第3話
昼食を終えると実夏は叔母さんとチョコレートを作る為に買出しに行った。
結果的に催促したようなもので何だか申し訳ないが、俺はくれるというものは悪いものでない限りもらう性分である。
実夏の手作りチョコならば尚更拒否などありえない。
ただ、実夏からバレンタイン代わりのチョコをもらうならば、俺もホワイトデー代わりのプレゼントを用意しなくてはいけないだろう。
正直、困った事になってしまった。
実夏はサプライズで喜ばせたいし、実夏の好みを一番把握しているであろう叔母さんは実夏と買い物に行った。
実夏は自分の好みとかハマってるものとか割合教えてくれるから、ある程度は知っているんだけど、それでも今日食べたいお菓子とか、最近欲しがっている小物とかまで分かるはずもない。
さてどうしたものか……無難なところでばあちゃんか母さんに相談だな。
プレゼントを用意して驚かせても喜んでもらえなかったら意味がないし。
早速母さんに尋ねてみた。
「……今の展開でサプライズをする気なの?」
心底呆れた、という顔をされて俺はとっさに反応に困った。
この流れでやるからこそサプライズになると思ったんだけど、やはりちょっと無謀だっただろうか。
「それに実夏ちゃんの好み、私そんなに詳しくはないわよ」
意外な答えが返ってきて驚いた。
仲よさそうにしてるのに。
「母親には敵わないわよ。それと稔にもね」
実夏って意外と叔母さんの言う事聞いてないっぽかったから、母さんの方がいいのかと思ったんだけど、そんな事はないらしい。
後半部分については意図的に聞こえなかったフリをした。
突然そんな風に振られても反応に困るのだ。
俺と実夏がどうなるかなんて分かりっこないけど、好意的に見てくれているなら突っつき回すのは止めて欲しいな。
言っても厭らしい感じにあしらわれるだけだから言わないけども。
結局、叔母さんの携帯を鳴らして相談し、その意見を取り入れた俺はマシュマロを作る事にした。
材料はついでに買ってきてもらうのだ。
実夏は素直に喜んでいる、とは叔母さんがメールで教えてくれた。
叔母さんと実夏が帰ってくると、早速俺と実夏は製作に取りかかる。
実夏がバレンタインの為のチョコを作る隣で、俺はホワイトデーの為のマシュマロを作っている。
第三者から見ればさぞ珍妙な光景だろうけど、身内なんだしいいんじゃないかと叔母さんと実夏は口を揃えて俺に味方をしてくれた。
「みっくん、マシュマロ作れるの?」
実夏の一番の関心はそこだったようだ。
俺に作れるはずもない、と言うか実のところ作り方も知らない。
叔母さんが教えてくれるというのでそれに甘える事にしただけなのだ。
せっかく作るんだから美味しい物を作りたいし、実夏に食べてもらいたいしな。
自分の料理スキルに全く幻想を抱いていない俺は素直に叔母さんに教えを請うた。
実夏も作れるらしいけど、さすがに食べてもらう本人に教わるわけにはいかないもんな。
皆はくすくすと好意的に笑い、俺は背中がむず痒くなるような感覚に囚われた。
さて実際に作ってみると難しい。
ゼラチンやグラニュー糖を溶かす火加減はよく分からなかったし、メレンゲを作る為に卵白を泡立てるのも簡単ではなかった。
結局、見るに見かねた叔母さんが半分以上手伝ってくれて何とか作り上げた。
食べ物を作る事の難しさを認識させられ、思いつきで食べ物を作ろうなんて考えるものじゃないとしみじみと実感した。
俺が四苦八苦している近くで、実夏は鼻歌を歌いながら実に手際よく作業をこなしていた。
白いエプロン姿も似合っていたし、将来はいい奥さんになるかもしれない。
俺がそう褒めると実夏は顔真っ赤にしてわたわたと手を動かして、
「ふ、不意打ちは卑怯だよ、馬鹿」
などと言っていた。
人を褒めるのに不意打ちをしないって簡単じゃない気がするんだけど。
少なくとも事前に予告しておくもんじゃないだろうに。
照れているのは分かったので口には出さなかった。
俺達が作ったマシュマロとチョコレートは、三時に皆で食べようという事になり冷蔵庫にしまわれた。
実夏は
「みっくん以外の人はおまけね」
などと小声でぼそっと耳打ちしてきたのだが、叔母さんは耳聡く聞きつけて注意していた。
一人娘だからか、かなり厳しい気もする。
それともうちの両親がいい加減なだけなのだろうか。
こっそり聞き耳を立てていると「俺を特別扱いするのは構わないが、他の人を軽んじているかのような言い方はよくない」との事だ。
