vs 錬金術師アルス=マグナ(後編)
客観的に見れれば、今の俺は最高のサービスシーンになってるはずだ。
苦悶の声とか、滴る液とか、ズダボロな姿とか、変身してる自分で言うのもあれだが、絶対エッロことになってる。
なのに、生存本能が性欲を駆逐する。
エロよりも大事なことがあるのかと思い描いても、何も浮かばないが、本能は違うらしい。
それは発端となっている変態、アルスも同じくらしく、醜さも美しさも忘れて純粋に怯えた、あるいはドン引きした表情で一歩引いている。
ふらつく俺と、一歩引く変態、どちらも動けず、ただ俺の滴る流血だけが流動していた。
……思えば毎回そうだった。
この変身は獣でも女、その間興味がなくともこの世にはその姿を半永久的に残せるガジェットが溢れている。
ならばそれらを用いて恥ずかしい絵柄を残そう残そう、思いながらも、毎回毎回できてない。
邪魔がいたり、忘れてたり、体が燃えてたり、それでもせめて肉眼に焼きつけようと脱いで見下ろしたところで悲しいがな、この長い鼻が邪魔で谷間すら見れないとくる。
エロを忘れての走馬燈、良くない兆候、お楽しみはこれからだ。
一息、頭を切り替え、駆け出す。
向かうは当然、変態、アルス=マグナ、その懐へ。
因果をネジくるラッキースケベ、回避できないならばさせる前に叩くが定石、それに何より、だ。
「キャットファイトは大好物、何だろ?」
驚愕、そして屈辱、変態に台詞を奪われた。
その一瞬の虚を突いてアルスが動く。
「玉金金玉、あらほらさっさ!」
呪文、ドロロンと煙、再び現れたのは、うっすらとハゲで歯並びの悪い、中年男だった。
「あ! 尻! 尻が!」
ピョンピョンと飛び跳ねながら、変わってないセーラー服のスカートに手を突っ込んでゴソゴソやる姿は拷問だった。
排除、手早く、緩みかけた駆け足を意識して加速する。
対してアルス、パンツをスカートから見える低さまでずり下ろし、内またになりながらもこちらへ両手を伸ばし、左右の五指、合わせて十指で俺を指し示した。
「さぁ、グッショリに濡れ濡れになれ」
ずり向けた笑みと共に指先より発射されたのは水流だった。
勢い、速度は弱め。だが相手は錬金術師、水に見えて水とは限らない。
回避、曲がるためわずかに加速を緩めた。
!
閃光、衝撃、爆音、前へと影が飛び伸び、身が浮かぶ。地に足がつかぬまま、わけもわからぬうちに激突したのは地面で、擦れて転がり大開脚する。
「が、あ?」
ショックと擦り傷、遅れて大股開きな自分への羞恥心、肝心な部分が尻尾で隠れてる辺りがラッキースケベの影響下だと示していた。
何か、後ろから当たった?
認識、判断、そこへアルスの流水、なす術なくかけられる。
冷たく傷に染みる水、だがそれは結局ただの水だった。
ベッチャリと濡れた服、毛並み、気持ち悪いのを我慢しながら股を閉じ、身を起こしながらちらりと背後を見る。
そこには黒色のキノコ雲が立ち上っていた。
どこぞで誰ぞと誰ぞが戦っている。
その余波、流れ攻撃、最悪なタイミングで、おっぴろげを濡らすサービスのために起こしたとなれば、デタラメでしかない。
「うーーん素敵食い込み、ミニスカなら完璧だったんだけど」
アルスの声、最早怯えは含まれてない。むしろ自慢というか、上から見下すニュアンスが含まれてる。
「あ。念のため、これは元の姿じゃないよ。スンゴイハンサム、とまでは言わないけど、そこそこ良い感じではある。ただこれは、美女と野獣プレイの時の、ネクラストーカーバージョンでの姿なんだ。わかる?」
「女戦士は無残に散る?」
「あぁあぁその通りだとも。それこそが望まれるエロってものさ。もちろん、くっ殺せ、って鳴いてくれたら命だけはとらないだ喘げるよ」
アルスの顔が、今の姿に似合った笑顔で煮溶ける。
「ケモナー、濡れ服、跪きながらも屈しない反抗的眼差し、予感される加虐、攻撃、流血、すなわちリョナ! いやー、変態を自負しておきながら食わず嫌いしてたよ。お陰で新しい扉を開けたよ。いや全く、エロの世界は広大だねー」
口早にまくしながら余裕をもってアルスはまたこちらへ、今度は右手の五指を指し向ける。
「でもやっぱり出血は汚れるから嫌いだ。だから土で打撲、あざだらけ、DVっぽくてこれはこれで、うぅんそそりそうだ」
……空いてる左手でスカートを直す理由は想像もしたくない。
身の危険、回避、助けになるのはいつだってカードだった。
無言でドロー、結果は、いいや使って次だ、次々。
雑に発動、同時にカードを地面へ叩きつけた。
▼
デカくて臭くてビラビラで赤黒いもの、なーんだ?
