タムラソウのせい


 ~ 九月十日(月) 放課後 五十五センチ ~


   タムラソウの花言葉 あなただけ



 戦争を食い物にする連中。奴らは何を吸い込んでぶくぶく太ってやがるんだ。


 兵器はバカみてえに高い。そんな兵器を使いこなすエース級のオペレーターを育てるには、もっと金がかかる。

 大金を右から左へ動かすたび、手から零れ落ちたふりをしてうまい汁を吸うのは軍部の高官や政府の要人、武器商人。

 そんな、戦争って名のカルチャースクールへ授業料を払うためのがま口に、ほいほい金を突っ込んでやがるのは銃を突き付けられた国民共だ。


 一度の強盗なら泣き寝入りも出来るだろう。だが二年も続く大戦に、世界中のほとんどの人間が倦んでいた。いや、地球が戦争の終結を渇望していたと言っても過言じゃねえ。

 だが国民主権の政治形態の中で生まれた専制君主共はそれを許さなかった。

 つまり国民から集めた金で買った武力で、今度は国民を脅し始めたって訳さ。


 ――と言う訳で、俺様達が正義の味方として立ち上がった。

 えらく大仰な私兵って程度の規模ながら、各国の五年は先を行く兵器で武装する俺様達。

 戦争終結を旗印に勝利を重ねる度、世界大戦に参加する各国から人が、金が、兵器が集まったという名もなき無国籍軍。

 領土も持たず、世界中あらゆるところに存在していながらどこにもその姿はないという全軍隊共通の敵性勢力。


 ……その元々の姿が、実は武器商人ですなんて知ったら、誰もが神に祈ることになるだろうな。



『アテンション。作戦開始まで三千六百。六百で消音機構作動。以降は声帯マイクを使用せよ』


 大西洋を人知れず進む俺たちは、各国で同時発生させた、極めていつも通りのミッションを隠れ蓑にした本丸への強襲部隊の一つ。

 三方向からステルス空母が向かう先は、全世界、八十五か国の出資により完成した人類の夢。


 軌道エレベーター。 


 こいつを占拠して、戦争を終結させる。

 いや、戦争の意味自体を無くしてしまう。


 例え上手くいかなかったとしても構わねえ作戦だってことは分かってる。

 俺様達の狙いがこいつだってことをアピールできればそれでいい。

 各国こぞって軍事力を洋上に集結させるだろう。


 そこが関ヶ原になるもよし。睨み合いがばかばかしくなって終戦になるもよし。

 地球規模で見りゃ、小さな損害で戦争が終わるんだ。実に合理的だ。


 だがな。そんなトロッコに轢かれるなんざまっぴら御免だ。

 トロッコも助かる。俺様達も生き残る。そのためには……。


「ファルコン? いる?」


 …………人が世界についての結論を出そうってタイミングで、うるせえやつが来やがった。

 いねえって答えてやろうか。それとも、入ってますとでも言ってやろうか?