……思い返してみれば意外と心当たりがあるな。
実夏の放つ「みっくん大好きオーラ」に気をとられて、あまり深くは考えていなかったように思う。
確かにあまりそういう言い方はよくないから俺も気をつけねば。
説教モードに移行したらしく長々と注意を始めた叔母さんと、しゅんとしてしまっている実夏を尻目に俺は台所を出る。
ああなると叔母さんの話は長いので実夏の部屋で待っていようかな。
女子中学生の部屋に本人の許可なく入るのはどうかと思わなくないけど、実夏は全然気にしないので俺が気にしすぎてもなんだし。
そう思っているとじいちゃんが俺の方を見て、小さく手招きをしているのが見えた。
意味ありげな様子に俺はピンと来た。
「稔、少しいいか?」
「うん、何?」
と返したものの、何となく察してはいた。
じいちゃんの近くにばあちゃんと叔父さん、更に父さんと母さんもいた。
「入学祝いを渡そうと思ってな。ボケて忘れる前に」
そう言ってじいちゃんはからからと笑う。
入れ歯はしているものの、元気そうな顔と声。
当分心配はなさそうだと思い、冗談で返した。
「ボケるなら俺が年を取ってボケてからにしてよ」
「おいおい、ワシ後何年生きればいいんだ」
そう言って二人で笑いあう。
じいちゃんはこのように冗談好きなのだ。
「おじいさん」
ばあちゃんがたしなめるようにじいちゃんの肩にそっと手を置く。
それでじいちゃんは笑いを引っ込めて真面目な顔になった。
「あー、稔。高校入学おめでとう」
黒地のストライプの包装紙で綺麗にラッピングされた、四角い箱を手渡される。
「あ、ありがとう」
俺が受け取るとばあちゃんと叔父さん、父さんと母さん、更にいつの間に来たのか叔母さんと実夏も拍手をしてくれて、どうにも照れくさかった。
気恥ずかしさを誤魔化そうとじいちゃんに尋ねる。
「開けてみてもいい?」
「うん、もちろんだとも」
許可を得た俺はプレゼントをテーブルの上に置き、椅子に腰を下ろした。
一体何なんだろうか。
大きさと重さから察するに参考書じゃなさそうだけど……ガキっぽいと思いながらもワクワクする気持ちは抑えられなかった。
綺麗にラッピングされているし、皆が見ている手前乱暴に破くわけにもいかず、もどかしい気持ちになりながらも丁寧に開ける。
中から出てきたのはブラック系の電子辞書だった。
「あ、ありがとう」
どこかやっぱりという気持ちがあったからか、ほんの少しどもってしまったけど何とかもう一度お礼を言う。
「散々迷ったんだがな、勉強がはかどるような物が一番かと思ってな」
じいちゃんがそう言う。
「皆で選んだ物なら大事に使うだろうってね」
ばあちゃんが続ける。
確かにせっかく選んでもらった物、使わないわけにはいかないよな。
身内だけあって俺の事くらいお見通しか。
「勉強がはかどったらあたしといっぱい遊べるよね」
チョコレート作りを終えたのか、実夏が顔を出して無邪気に微笑みながらそう言う。
何でも俺と遊ぶ事に結びつけるなよ、というツッコミは止めておく。
せっかくだからラッピングし直して、母さんに預かっておいてもらった。
「もう高校生なんだから自分の物は自分で管理しないとね」
そう言いながらも母さんは預かっておいてくれる。
俺、鞄の類は何も持って来なかった事くらいバレバレだからだろう。
もらえるなら参考書とか万年筆とかそういう物で、わざわざ鞄を用意する必要はないと思っていたのだった。
嬉しいと言えば嬉しいかな。
もうちょっと真面目に勉強を頑張れば、実夏に変な劣等感をこっそり抱かずにすむかもしれないし。
実夏は運動も勉強もとても出来る叔父さんと叔母さんの自慢の子供なのに、少しも気取ったところがないいい奴だ。
そんな年下の従妹に劣等感を持つなんて恥ずかしい。
「じゃあみっくん、部屋に行こ!」
実夏が両手で俺の両手を包み込んで、ぐいぐいと引っ張る。
「夕飯はすき焼きだからちゃんと手伝うのよ?」
「は〜い」
叔母さんの釘刺しに実夏は愛想よく答えた。
父さんと母さんがじいちゃん達にお礼を言っている。
やっぱり親って子供が知らないところでお礼を言い合ったりしてるんだろうか。
そんな事を考えながら俺は実夏に引っ張られていった。
実夏の部屋に行くとまず最初にやったのは携帯ゲーム機で遊ぼうとなった。
俺がブラックの機種を取り出すと実夏はホワイトの機種を取り出した。
「買ってもらったんだな」
「うん。成績が十一番以下になったら没収だけどね」
