マルメロのせい
~ 九月十四日(金) 放課後 千二百センチ ~
マルメロの花言葉 魅惑
アームド=ローダーに触れたばかりの頃を思い出す。
まだガキだった俺様から授業料として有り金を全てむしり取った傭兵キャンプ。
そこでの敵は、同型機だった。
今のように、圧倒的な機体性能の差なんかない。
気を抜いたら殺される。
たった一分で、丸一日分の体力を消耗する白兵訓練。
相手の動きの、三手先を読めてようやくスタートライン。
そこから遥か先まで手の内が読めるようになれたら半人前。
それ以降は、相手の動きを自分の動きで誘導するテクニックが生死を分ける。
俺様には、親父から二週間叩き込まれたローダーの技量以外に何も無かった。あそこで生きていくしかなかった。
だが、そんな境遇が可愛く見える程、あそこには獣しか棲んでいなかった。
「……奴らに感謝する日が来るなんて、思いもしなかったぜ」
俺様が歴代操縦してきたアームド=ローダーは、常に各国の陸戦兵器を圧倒的にしのぐ運動性能を持っていたからな。
正直、腕がなまっていくのを感じていたんだ。
徐々に蘇る嗅覚。あの頃の体験が無ければ戦えなかった。
そして、ひょっとしたらそんなぬるま湯に漬かりっ放しだった『カカリア』じゃあ、こいつの動きに対応できなかったかもしれねえ。
昔のことなんか思い出している間にも、赤いパイルバンカーが真っすぐに俺様のコックピットを狙う。だが、足に溜めが残ってやがる。
本命はその開いた左手なんだろ? 俺様が屈んでお前さんの攻撃をかわして右腕を伸ばし、カウンターを撃ち込もうとした瞬間にこっちのパイルバンカーを掴んで破壊するって算段だ。
『右ヘ二十。
「OK! そりゃ!」
俺の予想とぴったり一致。正確な動きと攻撃を避けることへの嗅覚。
開発部の連中、この戦闘を予測してAIを換装させたのか。
雑魚相手じゃお荷物にしかならなかったこいつが、その化けの皮を剥いで
マリーが放つ鉄杭を顔面すれすれでかわしたAIは、しゃがんだ姿勢のままアームド=ローダーを回転させ始める。
すると、自分に向けて伸ばすと思っていた俺様の右腕が回転と共に遠ざかるせいで、マリーの左腕が空を切った。
後は機体の回転に任せて、右腕を裏拳気味に伸ばしてパイルバンカーを撃ち込めばジ・エンド。
だが、マリーは泳いだ左腕の軌道を強引に変えて、俺様の背中を殴りつけた。
……強度が違う。繊細な動きが要求される手で、コックピットを守るために頑強に作られた背面装甲を殴りつけたんだ。
当然、手甲部のフィンガーガードをセットする間もなく打撃を加えたマリー機の左手は手首からもぎ取れた。
だが、その犠牲は十二分。
俺様の必殺も射線がずれて、腰部の複合傾斜装甲にかすり傷を付けることしかできなかった。
お互いに狙いを外した俺様とマリーは同時に距離を取る。そしてパイルバンカーから薬きょうを吐き出して鉄杭を引っ込めると、次弾の爆薬がセットされたことを示す剣呑な音を同時に右腕から響かせた。
「へへっ、いいねえ。やっぱハンデ無しって勝負は最高だぜ」
『敵機ノ反射行動ニ対応。回避範囲ヲ拡張。……最適化完了』
「おっといけねえ、こっちがお前さんって言うハンデ貰ってたの忘れてたぜ。おい、回避範囲をもう一割増やしとけ。じゃねえと、次は当たるぞ」
『ラージャ。……最適化完了』
そういや、やつの機体にもAIは搭載されてんだよな。
AIが、AIと共に戦っていることになるわけか。
一体、どんな会話がそこで発生しているのやら。
俄然興味は湧くが、そんな暇もねえ。
敵さん、今度は小細工無しでまっすぐ突っ込んできやがった。
俺様は、回避についてはAIに任せて攻撃に専念する。
つまり左腕は力を抜いてオートで動くままに、右腕に力をこめてパイルバンカーを撃ち込んだ。
だが今回はお互いのAIがパイロットの思惑を無視して防御を優先したようだ。
奴の機体が急加速。俺様の機体も勝手に前に飛び出しやがったせいで、お互いが左腕で右下腕を持ち上げる形になると、そのまま火花を散らせながら胸を衝突させた。
「……てめえ、新入り。どうやって俺たちの部隊に潜り込んだんだよ」
独り言のつもりで口にした言葉だった。
