「秋山が寝た理由」欄のある学級日誌 ~秋立14冊目👊~

如月 仁成

ホウセンカのせい


 ~ 八月二十七日(月) 放課後 十五センチ ~


   ホウセンカの花言葉 私に触れないで




「情報部の疫病神共め! なにが歩兵携行武器程度の脅威しか存在しない、だ!」


 乾燥した密閉空間に鉄とオゾンの匂い。

 両腕、両足を密閉型マニピュレータという名の拘束着で包まれた俺の正面に据えられたメインパネル。

 新月の丘陵地帯では当然だが、そこには赤外線によるホラーゲームのような緑の濃淡が映し出され、それが激しく上下していた。

 ハードなロックライブならともかく、戦場しごとばでモッシュなんて御免被りたいね。


 だが、バラードを期待している場合じゃねえ。

 下手に速度を落とせば、そのまま俺様のレクイエムになっちまう。


 つい五十時間ほど前、地球の反対側で経験したばかりの恐怖が――超高速射出可能な新型炸薬弾、コードネーム『ホウセンカ』が――メインパネルの右端で炸裂すると、危機回避もまともにできない愚図がマニピュレータを勝手に、わざわざ抉れた地面へ向けて倒す。

 すると全高九メートルにも及ぶヒト型の悪魔が、想定以上の深さに落ちた右足の膝関節から緩衝ジェルをまき散らしながら速度を勝手に落とした。


『Warning。右脚部アクチュエータ二異常ヲ確認。リアクタ稼働ヲミリタリカラMAXヘ制限シマス』

「ちっ! なにがアブソリュート・ドライビング・システムだ! ケツに張り付いた敵の数が見えてねえのか!?」


 俺は苛立ちと共に右の手首を反すと、スティックの代わりに指先に触れたコンソールを叩いて、エクステンドとして無理やりあてがわれた最新式のAIをハードごとパージした。

 すると左腕のハード・ポイントから射出された高密度シリコンスロットが、自ら生み出した白煙に巻かれて大地に突き刺さり、そして自爆する。


 それと同時にメインパネルの右半分を赤く染めながら右に二十度ほどコクピットが傾いたが、俺は頭脳では無く反射でそれを立て直すと、AIが勝手に出しやがった後方の映像ウィンドウもスワイプアウトさせた。

 どうせマズルフラッシュが見えたところで、次の瞬間には『ホウセンカ』が爆裂してやがるんだ。

 だったら走りに集中していた方がいい。

 ドン亀みてえな図体から馬鹿長い砲身を立たせた四足野郎は、俺たちよりうめえもん食ってるせいでノロマだからな。

 なあ、そうだろ、相棒。


 俺が心の中で語り掛けると、何百時間も共に語らってきた、骨董品のAIが明滅する文字だけで俺に声をかけてきた。



 『READY』



 ……ばかやろう。

 とっくにスタートしてるんだよ。


 挨拶なんていらねえから。

 てめえは俺のスティック操作にコンマ一秒遅れで二つの足をきりきり動かしてりゃいいんだ。


 正面を見据えると、星明りのせいで薄い緑色に染まった空の下端に、ようやく三角の切れ込みが見えた。

 あの岬、緊急ランデブーポイントの下に母艦がいてくれる保証はどこにもねえ。

 だがあそこ以外に逃げ場なんかねえ。

 末端とは言え、ここは敵さんの支配地域なんだからな。


 地道に教育してやったおかげで、リアクターがいかれそうだの右膝が折れそうだの、どうでもいい情報が薄いグレーの文字であっという間に消えていく中、とうとう俺がバックレストから叩き出されるほどの衝撃が機体を襲った。


 至近、背後に爆発。

 衝撃波が機体に直接的な被害をもたらすことは無い。


 だが、リフレクション・アンプリフィケート・システム最大の弱点が露呈する。

 つまり、俺の動作を、挙動要求だと勘違いした機体が忠実にその動きをトレースしやがった。

 プログラムされた走行姿勢から一転、機体は大の字の格好になると、仰向けに大地を抉り取りながら停止した。


 慌てて立ち上がろうとしたが、左腕と右足が言う事を聞かねえ。

 とうとうジョイントがいかれちまったようで、安全確保のためのロックがかかったんだ。



 万事休す。

 そして、レーダー基地となっているこの島ごと沈めてしまわんばかりの振動が背中越しに俺を襲った。


 ……だが。

 後はでかい花火に包まれて眠るだけ、そう思っていた俺に、相棒が真っ赤な文字で叫んできた言葉は。



『Consort Warrior』



 …………僚機、だと?



