ユウゼンギクのせい


 ~ 九月六日(木) お昼休み 二十センチ ~


   ユウゼンギクの花言葉 さようなら私の恋よ



 最新鋭ステルス空母『リトル=スター』。

 こいつは元、小型のステルス偵察艦をベースにして威力偵察可能な艦としてテスト的に設計されたものだと聞いている。

 それが、兵器を自分のおもちゃとしか思っていないような連中の悪ふざけによって、強襲ヘリ、空対空ジェットヘリ、輸送ヘリまで艦載させたうえ、アームド=ローダーのハンガー、さらには兵器工廠まで詰め込んだ。

 そうしていくうちに、スペック上の排水量は中型艦を遥かにしのぐほどになったというのに小型艦を名乗るというふざけた船が生まれたのだ。


 まあ、そんな経緯があるってことはよくわかる。

 だがどうにも我慢できねえ。

 それがこの通路の狭さだ。


 最新鋭艦のくせに至る所でパイプが剥き出しで、すれ違う時は体のでかい方が壁に張り付くってローカルルールがあるほどだ。


 そんな腹立たしい船内通路で、さらに俺様をむかつかせるヤツと鉢合わせた。


「おうコラ! 見つけたぞV・J! てめえ、俺様を殺す気か!」

「……何度言ったら分かるんだい、このガキは。艦長と呼びな」

「うるせえクソババア。艦長ってツラかよ、百歩譲って女海賊だ」

「なんだとこのクソガキ!」


 狭い艦内通路。

 佐官以上の人間と俺たちは、基本的に使っていい通路が異なる。

 だが、こいつだけはこうして下士官の俺様でもエンカウントできるような所をしょっちゅうウロウロしていやがる。


「あんな腐れAIを押し付けやがって。開発部の連中、俺様がとっかえひっかえ女どもを食っちまうから、腹いせに殺そうとしてんだろ? それにてめえも一枚かんでるってこった。そうだろ、V・J」


 営倉行きとフレンドリーファイア。

 どっちを取るかなんて火を見るより明らかだ。

 俺様はクソババアの胸倉を掴んで鼻先を犬ころみてえにくっ付けながら、長年の相棒を取り上げやがった恨みを込めてにらみつけたんだが……。


「そいつは逆だ。……あいつら、あんたを必死に守ろうとしてるのさ」

「はあ!? そりゃあどういう意味だオイ!」

「AIってやつは、長く生きると好きなヤツを守りたいって思うようになるのさ」

「俺様を守るって話の説明になってねえだろ。それに、AIが人間を好きになる? ……バカなこと言うんじゃねえ」


 AIは記号の羅列。

 人間だって同じようなもんかもしれねえが、一つだけ決定的な違いがある。

 それは『心』を持っていて、『愛』を知っているってことだ。


「歳ぃ取り過ぎて、夢見がちな乙女に還っちまったんじゃねえのかテメエ。そういや、還暦過ぎたんだよな?」

「言ってな。……だけどさ、いつかそんな感情が生まれるようにって願いを込めて、人工知能はAIなんて名前になったんだって、あたしは思うがね」



 …………AI。ローマ字読みで、『愛』。

 はっ! ばかげてやがる。

 


「あ、いた! ファルコーン! ……ぶへっ!?」


 まだ本題について何も聞きだしてねえってのに、厄介な奴が来やがった。

 パイプにけつまずいて狭い通路で転んでやがるのはマリー。

 見た目だけは綺麗なくせに、でけえ声出すわ転ぶわ、ガキみてえなやつだ。


 俺様はババアから手を離して背後に呆れ顔を向けていたんだが、ババアは声のトーンを落として、小さくつぶやいた。


「なあ、小僧」

「なんだよクソババア」

「…………あいつには、気を付けな」


 あいつ?

 マリーのことか?


