ブッドレアのせい


 ~ 九月十三日(木) 四時間目 一センチ ~


   ブッドレアの花言葉 魅力



 …………ええと。

 俺の記憶が正しければ。

 昨日の大団円は、君の功績だったはずで。


 俺がしてあげたことと言えば。

 夜に洗い物を手伝ってあげて。

 一緒にドラマを見てあげたくらいなのですけれど。


 今世紀最大級のドキドキが伝わってしまいそう。

 そんな近距離まで席を寄せて、俺をニコニコと見つめていたのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は丁寧にストレートに伸ばして。

 その頭には何もつけていないのです。


 思えば、今日は朝一番にドキドキさせられたのですが。

 いつものようにお隣りさんの裏口をノックすると。

 ニヤニヤといたずらっ子の笑顔を浮かべるおばさんの影から穂咲が恥ずかしそうに顔を出して。


 見慣れない髪形に馴染みのない態度。

 口がぽかんと開きっぱなしになった俺。


 そして、頬を赤くさせた穂咲に手をひかれると。

 俺の目に飛び込んできたのは。


 スカートの腰からぶら下がっている。

 まるで巨大な猫のしっぽのようなブッドレア。



 俺は、おかしな奴の知り合いと思われるのではないかと。

 一日中ドキドキしているのです。



「いやはや、あれにはまいりました」

「藍川のしっぽか? 確かに萌えるよな!」

「いえ柿崎君。そう言うのではなくてですね、穂咲が変な奴だと思われるのではないかと心配で心配で」

「……何をいまさら?」

「え? ……ああ、うん。…………おっしゃる通りなのです」


 本日の四時間目の授業は情報で。

 移動教室先でパソコンの操作の説明を受けていたのですが。


 先生が、後は好きに操作していなさいと退室すると。


 パソコン操作に何の抵抗もなく。

 何をいまさらと言うメンバーと。

 

