アスターのせい

 ~ 八月二十九日(水) 始業前

           二十二センチ ~


   アスターの花言葉 結果論



 航跡波ウェーキをほとんど発生させないステルス空母『リトル=スター』。

 索敵、弾着観測を主な任務としてきたステルス偵察艦船をベースに、VTOLやアームド=ローダーを搭載させて強襲能力を付与させた試作艦。


 ただ、陸戦の主力となる二足歩行兵装、アームド=ローダーを揚陸させるためには空挺展開以外の方法が無いため、その価値が疑問視され続けている問題児だ。


「ようファルコン! またくたばり損なったな! おかげで大損だぜ!」

「あのなあ、整備長がそっちに賭けるんじゃねえよ」


 赤ら顔のトムソンは欠けた歯を剥き出しにして苦笑いしているが、俺は文句を言いながらも、これでも感謝している。

 あの腐れ新型AIをエクスターナルにして、俺が長年連れ添った相棒をそのままにしておいてくれたのはおっさんのおかげだ。

 もしもオーバーライトなんかされた日にゃ、あのままリアクターの出力を勝手に落とされて今頃おっさんの財布を潤していたに違いない。

 まったく、情報部と言い開発部と言い、俺の命を何だと思ってやがる。


 トムソンの差し出してきたタバコをくゆらせながら、ハンガーの片隅で独りごちていると、背後から少人数ながらも盛大な歓声が上がった。

 ちっ。俺がアームド=ローダーの首の裏から顔を出した時には見向きもしなかったってのに。

 そんな乳臭え女のどこがいいんだ。


 タラップを降りて、こっちに走ってきやがる姿もガキ丸出し。

 冗談じゃねえ、寄るな。

 この度は危ないところを助けていただいてありがとうございました、とでも言えってのかよ。


「ファルコン! 怪我はない? 派手にぶっ倒れてたけど」

「ちっ! …………新入りは黙ってろ」

「なによ! 心配してあげてんじゃない!」


 これだ。

 くだらねえことですぐ吠えやがる。


 だからガキのお守りなんざゴメンだって言ったんだがな。

 艦のお偉方が決めたことに逆らう気はねえが、なんで俺がパートナーなんだ?


 パイロットスーツに身を包むマリー。

 マリー=ザ=ファイアーハート。


 偽名で渡り歩くこの女のスタイルを見つめているうちに、腹の中から諦めが息になって出てきやがった。


「そのため息は何? 命の恩人にそんなことしていいわけ!?」

「……その命の恩人とやらに、礼をしてやりたいんだが……」

「なに? 別に御礼なんかいらないけど、何を出し渋ってるのよ」

「ガキみてえで抱き心地が悪そうだ。……礼は、あと五年後ってとこだな」

「さっ、最っ低! そんな御礼、こっちから願い下げよ!!!」



 ~🌹~🌹~🌹~



「…………改めて読んでみれば、お色気シーンまであるのです」

「そんなの無いの」


 登校するなり、穂咲と台本の読み合わせなどしてみたのですが。

 どこをとっても。

 俺たちが演じるには無理があるのです。


「だってこれ、パイロットスーツって……」


 SFのパイロットスーツと言えば。

 ぴちぴちの服と言うのが定番だと思うのですが。


 俺はともかく、こいつに着せるのですか?

 ……そもそも、君は平気なの?


 この、SFから最も対極に位置しつつ、自らSFみたいなことばかりしでかすのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をした頭に。

 今日はアスターをまんべんなく植えているのですが。


 赤白ピンク紫。

 中央は黄色。

 子供は見ていて飽きないキクの仲間であるアスターを。

 頭にかぶったその日には。


 ……本日は、バカにしか見えないというコメントを控えさせていただきます。


「スーツ、きっとかっこいいの。でも、あたしみたいに可愛い女の子ならCAの制服だと思うの」


 ああ、なるほど。

 君には分からなかったのですね、このシーンの意味が。

 ジェット機とかの、パイロットが着るかっちりとしたスーツだと思っていらっしゃる。


「まあ、今のうちにダイエットしておくことをお薦めするのです」

「そうなの? 丁度いいの。今学期の目標はダイエットなの」


 そう言いながら棒菓子をかじられましても。

 ……でも、目標か。


「いいですね、目標。俺も立てた方がいいのかな?」

「ぜひそうするの」

「じゃあ……、二学期は立たされない!」

「無理なの」


 ……即答ですか。


 でもね?


「無理じゃないのです。現に昨日と一昨日、奇跡が起きているのです」


 俺のどや顔を見つめながら。

 穂咲は一昨日までのことをゆーっくり思い出して。


 そして、この世の終わりのような悲鳴をあげたのです。


「たっ、立たされてないの!」

「……そんなに驚かないでください」

「見直したの! 凄いの! やっぱり道久君は、やればできる子なの!」

「そこまで褒められると……、いや、逆にめちゃくちゃ腹が立ちますね」


 この人。

 涙を流して感無量を表現しているのですが。

 どうしてくれましょう。


「……ちょっといいか、お二人さん」


 そんな俺たちに声をかけてきたのは。

 県大会で上位に入るほどの達人、空手部の森口君なのです。


 背も俺と変わらないのに。

 体格だって、筋骨隆々という程ではないのに。


 ひとつことに打ち込んできて。

 立派な成績を収める彼を、実は少し尊敬していたりするのですが。


「椎名に頼まれてな。アクションの指導、放課後にやりたいんだが」

「ああ、そう言えばそんな話になっていましたね」

「放課後と言わず、けちけちせずに今教えるの」


 なんて失礼なこというのさ。

 俺がこの無礼千万ちゃんに文句を言おうとしたら。

 森口君は少しも気を悪くしないで。

 気軽にパンチの打ち方など教えているのです。


「あと……、休み時間にでもこの本を読んでおけよ。空手の本だからアクションとはまるで違うかもしれねえけどさ」


 穂咲がへろへろと素振りをする中。

 森口君が俺に手渡してきたものは、随分と使い古された空手の本。

 それを数ページ、パラパラとめくってみたら。

 人体の急所など書かれているのですけど。


 ……ほんとに役に立つの?


「あご、こめかみ、眉間……、意外と沢山あるのですね、急所」

「まあ、そうだな」

「えっと、強打すると……、気絶することも? 命にかかわることも!?」


 随分物騒なことが書かれていますけど。

 こんなの穂咲に教えちゃいけません。


「穂咲、その攻撃教わったらダメで…………、いや、平気か」


 落ち着きのある森口君ですら苦笑い。

 穂咲のパンチは有識者に教わったところでへろへろなのです。


 でも、ご本人は満足していらっしゃるご様子。

 鼻息荒く、何度もへろへろと拳を突き出します。


 ほんとにこんなことで本番は大丈夫なのでしょうか。

 ため息交じりに、俺が森口君からお借りした本を机にしまっていると。


 このお調子者が偉そうなことを言い出しました。


「これでへなちょこ道久君も一発KOなの」

「誰がへなちょこですか!」


 へなちょこにへなちょこと呼ばれるほどは落ちぶれていません。

 俺は勢い込んで振り向いたのですが。


「あ、なの」

「ごひん!」


 ちょうど、腕を突き出していた穂咲の握りこぶしにおでこをぶつけたのですが。


 ……ここも、急所ね。



 そのまま、へなちょこな俺は。

 連日通り、岸谷君の机に大の字になりました。


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