グロッバのせい


~八月二十八日(火) お昼休み 十八センチ~


   グロッバの花言葉 絶えぬ命



 お隣に住む幼馴染は。

 幼稚園からずーっと、席までお隣で。


 そんな、隣にいるのが当たり前になっているこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をつむじの辺りにお団子にして。

 今日はグロッバをひと房挿しているのですが。


 茎の先に咲いて重たそうに垂れる。

 珍しいフォルムのお花は。


 ちょっと気持ち悪がる方もいらっしゃるのですが。

 穂咲の後ろの席に座る神尾さんも。

 午前中いっぱい、怯えた様子だったのです。


 ごめんなさい。



 さて、自分からは見えないせいで。

 不幸を振りまいていることを欠片も知らない穂咲は。

 毎日お昼休みになると、教室内で料理を始めるのですが。


 今日は、台本チェックと言うことで。

 主役とヒロインの次点であるお二人にも。

 お昼を振舞うことになっているのです。


隼人はやと。私、台本の意味が半分も分からないんだけど」


 台本のコピー用紙の束を畳んで膝へ置いたのは。

 才色兼備のわたりさん。


「そうか。じゃあ、香澄かすみが理解できたとこと俺が理解できたところを合体させればぴったり一人前になるな」


 そして、男子のくせにこの台本の半分しか理解できていないのは。

 スポーツ万能イケメンの六本木ろっぽんぎ君。


「合体したって意味無いのです。絶対同じ部分しか理解できていないのです」


 俺のツッコミに。

 二人で同時にそりゃそうだと笑っていますけど。

 次点ということもあってか、随分気楽なものです。


 それにひきかえ俺たちは。

 こんなにも不安げに……?


「驚いた。めちゃくちゃ気楽そうですね」

「必死に覚えてるの。全然気楽じゃないの」


 いえ、お湯を沸かしながら、台本を菜箸でぺらりとめくられましても。

 お気楽クッキング中にしか見えません。


 そんなお気楽シェフが。

 金ぴかの器に、お玉でお湯を移し始めたのですが。


「そのアラジンの魔法のランプみたいなの。どう使う気です?」


 昨日の帰り道。

 雑貨屋で見かけて即買いしてましたけど。


「こすって、煙を出して使うの」

「…………もう、出てます」


 湯気ですけどね。


「違うの。こうやってカップ麺にお湯を注ぐと、きっと願い事が叶うの」

「もう何が言いたいのか分かりませんが。こすってランプの精を出さないといけないのでは?」


 早く出してあげてください。

 今頃、熱湯風呂の中で悲鳴を上げてますから。


「そんなの分かってるの。願い事を念じながらランプをこすればあっつ!」

「…………君のバカは予想を裏切りませんね」

「やけどしたの」


 しょんぼりとカップ麺の蓋をしながら。

 左手にふーふーと息を吹きかけていますけど。


「……頼めば? ランプの精に」

「そうするの。ランプさん、もうちっと触れる温度に下がってほしいの」

「そっちじゃなくて。火傷をなんとかしてもらいなさいな」


 それに、君の願いは放課後には勝手に叶っていますから。



 いつものように、とんちんかんなやり取りをしていた俺たちの正面で。

 ゲストのお二人は、随分と神妙な顔。


「どうしました? このランプが気になりますか?」

「いや、気になってんのはカップラーメンの方だ」

「舞台に上がる前に食べるのは気が引けるわよね……」


 ああ、なるほど。

 カップラーメンは太ると言いますしね。


 でもお二人ともスタイル良いですし。

 一食くらい平気でしょ?