だがこいつは、律義に返事をしてきやがった。
「貴殿ノ軍ガ軌道エレベーターヲ狙イトスル確率ガ危険域ニ達シタ。故ニ、私ハタワーノガーディアンデアル情報ヲスベテ記憶領域カラ削除シテ、セラフィム=ブースター実験用ノアンドロイドトシテ軍ヘ侵入シタ」
「記憶を消しただぁ?」
胸をこすり合わせたまま踊る無様な社交ダンス。
敵の体勢を崩そうとして、緩急を付けながら加重位置をお互いに変える。そんな、地味ながらもセンシティブな攻防に集中しながらの会話。頭の奥の方がチリチリするぜ。
「ココニ到着スルト、記憶ガダウンロードサレルヨウ仕組ンダ。私ハ武力ヲ持タ無イカラコンナ作戦ヲ取ッタ」
「なるほどな。じゃあ船にいる間のてめえは何者だったんだ?」
巧みな崩し。そして抜群のバランス感覚。敵さんの操縦スキルもハンパねえ。
なにか打開策はねえか? AIの裏をかくような手は……。
「私ハ、マリー。マリー=ザ=ガーディアン。ソレ以外ノ何者デモ無イ」
「いいや、船にいる間は別人だったぜ? カカリアを救ってくれようとしたしな。……お前は同族を、AIを守るようプログラムされてるのか?」
「プログラム……。チガウ。私ハ、愛ニ従ッタダケ」
愛だと?
…………ばかばかしい!
「てめえ……っ! 俺様が過去に捨ててきた物を機械ごときが語るんじゃねえ! ならば与えてみせろ!」
誘いとするべく、わざと体勢を崩して左腕を下げた瞬間、やっこさんは右腕に体重を乗せてさらに俺様の左腕を押し下げる。
そしてパイルバンカーが火を噴くと同時に、正面モニターが情報ウィンドウを残してブラックアウトした。
メインカメラが搭載された顔面が、首から吹き飛ばされたんだ。
……だがその攻撃に合わせて、俺様は機体を通常ではあり得ない勢いで地面に落下させた。
左足下部、脛から膝をまるっとカバーした装甲をパージさせて、左膝を人体と逆に曲げながら機体をしゃがませたのだ。
関節は可動範囲外に捻じ曲げられたせいで異音とパーツとを辺りにまき散らしながら折れ、腿の部分だけで地面に立つ。
そんな戦闘継続不能な程のダメージと引き換えに、俺様は勝利を手に入れた。
マリー機は全体重を乗せた右腕が想定を超える勢いで三メーターも落ちたせいでバランスを崩し、右肩から地面に落ちたのだ。
「へへっ! 貰った!」
立ち姿勢を保とうとするマリー機は必然的に左腕で俺様の右腕を引っ張る。だがそれに逆らわず俺様も回転すれば、機体はマウントを取りながらパイルバンカーの先端をマリー機のコックピットに突き付けることが出来る。
唯一生きている右肩に付けられたサブカメラからの画像を頼りに、俺様は抵抗すら感じない勢いで右腕をマリー機の胸に突き付けた。
……そう、突き付けたはずなんだ。
後は、トリガーを引くだけで終わるはずなんだ。
俺様の機体は横たわるマリー機の腹の上でマウントを取り、俺様の腕は正面、下方四十五度を向いている。
だと言うのに、F・T・11Rの右腕は、奴に掴まれて右を向いたまま。
塔への進入時に壁を殴りまくったせいでガタが来てやがったんだ。
どうりで何の抵抗も感じなかったわけだ。
「………………やれやれ。今日は帰り道を知ってるやつがいねえってのによう」
俺様を叩き落すために、地獄の門が開かれる。
真っ黒になったメインモニターに浮かんだノイズだらけのウィンドウの中、俺様のコックピットにパイルバンカーの先端を突き付けたマリーが、機械的なくせに、やけに魅惑に満ちた声音でつぶやいた。
「希望通リ、貴殿ニ愛ヲ与エテヤロウ」
……そして、身を焦がすほどの愛がコックピットを貫いた。
~🌹~🌹~🌹~
昨日の急接近は意味不明でしたけど。
本日の状況はよく分かります。
軽い色に染めたゆるふわロング髪を耳の脇でリース風に結って。
そこに、五枚の花弁が左右方向にピンクから白へグラデーションする美しいマルメロのお花を一つずつ飾った
隣にいません。
机ごと移動して。
一番後ろの渡さんよりさらに後ろに座っていたのですが。
お昼休みに、へたっぴな目玉焼きにソーセージというランチを作ってあげたら。
ちょっと機嫌を直してくれたらしく。
……午後は、教室中央の
さて本日は。
