ホトトギスのせい
~ 九月十二日(水) 放課後 四センチ ~
ホトトギスの花言葉 永遠にあなたのもの
腕と足を、緩めの血圧計のような操縦桿で包むリフレクション・アンプリフィケート・システム。
俺が右腕を大きく振りかぶって拳を突き出すと、
『caution。右腕ジョイントジャイロニ不正数値ヲ確認。当該運動ノ継続ヲ停止スルヨウ再警告シマス』
「警告か。まあ、及第点だな。それよりてめえは、拳の軌道を調整して同じ位置にぶち込むことに集中してやがれ」
『ラージャ。最優先ミッションヲアライメントニ指定。……成功シマシタ』
しつこく調教した甲斐もあって多少は聞き訳が良くなったAIの警告とやらを無視して、五度目を数えるストレートを外壁に叩き込む。
すると月の無い大西洋に、最先端技術と最先端技術とがぶつかる、原始的で無様な音が響き渡った。
遠隔操作でセラフィム=ブースター『だけ』を体当たりさせた軌道エレベーターの外壁へは、五メーター四方はあろうかと言う巨大なモノブロック構造のパネル一枚が歪んだという程度のダメージしか与えることが出来なかった。
だが、これでいい。俺たちが欲しているのは内部へ至る進入路なんだからな。
アームド=ローダーの両肩、両腿のハードポイントには巨大なランチャーが装備され、『ホウセンカ』からヒントを得た『指向性電磁パルス弾』が二十六発積まれている。
果たして軌道エレベーター内部にどれほどのガーディアンが存在しているのか見当もつかないが、俺とマリーの機体にはこの一発で七千万もする貴重品以外に、右の下腕にマウントさせたパイルバンカーしかまともな兵装が無い。
この地上で唯一、結婚指輪以上に信憑性のない情報部の太鼓判ってやつによれば、この弾数でおつりがくるってことになっているんだが。
どんな敵が相手でも万能に使えるうえ軌道エレベーターに被害を負わせたくないからって言っても下限ってもんがあんだろ。
やつら、一発も弾を外さないってどんぶり勘定で俺たちを地獄の釜へ放り込みやがった。
だが、帰投するにはこの武装で何が何でも軌道エレベーターを占拠しなければならない。
輸送ヘリが撃墜されたからだ。
……ルシーダ程のパイロットがあんなしょぼい対空砲火の直撃を食らうなんて。
整備不良や操縦ミスとは思えねえ。ヘリは対空砲のクロスファイアポイントへ向けて、自分からまっすぐ突っ込んでいきやがった。
何かがある、得体の知れねえおぞ気が胸板を撫でまわす。
臆病風を感じた俺の脳裏に、昔、誰かから聞いた言葉がよみがえる。
おふくろが失踪しちまって以来三年。世界中を渡り歩いて、十五の時、やっとの思いで探し出した親父の言葉だ。
『生き残りたいなら、臆病者になれ』
たったの二週間、俺にアームド=ローダーの操縦法を付きっ切りで教える以外何の話しもしなかった傭兵部隊のエースオペレーターは、きっと臆病者にはなれなかったんだろう。
俺たちがいる駐屯地を守るために囮になって、そのまま帰って来やしなかった。
くそっ! 嫌なことを思い出しちまったぜ。
俺様は、自分の中で持て余した怒りに任せて操縦桿を振るうと、ようやくパネルがけたたましい音をまき散らしながらタワーの内側へ落ちて行った。
――軌道エレベーターを取り囲む巨大なタワーは思ったよりもシンプルな支柱で支えられていた。
お利口さんのAIに解析させたところ、これでも完璧なフォールトトレランスが確保されているという。
支柱に異常が発生したとしても、三か所がどのように破損しても強度は維持され続け、十五分以内には自動でスワップが完了するという。
こいつが倒れる可能性は天文学的な数字で、しかも意図的に破壊しようにも、よっぽど高度な解析でもしない限り倒壊に必要なクリティカルな四本を見つけ出すことも出来ないとのことだ。
そんな支柱を伝い降りていく間も、もちろん迎撃に備えていたんだが、
