ペンステモンのせい


 ~ 九月四日(火) 始業前 二十四センチ ~


   ペンステモンの花言葉 失った愛情



 日没前。夕暮れの今時分が俺様は好きだ。

 通常、脅威対象はモニターに赤で表示されるのが常だが、この時間、赤い波長の太陽光を浴びている間は、多少気の利いたAIなら勝手に違う色に置き換える。


 色が変われば判断が鈍る。コンマ数秒、トリガーを引くタイミングが遅れる。

 だが、それだけの時間が生死を分ける。

 つまり、判断に遅れの無い俺様のトリガーが先に火を噴くって訳だ。


 カカリアは敵性勢力を常に白で表示する。

 戦場に、白い物体なんかろくすっぽありゃしねえんだからな。

 だから俺様は、敵さんより優位に立てるこの時間が好きだ。

 ……そう。反射神経というものは、そんなにも体に染みついているものなんだ。



「くそっ! 忌々しい!」


 森林を後ろ飛びに逃げつつ、射撃姿勢も何もない威嚇を無造作にばらまく。

 そんな無様な俺のアームド=ローダーの半方位モニターには、四方八方から『紫』のターゲットマークが迫っていた。


 こいつらは量産型の逆関節機体、KVR-04・ファイアー=ビートル。

 濃いカーキのカブトムシ野郎は、マリナ・マリア工廠が棺桶工場と呼ばれる所以となっているほどに鈍重で欠陥だらけのアームド=ローダーだ。

 俺様の黒い相棒――『ファイティングタイタン・11R』――だったら、出力がけた違いに低い愚図共相手にあくびをしながらでも勝てるはずなんだが、今日は違う。

 精悍な流線形のボディーに擦過痕きりきずをこれでもかと浴びながら、逃げ回るのがやっとの所だ。


 ……百の羊が、一の獅子に率いられると強いと言うが。そんな一匹の獅子が、再び忌々しい声をかけてくる。


『Warning。Warning。デルタ1、デルタ4ガ絶対脅威圏ニ侵入。アイハブコントロール。当機ハ南西500、オレンジ・ピークヘ転進行動ヲ取リマス』

「だから勝手に逃げるんじゃねえ! あんな距離じゃ当たらねえと何度言ったら分かる!」

『Warning。左脚ジャイロニ異音ヲ検知。優先度S-2ノ危険ト判断。跳躍機動ヲ制限シマス』

「どっちなんだこのアマ! 逃げてえのかこの場にいてえのかはっきりしろ!」


 だがこれはこれで好都合だ。ようやく落ち着いて敵さんと対峙できる。

 FCS火器管制システムだけは、悔しいがカカリアより優秀なこいつだ。

 回避運動中でもロックオンサイトが微塵も動かねえ。

 俺はコントロールスティックを狙撃モードに切り替えて、サイトの中に浮かんだ三角形を左に少し外してトリガーを引くと、二百ミリの徹甲弾がアサルトライフルからマズルフラッシュを伴って吐き出され、左直近を回避運動していたカブトムシに突き刺さった。

『デルタ4ニ爆発音。中破ヲ確認。無力化ト判断。VGTR-99アサルトライフルノ発射時、制御外操作ガ行ワレタ模様。安全確保ノタメ、ターゲットスティックヲロックシマス』

「こっ……!!!」


 ふ、ふざけんな! 得意の白兵も不許可、その上、左右何れかに回避する癖のある敵に対して現在位置にしか撃ち込むなだと!?