 パソコン自体に何の興味もなく。

 何が楽しいのと言うメンバーが。


 きっちりと、クラスを二分したために。

 パソコンには見向きもせずに、文化祭の打ち合わせや雑談などが始まりました。


 椎名さんは、ぶかぶかメガネの奥で目をギラギラとさせながら。

 もの凄いペースでタブレットを操作していますが。

 周りからやいのやいのと言われる言葉からより良いシーンを、


「それだ!」


 と、セレクトしたり。

 かっこいいセリフや面白い冗談を聞くたびに、


「グッドグッド!」


 と、ピックアップしながら書き続けます。

 そして同じファイルの共有操作で、佐々木君が文章を分かりやすく加筆したり校閲したり。

 あれよあれよと台本が出来上がっていくのです。


 ……そんな中。

 俺はお調子者の柿崎君に誘われて。

 他のパソコンとは明らかに違う一台の元へ連れてこられると。


 彼は使い慣れた様子でパソコンの電源を付けて。

 起動にやたらと時間のかかるソフトを立ち上げたのです。


「これは?」

「3Dソフトだよ。こいつでスクリーンに映すCGを作るんだ」

「……ふーん」

「あ、おい。今ちょっとバカにしたろ」


 いえいえ。

 けっしてそういう訳では無いのです。


 ただ、何を言っているのか見当がつかないほど知識が無いので。

 淡白なリアクションになってしまっただけなのです。


「まあいいや。とりあえず、まだ粗削りだけどF・T・11Rだけ作ってみた」

「ファルコンの乗ってるロボ? うわ、かっこいい。…………え? ちょっと待ってください、これ、柿崎君が作ったの?」

「そう言ってるじゃねえか」


 柿崎君はムッとしながら。

 画面の中のロボをクルクルと回転させて、脛あてのパーツの形を整え始めたのですが。


 ただの四角い板だったものをあっという間に流線形に変えると。

 細部を次々と作り込んでいくのです。


 その手さばきにも驚いたのですが。

 それよりこのロボ。

 めちゃくちゃかっこいいのですけれど。


 今まで文章で慣れ親しんできたロボに対する俺のイメージは。

 小さな頃に見た超新星アストロファイアの主人公機、プラネット・アース。

 つまり四角い四肢にトゲトゲの付いたごついロボットを想像していたのですが。


 柿崎君が作ったF・T・11Rは。

 ゲームに出てくる、甲冑を着た騎士のようなスタイリッシュなボディーで。


 その上、鎧の隙間から見える関節の細かなパーツとか。

 変な言い方ですけれど。

 まるで本物のようなのです。


「……なんだよ黙りこくって。興味なかった? なんとも思わねえ?」

「いえ、逆なのです。あまりの事に言葉を失っていたのです」


 俺の正直な感想を聞いた柿崎君が。

 急に笑顔になったかと思うと。

 マウスを押し付けてきたのです。


「何だよ。じゃあ、ちょっと触ってみるか?」

「いえいえ。俺が触ったらめちゃめちゃにしてしまうのです」

「セーブしてあるから平気だって。やってみろよ」


 柿崎君に言われるがまま。

 マウスを操作すると。

 画面の中でロボがクルクルと回ります。


「おお! アームド=ローダーが真下から見えるのです」

「え? それ、楽しいか?」

「凄い面白い」


 俺のリアクションに苦笑いを浮かべた柿崎君は、さらに操作の指示を出してくるのですが。

 ボタンとか、全部英語ですし。

 言われた通りの操作をするのがやっとなのです。


 でも、ボタンをクリックするたびに。

 ロボは腕を上げたり走ったり。

 様々な動きをするのですけれど。

 すごく面白いのです。


「こ、これも柿崎君が作ったの?」

「いや、骨格と動きはデータで元々あるんだよ」

「………………日本語でどうぞ」

「そんなに難しいこと言ってねえだろ。えっと例えば……」


 俺からマウスを取り上げて。

 キーボードと合わせてなにやら操作し始めた柿崎君。


 普段はお調子者の彼だというのに。

 見る目が変わります。


 ……そして、いつものように。

 何の取柄も技術も無い自分を。

 恥ずかしく感じてしまうのです。


「……どうして柿崎君は、CGを覚えたのですか?」

「CGってか、3Dソフトなんだけど。……ええと、そうだな、探求心? あるいは夢のため?」

「これに、他にはない魅力を感じたのですね」


 正直な感想半分。

 ちょっと上から目線で、自分を大きく見せようとするいやらしさ半分。


 でも、そんな俺の言葉に。

 柿崎君は爽やかな笑みを返してくれるのです。


「ああ、魅力って言や魅力だな。こいつが俺の夢を叶えてくれたんだ」


 ちょっと大人びた、遠くに感じる横顔が。

 これが俺の夢さと言わんばかりに。

 液晶モニターに手をかざしました。


 そこに表示されていたものは……。


「魔法少女マジカル・ソルセルリーちゃん!?」


 え?

 どういうこと???


「ま、まさかそれも……」

「そう! 俺が作ったんだ! こうして、服も着せ替えられる!」


 柿崎君の複雑な手さばきにより。

 あっという間にセーラー服姿になった魔法少女マジカル・ソルセルリーちゃん。


「…………夢のため?」

「そう! これを作りたくて必死に覚えた!」


 開いた口が塞がらないのですけれど。

 じゃあひょっとして……。


「ええと、これもさっきみたいに下から覗けるの?」

「さっき言ったじゃねえか。だから必死に覚えたんだって!」


 鼻息荒く答えた柿崎君が。

 何と言いましょう、先ほどまでとは違って、とっても身近に感じました。


 妙な安心感にほっとしていると。

 柿崎君がマウスを押し付けてきたのですけど。


「じゃあ、自分で回転させてみろよ。ドキドキするぜ!」

「……はあ」


 興味が無いアピールというつもりの返事をしましたが。

 正直、ちょっぴりドキドキします。

 ええと、さっきの操作は……、どうやるのでしたっけ?


 俺がマウスを操作するたび。

 魔法少女マジカル・ソルセルリーちゃんがアップになったり、画面外へ出てしまったり。


「道久! お前どんだけ焦らすんだよ!」

「こ、このもどかしさがなんだかドキドキするのです」


 四苦八苦しながら、ようやく回す操作方法を思い出して。

 魔法少女マジカル・ソルセルリーちゃんが、横にくるくる回転し始めました。


「ようし! さあ、そのまま縦方向に回転を……、ぐはあ!」

「柿崎君!? …………げ」


 机に突っ伏してしまった柿崎君を襲った鈍器。

 愛用のフライパンを手にした穂咲が。

 口角をゆっくりと持ち上げながら俺を見ます。


「穂咲! ありがとうなのです! 危なく悪の道に引き込まれるところでしたー。さ、さあ、ソフトを停止させましょうかねー」


 ひきつった動きと硬い表情を自覚しながら。

 フライパンをぶんぶん振り回す穂咲に怯えながら。

 マウスをソフトのバツ印へ持って行こうとしたら。


 ……画面の中で、魔法少女マジカル・ソルセルリーちゃんが縦方向に回り。

 真下の向きでぴたっと停止。



 それと同時にフライパンの音が響いて、俺の意識もぴたっと停止したのでした。



 …………白かあ。


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