ランタナのせい


 ~ 九月五日(水) 放課後 三センチ ~


   ランタナの花言葉 合意



「グッドグッド! じゃあ、舞台はそんな感じの構成でOKね?」


 椎名さんの呼びかけに、満足そうに頷いているのは。

 シナリオ製作のパートナーである佐々木君。

 ロボ製作担当の谷君。

 そしてCG担当の柿崎君といった、限られたメンバーで。


「ほんとにあれで大丈夫なのでしょうか?」

「さあなあ。信じてやりてえけど、正直不安だ」


 本当に作る気でいる巨大ロボ。

 正面のスクリーンに映し出されるCG。

 一介の高校生に、そんなのできるわけ無いのです。


 肩をすくめた六本木君や俺を含めたすべてのクラスメイトが。

 眉根を寄せて疑っています。


 ……いえ。

 一人だけ、別のリアクションをしている奴がいました。


 これほど重要な話をまるで聞かず、カバンの中身を俺の机の上にぶちまけてなにやら探しているのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を頭の上でふたつのお団子にして。

 そこに、色とりどりのランタナを何房も挿しています。


 アジサイのようなぼんぼり状に咲くランタナは、お花が外側から順にまったく違う色に咲くのですが。

 例えば、一番外側が赤橙、次が白と黄色のグラデーション、一番内側が紫とか。

 まさに、シチヘンゲの異名通りと言えるのです。


 とはいえ。

 人間の頭にそんなものを乗せて。

 ガラクタをがっさがっさあさっている姿は珍妙としか思えず。


 俺は会議が一瞬停止したタイミングで。

 六本木君の隣、一番後ろの席から穂咲へ声を掛けます。


「さっきから、君は何をしているのです?」


 俺の声に、プレーリードッグのような反応をした穂咲は。

 きょろきょろとさせた顔をようやく俺に向けると。


 ……青少年の理性をすべて吹き飛ばすほどの爆弾発言をしました。


「ぶらし忘れたの」


 その瞬間。

 一切の音もないのに騒然となるという矛盾が発生した教室を。

 俺だけが大きな靴音を上げて走り抜け。


 穂咲にYシャツをかぶせた後。

 ジャージの上をむりやり羽織らせて。

 ファスナーで密封しました。


 ひとまずこれで安心と、胸を撫で下ろしたところで。

 これまた音もなく、視線だけで男子一同からの舌打ちが聞こえてきたのですが。


 皆さん、どんだけ獣なの?


