イバラのせい


 ~ 九月二十三日(日) 前半 ~


   イバラの花言葉 厳しさ




 ~ 国境の戦場 ~




 だらららっ!

 だらららっ!

 だらららったったったったん!


 だらららっ!

 だらららっ!

 だらららったったったったん!


 ぱちぱちぱちぱち!!!

 ぱちぱちぱちぱち!!!


「我が国の精鋭たちよ! 今日こそライ麦王国の弱卒どもにお前たちの強さを思い知らせてやるのだ! さあ! 進め!」

「「「おおー!」」」

「何を小癪な! 玄米国の寡兵どもなど蹴散らしてしまうのじゃ! 迎え撃て!」

「「「おおー!」」」


『国境いでの争いが絶えないライ麦国と玄米国。今日も戦いに明け暮れます。向かって右側、お城から兵を進める西洋鎧がライ麦国。対して左側、東京都庁から兵を進めるふんどし姿がげん……、キャーーーー!!! 何やってんのよ千歳!』


「にゃははは! 肌色の水着にふんどし! びっくりするっしょ!」


『……こほん。ですがその強さは互角なので、お互いに消耗するばかりと言う不毛な戦いが続きま…………、すいません。みんな、アドリブ早すぎ。あたしには一方的にしか見えない』


「むりむり! なんであいつらクワとかスキとか振り回してるの!?」

「当然っしょ! 玄米国だかんね!」

「本物!? うわあ! クワって正面から見るとめっちゃ怖え!」

「いてえ! 段ボールの剣でスキを防ごうとしたら貫通してきた!」

「いきなりめちゃめちゃだな……。やあ、何という事じゃ! 敵は、圧倒的なのじゃ! これはどうしたものかのう! ……こらお前ら、俺を押すんじゃねえ! 将軍を盾にする兵がいるかっての!」

「いやいやここは将軍が!」

「将軍の、ちょっといいとこ見てみたいです!」

「「「見てみたいです!」」」

「む、無理を申すな! ええい、軍法会議にかけるぞ!」

「日向さんと戦ってみ? 寸止めできねえからガチでスキが襲って来るぞ?」

「冗談じゃねえ!」

「柿崎、千歳ちゃんの事スキなんだから丁度いいだろが」

「こんなとこでばらすんじゃねえよ! ええい、いきなりのアドリブに対抗するにはこれしかあるまい! 先生! 出番です! せんせーい!」

「「「出番です! せんせーい!」」」

「去年と一緒! なに言ってるのみんな!? 俺の出番はまだ先だって!」

「既に舞台がとっちらかってどうしようもねえんだ! 頼むぜ、道久!」

「「「頼むぜ、道久!」」」

「その卒業式みたいに繰り返すやつやめません? イラっとするのです」


 ぱちぱちぱちぱち……


「ほら。主役が登場したってのにこのまばらな拍手。皆さん困惑されています」

「いいから行くのじゃ道久! さもなくば、縄でぐるぐる巻きにしてイケニエとして差し出すぞよ?」

「ねえ、気になっていたのですが、なんで俺の役名だけ実名なのさ、柿崎君」

「俺はシャドウ=タイガー! 将軍!」

「長尾景虎が好きって言ってたもんね。でも、カゲの字、シャドーじゃないよ?」

「いいの! あと森口も見てねえで手ぇかせよ!」

「いや、空手部の人間が一般人に拳を振るうなどありえん」

「……とんだミスキャストなのです」

「俺もそう思うのだが……、うおっ!?」


 どかん!


「危ないのです! ちょっとかすっただけで王子のカボチャパンツが破けたのですけど!?」

「今日のあたしはちょっとダイタンっしょ! さあ、秋山覚悟! ……あれ? 超電磁ブレードが抜けなくなっちゃった」

「何やってるのです日向さん! 明日はライブがあるってのに舞台にスキを突き刺さしたりして……、って、逃げるな! ああもう、しょうがないのです。ふんぬーーーーっ! ……びくともしないのです」

「て、敵の先鋒が逃げ出した! 我々も態勢を立て直すために一旦引くのじゃ!」

「「「おーっ!」」」


『こうして今日もお互いに犠牲者を出しながら両軍は引きあげたのでした。はたしてこの戦争を止めることはできるのでしょうか。そんなカギを握るのは、両国の王子と姫だったのです』


 だらららっ!