 リアモニターの下隅で、ハッチをノックしているバカ女。

 偽名で渡り歩くこいつはブラッディ―=マリー。


「……開けてやるから。離れろ」


 外部スピーカーで声をかけた後、スティックのピンキー・トリガーを二度引く。

 するとアームド=ローダーの背中がダイナミックに割れて、狭い開口部越しに女のシルエットが艦内照明の光を削り取った。


「散々探したわよ! 最後の一時間になるかもしれないんだから、一緒にご飯食べない?」

「冗談じゃねえ。誰が新入りなんかと」

「もう! 新入りじゃないって言ってるのに……」


 こいつ、そんなこと言いながら狭いコックピットに頭を突っ込んできやがった。

 ……上下反対向きで、目と目が合う。

 いや、合うって言うか、近すぎてまるで見えねえ。

 鼻と額がくっ付いちまってる。


「どういうつもりだ」

「会話はいつだってできるけど、触れ合う機会は今だけだからね。くっ付いていたいのよ」

「女ってやつはどうしてそうなんだ? てめえの頭ん中だけであらすじを組み立てるんじゃねえよ、何が言いてえのかまるで意味が……」


 さらに身を乗り出したこいつに強引に塞がれた文句が、口の中で甘さに変わる。

 ふざけた女だ。こいつにキスされたくらいでどうこう思うはずはない。そんな俺様の悪態は、だが妙な安らぎによって否定された。

 なんだってんだ、この感覚は。まるで今まで全てを委ねてきたような安心感。


 世界にとっての捨て石にされた不安が、あっという間に霧消していく。

 こいつといれば大丈夫。そんな約束が俺の張りつめていた心と体から力を抜き取った。


「あなただけよ」


 唇を離したマリーが口にした言葉に、にやけそうになるのを必死にこらえる。


「…………おい、新入り」

「新入りって呼ばないでよ。ちゃんと名前で呼びなさいよ」


 再び俺様の目に飛び込んできそうな距離で見つめるマリーの瞳は、暗闇の中に光の粒子が流れているような錯覚を覚えた。


「マリー。この作戦が終わったら……」


 そんな言葉を吐いたつもりだったが、マリーどころか、俺様にも自分の言葉が聞き取れない。

 時間切れか。消音装置が作動したようだ。


 え? 今、何て言ったの? 聞こえない!


 表情と唇の動きで、こいつの言っていることが良く分かる。

 声帯マイクを使わずとも、額でもつけて骨伝導させれば話はできるんだが、これ以上相手をしてやる気はねえ。


 ……プロポーズに、リトライはねえんだよ。


 俺様が追い払う仕草を一つ入れてスティックを握ると、マリーは大慌てで開口部から体を引き抜いた。

 コックピットの密閉音が、バックレストからの振動に伴って脳内再生される。


 何度も聞き慣れているせいで、記憶にすり込まれちまったんだな。

 だが、こいつを聞くのも今日で最後だ。


 リアモニターに映るマリーが何かを叫んでいるようだが、本当にバカな奴だな。何か言いたいならマイクを入れろ。

 呆れながらもにやけていた俺の目に、マリーはゆっくりと、大げさに口を動かしているんだが、……なんだ?



 ま・り・じゃ・な・い?



 やれやれ。本当に何を言ってるのか、今度も分からねえ。

 かまってやりてえところだが、そろそろお開きだ。


『デビルズ・スリー、ファルコン。搭乗を確認。まだ時間はあるが、ピックアップの準備をするか?』

『ああ、それならデートの待ち合わせに出向こうか。レディーを待たせちゃ悪いからな』

『ふふっ……、艦内随一のプレイボーイと軌道エレベーターまでドライブなんて、ドキドキするわね』

『よせよルシーダ。俺様の機体の整備班長があんたの旦那だって事、よもや忘れてねえだろうな』


 連結用のジョイントを伸ばし始めたヘリに向かって静かに右足を進めると、マリーがようやくモニターから姿を消した。

 泣きべそか悪態か、どっちかを相棒にしながら機体から滑り降りているだろう。


 そう、それでいい。てめえは戦場でのパートナーだ。

 てめえは俺様の命令通りにキリキリ働いてりゃいいんだよ。

 もっとも、並大抵の人間にゃ耐え切れない程のGを生むセラフィム=ブースターを使いこなせるほどのお前さんに命令なんかしたことねえんだがな。


 ……だからこれは、最初で最後の上官命令だ。



 この作戦が終わったら。



 二人で、南の島へ行こう。



 ~🌹~🌹~🌹~



 屋外ステージを挟むように作られている妙な建造物。

 棒人間のように見える鉄骨のオブジェですが。

 ところどころは牛乳パックのロボットみたく、四角い外枠が出来始めています。


「ここまで大きいものを作っているとは驚きなのです」

「そりゃあそうなの。だって、ロボなの」


 ファルコンではありませんが。

 時々、こいつの言っていることが良く分からないのですけれど。


 ロボだから大きい。

 そんな不思議な理屈をこねるこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、なんと三つのお団子にして。

