのは確定事項である。
よほどの事態が発生しない限り、昼前に帰らせてもらえないだろう。
「別に外食でもいいぞ。……回転寿司あたりだと嬉しい」
「俺も外食でいいと思うけど……」
父さんの言葉に俺はすかさず加勢する。
帰ってすぐ夕飯の支度ってのも母さんが大変だろうしな。
出資者の父さんが構わないのなら外食の方がいいんじゃないだろうか。
「そうね。じゃあ外食にしましょうか。ありがと」
母さんは嬉しそうに目を細め、俺の頭を優しく撫でる。
俺が気を回したのはバレバレだったようだ。
「外食にするなら五時くらいでもいいわよね?」
母さんが父さんに確認し、父さんが頷く。
明日、朝一番に実夏に教えてやろう。
実夏はきっと喜ぶだろう。
思いのほか疲れていたのか、布団に入って目を閉じるとすぐに眠気がやってきた。
体を何度も揺さぶれ、俺はゆっくりと目を覚ました。
「稔、起きた?」
母さんと実夏が俺の顔を覗きこんでいる。
あれ、実夏の方が早いなんて珍しいな……そんなに疲れてたのかな。
ぼんやりとそんな事を考えながら背伸びをしようとして、違和感を覚える。
何で天井がこんなに近いんだ?
そして……どうして目の前に三沢の家が見えているんだ?
「みっくん、おはよ。そして久しぶり」
どうして昨日会ったばかりの実夏がこんな挨拶をするんだ……?
何が何だか分からない。
皆、一体どうしたって言うんだ?
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