 だらららっ!

 だらららったったったったん!


 だらららっ!

 だらららっ!

 だらららったったったったん!


「……なんて勇ましいBGM。引きあげるシーンにぜんぜん合っていないのです」


 じゃーーーーーん!




 ~ 湖畔 ~




『ここは昼間の戦の熱も届かぬ北の国境い。青い夜に照らされた湖畔の静寂しじまは、運命の邂逅を今や遅しと待ちわびる妖精たちの口つぐみ』


「ふんぬーっ! ……だめだ、まるで抜けませんよ、これ」

「それより道久君! 奈緒ちゃんのナレーションがロマンチックで色っぽいの!」

「舞台に出てからしゃべれ! ……じゃなかった。余計な事言いなさんな」

「やっぱり、おっぱいが大きいと色っぽくしゃべれるの?」


『ゴホンっ!!! ゴッホゴホっ!!!』


「……あとで原村さんに謝っておきなさいよ? じゃないと学校帰りに飼い犬に会わせてくれなくなります」

「それは困るの。悲しいの。こないだワンコ用のおもちゃっていうのをホームセンターで買ってね? それで……」


『会わせてあげるから! 早く出なさいよ!』


 ぱちぱちぱちぱち!!!

 ぱちぱちぱちぱち!!!


「…………それでね? ワンコ用のフライドビスクっていうんだけど……」

「後でフライングディスクについては教えてあげますので、お芝居をしなさいな」

「そうだったの。……まあ、ライ麦国の王子様なの! こんなところで何をなさっているのですなの?」

「なんと、玄米国の姫君ではありませんか! 私は湖に映る月へ向け、戦争終結の願いを込めて笹舟を流していたのです」

「ウソなの。スキを抜いているようにしか見えないの」

「だってこれ、抜いとかないと……、ふんぬーっ!」

「……こんな夜更けにお会いすることになるなんてなの。五年前、私の十の誕生日にお祝いを下さって以来ですわねなの」

「そんな事より穂咲もこれ抜くの手伝って欲しいのです。ふんぬーっ!」

「ふっふっふ。そうして背中を向けていていいのなの? いくら幼いころに会った二人とて、今は敵同士なの」

「そうだ。俺が読んだ台本、みんなが持っているのと違うものだったのです。うまい事、会話に混ぜて背景とか説明してくれないでしょうか」

「あのね、ライ麦国の女王の香澄ちゃんは、跡取りがいない玄米国の王様の六本木君へ、王子の道久君を婿養子に出す約束をしてたんだけどね?」

「直接俺に説明してどうするのです! そうじゃなくて、お客様への説明台詞みたいなのは無いのですか?」

「……ええと、皆様。引き換えに大金を貰ったのに道久君を渡さないってライ麦国が言ったから、戦争になっちゃってるの」

「直接お客様に話すのもダメ!」

「じゃあどうすればいいの?」

「はあ……、もう背景的なものは分かりました。俺は穂咲のいいなずけという事なのですね?」

「すごいの、正解なの。では二人の関係は次のうちどれでしょうって三択クイズを準備してたのに無駄になっちゃったの」

「お芝居を続けて欲しいところですが、準備していた三択にちょっと興味があります。その一つ目は?」

「ヘビとマングース」

「不倶戴天の敵同士っ! どんな芝居になるんですか! ……はあ、もういいです、お芝居を続けましょう。このシーンで俺が恋に落ちれば良いのですよね?」

「台本ではそうなんだけど……」

「……え? なんでそんな物騒なもの振り上げているのです? と言いますか、クワって正面から見るとめっちゃ怖え!」

「覚悟なの! ふんす!」


 どかん!