 そこにタムラソウを一本ずつ挿して揺らす姿は。


 久しぶりに、バカ丸出しなのです。



「地面にゴミが散らばってるの」

「ほんとだ。梱包材でしょうか?」


 ロボとロボの間、ステージになる辺りに。

 大量の発泡スチロールが散らばっているのですが。


 それにしても、随分整然と転がっているのです。

 これではまるで……。


「……まさか、ジオラマ?」

「おお、そうだぜ。衛星画像通りに並べてみた」


 向かって左、マリー機になる側から現れたのは。

 今日も俺たちからなけなしのお昼ご飯を巻き上げたお兄さんなのです。


「むう、意地悪おやじの登場なの」

「えらい言い草だな」


 そして穂咲の文句に腹を立てたのでしょうか。

 タムラソウを指でツンツン突くと。

 穂咲は叫び声をあげて逃げ出します。


「なんだよ、アザミを突いたくらいで大げさな」

「穂咲の花をいじめないでください。それにこれはアザミじゃないのです」

「そういや、アザミって棘があるって言うよな」

「これはタムラソウなのです」

「そうなの。お兄さんの左足辺りにあるヤツなの」


 …………再び。

 ファルコンと同じ心境です。


「君は何を言っているのです?」

「公園の隣は田村荘なの」

「は?」


 穂咲が指を差すあたり。

 空き地になっているのが公園って事?


「…………ほんとだ! うちの近所!」

「今頃気付いたの? やっぱりダメな道久君なの」


 いやいや。

 君、さっきまでゴミが散らばってるって言ってたじゃないですか。


 しかし、どうしてこんなものを作ったのでしょう?

 俺が首を捻ると、お兄さんがなにやらケーブルの先を穂咲へ手渡すのです。


 そこにくっ付いている赤いボタン。

 穂咲が何気なく押すと。



 驚いたことに。

 棒人間の足が上に持ち上がっていくのです。


「すごいの! ロボが動くの!」

「そりゃあそうだ。ロボだからな」


 ボタンから指を離して、尊敬を込めたキラキラまなこでお兄さんを見つめる穂咲ですが。

 多分ブザーか何かで知らせて。

 ロボの向こうに見えるクレーン車が。

 操り人形みたいにロープで足を引っ張り上げただけですって。


 ……それにこれ、褒められたもんじゃありません。


「お兄さん。まさか足を動かすテストのためだけにこれを並べたのですか?」

「だけとはなんだ。ロボが歩くと言ったら、ジオラマは必須だろう」


 ということは。

 そのままボタンを押し続けると、足に見立てたミカン箱が俺の町をぐしゃりと行くわけなのですね。


「でも、ロボって十メーターなので。縮尺がおかしいのです」

「おかしいとはなんだ。ロボが踏みつぶすと言ったら、こんな縮尺だろう」


 無茶苦茶な事を言っているお兄さんに促され。

 嬉々として穂咲がボタンを押し込むと。


 案の定。

 ロボの足が俺の町へ迫っていきます。


「な……、何か嫌なのです!」


 ロボの足が落ちる直前。

 俺は町へ飛び込んで、ミカン箱を支えました。


「びっくりしたの。思わずボタンを離しちゃったの。……何やってるの?」

「だ、だってここ……、俺たちの家の真上だったので……」


 俺の言葉に、作業をしていた工務店の皆さんがおおと反応します。

 そしてまばらな拍手が起きると、穂咲がノリノリで小芝居を始めました。


「やめるの! そこから離れるの!」

「い、いや、それは分かっているのですが……」

「家なんかいらないの! あたしは、あなただけいればいいの!」


 なんですか君の役者魂。

 恥ずかしくて顔が赤くなってしまうのですが。


 これにはギャラリーの皆様も大盛り上がり。

 妙なものに巻き込まないでほしいのです。


「そ、そういう事でしたら、逃げるとしましょうか……」


 まるで俺が押さえて止めていたかのようなロボの足から手を離すと。

 お兄さんは、冷めた様子で言いました。


「なんだってお前さんはこの熱演に応えねえんだよ。おい、あんな大根役者、やってしまえ」

「了解なの」



 思ったよりも重たかったミカン箱に自分の家ごと踏みつぶされた俺は。

 またいつものように一時間ほど気を失うことになりました。

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