ルビーグラスのせい
~ 八月三十日(木) お昼休み
十七センチ ~
ルビーグラスの花言葉 自然の恵み
いつもなら、お昼休みになると。
『教授』なる姿に変身する
でも、二学期が始まってからというもの。
料理中にも、理解に苦しい台本のチェックをしているせいで。
変身するタイミングを忘れてしまっていたようなのですが。
今日は、放課後に台本の説明してもらえることになっているので。
絶好調と言わんばかりにはしゃぎつつ。
実験器具を思う存分コンロの上で振るっているのです。
「さあ、ロード君! お昼ご飯が完成したぞ!」
「教授。残念ながら、本日の実験は失敗と思われます」
「どこがだね!? 完璧じゃないかロード君!」
そうですね、一見完璧ですね。
三種のキノコの炊き込みご飯。
ハマグリのお吸い物。
ニラレバ炒め。
ポトフ。
モモのフルーツサラダ。
きんぴらごぼう。
デザートのつもりでしょうね、ミルクゼリーに。
……なんのつもりでしょうね、このハンバーガー。
「作り過ぎです」
「…………ほんとなの」
軽い色に染めたゆるふわロング髪をゆったりとした三つ編みにして。
そこにルビーグラスを三本程活けた教授が、いまさら困り顔を浮かべていますけど。
「まあ、いいの。題して、自然の恵み御膳なの」
「豪勢な名前がつくと、量が多いのも当然かという気持ちになるのはなぜなのでしょうね」
遠目に見れば、ピンクに色づく稲穂のようなルビーグラス。
お花の一つ一つは、繊細な絵画用の絵筆に見えるのですが。
芸術の秋には、まだちょっと早いですし。
食欲の秋は、文化祭が終わるまで販売延期なのです。
「太りますよ? ダイエットするんじゃなかったのですか?」
いただきますと両手を合わせてから箸を取り。
きんぴらをじゃくじゃくとかじりながら指摘すると。
急にニヤリとしたこいつが。
ニラを避けてレバーばかりを口に放り込みながら妙なことを言い出したのです。
「ふっふっふ。この度あたしは、付けるだけで痩せるものを発見したの」
「なにバカなこと言っているのです。もしそんなのがあったら、第三次世界大戦がはじまってしまうのです」
「でも、ほんとに付けるだけで痩せられるの」
「……それはなんです?」
「気」
……まあ、そうなのですが。
「気を付けておいて、この量とかなんという体たらく」
「そうなの。付けると痩せるのに、抜くと太るの」
くだらない。
でも、ほんとに気を抜いてこの量を食べたら。
お芝居どころではない体形になってしまいます。
どなたか手伝ってくれないかしら。
そう思って顔を上げてみれば。
二人のクラスメイトが、ちょうど俺たちの席へ近付いてきたのです。
佐々木君と椎名さん。
二人がこの難解な脚本と言うか、小説を書いた張本人。
「グッドグッド! お昼休みも脚本開いてるとか、熱心じゃない!」
「読み込みは進んでいるかい? 分からない所は何でも聞いて欲しい」
「いや、分からないとこだらけなのです。そもそも、冒頭のアクチュエーターからして意味はおろかイントネーションすら分かりません」
「なるほど。イントネーションは『もみじ饅頭』に似ている」
「もみじ饅頭?」
「バッド! 疑問形にしないで!」
「……もみじ饅頭。……アクチュエーター」
「そう、それだ」
なんだかなあ。
こんなペースで大丈夫なのでしょうか。
「ほんとにこんな劇できるのですか? ネットで調べてみても前例とかまったく無いですし」
「まあ、前例は無いだろうね」
「そもそも投票の時点で普通は落ちるからね!」
「そうだね。このクラスだから、僕たちの熱意が伝わったのだと思う」
嬉しそうに微笑んだ二人。
佐々木君と椎名さんは、夏休み返上で必死にこの台本を書き上げて。
そしてクラスのマンガやアニメ好きの人に届けて回ったのです。
このクラスの皆は、そういう熱意を応援したくなる性質なので。
投票の結果、見事これをお芝居で演じることに決まったのですが。
……でも、二人は。
そんな熱のこもった自分たちの台本に対して。
妙な事を言い始めました。
「グッドグッド! こういうの嫌がる奴、このクラスにいないし!」
「ほんとうだな。心から助かる」
「嫌がる? 何を言っているのです?」
「そうなの。なんで嫌がるの?」
「そう、それさ。キミたちのおかげでこのクラスに偏見が無いから、僕らも熱いパトスを解放できる」
「外じゃこんな話できないわよね~!」
ああ、なるほど。
偏見ですか。
そう言えば穂咲も。
おじさんがいなくなったことで暗い性格だったのと。
このお花のせいで。
昔は随分といじめられたものです。
でも、こいつはどれだけいじめられても。
いじめてきた相手にすら親切でありたい。
そんな『好き』を貫いて。
結果、恐らく県内で有数の人気者になったのです。
「外だと、好きなお話も出来ないの? なんでなの?」
「いやあ、聞いちゃうかなあそれ」
椎名さんが頭を掻いていますけど。
卑下するなんておかしいのです。
「好きならば堂々としていればよいのではないでしょうか。誰にも迷惑をかけなければ済む話ですし」
「迷惑……」
「ふむ……」
なにやら釈然としない様子のお二人ですが。
ご理解いただけなかったですか?
