ブルーサルビアのせい


 ~ 九月三日(月) お昼休み 六センチ ~


   ブルーサルビアの花言葉 知恵



 ここしばらく体調がすぐれないのは。

 一週間ばかりの間、昼間に眠らされているせいなのだと。

 俺は、そう信じていたのですが。


 驚いたことに、昨日バイト先で丸一日レジに立ちっぱなしでいたら。

 元気になったうえ。

 肌艶まで良いのですけど。


 …………いえ。


 ここまで語っておいてどうかとは想いますが。

 ただの偶然でしょう。


 ……ただの。

 偶然でしょう。



 先週末、赤いサルビアを挿していたと思ったら。

 今日はブルーサルビアを頭に挿して、鍋をぐるぐるかき回す藍川あいかわ穂咲ほさきが。


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を。

 割烹着とセットの手ぬぐいで覆って。

 クラス全員分の芋煮を調理中。


 それと言うのも、ただいまお昼休み返上で。

 文化祭の準備班ごとに分かれて。

 分科会が開催されているのです。


「給食まで準備するとは。神尾さん、これにはどういう意図があるのです?」

「あはは……、団結力が生まれるかなって思って……。変かな?」


 俺たちのお母さん、クラス委員の神尾さんが。

 穂咲のお隣りで、お揃いの割烹着姿でお結びを握りながら。

 いつもの苦笑いを浮かべておりますが。


 いえいえ、変じゃありません。

 理由を聞けば納得の、いいアイデアだと思うのです。



 とは言え、肝心の打ち合わせの方は。

 衣装班だけはとんとん拍子に進んでいるようですが。


 大小道具班は、小道具の話しかできず。


 演出班に至っては。

 お手上げからの、その上げた手を使って数当てゲームなど始めています。

 ……でも、指でやらないから、フェイント合戦になっているようです。


 こんな体たらくなのも当然で。

 進行管理班が、どう芝居を実現するのか決めていないことが原因なのですが。


 そもそもロボなんてどう考えても無理ですし。

 今のうちに朗読劇の予行演習でも始めておこうかしら。


「いい塩梅なの。お昼できたから、手が空いた人から持って行くの」


 穂咲が、鍋をお玉で叩いてみんなを呼ぶと。

 暇を持て余していた役者班と演出班が、こぞって給食おばちゃんコンビの前に群がります。


 そんな中に、椎名さんの姿を見つけたので。

 俺は思わず声をかけました。


「椎名さん、進行管理ってどうなっているのです? 舞台はどういった形でやるのでしょうか」

「ああ、それね! 今、谷君と柿崎君が動いてくれてるんだけど、その結果次第でどう転ぶか分かんなくて!」

「谷君と柿崎君?」

「そうそう! ロボの実現とCG! 明後日には結果が出るから、本格的な動きはそれからってことになるわね!」


 …………これは高校生の文化祭なのですよ?

