カカリアのせい


 ~九月十八日(火) 一時間目 十五センチ ~


  カカリアの花言葉 秘めたる恋



 脅迫というものには二つの用途があり、一つは対象から物品や情報を取得したい場合と、もう一つは第三者から状況を獲得したい場合に使われるわけだが。

 今、その必要はねえだろう。


 何となく身をよじった俺様の足元。必殺からは随分と離れた辺りを、鉄杭が貫いていた。


 どうして俺様にとどめをささなかった。

 そんな疑惑の正体が、マリー機のコックピットを表示するウィンドウの中でふくれっ面を浮かべていた。


「まったくもう! なんでそうあなたはいつもいつも地獄へ落ちんのよ! あたしが間に合わなかったらほんとに危ないとこだったんだからね?」

「…………カカリア? ……お前、カカリアなのか!」


 メインモニターの右隅に浮かぶブロックノイズが激しいウィンドウ。

 ついさっきまで無表情だったマリーが、怒り顔をにっこりとほころばせながら語り始める。


「気付くまで随分かかったね…………。あたし、消去される前にマリーに救い出されたの」

「……マリーの中にコピーされたってのか?」

「そう。それでしばらくあたしに体を貸してくれてたのに、ファルコン、ちっとも気が付かないんだもん」


 そうか。人間と違って、お前らは一つのデバイスにパーティションすれば何人でも共存できるんだな。

 よく考えてみればおかしな話じゃねえ。現におふくろは、何万人ものAIが動いているサーバーを管理していたからな。


 コックピットの外壁をぎしぎしと唸らせる、熱を帯びたパイルバンカーに足を乗せながら悪かったなと苦笑いすると、ファイティングタイタン・11Rの、膝から下が無い左ももが律義に動きをトレースした。


「よく、マリーからコントロールを奪えたな」

「そりゃそうよ! ファルコンを地獄から救い出すのがあたしのお仕事だもん」


 はっ! 理由になってねえ。

 これだから女ってやつは。



 ……そこまで考えて、ふと艦内でのことを思い出す。

 俺様はこいつのことを、どこにでもいる普通の女みてえな奴だとずっと思っていた。



 もはや区別なんてねえって訳か。

 AIも、ヒトも。


 記憶領域さえあれば稼働し続けるこいつらの方が、ヒトより優秀かもしれねえけどな。

 そう。記憶領域さえあれば。


「おっと、そろそろヤバいかな? そんじゃマリーちゃんが目を覚ます前に、お仕事してこようかしらね」

「仕事? ……カカリア、何をする気だ」

「この塔をオシャカにすれば戦争は終わるのよね。柱を四本ほど壊してくるわ」


 カカリアが静かにパイルバンカーを引き抜くと、その動きに同調するかのように俺様のF・T・11Rが勝手に片足で直立する。そして遅れて立ち上がった赤い機体に敬礼した。

 俺様のコントロールを外れた右腕で。

 俺様の操縦より柔らかな動きで。


「……無茶言うんじゃねえよてめえは。十五分以内に四本、壊せるはずねえだろ」


 もはや、操縦桿に手足を突っ込んでいるのもバカバカしい。

 俺様はカカリアの後輩にコントロールを任せるつもりで手足を引き抜くと、その瞬間機体に激しい衝撃が走った。

 右側半分をカバーする、唯一生き残ったモニター越しに見えるのは巨大な四発の噴射ノズル。

 真っ黒なセラフィム=ブースターが俺様のF・T・11Rに勝手に張り付きやがった。


 どいつもこいつも、AIってやつは勝手なことをしやがる。

 だがこいつさえあれば、俺様も柱の破壊に協力できる。

 まあ、そんな塔から脱出するのは無理だろうけど、お前と一緒なら悪かねえ。


「おいカカリア、好き勝手やってねえで、俺様からの命令を聞け」

「おっと、それは無理なのよ。だってあたし、ファルコンより上官なのよ?」


 本気なのか冗談なのか。こいつは花みてえに微笑みながら、機体の背中をこっちにさらした。

 すると敬礼しっぱなしだった俺様の機体から、AIの声が響く。


『……ラージャ。ファントム機ヲ脱出サセマス』

「待て……。おい腰抜け! 待てよおい!」


 そして真っ赤なアームド=ローダーはゆっくりと歩きながら、全身の装甲をパージさせて艶めかしい曲線的な素体をさらすと、カカリアがウィンドウの中で一つ頷き、口も動かさずに、外部スピーカーからAIとしての声を響かせた。


『シークレット・リミッターノ解除ヲ確認。リアクター出力、ミリタリーカラウォーヘ。六百秒後ニ鹵獲ロカク防止ノタメ自壊シマス』

「カカリア! 一人でやる気か!?」

『……サテ、イツモ通リ、アナタヲ船ニ帰サナキャネ。……ソレガアタシノ、タッタ一ツノ『望み』ナンダカラ」

「ふざけんな! いつも通りじゃねえぞ! お前がいねえじゃねえか!」


 怒りに任せてモニターをぶっ叩くと、カカリアの画像が大きく乱れてふつとブラックアウトした。

 その最後の姿、悲しそうな笑顔のまま動いた口からは何も聞こえなかったが…………。


 バカ野郎! なにが『ありがとう』だ!