実夏はあっけらかんと言ったが、恐らくクラスで十番じゃないだろう。
俺は訊いてみる。
「学年で?」
「ううん、県で。最初は五番だったんだけどね。あたし、たまに五番はあるからって」
……県で十番以内キープとか、俺とはハードルの高さの次元が違うな。
やばい、少しへこみそうになった。
携帯ゲーム機は二人で遊ぶ時、それぞれ同一のゲームソフトを入れ、通信スイッチをオンにする必要がある。
最初に遊んだのはカーレスゲームだ。
「うりゃ! とりゃ!」
「ああ!」
「おりゃああ!」
どの声が誰のものなのか、記述すると実夏の名誉に関わりかねないので割愛させてもらいたい。
まあこの言い方で察してしまう明敏な人もいっぱいだろうけど。
俺達が遊んでいるのは、個性的なキャラクターから自分の分身を選び、妨害攻撃も行える種類のものだ。
俺はタイム自体はそこそこだが、妨害攻撃を効果的にやるタイプ。
実夏は妨害攻撃はあまり使わない代わり、純粋に強いタイプだ。
コンピューターが操作するキャラもいれてのレースだが、実夏は強かった。
極端にテストで悪い点を取ったり、長時間やり続けたりしない限り怒られない俺とは違い、実夏はきちんと勉強しなければいけないはずだが……。
「みっくん強いね!」
実夏は俺と勝ったり負けたりを繰り返しながら、ニコニコしている。
こいつはいつゲームの練習をしてるんだろうなぁ。
単純に上達速度が違うというなら、へこむかもしれない。
カーレスに飽きたのでトランプを始める。
実夏が持つゲームソフトで、他人と対戦出来る物はこれだけなのだ。
こういう時、携帯ゲーム機の限界を感じるが、据え置き型ゲーム機なんて持ってくる訳にはいかないからな。
まず神経衰弱をするとあっさりと負かされた。
俺に言わせれば理不尽としか思えない記憶力である。
俺が一組ゲットする間、実夏は二組三組とゲットしていく。
一回前ならまだしも、何回も前に出たカードと位置を正確に覚えているだなんて、そんなに簡単だろうか。
こいつ一人だけ、スペックが異常に高いとすら思う。
言っちゃ悪いけど、叔父さんも叔母さんも、じいちゃんとばあちゃんもそこまで凄そうには見えない。
実夏は「トンビが鷹を生んだ」というやつではないだろうか。
もっとも、四人とも俺や実夏相手に自分の凄さをひけらかしたりするような人達ではないから、単に俺が知らないだけかもしれない。
事と次第によっては俺と実夏のスペック差はまず父さんのせいという事にもなりかねない……いや、親のせいにするのはよくないよな。
昨日二十三時頃まで会社で仕事してたのに、疲れた顔や嫌な顔をせず、車の運転をしてくれるいい父親だし。
文句を言ったらきっと罰が当たる。
「じゃあ次はポーカーな」
俺は実力以外の要素が勝敗に影響が出るものを選ぶ。
俺が知らないだけでポーカーにも実力が必要なのかもしれないけども。
しかし俺達が遊ぶ分には運の方が大事で、俺は運は別に悪くないのだった。
単に実夏がポーカーフェイスがヘタクソとも言う。
「負けた!」
実夏はワンペア、俺はフラッシュで俺の勝ち。
勝ててほっとする俺と、無邪気に楽しそうにしている実夏は対照的ですらある気がする。
もっとも実夏は遊ぶ時はあまり深く考えないタイプではあるけども。
「次は七並べやらない?」
「うーん……」
正直七並べはババ抜きと一緒で二人でやってもあまり面白くはない。
まあ神経衰弱もどちらかと言えば二人でやるものじゃない方に分類されそうだけど。
「オセロか将棋にしないか?」
俺は二人でも充分遊べるものを提案する。
「いいけどみっくん、オセロ強くなった?」
実夏は疑問七割、期待三割といった感じで小首をかしげた。
この言動から分かるように、実夏は俺よりオセロは強い。
いや、別にオセロだけじゃないけど……情けなくなってきたので深く考える音は止める。
身内の中でも一番強いのが実夏で、そういう意味で俺は失言したようだ。
「訂正、将棋やろう」
「うんいいよ」
ちなみに将棋は俺の方が強いのだ。
一番強いのはじいちゃんで、その次が俺か叔父さん。
母さんと叔母さんはトランプ系は全般的に強いし、叔父さんはオセロと将棋が強く、釣りが上手だ。
あれ、父さんだけ何もとりえがないような……息子としてあまり考えちゃ悪い気がした。
きっと父さんの真価は、今の俺じゃ理解出来ないだけだろう。
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