シオンのせい
~九月二十日(木) 放課後 二センチ ~
シオンの花言葉 君を忘れない
赤い波が遥か彼方で煌めいては消える様を見渡せる岬。
我ながら、随分いい場所を見つけてやることが出来た。
南海の孤島に人知れず三本のクリスタルを刺した俺様は、その一つ一つにカカリアの花を添えて歩き、最後の一輪を置いた墓標にだけ声をかける。
「……そうやって、ずっとカカリアに見張られながら眠りな、マリー」
あれがカカリアだったとしても、一度はプロポーズしようとした相手だ。
忘れやしねえさ。俺様の中で生き続けるがいい。
鉄臭さもオゾン臭も無い、落ち着かない夕風が熱を帯びた孤島を冷ます。
すると、青いクリスタルから透明な赤紫の光が長く伸びて俺様の足を照らした。
――戦争を終結させた俺様達の行為は大いに肯定され、そして、それを上回るほどの
つまり、称賛はされなかった。
「お前ら、英雄になりそこなっちまったな」
塔が崩れるという緊急事態に際して地球規模の大津波を発生させないためのセーフティーは正常に働いて、宇宙まで伸びるレーザー光が人類の夢を溶かし尽くしたあの夜を境に、世界は一変した。
手の届く範囲にあるものを大切にすること。
愛する者が目の前にいることを幸せに思うこと。
各国の政府が、疲弊した民心を安らげるために使ったプロパガンダはそれぞれの良心だった。
だが、そんな安上がりな手にまんまと踊らされた民衆は、このスローガンを旗印に国を越えて手を取り合う。
馬鹿げた規模のマッチポンプに不平を鳴らす者は非平和的とみなされて、銃で撃たれることこそないものの、社会的に殺されるほどの目に遭っている。
くだらない世の中になっちまったが、それでもまあ、命の取り合いよりは数倍マシだ。
数の脅威というものが当てはまるならば、このままじゃ個体数を激減させたヒトという種がAIに滅ぼされちまう。
なんせやっこさん方、俺たちの三倍は世の中に『生きて』いるわけだからな。
……さて、うかうかしていたらAI共に仕事を取られちまう。俺様は新たな戦場に向かうために、慣れないネクタイを締め直した。
人殺しとは無縁の世界に案内は無いが、生き残った者の使命を果たさなきゃならねえ。
ビジネスという名の戦いが俺様を待っている。……いや、常在戦場だな。既に戦いは始まっている。
俺様は携帯を取り出して、最も戦争の被害を受けた国の建設業種株価をチェックしながら、飛行機のチケットを予約した。
そんな液晶画面の一番下。二行しか表示できないメッセージ領域の上半分に、一旦瓦解した国際連合が復活するというニュースが流れる。
「……おいおい。たった一行じゃ読みにくいんだよ」
ため息交じりに液晶を指ではじくと、それに合わせてメッセージ領域の下半分に、たった五文字の単語が表示された。
『READY』
……バカ野郎。もう、とっくに戦争は始まってるんだよ。
てめえはただ、いつまでも俺様の為にきりきり働いてりゃあいいのさ。
そう。
ずっと、いつまでも。
Fin.