「あぶなーーーーっ! 何するのですマングースちゃん!」

「……抜けなくなっちったの」

「バカしかいないの!? ああもう、またステージが大変なことに!」

「だって、道久君がいなくなれば戦争の意味自体が無くなるの。あたしは愛より戦争の終結を取るの」

「なるほど、そんな物騒な台本だったのですね」

「ぜんぜん違うの。あたしがそう思ったの」

「……あのね? それは台本を全部読んだ君の感想でしょ?」

「もちろんなの。恋と戦争の板挟みが切なくて、胸のあたりがぎゅってなったの」

「これを見ているお客様にそれを伝えないと意味無いことに気付いて下さいよ。恋に落ちる過程をすっ飛ばしてどうするのです? このままじゃただのバイオレンスアクションなのです」

「道久君は生かさず殺さずのぎりぎりラインが一番輝くからちょうどいいの」

「意味が分かりません。……ああもう、十二ひとえでクワを振り回したから着崩れが大変なのです」

「あ。これ、お直しは無理だから暴れないようにって言われてたの」

「どうしようもないですね、バカ姫様は」

「失礼なの。あたしには、マリーという名があるの」

「せめて真理さんとか、和名に出来なかったの?」

「問答無用なの。あたしがこのクワで道久くんを倒せばハッピーエンドなの。……ふんす! …………ふんす!」

「そんなに深々と刺さっていては抜けないでしょうに。そして今更なのですけど、これは俺と君との悲恋の物語でしたよね?」

「悲惨な物語って聞いてるの」

「『れ』と『さ』の違い一つで最悪なのです!」

「れとさ? ああ、忘れてたの。この、れとさ入りチャーハンを食べると良いの」

「レタス! そしてチャーハンが真っ黒こげ!」

「だってお化粧が思ったより長くて、余熱のつもりで火にかけっぱなしにしてたら……、そう! お化粧、こころちゃんがやってくれたんだけど、あのね! こころちゃん、すっごくいい匂いがするの!」

「チャーハンからは焦げの臭いしかしません。俺が読んだバージョンの台本では、チャーハンを食べて恋に落ちるってシナリオでしたけど。この炭の塊で恋に落ちるヤツは機関車だけなのです」

「うう、ごめんなさいなの。でも一生懸命作ったの。カニカマまで奮発したの」

「そうは言いましても、演技でもこれは食えません。体壊しちゃいます」

「……酷いの。料理は食べてくれないし、せっかく綺麗にメイクしてきたのに、いつもと違うとか一言も無いし」

「五年会ってなかった人にそんなこと言ったらおかしいでしょうに。……急に膨れて、どうなさいました?」

「み……」

「み?」

「道久君の、ひょうろく玉ーーーー!」

「ひょう? 何それ? それよりクワを刺しっぱなしで行かないで下さい!」



 だらららっ!

 だらららっ!

 だらららったったったったん!



「だからBGM! どんな音楽でもそれ以外の方が絶対マシだから、今すぐ変えて下さい!」



 ちゃらっちゃちゃらららっちゃちゃ~ん💖

 は~ん💕

 は~ん💕



「俺が悪かった!!! まさか去年のが残ってたなんて! ……おい、こんな曲で強引に幕を引かないで! あと、どうしてこの音楽でお客様は大爆笑なの!?」



 ちゃらっちゃちゃらららっちゃちゃ~ん💖

 は~ん💕

 は~ん💕



「ああもう! それでは次のシーンへどうぞ!」




 ~ 国境の戦場 ~




『延々と続く戦いに疲れた両国は、最後の決戦で勝負を決めることにしました。お互い、兵が自分一人となっても戦い抜くと誓った大戦がついに始まります! …って、待って!? 裏方がそんなに出て来てどうするのよ!』


「秋山を出しなさい! 男子!」

「穂咲が泣いちゃったじゃない!」

「知らねえよ! 舞台化粧をいちいち褒める男がいるか!?」

「うわっ! そのクワ本物なんだから! そんな勢いで振り回すな!」

「こ、ここは先生に任せるべきだ!」

「道久を出したら公開処刑だぞ!?」

「いや、もっと頼りになる先生を呼んである! 先生出番です! せんせーい!」


 ……ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち!!!!!


