サフランのせい


 ~ 九月十一日(火) 一時間目 十二センチ ~


   サフランの花言葉 過度を慎め



 今日は、お祭りが開催されています。


 ……いえ。

 地元で秋祭りが行われたのはこの前の土日のことだったのですが。


「昨日開催されなかったので、今年は中止になったのかと思っていたのです」

「お祭り、やるのが当たり前なの。昨日はママがお仕事で運べなかっただけなの」


 教室内、机の上はもちろん、棚や床まで。

 所狭しと転がる白とピンクのビニール袋。

 それをうっとりとした表情で見つめる危ない子は藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、頭のてっぺんでお団子にして。

 その周りに派手なサフランの花を五つ六つ、ポンポンと生やして。

 お団子の上には、やはりピンクのビニール袋が揺れているのですが。


 今日の君とは。

 知り合いに思われたくありません。



 やたらと早い時刻に登校させられて。

 校門の前で待っていた俺たちの前に現れたのは。

 おばさんの運転する、見慣れた白いバン。


 車内をパンパンに埋め尽くしていたのは。

 大量の袋、袋、袋。


 藍川母娘が、お祭りに行くと。

 揃って異常なほどの執着をみせて買いあさるもの。


 年々、買う量が増えているので。

 きっとその内、ご近所やこのクラスばかりでなく。

 世界中の子供たちに配るようになるでしょう。


 そんな、大綿あめ大会が大々的に大開催なのです。


「…………じゃま」

「そうなの、邪魔だったの。綿あめ入れたから、冷蔵室のお花を全部出してね? だからママが、移動販売して回ったの。昨日来れなかったのはそのせいなの」


 おかしいのです。

 だったら昨日のうちに綿あめの方を運べば済むじゃないですか。


 玉子が先か、ニワトリが先か。

 こと、綿あめの事になると冷静さを失う親子なのです。


「…………おい、秋山」

「久しぶりなので大変嬉しいのですが、そこで俺の名を呼ぶの間違ってますよ?」


 教卓にうず高く積まれた綿あめの袋。

 その向こうで、きっと額に血管を浮かせているであろう人がターゲットマーカーを友軍機にロックさせています。


 ……昨年を上回る数の綿あめが転がる異常空間では。

 授業が開始されているにも関わらず。

 先生の御威光も綿あめに邪魔されて。

 俺たちには届かないようです。


 なので、こんな軽口まで飛び出しました。


「そうだ! この袋にヘリウム詰めて舞台に浮かせるか? 俺、風船用のガス持って来てるけど」

「なんでそんなの学校に持って来てるのよ」

「空中機雷って設定にするのはどうだ?」

「いいねえそれ! やろうぜやろうぜ!」


 ……そんないつもの悪ふざけに。

 佐々木君はなるほどと頷きながら台本用のノートを広げますが。

 その隣の席では、椎名さんがふてくされた顔をふいっと背けてしまっています。


 まだ、説得は上手くいっていないようなのです。


「くっ! これが敵の新兵器か……! 卑劣な真似を! 魔法少女マジカル・ソルセルリーちゃんにはぶつかれん!」


 アニメキャラの描かれたピンクの袋を掲げながら柿崎君が言うと。

 クラスは笑いで満たされたのですが。


 そんな中でも、胸のちくちくレーダーを搭載した穂咲が。

 椎名さんの元に行こうとして立ち上がります。


「こら、授業中です。そんな事をしたら即刻廊下行きです」

「でも心配なの。何とかしたいの」


 今にも泣きそうな顔で俺を見つめる穂咲さん。

 綿あめ祭りのおかげで、さっきまではご機嫌だったというのに。


 やれやれ、仕方ありません。

 代わりに俺が行きましょう。


 ……幸い、先生からはクラス全体が死角になっているようですし。


「椎名さん、まだ納得いかないのですか?」


 暴走を続ける大騒ぎの中。

 俺は佐々木君と共に、ため息をつく椎名さんの説得を試みると。


 小さくかぶりを振った彼女は。

 ぶかぶかメガネを外しながら、訥々と語り始めたのです。


「…………あたし、本当にロボットが好きでさ。特撮の制作会社にも出入りしているの。……そこで文化祭の話をしたら熱心に聞いてくれて、出来によっては卒業後に雇ってくれるって言ってくれてるのよ」


 驚愕の話が飛び出したので、思わず佐々木君と丸くさせた目を見合わせます。

 自分のやりたい仕事に就ける大チャンス。

 まさか、この出し物が椎名さんの人生に関わるものだったなんて。


「『みんな』の劇に私情を挟むの、間違っていると思うけど。それでもやっぱり、できることならちゃんとしたものにしたい」


 『みんな』の劇、とまでは納得してくれているんだ。

 でも、そのことが逆に俺の胸を締め付けるのです。



 就職か。

 俺はまだ漠然としか考えていなかったけど。

 それはもう、すぐ目の前に迫っていて。


 谷君も工務店への就職が決まっていると話していましたし。

 椎名さんも、こうして真剣に考えていて。


 そんな彼女の事を。

 俺は、応援してあげたいと思い始めました。



「なに小難しい顔してんだよ道久! ほら、試作するからしっかり押さえてろ!」


 お調子者の柿崎君が。

 ヘリウムのガスボンベから出たストローを。

 綿あめを取り出したビニールの袋に突っ込みながら、俺に口を押さえるよう手渡してきたのですが。


 急なことに慌てながらも真剣に押さえたところで。

 柿崎君がガスを入れ始めます。


 するとあっという間に袋が膨らんだのですが。

 ……まだ入れるのですか?


「ストップ! 魔法少女マジカル・ソルセルリーちゃん、もうパンパン!」


 そんな指摘をする前に。

 手を離せばよかったのですが。


 目の前で大破裂した魔法少女マジカル・ソルセルリーちゃんのせいで。


 俺は今日も、気を失いました。

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