最近ようやく人間に近い動きでパンチを繰り出すことができるようになった穂咲のアクション特訓日。
舞台予定地で先生と待ち合わせということになっていたのですが。
「お。ステージが出来上がっているのです」
まだ完成形ではなさそうですが。
二つの工務店の皆さんが入り乱れて舞台のいたるところで作業しているのです。
……とは言いましても。
協力して作業したわけではなさそうでして。
お互いどちらが良い仕事ができるか競い合っているご様子。
その対立は、ステージを挟んで立つロボにも表れておりまして。
柿崎君が見せてくれたCGには程遠いですけれど。
お互いに競い合って、日に日にロボがかっこよくなっていくのです。
「……すごいのです」
無精ひげを生やして頬を黒く汚したお兄さんが。
俺たちを見つけて近づいてきたので。
素直に感想を伝えます。
「…………札幌で、雪まつりってのがあるだろ?」
「いきなりどうしました?」
お疲れなのでしょうか。
いきなり意味が分からない話を始めたのですけれど。
「……あの雪像さ、ずっと取っておけるはずもないのに、信じがたいクオリティーで作るじゃねえか」
「はあ、そうですね」
「今まで、なんでそんなに気合入れるのかわからなかったんだが、今ならわかる」
そう言いながら見つめる先には。
ライバル工務店が作るファルコンのアームド=ローダー。
……なるほど、言いたいことがよくわかるのです。
しかし困りました。
今更言い出せないのですが。
シナリオの都合で。
ロボが出てこない可能性が高くなってしまったのです。
せっかくCGを作っていた柿崎君も、そんな話を聞いてモチベーションが下がってしまったのですが。
そんな世間の事情など気にもせず。
穂咲は俺の隣で鼻息荒く肩を回します。
「今日は気合入ってるの」
いや、君にも申し訳ないのですけど。
アクションも無くなるかもしれませんよ?
……それにしても。
いつも以上にやる気がみなぎってますね、今日は。
まさか。
先生がイケメンとか、そんなわけじゃないでしょうね?
「あ! 先生が先に来てたの! 待ってましたなの!」
お待たせしましたの間違いでしょうが。
俺はステージに飛びついてじたばたともがく穂咲を持ち上げた後。
ひょいとステージに飛び乗って。
その先生とやらを見たら……。
「ぶはっ!?」
あまりにも強烈な映像に負けて。
床に倒れ込んでしまいました。
新体操部の新谷さんが。
太ももを付け根まで丸出しにして。
ぶかぶかなジャージをワンピースのように羽織っていたのです。
クラスで最も清楚なルックスの新谷さん。
こいつは危険球なのです。
「こころちゃん! 約束通り、レオタードで来てくれたの?」
「え、ええっと……、うん」
そんな返事を聞いた穂咲も。
俺の横にぱたりと倒れ込みます。
「か……」
「か?」
「課金しなきゃなの……」
気持ちは分かりますけど。
それは俺に任せて、君はとっとと指導を受けなさい。
今日の授業はアクロバティックな動きの特訓。
側転すらままならない穂咲に。
新谷さんは、軽快に見える身のこなしを叩き込みます。
「ええと、後は何を教えようか……」
「その、あふれ出るお色気を教わりたいの!」
さすがに呆れた新谷さんの前で。
穂咲は、気持ち悪いポーズで俺にウインクします。
「うっふーんなの。魅惑的なポーズに脳殺されるがいいの」
「…………全くダメです。出生あたりからやり直してください」
「脳殺されるの! だって道久君、ステージの上であたしに惚れる役なの!」
「そうですが。まったく何も感じません」
俺の返事にムッとした穂咲は。
次々と脳殺ポーズをしますけど。
箸にも棒にも引っかからないのです。
あくびなどしてみた俺に対して。
ゆでだこのような顔をした穂咲は。
「意地でも悩殺するの!」
そう叫ぶと。
新谷さんのジャージの後ろをめくりあげました。
「ぶほっ!?」
……そんなショッキング映像に気を遠くさせた俺が目を覚ますと。
誰もいないステージから。
煌めく星空が見えました。
……ほったらかしにしました?
そこまで怒らなくても。
……終電には、間に合うよね?
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