「大丈夫よ」
そんな言葉を淡々と口にしたマリーがするすると降りちまうから、俺様も機体の制御に集中して必死に後を追った。
そして五十階層ほど降りたところでマリーが内壁に向かってケリを入れて、存外簡単にぶち抜いた先に待っていたのは。
「……これがタワー全体のコントロールユニットか。こいつを支配すりゃ俺様達の勝ちだな。……よし、下りるぞ、マリー」
だが、声帯マイクを通してマリーへ命令しながらコックピットの開閉操作をしようとした時、トリガーがロックされていることに気が付いた。
なんだ? 腕を操縦桿から引き抜いて、手動で解放バーを引いてもまるで手ごたえがねえ。
『ハッチ開閉機構ガロックサレテイマス。復旧シーケンスヲ実行。……失敗。ハッチ開閉機構ガロックサレテイマス。復旧シーケンスヲ……』
おいおい、どうなってやがる。そう思ったのも束の間だ。
総額二百億ちけえランチャーが勝手にパージされて足元に落ちたのをモニター越しに見た俺様は、ルシーダが落とされたことを思い出しながら、赤い機体に向けて声を荒げた。
「気を付けろマリー! やべえぞ、AIがハッキングされている可能性がある!」
そんなAIにコントロールを奪われたらたまらねえ。
急いで操縦をマニュアルに切り替えると、いつものように関節のロックが一瞬緩む浮遊感に襲われた。
正面パネルに映し出される姿勢情報。反射的に動いたのは右足だ。
俺様は、機体の姿勢を保つため、そのためだけに右足を半歩下げたんだが。
……まさか。そんな動きが生死を分かつことになるなんてな。
激しい振動と、耳にしたこともないほどの轟音。
コックピット内に流れるはずのない風圧と、そして鉄の匂い。
アームド=ローダーの胸に据えられたコックピット。
俺様と正面モニターとの間。
……そこを貫く、鉄の杭。
『目標撃破失敗。ローダーノ操縦ヲマニュアルニ変更シタコトニヨリ目標位置ガ移動シテイタモノト推定。直チニ追撃ヲ加エマス』
「させるかよ!」
俺が敵さんのどてっ腹にケリをくれると、コックピットから気が狂いそうな異音を立ててパイルバンカーが引き抜かれた。
こんな状態でも動いてくれて助かったぜ、相棒。
さあて、そんじゃあ次は俺様のターンだな。覚悟しやがれ。
ノイズだらけの正面パネルに映し出された『敵』が、仰向けの体勢からバク転するように立ち上がる。
そしてランチャーをパージさせながら右腕のパイルバンカーを剣呑な音と共に出し入れさせると、さっきと同様、オープン回線で独り言を話し出した。
『敵AIノ掌握ニ失敗。ハッキングミッションハ凍結。現有武装デ『敵』ヲ排除シマス』
「へへっ、ご丁寧にどうも。なら俺様は、遠慮なくこいつを使わせてもらうぜ」
やたらへっぴり腰だが正確な動きをするAIだからな。頼りにしてるぜ。
俺は操縦をセミ・オートマチックへ切り替えながら、僚機のコクピットを映すウィンドウに目を走らせた。
「……てめえは、なに者だ?」
『私ハマリー。マリー=ザ=ガーディアン。軌道エレベーターヲ害スル危険因子ヲ排除スルコトガ存在理由。……コノ塔ハ、永遠ニ私ノモノ』
そこには別人のように無表情になったマリーが、真っ赤な瞳に緑色の光を幾本も走らせている姿が映し出されていた。
『……コレヨリ、敵ヲ排除シマス』
~🌹~🌹~🌹~
まだら模様で有名なホトトギス。
真っ白な花が開いてすぐにはこの模様が浮かびません。
もし、よく見るホトトギスの模様になっていたら、きっと泣きべそをかいていたであろうこいつは
軽い色に染めたゆるふわロング髪をこんもりとパイナップルに結って。
そこにホトトギスを五本挿しています。
そんな穂咲を教卓からチラリと窺うと。
幸せそうな笑みを俺に向けてくるのですが。
……これが正解なのかどうなのか、よく分からなかったのですけれど。
君が笑うなら、安心して突っ走ることが出来るのです。