 ……なに言ってやがる。


 二度も危ないところを助けられて、気を張る道理がどこにあるんだ。

 もうどこにいるのかすら分からねえ、母親ってやつから貰った唯一の繋がり。

 礼になるもんが他にねえからくれてやった古くせえスカーフを首に巻いて、へらへら近付いて来るあいつは『戦友』だ。


「……忠告は、したぞ」

「うるせえよ。それより俺様を守るためってのはどういう……」

「じゃあ、後は若いもんに任せて、年寄りは気をきかせて消えてやろうか」

「おいこら、話はまだ終わってねえだろ!」


 肝心なことは何も言わずにババアが行っちまうと、代わりにやかましいのが背中から抱き着いてきやがった。

 シリコーンのパイロットスーツが耳のそばで嫌な音を立てやがる。


「へへー! やっと見つけたよ、ファルコン!」

「うるせえ、肝心な話を邪魔しやがって。べたべたすんじゃねえぞ小娘」

「いいじゃん! 触れ合えるって、素晴らしい!」


 ああうるせえ。

 てめえとは戦場だけの付き合いだ。

 そのことを分からせてやる為に、俺様は嫌味たっぷりに言ってやった。


「スカーフごときで浮かれてんじゃねえ。それよりいいもん貢ぐ野郎は艦内にごまんといるから、そいつらに愛を振りまいてこい。俺様は間に合ってる」

「え? これ、愛をふりまいてるの? ……これが愛なのね!」

「なに言ってんだてめえは。いいから離れろ、新入り」

「新入りじゃないっての。古株だよ?」


 寝ぼけたこと言ってんじゃねえよ。

 お前、あれだろ。

 息巻いて俺様のAIを消させねえよう直談判したのがうまくいかなかったからって、責任を感じてるんだろ。


 ……バカな奴だ。

 たかだか大容量のデータストレージを一つ、最新データに上書いたに過ぎねえってのに。


 それにしてもうぜえ。

 いつまでしがみついてやがる。

 …………しょうがねえな。


「そんなに愛を感じたいんなら、テストしてやる」

「テスト? どんな?」


 俺様は右手を背中に回してマリーの胸を触った。


「あー、不合格だな。てめえが愛を語るには、やっぱり五年は早ぇ」

「きゃ--------!!!」


 こいつ、叫び声をあげながら背中を蹴飛ばしてきやがった。

 ……ちきしょう。体つきはガキのくせに、暴力だけは一人前だな。


「そんな愛いらないわよ! さようなら、ファルコン!」



 ~🌹~🌹~🌹~



 お昼休みの教室は。

 いつもより閑散としていて。

 昨日の一件を経て、みんなが劇の成功に向けて動き出しているのです。


 とは言え、主役の俺同様。

 正式な台本が出来るまでやることが無い暇人。

 今日もアクション指導を受けるのは、ヒロイン役の藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を三つ編みにしてからお団子にしたものを。

 頭の上に二つ乗っけて。


 そこに友禅染のように美しい紫色をした。

 ユウゼンギクをわんさか咲かせております。


 アクション指導の先生は。

 拳法愛好会のマネージャー兼選手、依田さんです。


 穂咲がアクション指導のお礼にと。

 練習前に、お昼ご飯としてナポリタンをご馳走したのですけれど。


 教室にケチャップの香りが立ち込めて。

 ちょっとしたメシテロになっています。



 食事を終えて、穂咲がウォーミングアップを始めると。

 依田さんが、仮の台本をぺらぺらとめくりながら俺に質問をしてきました。


「船の中ってさ、ベッドとかどうなってるんだろうね」

「さあ? 普通の調度とは違うのですか?」

「違うだろそりゃ。武骨で硬くて狭くてさ。ははっ! 良いなぁそういうの!」


 女子なのにメルヘンの欠片も無い。

 さすが武闘派。

 依田さんは台本を俺に返しながら、軽快に笑います。


「そうですかね。俺はふかふかの厚みのあるマットレスで、ボックスシーツを使うタイプがいいのです」

「秋山君は乙女だねえ」

「男女問わずそういうもんだと思いますけど。穂咲もふかふかの方がいいよね?」


 肩と首をグルングルン回す穂咲に聞いてみると。

 こいつは急に怪訝な表情になりながら。


「ボックスシーツって、怪しいの」

「なにを言っているのです?」

「……中に人が入ってそうな気がするの」

「怖いです。ほんとになに言ってるんですか」


 寝転がった瞬間に気付くでしょうよそんなの。

 というか、ほんとに怖い。


「ははっ! ベッドに横になるなり急に抱き着かれたりしてな! ……そういや、胸を触るシーンがあったよな」


 依田さんがそんなことを言った瞬間。

 穂咲は片腕で胸をガードして。

 逆の手で、少しはましになったパンチで俺をけん制してきますけど。


「触ったフリをするだけですから。安心なさい」

「間違って触ったりしたら、舞台の上でキャーって大声で悲鳴をあげるの」

「キャーって大声で悲鳴をあげるシーンなのでそれで合っているのですが。でも、ほんとに触りませんよ、君のペッタンコなんか」


 ……しまった。

 連日、この軽口のせいで大ダメージを食らっているのに。


 学習能力のない俺に向けて。

 けん制のジャブが激しさを増しました。


「依田っち! 早速サツジンをあたしに教えるの!」

「よしきた!」

「まてまてまてまて! それは殺陣たてと読むのです! 今君、サツジンって言いましたよね!」

「…………合ってるの」

「合ってちゃダメです!」


 一昨日の悪夢がよみがえります。

 今すぐ逃げておきましょう。


「そんじゃ今度は何を教えようかね。……ああ、手りゅう弾投げるシーンがあるな。これでも教えてやるか」

「いえいえ、それはロボが投げているのですよ、グレネードを。あと、穂咲に何かを投げさせてはいけません」


 どういう訳やら。

 こいつのしっちゃかめっちゃかなフォームから繰り出されると。

 ゴムボールですら凶器に早変わりなのです。

 それは指導の必要ありません。


「よーし、こいつで道久君に復讐なの!」

「ちょっと依田さん! 今、こいつに何渡しました?」

「手りゅう弾だけど」


 ああ、よくあるゴムのおもちゃですか。

 でもこいつにぶつけられたら。

 そんな品でも一晩中痛さに悩まされることになります。


 俺は無駄と知りながらも逃げ出したのですが。


「ごひんっ!」


 教卓まで逃げたところで。

 後頭部にゴムの手りゅう弾が直撃。


 …………ゴム?

 ほんとに?


 めちゃくちゃ硬かったのですが。

 意識が遠のいていくのですが。


「あちゃー! こんなにコントロールいいなら、鉄製のもの渡すんじゃなかった! あはははは!」

「あんな意地悪君はいらないの。さようならなの、道久君」


 ほんとにさようなら。

 そんな返事を心の中で思い浮かべつつ。

 俺は今日も眠りにつきました。


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