 至近の大爆発のせいで真っ白に塗り固められたと勘違いしていたメインパネルを可視モードに切り替えると。

 そこには見覚えのある赤い機体が――ブラッディ―=マリーの異名を持つ跳ねっかえりが――両腕を戦艦砲のような武器と換装させて、巨大な八発噴射の翼を背負い、星空に浮かんでいたのだ。


「セラフィム・ブースター! か、完成していたのか!」


 俺の叫びを掻き消す爆音と共に、まるで自爆でもしたかのような巨大なマズルフラッシュが六発同時に放たれると。

 ドン亀どもがいた地表ごと、跡形もなく消滅させてしまった。


「待たせたわね! さあ、良い子は母艦おうちへ帰る時間よ?」


 そう言いながら降下してきやがるお前が差し伸べる腕を見つめながら、俺は思わず呟いちまったのさ。


「……新入り、その大砲をまっすぐこっちに向けるんじゃねえよ。また、ブラッディ―=マリーの名に箔をつける気か?」




 ~🌹~🌹~🌹~




「…………なにこれ?」


 せみ時雨に包まれた教室は

 太陽が真上に来ているせいで、思いのほか薄暗くて。


 コピー用紙の束を机に放りながら、お隣りの女子と目を合わせてみれば。

 こちらもちんぷんかんぷんとばかりに、首を左右に振るのです。


 この、SFに関しては俺以上に門外乙女な子は藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたロング髪を頭のてっぺんでお団子にして。

 そこに、この台本を読んだせいで一気に恐ろしく感じてしまうようになったホウセンカを揺らしているのです。


「グッドグッド! やっぱリアルロボ系は熱いんだなー! わかる!? わかっちゃうよねやっぱ!」

「いえ、分からないと言ったつもりなのですけど」


 ぶかぶかなメガネが可愛い椎名さんが熱く語る背中越し。

 黒板に書かれた投票数。


 圧勝と言いますか、完敗と言いますか。

 俺と穂咲の名前の下にずらりと並ぶ正の字。

 始業式の後、昨年同様、文化祭の主役とヒロインを決めたのですが。

 またしても俺たちに押し付けられることになったのです。


 ……まあ、百歩譲ってそれは良しとしましょう。

 でもね?


「これ、劇ですよね?」

「そうそう! 校庭を使ってね? どかーんとでっかい花火打ち上げようぜっ!」

「花火じゃなくて爆弾が爆発してますけど、ほんとにこれをお芝居でやるの??? どうやって!?」

「もちろん! 台本はあくまで仮のものだけど、雰囲気とかテクニカル・タームとかは把握しておいてね?」

「じゃなくて! ロボはどうするの!? 爆発は!? あと、テクニなんとかって何!?」


 まさか、本当にロボットを組み立てる気じゃないでしょうし。

 どうする気なのでしょうか。


 あと、椎名さんって賑やかな子ではありましたけど。

 まさかこのようなご趣味があるとは今の今まで存じ上げておりませんでした。


「いい質問よ秋山! グッドグッド! ロボが活躍するのは最初と最後だけだから安心して!」

「いえ、それでどう安心しろと言うのか意味が分かりません」

「お芝居のメインはバトルアクションだから! これなら安心でしょ?」

「なおさら不安要素が増えました」


 なんだか、キラキラな目で熱く語る椎名さんなのですが。

 俺の言いたいことが欠片も伝わらないのです。


「……こいつと俺に、バトルアクションなんてできるとでも?」


 俺が指を差した先で。

 穂咲もブンブン頷いています。


「そう? 藍川ちゃんなら見込みあると思うけど」

「はあ……。実例をお見せしましょうか。穂咲、俺に思いっきりパンチしてみて下さい」

「え? そんなことできないの。理由が無いのにパンチなんてできるはず無いの」


 しおらしく言う穂咲ですが、そうではなく。


「君の運動神経、この世のどこにも無いですし、気にしないでどうぞ」

「そんなことないの。ちっとはあるの」

「ないですよ、小腹が空いたからって自分で食べちゃったじゃないですか。さあ、ヘロヘロパンチを椎名さんにお見せするのです」


 俺の軽口に、ぷるぷると真っ赤な顔をした穂咲ですが。

 ホウセンカでもあるまいし、爆発したところでなんともありません。


「み……」

「み?」

「道久君のおたんこなすー!」


 そう叫びながら繰り出したパンチは。

 お世辞にも速いとは言えず。


 俺がのんびりと背中を逸らすだけでこうして避けることが出来……?


「ごほっ!?」

「あ。ちっとだけかすったの」


 ……下手に避けようとしたのが災いして。

 穂咲のヘロヘロパンチが俺のあご先をちょいとかすめたのですが。


 これ、プロボクサーでも抗えないほどの脳震盪を起こす最強のパンチなのです。


 俺はそのまま後ろの席へ仰向けに倒れて。

 不安ばかりが残る文化祭を思いながら。



 椎名さんによるテンカウントを最後まで聞くことなく目を閉じたのでした。

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