カンナとダリアのせい


~九月二十一日(金) 文化祭準備日 真上~


  カンナの花言葉 熱い思い

  ダリアの花言葉 豊かな愛情



「恥ずかしいのです。言えません」

「え!? 今更なに言い出したのよ!」

「秋山君、本番は明後日なのよ? 分かってる?」


 文化祭は明日から。

 俺たちの出番は明後日。


 そんな土俵際一杯。

 ようやく完成した台本を手にしながらの立ち稽古。


 机を重ねて隅に寄せて。

 大道具小道具、演出に役者。

 みんながそれぞれの仕事に集中していました。


 そんな教室で。

 俺が思ったままの言葉を言うと。

 にわかに湧き起こる大ブーイング。


 君たちだって好き放題やって来たじゃない。

 何をいまさら。


「わがままを言わないでほしいの。みんなに迷惑がかかるの」

「一分前くらいにわがまま言って長台詞を全部カットした人を、君の目の前に連れてきましょう」


 そう言いながら、俺は去年の白雪姫で使った大鏡を向けてあげました。



 手の平にメモできる分しか記憶領域を持っていない。

 こいつの名前は藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は器用に猫耳型に結い上げて。

 そこにカンナとダリアを一輪ずつ活けているのですが。


 ……フラグ?


「とにかく! このシーンはクラス全員の総意! ぐだぐだ言わない!」

「今知りましたけど、俺はクラスの一員では無いとおっしゃる?」

「ああ言えばこう言う人よね~、秋山君って」

「そして本件については女子一同が目くじらを立てているだけのような気がしないでもないのです」


 現に。

 男子は好きにすればと言いながら。

 作業に集中する人がほとんどで。


 台本やら裁縫道具やらトンカチやら。

 なにかしら握りしめながら俺に迫ってくるのは女子ばかり。


 君たちが聞きたいだけの恥ずかしいセリフをクラスの総意と言われましても。


「ちわー、ワンコ・バーガーの出前でーす!」

「デース」


 そんな修羅場にずかずかと入って来たお二人さん。

 穂咲のお花占い。

 見事に的中なのです。


「……んだよ秋山! てめえ、学校じゃモテモテだったんだな!」

「これがプレゼントを受け取ってもらいたい女の子に迫られている男子の図だと思うのならば、すぐに眼医者へ行ってください」

「皆さん、コウフンしてミチヒサ君に迫っている。日本のイケメンの定義は謎」

「俺はブサイク代表なのでご安心ください。それにしても、カンナさんはともかく、なぜダリアさんまで来たのです?」


 四段重ねのコンテナを抱えるカンナさんは、ワンコ・バーガーから出前を頼んだのでごく当たり前のご来場なのですが。

 その後ろで、ラーメン屋のおかもちから本当にラーメンを取り出しているダリアさんがここに来た理由が分かりません。


 そんな俺の目を見て察してくれたのでしょう。

 聡いダリアさんはこくりと頷くと。

 ラーメンの上からナルトを取って。

 バーガーの包みの上に置きました。


「伝わってないのです! いりませんよナルトなんて!」

「……メンマは渡さない。チャーシューも」

「いりませんよ。……ノリも! いりませんから! どうしてダリアさんがここに来たのか理由を知りたかっただけなのです!」


 無条件で俺用となってしまったバーガーの包みに。

 さらに麺を一本乗せてスープをかけながらダリアさんが言うには。


「それならカンタン。カンナと遊ぶ約束をしていた日にタイリョウの注文が入って予定が流れてしまった恨みをハラしに来た」


 そういいながら、思い出したようにファイティングポーズを取るのですが。

 