 そう思っていた俺の目の前に鍋敷きを置きながら。

 穂咲が、片手ナベを差し出してきました。


「平気なの。二人の分は、カップ麺じゃないの」

「なんだ。カップラーメンじゃなければなんでもいいぞ」

「そうね、カップラーメンじゃなければ……」



 うん。

 インスタントラーメンですね。



 あっという間に頭を抱える二人を見て。

 ちょっと面白かったので、思わず吹き出してしまいました。

 でも。


「ナベのまんま出してどうする気だよ」

「前にワンコバーガーで見たの。恋人同士がストロー二本挿してジュースを飲んで、ドキドキだったの」

「それがどうしたので……、ああ、なるほど」


 穂咲はおもむろに。

 ナベの両側に箸を一膳ずつ置いて。


「ふぁいっ!」


 ゴングの代わりに、お玉で金色ランプを叩いているのですが。

 片手ナベから二人で麺をすする姿を見たって。

 ドキドキどころか、悲壮感しか感じられないでしょう。

 それに、この二人が人前で恥ずかしい真似なんかするはずありませんし。


 どう対処するのやらと楽しみに見ていたら。

 二人は同時に頷くと。

 俺たちの前に置いてあったカップ麺を取り上げて、勢いよく食べ始めたのです。


「なるほどそうきましたか。さすがは知性派コンビなのです」

「ひどいの」

「ひでえのはお前だ藍川。そんなまねできるか」

「でも、見たいの」

「あら偶然ね。私も見たいから、頑張ってね?」


 そう言いながら、片手ナベをずいっと俺たちに寄せる渡さん。

 ニヤニヤされていらっしゃいますけど。

 俺たちだってそんなまねしませんよ。


「穂咲が一人で食べなさい。俺はいらないから」

「一人でこんなに食べたら大変なの」

「じゃあ、俺が食べる」

「あたしの分が無くなるの」


 …………禅問答なの?

 いえ、単なる我がままですね。


「じゃあ順番に食べましょうか。穂咲が先に食べなさいよ」

「その後で道久君が食べるの? なんか恥ずかしいの」

「じゃあ俺が先に食べる」

「そっちはもっと恥ずかしいの」


 ええい。

 どうしたいのですか君は。


 ぐずぐずと文句を言う穂咲に呆れながら。

 同じやり取りを延々と繰り返しているうちに。

 六本木君と渡さんがニヤニヤしながらラーメンを完食していますけど。

 なんだかとっても癪なのです。



 ……あ、ひらめいた。



 俺はひょいと、二人から器を取り上げました。


「あ」

「しまった、その手があったわね」

「よし。丼を確保したので、ここに取り分けてください」


 俺が差し出した空のカップに。

 穂咲はほっとしながら、ラーメンを移します。


 ちょっと伸びてしまいましたが。

 これなら安心して食べることが出来るのです。


「でもさ、藍川。……道久と同じナベだと照れるんだな」

「ひにゃっ!? そ、そんなこと言ってないの」

「言ってたじゃない。意識してる証拠よね?」

「ひにゃっ!? し、してない証拠なの」


 穂咲が真っ赤になってアワアワし始めましたけど。

 さっきの仕返しにからかわれているだけですって。

 まるで小学生のような攻撃にうろたえるとか。

 子供みたいなやつなのです。


 俺はそんな穂咲を放っておいて。

 カップに入ったインスタントラーメンへ手を伸ばします。


「じゃあ、先に食べますね」

「そっちは香澄ちゃんが食べた方なの!」


 おお、危ない危ない。

 危うく六本木君に息の根を止められるところでした。


「助かりました。穂咲の後じゃなきゃ、何でもいいやって思ったので」


 カップをもう一つのものと取り換えて。

 ずるりとすする俺が。


 はたと気付けば。

 正面の二人は、やれやれポーズのアメリカ人。


「どうしました? 俺、何か変なことしました?」


 そんな質問に、二人で揃って指を差す先で。

 穂咲がぷるぷると震えているのですが。


「……なに怒ってるの?」


 こいつを怒らせるようなこと言ったかな。

 最後に俺が言ったことってなんでしたっけ?


 穂咲の後じゃ照れくさいから、他のカップならなんでもいいや。


 ……いや、違う言い方しましたね。


 穂咲の後じゃなきゃ、何でもいいや。


 …………あ。


「違います! 別に嫌がっていたのではなくですね! あれなのです!」

「…………み」

「み?」

「道久君のあんぽんたん!」

「ごひん!」


 君の方があんぽんたんです。

 片手ナベで頭を叩く人がありますか。


 俺は昨日にひき続き。

 岸谷君の机に、仰向けにダウンしました。



 ……でも、薄れゆく意識の中。

 六本木君がランプをカンカン叩いてKOと叫んでいたことだけは聞こえたので。


 目を覚ましたその暁には。

 絶対復讐してやるのです。


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