 威力偵察程度の任務、新型のAIにいちいち細けえことまで教え込む必要はねえだろうと高をくくって出撃してみれば……。


「てめえ! 俺様に死ねって言う気か!」


 カカリアと違って、これだけ密生した原生林をスイスイ歩き回るこいつだが、真綿で自殺するような真似をしてるとしか思えねえ。

 このままじゃあ、まじでやべえ。


 そう思った直後、機体にあり得ないほどの衝撃が走った。

 デルタ1のチェーンガン。直撃だ。


 モニターのステータスに目を這わせると、一番リアクターが真っ赤に表示されている。

 ……このコックピットの真下。

 そんなところに食らうなんて、悪運が強いやら、それとも死ぬタイミングが数秒遅れるだけなのやら。

 幸い爆発は免れたようだが、出力の半分をも供給しているリアクターが破壊されて、まるでよちよち歩きしかできなくなった機体を擦過する弾数があっという間に増えていく。

 そして再び、地面から突き上げるような衝撃が俺を襲った。


 とうとうお陀仏か。

 そう感じた俺の目に、真っ赤な空が映る。


 視界の端まで続く森の縁が炎上しているかのような景色。

 これは、空からの眺め?


 今更感じたGの後、次は下半身が抜けちまうような浮遊感覚。

 今度は落下だ。


 ……これは、跳躍駆動。


 F・T・11Rを抱えておいて、俺様の跳躍より高く跳んでやがる。

 さすがブラッディ―=マリー。


「危なかったわね! さあ、逃げるわよ! しっかり掴まってて!」

「掴まってろも何も、てめえが羽交い絞めにしうおっ!?」


 そして地面に叩き落されると、ハーネスから肩関節が外れるんじゃねえかって程の衝撃が走った。

 乱暴な扱いに文句を言おうとした俺に、再びかかるG。

 まったく、この暴れ馬め。


「……助かったぜ。まさかてめえに二度も命を救われることになるとは、俺様も焼きが回ったもんだ」

「あんたらしくないわね、気持ち悪い」

「うるせえよ」

「でも、ほんとに気にしないでよ。……これは、あたしがずっとやってきたことだから」


 ずっと? たった二度のことで、ずっとかよ。


 俺はモニター越しに見える緑と赤のツートーンを、まるで地獄の景色のように感じながら、思わずつぶやいた。


「……また地獄から連れ戻しやがって。次は俺様に、どんな地獄を見せる気だ?」



 ~🌹~🌹~🌹~



 台風の影響で、途端に暑くなった今日なのですが。

 タイツなんか履いて、考え無しに生きているこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、編み込みにして後ろで結わえて。