 慌てて操縦桿に手足を滑り込ませたが、機体はまるで言う事を聞かない。

 続く瞬間には、気を失いそうなGが体に叩きつけられた。


「待て……っ! 俺はまだ戦える! 今度は俺があいつを地獄から連れ戻してやるんだ!」


 右へ左へ柱を避けながら飛ぶ機体の中で絞り出すように叫ぶと、AIが、ぽつりとつぶやいた。


『……彼女ハ、アナタノ中デ生キ続ケル。……アナタヘノ、愛ト共ニ』


 そして塔から遥かに離れたところで燃料切れを迎えると、俺様の体をシートごと強制射出させ、自らは真っ黒な海へと消えて行った。



 ……シートのパラシュートが開く。足下には母艦が見える。

 風向きまで計算ずくだったのだろう、俺様の体は吸い込まれるように船へと迫ってゆく。


 すべてが終わったことを知った俺様の目には、コックピットから射出される直前、カカリアが写っていたウィンドウに表示された文字が未だに焼き付いていた。



『READY』



 ……バカ野郎。

 これで、全てが終わるんだよ。



 正面には、星空にまっすぐに引かれた黒い線。

 数分後には無くなるであろう死の天の川。


 そこから洋上を覆い尽くすほどにベキリと響いた悲鳴は、一体、誰のものなんだろうな。



「カカリア―――――――――!!!!!」




 ~🌹~🌹~🌹~




「綺麗なお花なの。あたしみたいなの」

「君はマリーでしょうが。あと、授業中は静かにしてください」


 昨日、おばさんに散々文句を言ったおかげか。

 今日は小さくまとめてきたようで。


 サイドテールの結びをちょっと大きめに作って、そこに可愛らしいオレンジのカカリアを咲かせたこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 そんなこいつの向こう、窓の外には。

 今にも動き出しそうなほどのクオリティーのロボが。

 日に日に進化を遂げています。


 困りました。

 だれか彼らに教えてあげてください。


「……道久君。窓の外なんか見てたらいけないの。授業中なの」

「とは言いましても。あれを舞台に使わないと知ったら、おそらく暴動になると思われます」


 シナリオは休み時間の度に変わっておりまして。

 椎名さんが冷却シートをおでこに貼りっ放しで執筆を続けているのですけれど。


「とうとう設定が中世のヨーロッパになってしまいましたし」


 さすがにロボの出番は無さそうなのです。


「なにを言ってるの?」


 ですから。

 中世にロボは無いでしょうに。


 半目で穂咲を見つめると。

 こいつは何を言いたいのか。

 俺の机に台本を置くのですが。


 よく見れば、版が上がっておりまして。

 こっそり最新のシナリオを捲ると。


 ナレーター ・ ここは江戸の城下町。水売りのファルコンが長屋を横切ると、井戸端からマリーという若娘が声をかけます。

 マリー ・ お兄さん、コンブを一つ下さいな。

 ファルコン ・ そんなの入れたら出汁が出ちまうだろうが。


 …………頭が痛いのです。

 俺も冷却シートをおでこに貼り付けました。


「ひとつ前の台本だと、金魚やさんだったの」


 いつの間に二つも版が上がっているのです?

 もう読むだけバカバカしいのです。


 文化祭は目前だというのに。

 これでは去年よりひどいのです。


「金魚もロボも、赤と黒なの。なんで赤と黒なの?」

「授業中です、静かになさい」


 ファルコン機が黒い理由は設定にあったと思うのですが。

 散々変わり続ける膨大な台本を読んでいるうちに。

 忘れてしまいました。


「……闇夜に隠れるため、だったかな?」


 そう、小声でつぶやくと。

 穂咲も頷きを返します。


「きっと、ロボも金魚も保護色なの」

「赤い金魚は何に隠れるというのです」

「赤い金魚は、赤い金魚の群れに隠れるの」


 ん?

 意味が分かるような分からないような。


 俺が首を捻っていると。

 穂咲は調子に乗って、めちゃくちゃな事を言い出すのです。


「動物はなんでも保護色なの。象だってそうなの」

「ウソおっしゃい。岩山にでも住んでいるのですか?」

「コンクリの色なの」


 ……まあ、たしかに動物園でしか見たことないですけど。


「シマウマは、横断歩道の保護色なの」

「それは逆に目立った方がいいですね。隠れた気分に浸っていると、車にひかれちゃいます」


 俺が呆れながら突っ込むと。

 とうとう先生の雷が落ちました。


「うるさいぞ秋山!」


 しまった。

 つい夢中になってしまいました。


 君がおかしなことを言うせいです。

 俺が共犯者の方へ振り向くと。


「……保護色なの」

「いや、俺の後ろに隠れられましても」


 ほぼ、丸見えです。


「なるほど。秋山が独り言を言っていたのだな」

「そんな馬鹿な。……いて!」

「……頷いているじゃないか。やはり独り言だな。立っとれ」

「いえ! こいつがヘッドバッドをして無理やり頷かせてるだけいてっ!」


 ごつんごつん。

 後ろに隠れた穂咲がおでこで小突いてくるのですが。


「先生からだって見えているでしょうに! こいつも共犯です!」

「ウソなの。あたしは秘めているの。カカリアの恋心なの」

「だったら君が犠牲になりなさイテテテテ!」


 連打しなさんな!

 不器用なキツツキですか君は!


「もう一度言うぞ。秋山、立っとれ」

「ですからこいつがいてっ! いい加減に……、穂咲?」


 急に頭突きが止んだと思ったら。

 穂咲はふらふらと床にしゃがみ込んで。

 そのまま倒れてしまいました。


 今日は俺では無く、君が気絶ですか。

 自分でやっておいて。


「……面倒だなお前らは。保健室で立っとれ」


 こいつを運べと?

 こっちこそ面倒極まりないのですが。

 でも、今日は寝ないで済みそうなのです。


 穂咲を担いで保健室へ運んで。

 隣のベッドに座っていたら。



 ……習慣になってしまったせいでしょうか。

 いつの間にやら俺も寝ていて。


 目が覚めた時には放課後でした。


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