アマゾンリリーのせい


 ~九月十九日(水) ニ時間目の後の休み時間 五センチ~


  アマゾンリリーの花言葉 清々しい日々



 相変わらず、君のルールが良く分からないのですけれど。

 随分と席を寄せて、お昼ご飯に備えて手の込んだことを始めた藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を縦ロールのお嬢様風にセットして。

 頭のてっぺんにはアマゾンリリーが一輪。

 ぽよんぽよんと揺れています。


 アマゾンリリーとは、真っ白でゴージャスな六枚の花弁を持つ。

 ブライダルブーケによく使われるユーチャリス。


 ……結婚式にでも行くのでしょうか。



 そんな花嫁さんの修行は式の当日まで続いているご様子で。

 机の上で、ニンジンの飾り切りなどしておりますが。


 とても器用な穂咲による精密な力作。

 ずいぶんたくさん作ったね。


 ウシ。


「聞くのもどうかと思いますけれど。なんでそんなことに?」

「ビーフシチューにしようと思ってたんだけど、牛肉を忘れたの」


 なるほど。

 理屈は通っている気がします。


 しかし文化祭の準備で、みんながてんやわんやというこの状況で。

 君はよくそんな呑気なことできますね。


 未だに台本がまとまらずに。

 俺たち役者はやることが無いので。


 小心者な俺としては。

 授業の予習などして、遊んでいるわけではありませんというアピールをしていないと落ち着かないのです。


 ……そういえば。

 君、ここのところまるきり勉強していませんよね。


「今の、化学の授業中も遊んでいたようですし。ちゃんとしなさいな」

「失礼なの。ちゃんと勉強してたの」

「……じゃあ、マンガンの原子番号は?」

「一万二千なの」

「親ですか」


 俺が呆れながら突っ込んでいる間にも。

 また一頭のウシが彫りあがりましたが。


 さっきから、ホルスタインばかりが生まれていますけど。

 このままではビーフシチューでは無く。

 クリームシチューになってしまいます。


「秋山ちゃん! 助けて!」


 そんなのんびりムードを切り裂いて。

 椎名さんがぶかぶかメガネをずらしながら。

 俺の机にしがみついて倒れ込みます。


「……助けたい気持ちは山ほどあるのですが。俺の文才ではせっかくの劇が台無しになると週末に悟りましたので」


 宣言した以上手伝わなきゃと思って。

 俺も椎名さん達の真似をして書いてみたのですが。


 あまりの酷さに頭を抱えるとともに。

 椎名さん達の凄さが改めて知れたのです。


「いやいや、書く方はハナから期待してない!」

「しょっく」

「それでも秋山ちゃんじゃなきゃできないのよ! 脚本をまとめて!」


 やれやれ。

 だったら俺に何をしろと言うのでしょう。


「……俺を頼るの、間違っていますし。こういう時はですね……、六本木君!」


 俺が声をかけると、みんなの人気者が近付いてきます。


「なんだよ道久」

「脚本が、船頭だらけでエベレストにアタックを始めたようなのです」


 六本木君は、俺の机にすがりついている椎名さんの姿を見て頷くと。


「みんな、ちょっと聞いてくれ!」


 張りのある美声で、作業中のみんなの目を集めます。


「……で? どうすんだよ」

「こういうお願いに最適なのは、やはりみんなのお母さんなのです」


 俺が神尾さんへ振り向くと。

 責任感の強いみんなの委員長が分かりやすく事情を話してくれて。

 クラスの皆に脚本難航の状況が正しく伝わったのです。


「という訳なのですが、渡さん、いいアイデア無い?」

「うん、前から言おうと思っていたんだけど。まずは四コマ漫画を作らない? そのあと、見せたいポイントとか山場とかをコンテにするの」


 これには全員がなるほどと納得顔。

 さすがは才色兼備の渡さん。


 そうなれば、こいつの出番なのです。


「では穂咲。黒板に四コマ漫画を描いてきなさい」


 みんなの真剣な表情を一身に受けてもこの無表情。

 気軽な雰囲気で穂咲が黒板にコンテを描き始めます。


 そんな中、先生が教室の扉を一度開いたのですが。

 ピリッとした真剣な空気を俺たちが発していたせいでしょうか。

 珍しく空気を読んで、扉を閉じてくれました。


「……こんな感じだとハッピーなの」


 そして穂咲の四コマ漫画に。

 おおと感嘆の声が響くと。


 ようやく安堵の吐息を漏らした椎名さんが。

 俺の手を握ってブンブンと縦に振るのです。


「グッドグッド! やっぱり秋山ちゃんに頼んで正解だったよ!」

「え? 何言ってるのさ。俺は何の役にも立っていないのです」


 まったく。

 おかしなことを言う人なのです。


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