「好きなものの話をしていて嫌がられるなんて、納得いかないのです。例えば、興味が湧かないというのに熱心に語られて押し付けてきたり」
「う」
「みんなのいるところで大声ではしゃいでみたり」
「う」
「そういうことさえしなければ……? どうしました?」
よろよろと後ずさるお二人ですが。
……まさか?
「…………嫌がられてるの、ロボットのせいではないじゃないですか」
「き、気をつけようね」
「耳と胸が痛い話だったのだよ」
苦笑いを浮かべるお二人さん。
偏見のせいにしてはいけませんよ。
嫌がられてるのはお二人自身のせいなのです。
「あ、ありがとうね。あたしはいい友達を持ったよ」
「同感。……では、また放課後に」
「ああ、ちょっと待ってほしいのです。友と思ってくださるなら、せめてこのハンバーガーだけでも食べていただけませんか? 穂咲が作り過ぎてしまったのです」
食事を終えて脚本を読んでいた宇佐美さんが。
あたしのを使いなと椅子を貸してくれたので。
三つの椅子に横並び。
ちょっと狭いけど四人で並んでいただきます。
「そう言えばさ、藍川ちゃん、いじめられてたの?」
「小学生の頃の話ですけれど。中学にあがるころには人気者でしたよね」
「いじめられてたの? あたし」
きょとんとしながらお吸い物をすすっていますけど。
これだから君を尊敬出来て。
そして君の記憶の悪さに頭を抱えるのです。
いつもビービー泣いて。
膝を抱えて隅っこの方で目立たないようにしていたでは無いですか。
「酷いことを言われたりしていたのか?」
「うーん、優しくないことはよくされたの。でも、きっといじめられてたわけじゃないの。あたしはみんなの事好きだったの」
そんな返事を聞いたお二人が、幸せそうに微笑んだので。
穂咲は照れくさくなったのでしょうか。
お吸い物のお椀で顔を隠していますけど。
……話題を変えてあげましょうか。
「せっかくですし、台本について教えてほしいのですが。さっき言ってた、アクチュエーターってなんです?」
俺は、助け船のつもりで何となく口にしたのですが。
あっという間に後悔です。
このお二人さん、待ってましたとばかりに豹変してしまいました。
専門用語ばかりで夢中に語りながら。
気付けばおすすめロボアニメの押し売りが始まったのです。
熱心に語って押し付けてきたり。
みんなのいるところで大声ではしゃいでみたり。
……さっき、耳と胸が痛いと言ってませんでしたっけ?
「ちょ……、落ち着いて欲しいのです」
「落ち着いてなどいられるか! DVDを持って来るからすぐに見てくれ!」
「グッドグッド! 絶対最後には感動の嵐だからさ! ドカーンって感じで!」
「ごふっ!」
夢中になり過ぎです、椎名さん。
俺の顎をどかーんとしないでください。
いつものように大の字なのです。
「……失ったら、寝ちゃうもの、なーんだ?」
穂咲が出題してきたなぞなぞの答えを考える間もなく。
俺は気を失って、深い眠りに落ちたのでした。
「……これか。反省しよう」
「そうね。これね」
そう。
ほんとに気を付けて欲しいのです。
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