「もう一度お願いしたいのです。やっぱり台本の悪ふざけはやめにしませんか?」
再三の訴えかけに同意してくれる人も何人かいらっしゃるのですが。
六本木君をはじめ、ほとんどの人が否定的なのです。
「道久よ。お前はクラスのみんなで作る劇ってのを何だと思ってるんだ?」
「そうよ! もう小道具とか作り始めてるのよ!」
「それに、こんな堅苦しい劇じゃ文化祭に来るお客さんのニーズと合ってねえ」
自由闊達。
うちのクラスのいい所が。
銃弾となって俺に斉射されるのです。
そんな俺を、泣きそうな目で見つめるのは佐々木君と椎名さん。
お二人の想いをなんとかして救いたいのですけれど。
もう心が折れてしまいそうなのです。
「せ、せめて悪ふざけは日常シーンだけにするとか……」
「だから言ったじゃねえか。シリアスなシーンが多すぎるんだよ。無理だ」
「みんなで作る劇なんだから、みんなで考えたシナリオでいいじゃない!」
「ええとですね、確かに皆さんの劇なのですけど。でもこの台本を見たから、情熱を感じ取ったから、皆さんは賛成したのではないのでしょうか」
これには、誰もがうぐっと声を詰まらせたようで。
いい流れなのです。
ようし、ここから一気に巻き返しますよ。
……そんなことを思った直後に。
この頭のいい親友が、二の句の告げなくなる反撃をして来たのです。
「俺は違うぜ? この台本をベースにみんなでいじれば、きっと爆笑必至の劇になるって踏んだから投票したんだ」
こ、こんのやろう……!
六本木君の一騎駆けのせいで。
俺の槍が折れてしまうと。
我も我もと皆さんが後を追い。
とうとう俺は黒板に張り付くほどに後ずさってしまったのですが。
そこに響き渡る机をたたく音。
続いて荒々しく椅子を鳴らして椎名さんが立ち上がると。
みんなに向かって声を荒げます。
「いい! じゃあ、この作品は渡さない! これは、佐々木ちゃんとあたしの宝物なんだから!」
なんというルアー。
皆さんの矛先が一斉に椎名さんへ向けられたのですが。
それを一蹴するほどの事を、彼女は宣言しました。
「その代わり、全員の意見をこれでもかって盛り込んだ新作を書く! 一切の手抜きなんかしない! 絶対に今の台本より面白い作品を書いてみせる!」
一瞬にして静まり返った教室ですが。
未だに種火のくすぶりを感じます。
今から間に合うのか。
本当に手は抜かないのか。
そんな不満が炭の中でひっそりと赤く燃えているようですが。
でも、何を思ったかのそのそと立ち上がったのんきな子のせいで。
そんな熱が一瞬で消えて無くなるのでした。
「……じゃあ、椎名ちゃんと一緒にみんなで書くの」
「ええっ!?」
「なに言ってんだよ、俺たち台本なんか書けないぞ?」
「なんで? ……だってこれ、みんなの劇だよ?」
呆然とする皆さんの中から。
六本木君と、中野君でしょうか、豪快な笑い声が響きます。
「ほんとだ! さっきから何を揉めてたんだ俺たちは!」
「くくっ……、ちげえねえ。俺は書いてやるぜ、バトルシーンとか」
クラスのほとんどが、自らの行為の結末に肩を落としていたのですが。
くすくすと、あははと。
次第に盛大な笑い声が渦を巻くと。
椎名さんに協力を約束したのでした。
幸せな結末を迎えて。
佐々木君と椎名さんが、穂咲へ駆け寄って涙を流します。
そんな二人に、俺の分と自分の分。
二冊の台本を手渡した救世主は。
「これは、永遠に二人のものなの」
そう言って、みんなに笑顔を運んでくれたのでした。
俺は書かないから。
いつもならそんな悪態をつくところでしょうけれど。
「俺も、書くから」
そう、穂咲に声をかけると。
ぱあっと微笑んでくれたのでした。
……その微笑は、きっと永遠に。
すべての人にふりまかれるものなのでしょうね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます