サルビアのせい


 ~ 八月三十一日(金) 放課後の校庭

            1.5メートル ~


   サルビアの花言葉 尊重



 軌道エレベーター奪取というでかい戦略ストラテジーへと至るクリティカルな戦術タクティクス

 哨戒機の発着基地の内一つを無力化するために、射程距離ギリギリの場所へ時限式ジャマーを設置するというスニーキングミッションから帰還した俺は、ハンガーでAIの調整をしていた。

 アームド=ローダーのAIってやつは、直近の作戦を優先しやがるからな。

 派手なドンパチのシミュレーションでもしておかねえと、臆病な生娘みてえになっちまう。


 塩と鉄の匂いが鼻を突くハンガーに座り込んでタブレットとバーボンの瓶を交互に撫でていたら、オレンジの常時灯の中に、見慣れた赤いパイロットスーツが姿を現した。


 マリーだ。


「ブリーフィング始まるわよ、ファルコン。尉官以上は全員参加ってことになってんだから、あんたも来なさいよ」

「海路のことに陸戦下士官が首突っ込んだってしょうがねえだろ。それに、今は手が離せねえ」

「……何やってんのよ」

「いつも地獄の底に落ちた俺様に、カビ臭えベッドが待ってるこの船への帰り道を教えやがる礼だ。機嫌取ってやってるんだよ」

「え? AIの機嫌を?」

「……笑うんじゃねえよ。海に叩き落すぞ、新入り」

「笑って……、無いわよ」


 どういう訳か神妙な顔をしながら、いつも艦内をパイロットスーツでうろついてやがる露出狂が俺の隣に屈み込むと、タブレットの中で暴れる仮想敵機の数が一気に減った。

 てめえ、今、何しやがった?

 ……いや、タブレットはAIと有線接続してるだけでスタンドアローンだ。

 こいつがやったわけじゃねえか。


「……これだけ愛されてたら、次もこの子があんたを守ってくれるわよ」

「そりゃあ望み薄だな」

「え? どういうこと?」


 しまいにゃ、勝手に俺様のバーボンとっておきを煽っといて、まずいだのなんだの言いやがって。

 呆れたはねっかえりだが仕方ねえ。

 話してやるか。


「……この間、最新型MCSマニューバー・コントロール・システムって触れ込みのAIを押し付けられたろ。開発部の連中、躍起になってやがるからな。上書きされちまうのも時間の問題さ」

「ふーん、そうなんだ。……じゃあ、会議に行ってくるわ」

「ローダー乗りに船乗りの気持ちなんざ分かるはずねえだろ。ほっとけ」

「艦長も出席してるからね。あんたのAI、消さないように直談判してくるわよ」


 マリーはパイロットスーツからシリコーン特有の異音を奏でて立ち上がった。

 まったく。

 余計なことすんじゃねえよ、新入り。


「…………カカリアだ」

「え?」

「こいつの名前だ」

「AIに? 名前?」

「…………笑うんじゃねえよ」

「笑ってないわよ?」


 そう言いながら振り向いたマリーの肩の上には。

 とびっきりの笑顔が乗っていやがった。



 ~🌹~🌹~🌹~



 八月最終日だというのに、未だに聞こえるみーんみんみんみんみー。

 今日でおしまいですよ、夏は。


「校庭の隅っこまでくると、蝉の声がうるさいの」

「俺には、すべての民を昼間に眠らせる呪文に聞こえます」


 ミーン民明眠Meなのです。


「ねむいのです」

「だらしない道久君なの」

「昼間に眠っているせいで、夜眠れなくなってしまっているのです」


 まあ、君に言っても分かってはもらえないですね。

 昼寝をしようが、夜はしっかり八時間睡眠のこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をツインテールにして。

 赤いサルビアを一本ずつ結び目に挿しています。


 ここは文化祭の目玉となる野外ステージ。

 初日はクイズ大会とミスコン大会。

 二日目は屋外演劇。

 三日目はライブが行われる会場を作る予定なのですが。


 その設置場所の確認と、ちょっとした力仕事の手伝いとして。

 ステージを使う皆さんが集まっているのです。


 そんな中、文化祭実行委員の説明を掻き消すほどに夢中になって。

 ロボットをどう置くか、どんな技なら再現できるかと。

 意見をぶつけ合うのは佐々木君と椎名さん。


 そんな二人のバカ騒ぎを。

 クラスのみんなで、半ば呆れながら見守っていたのですが。


 今更になって、自分たちが全体の邪魔をしていると気づいたようで。

 隅っこで見守っていた俺たちの元にすごすごとやってきたのです。


「はしゃぎすぎなのです。昨日も言いましたが、白い目で見られるのは自分たちのせいなのです」

「め、面目ない……」

「バッドバッド。やっちまった感百パーセント……」


 そんな二人を。

 未だに皆さんがにらむ中。


 一年生、三人組の女の子。

 ルックスからして、ライブに出る子たちでしょうか。

 こちらを見てくすくす笑っています。


 サッカー部の練習に参加した時、見かけたような気がします。

 六本木君のファンの子たちじゃないかな?


 でも、なんとなく気になって彼女たちの話に耳を澄ましてみれば。

 ずいぶんとひどいことを話しているのです。


「気持ち悪いんだよ、あいつら」

「ロボって何? アニメ上映会でもやる気なの?」

「お花女も一緒だ。るいとも~」


 うーん。

 見た目は可愛らしいのに。

 とっても口の悪い後輩たち。


 こちらの三人組にも聞こえたのか、しゅんとしてしまいましたけど。

 これ、昨日椎名さん達が危惧していたやつですよね。

 邪魔をしたことや騒がしかったことについて言われるのは仕方ないとしても。

 気持ち悪いなどとは大変失礼なのです。


 でも、そんな三人娘が俺たちの方に近付いて来るのですが。


 どうやら、中野君と共に丸太を運んで来た。

 六本木君に誘われてそばまで来たようです。


「仮組みするんだってさ。すげえ本数あるから、手伝ってくれ」


 丸太を下ろした六本木君は、俺たちに向けて言ったのでしょうけど。

 これを聞いた三人娘が。

 我先にと返事をするのです。


「あたしも手伝いますね!」

「六本木さんの分まで、全部運んじゃうんだから!」

「じ、自信ないけど頑張ります~」


 口々にアピールしながら丸太の山へと向かっていきますが。

 裏表、とまでは言いませんけれど。

 なんだかすっきりとしないのです。


「……なに難しい顔してるんだよ、お前」

「いえ、今の三人の事、よくご存じなのでしょうか」

「良い子たちだよ? よく気が付くし、苦労をいとわないし」


 六本木君はそう言いながら。

 再び丸太の方へ歩いて行きますが。


 人は、見る方向によって随分違うものですね。


「……はっ!? 道久君道久君!」

「なんでしょう、どこから見てもおかしな穂咲さん」


 君だけは、誰が見ても変わらないように感じますけど。

 やはり他の人から見れば違うものなのでしょうか?


「あの子たち、女の子なのに丸太を運びに行ったの?」

「そうですけど?」

「いい子たちなの!」


 …………やれやれ。

 君はやっぱり、変わりませんね。


 三人の元へ走って行って。

 女手では持ち上げるのに難儀していた丸太にしがみつくと。

 制服を泥だらけにして、真っ赤な顔でふんがーと声を上げていますけど。


 そんな穂咲を見て、向こうの三人組は憮然として。

 ……こちらの二人は唖然とするのです。


「佐々木君、椎名さん。お二人が嫌なことを言われるのが辛いという気持ちは分かるのです。でも、お二人の情熱は素晴らしいと感じる人もいるはずなのです。だからへこんでないで、好きなものの為に、今は頑張る時だと思うのです」

「……僕は彼女たちを、ただ嫌な連中だと思ってしまったのに」

「あれがあいつの好きなものですからね。あんな顔されたって、気にもしていないはずなのです」


 佐々木君は、憑き物の落ちた爽やかな笑顔を浮かべると。

 同じ笑顔で頷いた椎名さんと共に、丸太へと駆け出しました。


 すると、身長くらいの丸太を何本も抱えた六本木君が戻って来て。


「藍川も椎名も丸太に挑んでるってのに。お前は見てるだけか?」

「何を言っているのです。俺があそこに混ざったら、穂咲ばかりを甘やかす嫌な奴になってしまいます」

「は? 何言ってるんだ、お前?」


 穂咲に無茶をさせずに。

 代わりに俺が力仕事を引き受ける。


 それは、俺から見れば正しい世界なのですが。

 他所から見ると、全体のことを見ない自分勝手な男と思われることでしょう。


 そう言えば、台本にもありましたね。

 陸戦部隊の人の気持ちは、航行部門や開発部門の人には分からないとか。


「……自分からの視界は、本当の世界をまるで映し出せないということですよ」

「意味の分からんこと言ってサボる気か?」


 六本木君が疑り深い目で俺を見つめる中。

 三人娘と穂咲が、ほうほうのていで帰ってきました。


「こ、これはしんどいの……」

「お疲れ様なのです」

「こっちの小さいのなら一人で簡単に持てるのに」


 そう言いながら、穂咲は六本木君が持って来た1.5メートルほどの短い丸太を肩に背負いますが。


 簡単って言ったくせに、ふらふらしてるじゃないですか。

 前ばっかり短くて後ろに長く持ったらそうなるに決まってます。


 そんな穂咲を見た三人娘は。

 くすくすと笑った後。


「あの……、お花の先輩」

「助かりました……」

「もう一本運びたいんですけど、手を貸してくれますか?」


 ……穂咲も、俺も笑顔になってしまう。

 嬉しい言葉をくれたのです。


「はいなの! 任せるの!」


 目頭を熱くさせた俺の目の前で。

 輝くほどの笑顔を浮かべた穂咲が。

 元気いっぱいに振り返ると。



 ……丸太を担いだまま、振り返ると。



 半回転した丸太が、見事に俺の頭へヒットしたのです。


「大丈夫か? 道久」


 もちろん。

 気を失った俺に、返事などできないのでした。


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