「遊ぶ約束? お二人はそんな仲だったのですか?」

「ああ、そうだぜ? 非番の日に合わせてダリアが休み取ってくれんだ」

「そう、共通の趣味を持つナカヨシ。ちょくちょく会う」


 そうだったのですか。

 まるで知りませんでした。


 そしてカンナさんが、群がる男子一同にビッグビッグバーガーを配り始めると。

 女子一同も、俺への包囲を解いてレタスしゃっきりバーガーとミニアップルパイを受け取って。

 強制的にお昼休憩が開始されました。


「……ミチヒサ君には、この新製品」

「ラーメンバーガーですね、いただきます。……べっちゃべちゃ」


 手で持てる程度には冷めていてよかったのです。


「しかしお二人に共通の趣味があったなんて驚きなのです」

「ソウカ? ゴクゴク普通な趣味だが」

「へえ。何なのです?」

「ゴクゴク普通な工場萌え」

「ごくごくマニアック!」


 意外過ぎてびっくりです。

 そして、さらにびっくりは続きます。


 足りないやつはここから取って行けと、二つの椅子にコンテナを乗せたカンナさんが割り箸を手にしながら寄ってくると。

 ダリアさんが持ったラーメンを、立ちながらすすり始めたのです。


「……なんの真似です?」

「ん? 昼飯だけど。……ああ、この食事姿勢な! ごくごく当たり前にやるから気にならなくなっちまってよ!」

「私がカップ麺好きダカラ、工場を見ながらこうやってゴクゴク普通に食事する」


 …………ウソ。

 くちあんぐりなのです。


 ヤンキー系美人さんとロシアから来た美人奥様。

 工場を見ながらうっとりとした表情を浮かべて。

 立ったまま、一つのカップラーメンを二人ですする。


「……ごくごく?」

「ソウ。ゴクゴク」

「まっっっっったく想像つきません」


 あまりのギャップに呆然としたままダリアさんを見上げていたら。

 カンナさんが、俺が手にした台本を勝手に覗き込んで大声を上げました。


「うおっ!? やっぱお前、モテ男なんだな! ここ、秋山のセリフだろ?」

「ああ、このシーン。こんな恥ずかしいセリフ言えないから変えてもらおうとしていたところだったのです。ちなみに俺はモテ男ではなく、箸にも棒にも男です」


 そんな返事をしてみたら。

 思い出したように女子が迫って来たのですが。


「ちゃんとこのセリフを言いなさいよね、秋山!」

「穂咲ちゃんとの見せ場なんだから、根性見せなさいよ!」

「無理なものは無理です。……ねえカンナさん、こんなセリフ言われたって嬉しいどころか恥ずかしくて気持ち悪いですよね?」


 俺が助けを求めると。

 頭をぼりぼりと掻いたカンナさんは、


「まあ、お前にゃ似合わねえな」


 と、同意してくれたと思ったのですが。


「お前らしく、もっとくさいセリフで口説かねえと」

「あれ? 敵だったのです?」


 予想外な味方を得て。

 みんながカンナさんに歓声を送ると。

 今度はダリアさんまで俺の敵に回りました。


「……正次郎さんのプロポーズ、今でも忘れない。男は、ウソでもいいから、決める時はバッチリ決めるモノ」

「やれやれ……、では参考にしたいのですが、まーくんはどんなプロポーズをしたのです?」


 俺の質問に。

 女子一同が前のめり。


 でも。

 ダリアさんの口からは、あまりにも想像と異なるものが飛び出してきたのです。


「…………俺はわざわざお前を幸せにしない。だから勝手に幸せを探せ。俺も勝手に幸せになるから、結婚しよう」

「え? はあ!? それ、プロポーズなの!?」


 俺ばかりか。

 クラス中全員の目が丸くなってしまったのですが。


 ダリアさんはいつもの無表情で。

 ラーメンをすすりながら言うのです。


「私を幸せにするために心を砕くなどグノコッチョウ。彼は私との時間を、それが今後ズット当たり前であると宣言してくれた。これ以上のプロポーズなどない」


 そんな説明を聞いても。

 納得できた人はまったくいない様子。

 ダリアさんの言う事は、時々難し過ぎてよく分からないのです。


 一番大人なカンナさんですら首を捻っていますから。

 よっぽど難しいお話なのでしょう。


「うーん? ……お互いを尊重しようって意味なのか?」

「家族に感謝の言葉をツゲル時、いちいち心をクダクか?」

「なるほどな。無理せず自然に過ごすことが出来る相手だって言いたいのか」

「そう。彼は私を、家族になれる相手と言ってくれた」

「はーっ! レベルたけえなあお前ら夫婦は!」


 そんなやり取りを聞いても。

 高校生の恋愛観ではおくちぽかんです。


 ……だから。

 俺の隣で、うんうんと頷く穂咲さん。

 君も理解できてるはず無いでしょうが。


 そんな様子を察してか。

 ダリアさんは、俺に灰色の瞳を向けるのです。


「愛ナンテ、難しく考えるだけバカバカしい。尊重と感謝の延長でいい」

「尊重と感謝を、尊重も感謝もせず当たり前にできるのが本当の愛だと?」

「…………少年。よく理解できているではないか」


 俺の受け答えに。

 女子が急にキラキラとした目を向けてきたのですが。


 かいかぶりです。

 実践も出来ない絵にかいた餅の話をしただけなのです。


「…………では、シバイでそれを実践してみせよ」


 ダリアさん、俺の心をまるで見透かしたよう。

 台本を指差しながら無茶なことを言うのです。


 期待の眼差しを一身に浴びながら。

 必死に穂咲への尊重と感謝をイメージしていると。


 まだまとまってもいないのに。

 こいつは芝居を始めてしまいました。


「王子様! 私へ下さる最後の言葉、しかと受け止めましょう!」


 うう、困りました。

 ……でも、俺らしく言えばいいってカンナさんも言ってくれたことですし。


「ま、マリー! 私は、いつも憎まれ口をたたいたりしているが、素直な気持ちをここで言おう!」


 俺らしく。

 穂咲に対する。

 尊敬と感謝。


 それは……。


「…………ぜんぜん尊重したくないけど、それなりいつもありがとう」


 ぱんぱんに膨れ上がった穂咲の前で。

 カンナさんとダリアさんから、ダブルパンチをいただきました。



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