~🌹~🌹~🌹~
とうとう完成した二体の巨大ロボに見下ろされながら。
俺たち四人は同時に頭を下げました。
「ごめんなさい!」
……結局お芝居は。
隣り合う国の王子と王女が愛と戦争との板挟みに苦しむ姿を描く恋愛ものに決定したため。
まさかこいつらが戦場を闊歩するわけにはいかなくなってしまったのです。
そんな衝撃的な話を聞いて。
お兄さんは膝から崩れ落ちるものと思っていたのですけれど。
いつもと同じ。
飄々とした顔で言うのです。
「いやー、充実した日々だった」
満足そうに、ロボを見上げたその姿に。
どうやら嘘偽りはなさそうです。
椎名さんと佐々木君。
二人の作者さんと共に。
俺に並んで頭を下げているのは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を頭のてっぺんでお団子にして。
そこにシオンを一本挿しているのですけれど。
薄紫の可憐なお花が。
遠すぎて良く見えません。
なんせ、茎が長い。
一メートルはあろうかと言う茎が。
お辞儀のせいでお兄さんの頭をさわさわと撫でています。
「無駄になってしまった感は否めませんが、それでも凄い出来なのです」
「おお、お前さんもそう思うか」
俺たちが見つめる先には。
十メートル近い巨大なロボが颯爽と武器を構え合うその雄姿。
テレビ局が取材に来てもおかしくないレベルです。
柿崎君のCGを元に忠実に作られた、滑らかで近未来的なフォルム。
ファルコン機が構えたライフルが精巧で直線的なのに対して。
マリー機の持つシールドとパイルバンカーは曲線が美しく。
生々しい破損まで見事に表現されています。
しかもこのロボ。
フォークリフトによる操り人形ではありますが。
実際に動くというから驚きなのです。
当然、制作費に人件費、重機の費用。
とんでもないことになっているらしいのですけれど。
ただ、そんな費用に関しては朗報もありまして。
市と特撮の制作会社と東京のイベント会社。
三か所から、この二体を買い取りたいとのお話が来ているようなのです。
それでも赤字なんだがなと頭を掻くお兄さんは。
改めて頭を下げた原作者二人に、優しく声をかけるのです。
「さっきも言ったろう。いい仕事が出来たんだ、こっちが礼を言いてえくらいさ。……ああ、他の連中には内緒な。社長がこれ聞いたらクビにされちまう」
「そう言って貰えると嬉しいけど、それでも本当にすみませんでした!」
「元はと言えば、僕たちが空気も読まずに騒いだせいでこんなことに……」
椎名さんと佐々木君が恐縮しながら何度も頭を下げていると。
途端にお兄さんは厳しい表情を浮かべます。
「……なに言ってるんだ?」
「え?」
「お前らは何にもわかってねえ。騒がなくてどうする。空気なんか読むな、声高に自慢すべきだ」
散々失敗して学んできたことをお兄さんに否定されて。
二人は目を丸くさせます。
「いい物語だった。正直感動した。それも、お前らが騒がなきゃ見る機会なんか一生なかったわけだからな」
そう言いながら。
お兄さんは後ろのポケットから丸めたコピーの束を取り出します。
「お前らが書いた本を読んで気合いが入ったのは間違いねえ。そう思わせるだけの物語だった。これは作業に当たった連中、みんな同じ気持ちだ。誰だったか、お前らのサインを貰いたいって、色紙を二枚買ってたぜ」
一瞬、嬉しそうな顔をした二人ですが。
すぐに怪訝な顔に早変わり。
持ち上げられすぎて、気を使われているとでも感じたのでしょうか。
苦笑いなど浮かべながらお礼を言っています。
でも、お兄さんは本気で言っているのですよ?
ここは分かってもらうために。
俺からも援護射撃です。
「そうなのです。二人の作品、凄いのです」
「それを秋山ちゃんが言う!?」
「僕たちの騒ぎ過ぎをたしなめたのは秋山じゃないか」
「俺は否定なんかしてないのです。ただ、騒ぐべき場所を把握した方がいいという話をしたまでで」
しまった。
俺が言っても逆効果。
二人の疑いが、より濃いものになってしまいました。
「なんだか、気を使われてる感じがすんだけど」
「そこまで持ち上げなくていいさ。実力が足りないのは、僕たちが一番よく分かっているから」
すっかり落ち込んでしまったお二人に。
感動を正しく伝えたいのですが。
「……いい方法ありませんかね」
俺が、お兄さんに助けを求めると。
予想外な所から返事が返ってきました。
「簡単なの」
穂咲はそう言いながら。
鞄から出した数枚の紙をみんなの前で広げます。
いったい何が書いてあるのでしょう。
俺も横から覗き込んだら。
…………血の気が引きました。
「なっ……! なんで穂咲が持ってるの!?」
「こんな面白いもの、持ち歩かなきゃウソなの」
それは俺が週末に、試しに書いてみた原稿だったのです。
東京都庁に迫るロボットは、真っ赤な眼が大きな足で車を踏みつぶして歩く。
このままではたぶん、東京都庁が壊されてしまう。
東京都庁から慌てて逃げたい人とは反対方向に、かっこいい男が東京都庁へ向かって歩いて行くと、東京都庁が二つに割れて崩れて、中から金ぴかの体のしびれるほどのボディーのかっこいいロボットが現れた。
じゃじゃーん!!!