 赤いラッパが沢山開いたようなフォルムのペンステモンをこれでもかと活けております。


「昨日は酷い目に遭いましたので、今日のお昼はまともなものでお願いします」


 始業前の教室で、お隣りをにらみつけながら話しかけると。

 こいつは得意のきょとん顔で首を捻るのです。


「酷い目? あたし、なんかした?」

「あれを覚えていないとは。あれはもう、暴力です」

「暴力なんか振るわないの。あたしは知的派なの」

「どの口が言いますか」

「知的なの。知的だから、タイツ脱いだの」

「天気予報を見てタイツを履いて来る時点で知的じゃないです」


 タイツを脱ぐ。

 ちょっとセクシーな会話に。

 女の子っぽいイメージを感じなくは無いですけど。


「……穴も開いてたの」

「女の子っぽさ、台無しです」


 呆れ果てて肩を落とす俺の目の前に。

 男子顔負けの体つきをした女の子がすっと現れました。


 彼女は拳法愛好会のマネージャー兼選手、依田さん。

 俺より背の高い女子は、このクラスで向井さんと依田さんだけ。


 ちなみに。

 俺より弱い女子は、神尾さんただ一人なのです。


「依田さん、どうしました?」

「ははっ! なんだよ、秋山君が言ったんじゃない。穂咲にアクション指導して欲しいってさ!」


 ああ、そう言えば。

 森口君の指導をいくら受けてもへろへろパンチしかうてないこいつを見かねて。

 物は試しとお願いしたのでした。


 その時は、部活の練習メニューを考えていたようでしたので手振りで追い払われたのですが。

 ちゃんと覚えていてくれるなんて。

 さすがは依田さんなのです。


「で? 穂咲、どのシーンから行く? やっぱりガンアクションか? ガンカタってかっこいいのがあってな、それなんかお勧めなんだけど……」

「鎖がまをふりまわすとこがいいの」

「ねーよそんなシーン!」


 ははっと軽快に笑った依田さんですが。

 大雑把な性格をしていらっしゃるのが災いして、面白けりゃ何でもいいかと言い出しまして。

 穂咲に鎖がまの説明をし始めたのです。


「……ってわけで、振り回すのは分銅の方。分かった?」

「むう、本物を見ないとピンと来ないの」

「本物はねーよ。なんか重りの付いた紐みてえのがありゃ説明しやすいんだけど」

「タイツならあるの。これに重りを入れるの」


 そんなことを言い出した穂咲が、書道部の三井さんから石のような文鎮を借りてきましたが。


 不吉な予感しかしません。


「穂咲さん。そんなの入れて振り回したら、タイツが伸びてしまうのです」

「いいの。こいつはついさっきあたしの羽毛のような軽さに耐え切れずに穴が開いた罪により戦力外通達したの」

「何て言い草ですか。君の超重量を長い事支え続けてくれた彼に謝りなさい」

「…………依田っち。道久君に当てられるようになるまで猛特訓して欲しいの」

「よし来た!」


 しまった。

 どえらい鈍器を手にしたこいつに対して軽々しいことを口にしたのです。


 後悔先に立たず。

 とは言え、こいつに分銅をぐるぐる振り回せるはずなどありません。


 俺は席を立って教卓までエスケープ。

 ここまで離れていれば安心でしょう。


 そして穂咲はタイツの片方の足に文鎮を入れて。

 必要以上に熱心に依田さんの説明を聞いています。


「大体わかったの。そりゃあ」


 依田さんの説明をまるで理解していなかったようで。

 穂咲はみょうちくりんな掛け声をあげて。

 けったいなフォームでタイツを振り回そうとしているようですが。


 タイツはまったく回ることなく。

 俺に向かって、ただまっすぐ伸びてきて。


 そして、タイツに開いた大穴から文鎮が飛び出しておでこにクリーンヒット。

 いつものようにダウンです。


「道久君!!! 大丈夫なの!?」


 真っ青な顔をして駆け寄って来る穂咲ですが。

 大丈夫なわけないでしょうが。


 見て分かりませんか?

 俺、いつものように気を失っているじゃありませんか。



 ……あれ?



 気を失っているのに、なんでこんなこと悠長に考えることが出来るのでしょう?

 たしか、前にも似たようなことがありましたね。


 でも俺は間違いなく目をつむってぐったりしていますし。

 ほら、間違いないのです。

 俺が目をつむっている姿、はっきりと見えますから。




 …………ん?




 おかしいな、どうして俺から俺の姿が見えてるの???




「今助けるの! これは、あたしがずっとやってきたことなの!」

「お? 舞台のセリフじゃん! いいねいいね!」


 そう言いながら、穂咲がすちゃっと鞄から取り出したのは。

 でかいスタンガン。


「とどめをさす気ですか!」

「わ! 起きた!」

「何が、わ! ですか。……え? ……あれ? そう言えば、さっきまでの変な感覚が治まってますね」


 俺が自分の体をペタペタと触っていると。

 穂咲が涙目になりながら近付いて来ます。


「ああ、よかったの。こいつくらいしか思いつかなくて」

「何がです? そんなの食らったら心臓止まりますけど」

「もともと止まってたの。あー、動き出してよかった」



 ……ウソ。



「あたしが助け出したの! これは、あたしがずっとやってきたことなの!」


 そして、鼻息荒く劇のセリフを繰り返すので。

 俺も劇のセリフを口にしなければいけないようです。


「また地獄から連れ戻して。次は俺に、どんな地獄を見せる気なのです?」

「…………じゃあ、とりあえず帰りになんかおごって欲しいの」



 この後。

 俺は本当に地獄を見ることになりました。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る