 キャー!

 うそ! いやーん!

 だれあれ! かっこいい!

 六本木せんぱーい!


「ちきしょう! 道久の気持ちが良く分かった!」

「どうしたのよ六本木君!?」

「ロープでぐるぐる巻きにされて可哀そう!」

「男子! どういうつもりよ!」

「っていうか、玄米国の国王よね、六本木」

「ストーリーどうする気よ?」

「ここまでめちゃくちゃにしておいて、お前らがそれを言うか? ……まてまて、今のは言葉のアヤだ! 武器を構えるのはやめ……、クワって正面から見るとめっちゃ怖え!」

「六本木はどう扱っても構わん! だから一旦兵を引いてくれ! お前らマジで怖えから!」

「ちっ! 女子共、六本木をどう扱ってもいいって言っただけでキャーキャー喜んでやがる」

「ちっ! ライ麦国に運ぶついでに蹴り飛ばしてくれる」

「お前ら……っ! 俺を売っておいて、どの口が言いやがる……」

「げ! 六本木が怒った!」

「あいつが渡以外に怒ったとこ初めて見た!」

「メーデーメーデー! 六本木がお怒りだ! 至急増援を!」

「へへ……、胴体と腕だけじゃなく、足も縛っておくべきだったな……」

「こええ! クワより怖え!」

「先生! 早くこちらに! せんせー!」

「いまさら道久を呼んだところで俺様の怒りは収まらねえ! さあ! 覚悟を…………、え? 香澄?」

「……隼人。ちょっとそこに座りなさい」

「うるせえ! 俺はあいつらに思い知らせてやるんだ! ……おい。ボイスレコーダーなんか出して、なんの真似だ?」


 かちっ


『ザザ……りゃあおもしれえ! 女子サッカー部、作るか!』

『そんなにいいでしょうか。確かに女子がスポーツする姿は魅力的ですが』

『バカそうじゃねえよ! 合宿とか一緒にやってさ! ラッキーな何かもありそうじゃねえか!』

『はあ。そんなこと大声で話してたら渡さんに叱られますよ?』

『ははっ! 香澄なんてこわかねえよ! どうせ合宿やるなら海だな! 水着姿が見放題だぜ!』

『……あ、いけないのです。スイッチ切り忘れてました』

『え? スイッチってなんのこ……ザザッ』


「あ……、あ・の・野・郎……っ!」

「隼人」

「……はい」

「ラッキーな何かって、なに?」

「ラ、ラッキーな………………、パ、パンチを貰って、道久みたいに気絶を……」

「パンチ? 『ラ』の字が足りていないんじゃない?」

「そんなことまで想像してねえよ!」

「じゃあ、あなたが想像していた『そんなこと』について説明なさい」

「そ、それは……………………」

「破廉恥な事を想像していた、と?」

「………………………………はい」

「では他に、何か言い残すことは?」

「そこは、『何か言いたいことは?』だろうが」

「随分変わった辞世の句ね。まあいいわ、こいつをお城へ連行しなさい!」

「まってくれ香澄! って、お前ら乱暴に持ち上げるんじゃねえ! いてっ! 誰だ蹴飛ばしやがったのは! ……いてえ! いてててて!」


『ウソ? ええと……、こ、こうして玄米国の国王はライ麦国へ連れていかれてしまったのですけど……? いったいこれからどうなるのか! 十五分間の休憩の後、後半が始まります! どうぞお楽しみに!』



 だらららっ!

 だらららっ!

 だらららったったったったん!


 だらららっ!

 だらららっ!

 だらららったったったったん!


 じゃーーーーーーーーーん!!!


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