「さあ、俺が東京都庁を守るぜ!」
「なんだこりゃ!? あはははは! ひでえ! 小学生レベル!」
「そうなの。酷いの」
「そもそも、崩れた都庁を守ってどうする気だ?」
「言わないで! 俺も今気付いた! おかしいのです!」
大笑いしながら読み進める椎名さんに。
頭を抱える佐々木君。
お兄さんも、俺を押さえ付けながら珍しくニヤニヤと笑っているのですが。
「ぎゃはははは! グッドグッド! 二ページ目にして負けそうになってる!」
「最初っから弱い主人公とかどうしようもないの。都庁どころか、街を壊しながら逃げてるの」
「しかしこれ、呪いかってくらい繰り返すね、東京都庁って言葉」
「だってどう書いたらいいのか分からなかったのです! もうやめて!」
俺の叫びもむなしく。
丸一日かけてノート五ページ分に書いた原稿は。
結局最後までみんなに読まれてしまいました。
「お腹痛い! すげー斬新! 最初のバトルで自爆した!」
「爆散したロボにまったく愛着を感じないことが唯一の救いか」
「お粗末でしたなの」
「俺もそう思いますけどお前が言うな!」
恭しくお辞儀をした穂咲が持つ俺の恥。
取り返そうと手を伸ばしましたが。
ひらりとかわされて鞄にしまわれてしまいました。
「酷いのです! 返しなさい!」
「下手なギャグマンガより断然面白いの。返さないの」
「穂咲が書いたって似たようなことになるでしょうが!」
「そうなの。きっと似たり寄ったりなの」
そう口にした穂咲が俺を見つめる瞳は。
やけに真剣で。
はっと何かに気づいた椎名さんと佐々木君。
二人が顔を見合わせます。
「……そうなのです。俺ばかりじゃなくて、誰が書いたって似たり寄ったり。つまり、お二人の作品は凄いのです」
「ほんとなの。これと比較するのはどうかと思うけど」
「おい」
俺の恥と引き換えに、ようやく微笑んでくれた二人に。
お兄さんが改めて言いました。
「まあ、そういう事だ。お前らの作品にみんな感動したのは本当だ。……だからサービスで、本番までにこいつを城に作り変えといてやる」
この素晴らしい申し出に。
俺たちは飛び上がって喜んだのですが。
「でも、そんなことまでしていただいては困るのです」
「乗り掛かった舟だ、安心しろよ。……だが、問題はモチベーションだな」
顎の無精ひげをしゃりしゃりと撫でながら呟くお兄さんに。
穂咲がなにやら手渡しながらこしょこしょと耳打ちをすると、途端に瞳を輝かせ始めたのですが。
……君、なに言いました?
「やりがいがありそうだ。乗った!」
「ええと、何を話していたのです?」
「任せておけよ。本番までに、完璧な東京都庁に作り変えておくから」
そう言いながらお兄さんが掲げているのは。
どう見ても、俺の原稿。
さっそく工務店の皆さんへ渡すと。
途端に湧き上がる笑い声。
そして作業の指示を飛ばし始めると。
皆さん、よしきたと張り切って作業を始めたのです。
「これでモチベーションはバッチリなの」
そう言いながら微笑む穂咲さん。
俺は生涯、その眩しい笑顔を。
恨みと共に、ずっと忘れません。
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