 何を言っているのでしょう君は。


 やはり、朗読劇の方向で考えておこうと決めました。



 それにつけても。

 可愛そうなのは神尾さん。


 去年に続き、総合責任者……、いや。

 今年は作品にちなんで大佐キャプテンを任されているのですけれど。


 既に土壇場ギリギリまですったもんだしそうな雰囲気ですし。

 前回同様、みんなをなだめて回った神尾さんの堪忍袋の緒が切れて。

 ブラック・カミオンが降臨することになるやもしれません。


「おい、秋山。買い出しリスト作りてえんだが、必要なものを言え」


 給食を貰う列がはけたところで。

 椎名さんと共に紙皿を持って、芋煮を受け取りに行ったら。


 大小道具班の中野君が声をかけてきました。


 ええと、そうですね。


「カモミールとシナモンとジャスミンをお願いします」

「…………バカか?」

「いえ、絶対に必要なものなのです」


 心を落ち着かせる効果のあるハーブ三種の名前を聞いた神尾さんが。

 苦笑いと共に、ラップにくるんだお結びを俺に手渡しながら。


「あはは……、今年は、去年みたいなことにならないよう気を付けます……」

「いえ。今からそんなにプレッシャーを抱えていてはいけません」

「そんなこと言っても、既に胃が痛いよ……」

「中野君。フェンネルも買ってきておいて欲しいのです」

「うるせえ。……ひとまず、無しだな」


 必要なものは正しく伝えたのに。

 中野君はメモも取らずにムッとしながら行ってしまいました。


 すると、穂咲が神尾さんに話しかけます。


「お腹痛いの?」

「えっと……、心労で、ね……」

「じゃあ、早速こいつで治療なの」


 言うが早いか。

 穂咲は頭に挿したブルーサルビアから、葉っぱをむしり始めたのですが。


「ちょ。お待ちなさい、何をする気ですか?」

「セージは万能薬なの」

「それはヤクヨウサルビアの話ですから。ブルーサルビアの葉っぱに薬効成分があるかどうかは……? あれ? どうなのでしょう?」

「頼りにならない道久君なの。セージの香りがするから間違いないの。

「まあ、ブルーサルビアはメアリーセージと言う別名なので、セージはセージなのですが」


 観賞用の品種でしたよね、たしか。

 これを料理にいれて平気なのでしょうか?


 首を捻っていたら。

 穂咲が、なにやらぱあっと笑顔を浮かべています。


「メアリーって、マリーなの! あたしの役名なの!」

「え? あ、ううん、それもどうなのでしょう?」


 メアリーって、マリーと同じものなのでしょうか?

 知っているようで知らない事。

 なんと多い事でしょう。


「役者は、役を食べると良いって聞いたことがあるの。だから鍋に入れるの」

「それも知っているような知らないような? でも、鍋に入れるのは却下です」


 俺は、穂咲の手を止めながら、三つの知っているような知らないような件について考えましたが、どれもこれも答えは出てきません。

 ここ最近、頭をぽかぽか叩かれるので記憶が落っこちてしまっている心地です。


 全部が気になって気になって。

 携帯を取り出すと。


 穂咲はおばあちゃんから教わった、やたら面倒な手順で割烹着を脱いで。


「じゃあ、ちょっくらファルコンも捕まえてくるの」

「おまわりさんに叱られますからやめなさい。それに、捕まえてどうするのさ」

「マリーと一緒に、ナベに放り込むの」

「……俺が叱りますから。やめなさい」


 口を尖らせたってだめなのです。

 どうせ、自分の器にはよそわないで俺にだけ食べさせる気でしょう?


 悪知恵の働く子ですから。

 面白い事だけ思う存分やって、後始末を押し付けられるではたまったものではありません。


「……じゃあ、ファルコンとマリーの熱々ナベは諦めるの」

「ぜひそうしなさい」

「代わりに、マリーの片思いナベをどうぞなの」

「ちょっと! サルビアの葉っぱを入れないで下さ……、あれ?」


 意外にも。

 器の中にサルビアが見当たらないので。


 俺はほっとしながら席に着いて、お芋を一つ箸で摘まみ上げると。


 ……具の下から、大量の葉っぱが姿を現しました。


 ほんとうに。

 悪知恵ばかり働く子です。


 こんなの食えるのかしら。

 そう思って、汁を一口すすった瞬間。


「ぐはぁっ!」


 ……未曾有の苦みと強烈なセージの香りというダブルパンチを食らって。

 俺は今日も、気を失いました。



 ~🌹~🌹~🌹~



「なんだ貴様は! 授業はもう始まっているのだぞ? 悪ふざけも大概にしろ、立っとれ!」

「それは無理なの。道久君、完全に寝てるの」

「まったく…………。では、秋山は嫌いだと思う者がこいつを叩いて起こせ」



 ――後から聞いた話では。

 そんな先生の言葉に従った人は、一人もいなかったとのことです。


 ただ、その代わりとばかりに。

 寄ってたかって俺を廊下に連れて行ったらしいのですが。



 ……これは、嫌われているのか慕われているのか。

 どちらなのです?



 ※マリーの片思いナベは、この後、主役が残さず美味しくいただきました。


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