「……なにするの? 暑いの」

「黙ってなさい」

「ぶかぶかなの」

「黙ってなさい」


 穂咲はぶかぶかジャージの中でもぞもぞ動いて。

 ようやく袖を通して指先だけをのぞかせながら。


「何の罰ゲームなの? ブラシを忘れたら、そんなにダメ?」

「……ブラシ?」

「忘れたの」


 ………………ああ。


 ブラシ、忘れたのですね。


 俺を含めて、盛大な溜息をつく男子一同。

 そんな俺たちをにらみつけながら鼻を鳴らす女子一同。


 ……それを引き裂くかのように聞こえる。

 六本木君が、渡さんから耳をつねられたせいであげた悲鳴。


 まったく、人騒がせな奴なのです。


「ねえ道久君、なんなの?」

「ぎなた読みというやつですよ」


 俺が自前の穂咲用ブラシをカバンから出してやると。

 こいつはぶかぶかの萌え袖のまま受け取りながら。


「はながみをむすぶ、ってやつ?」

「そうですけど。もっといい例えなかったのですか?」

「ブラシがどこにもないって、どこで切ったら違う言葉になるの?」

「…………今度、俺の体調がいい時に教えてあげます」


 そんな言葉に生返事をしながら穂咲が髪を梳くのにあわせて。

 急に、みんながざわつき始めました。


「今のシナリオにいれようぜ?」

「ああ! 面白いかも!」

「でも、どんな言葉がいいんだ?」

「ちょうどいいのがあるぜ! 『スカーフをまとめて首に巻く』」

「それ、どこで切るんだ?」

「なに言ってるのよ。まとめ、手首に巻くか、まとめて首に巻くか」

「おお! ファルコンがマリーにあげるお礼、スカーフにすりゃ出来るじゃん!」

「いいねいいね!」


 ――このクラスの得意技。

 一度転がり始めると、止まらない悪ふざけ。


「……ドリンクの見放題ってのもあるの」

「読点の位置一つで天国から地獄ですね」


 普段はまじめな皆さんも、こういう時にはどういう訳やら一緒にお祭り騒ぎを盛り上げるのですけれど。

 ほんと、変な連中ばかりが集まったクラスなのです。


 ……でも。

 いつもだったらこんな騒ぎをけん引するお二人が。


 凄い剣幕でバカ騒ぎに水を差します。


「バッドバッド! 何言ってるのよ!」

「そんな悪ふざけは入れないぞ? 僕たちがどれほどの思いで書いたと思っているんだ!」


 ……でも、祭りの主催者がいくら騒いだところで。

 大騒ぎを始めた来場客が収まるはずもありません。


 必死に抗議する二人の声を一蹴しながら。

 ようやく方向性が見え始めた芝居に悪ふざけが次々と盛り込まれていきます。


 しかしとうとう。


「ほんとに! そんなの許さないんだから! これは『あたしたち』の劇なの!」


 椎名さんの涙ぐんだ声に。

 教室は一瞬で静まり返ります。


 ……そんな中。

 意外にも、椎名さんに異を唱えたのは。

 パートナーの佐々木君でした。


「……そうか。君の一言で気づいたよ。これは、俺たちの……、クラス全員の劇なんだ。だから、みんなのアイデアを取り入れるべきなんだ」


 佐々木君の言葉に。

 泣き顔を紅潮させてにらみ返す椎名さん。


 誰かの胸の痛みに敏感で。

 こういう時には真っ先に動く穂咲が立ち上がるのに続いて、俺も二人の元に近づいたのですが。


 二人の口論は、俺たちが蚊帳に飛び込む前に始まってしまったのです。


「だったら言い直すわよ! これは、『あたし』の劇! シナリオを変更したいならあたしを通して!」

「やめなよ。僕らは、秋山から教えてもらった。独りよがりではいけないんだ」

「それはロボットマニアの話でしょ!? シナリオとは関係ないじゃない!」

「いいや、関係ある。自分のことしか見えなくて、他の皆に自分の趣味を押し付けるのは間違ってる」


 佐々木君の言葉に、俺は思わず去年の劇の事を想起させられました。

 みんながやり始める無茶苦茶に不平不満はありましたけど。

 今思えば、他では味わえない面白さで満たされた日々でした。


 そんな気持ちで作った劇だから。

 文化祭最優秀賞を取れて。


 今年は屋外ステージでのトリを任命されたうえ。

 膨大な上演時間を貰えて。

 学校が予算の援助までしてくれることになっているのです。


 とうとう椎名さんは廊下に飛び出して行ってしまいましたが。

 佐々木君がみんなの心配顔を見渡して。


「大丈夫。僕が説得しておくから」


 そう言うと。

 ちょっとだけ重たい空気の中。

 再び会議の進行を務め始めたのです。


 さすがにシナリオとは関係のない部分についてですが。

 トントン拍子に決まっていく中。


 やはりどうにも気になるのは。

 肝心のシナリオと。

 そして、ロボが舞台の両端で動くという意味の分からない演出について。


 それが前提になっていることが信じがたいのですけど。

 誰も突っ込まないので。

 我慢して聞いていると。


 急に扉を開いて。

 椎名さんが戻って来たのです。



 いつになく真剣な表情。

 みんなが固唾を飲んで見守る先で。


 彼女は佐々木君の胸倉をぐいと掴んで寄せると。


 その目の前に、携帯を突き付けながら。



 ……大はしゃぎし始めたのです。



「グッドグッドグーーーッド!!!! 見てよこれ! 超新星アストロファイア! 続編発表された!!!」

「なに!? そんなことありえ…………、うおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 途端に盛り上がり始める二人。

 それを見つめながら口あんぐりなその他全員。

 ……結局会議はそのままお開きになってしまったのですが。


 きみら。


 文化祭が終わるまで。

 ロボ禁止なのです。


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