XXXX
間違ってるし、お前の心が汚れ切ってることはよくわかった。
▲
……考えなしに発動してたが、これはこれでコンボだった。
イエローカード『ハイエナ』単純に女体化ケモナーカードに見えるが、それ以外にも身体能力は強化されるし免疫耐性も高まる。何よりイヌ科なので嗅覚が強くなる。
単純に広く、遠く、細かく嗅ぎ分けられるのは当然だが、ハイエナは腐肉を漁るため、悪臭を吹きかけられても鼻が曲がらない。そういう意味で強かった。
そこに今使ったのはぴったしだった。
「ぐっせーーーー!」
アルスが吐き出したのは絶叫だけでない。涎、鼻水、涙に汗にと噴き出せるもの全部を噴き出している。
それだけここの匂いは強烈だった。
例えるなら腐肉か生ごみか、とにかく臭いとしか言いようのない空気に支配される。
レッドカード『ラフレシア』直径8mの巨大な花弁は真下の地面に向けて発動するとすっぽりを周囲を囲うように召喚される。
厚く、赤黒く、発泡スチロールのような触感の花弁が壁となり、その内側の白黄色な内部からの脱出を困難にしている。そしてこの黄色こそがスポンジのようにジューシーで、触れる度に弱酸性で、強烈な悪臭を放つ透明な液体を染み出させる。
こいつは世にも珍しい食アンデット植物だった。
溢れる腐肉の匂いでゾンビなどを誘い込み、花弁を上って落して閉じ込めて、この透明な液でじゅんぐりと溶かして養分とする。
なので長居は危険なのだが、溶解液が薄すぎて浴びてもせいぜいかぶれる程度、これで消化される前に召喚の期限が来てしまう。
使い道としては対アンデットか、あるいは臭いを我慢してのシェルターか、微妙なカードなのは間違いなかった。
「きざまぁ。ムードを台無しにしやがっで」
涙声、左腕で顔を覆いながら右手を振るう。
放たれたのは火球だった。
数は四つ、サイズは図る前に到達しそうだ。
燃やされるのは笑えない。
回避、と思う足がビビッて竦んだ。
ラッキースケベ、何かしたら悪化する。
ダカラなんだと思い立つころには回避不能の距離、本能に任せて両手でガードする。
衝撃、熱み、だがダメージは温い。
元よりさほど威力がなかったものが、あるいは濡れてた体毛が功を奏したのか、ただい痛い熱いで済んだ。
だが、それ以上に気がかりなのが、ラッキースケベの不発だった。
因果を超えるスケベパワー、それが何も起きない起きていない。
安心などなく、不安だけが積み重なる。
だがアルスはそれどころじゃないらしい。
「おえっぷ」
口より嗚咽し吐き出される透明な粘液、エロではないが汚くはある。
その食欲を削る光景に、閃いてしまった。
最悪な攻略方法、やれば勝てる、が使いたくない手だった。
現実逃避、新たなる回答、だが脳裏にへばりついて剥がれない一縷の望み、迷ったときこそカードだった。
カードドロー、結果は、最悪を促進した。
「やる、しかないか」
呟き、カードを構える。
心境は、まさに、くっ殺せ、なのだった。
▼
「まぁ、なんて可愛らしいおチビちゃんですこと」
~マダム・フクロウが正気だったころの最後の言葉。
▲
巷ではガスとして表現されるが、実際は無色透明な液体を吹きかけている。
グリーンカード『スカンク』その効果は、毛皮の色はぼんやりと思い出せるが顔とか何食べてるかとか全然わからないあのスカンクの、代名詞でありながら普通は嗅いだことがないがものすんごく臭いオナラを発生させるカードだ。
基本は催涙ガスグレネードとして敵陣に投げ込んだり、群衆に投げ込んだり、独房に投げ込んだりするもので、大体の異世界で使えば、こいつが匂う間、嗅覚を持つ生物間での戦いが、一切無くなる。
非殺傷、されど非人道的、後々まで嗅覚と精神に後遺症を残すほどに、こいつは臭かった。
……ハイエナであっても臭みを感じる臭さは、変態であっても耐えられるものではなかった。
「ぴぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
アルスが面白い悲鳴をあげながら転がり回る。
全身がラフレシア塗れとか、スカートの中身丸見えとか、パンツ脱げて読解ってるとか、全部無視して鼻を押さえてアグレッシブに悶え苦しんでいた。
それだけの悪臭が自分から発せられると考えると、体の芯が恥辱で熱くなる。
ウエット&メッシー、濡れて汚れてる相手へのフェチズムが、俺にはあった。
正確には、学校なんかで美人だが群れない女子生徒が虐められ、汚い臭いとののしられて、綺麗にしてあげるとか言われて濡れたぞうきんを頭に載せられるシチュエーションとかが大好きなのだ。
それを、自分で実演している。
自身の性癖の暴露、そしてそれに乗っ取った行動をとることでラッキースケベの発動の方向性をコントロールする。
……アルスにそこまで分析する余裕はないだろうが、ここにはボットがいる。
それに今すぐでなくとも、集積されたデータを解析すれば、このフェチにたどり着けるだろう。
そうでなくても、恥ずかしいものは恥ずかしかった。
もういい、さっさと終わらせよう。
残るカードを拳に収め、残る間合いを駆けこむ。
対して流石のアルスを立ち上がり、こちらに構える。
「ぎゃぱあああああむん!」
鼻呼吸を止め、口呼吸で大きく吸い込み、止める。
そして変態な指をこちらに向けるころには、ハイエナの爪が届く間合いだった。
「うぃしゃあああああああああ!!!」
歓喜と確証の貫手、喉を狙う一撃は、しかして必殺には程遠かった。
「ぬほほほびぎゃああ!」
気持ち悪い笑い声に続いて悪臭の悲鳴、黙らすべく矢継ぎ早に突きを、ひっかきを繰り出すもすべてが無力化される。
アルスの肌はぬめっていた。
汗か、ラフレシア液か、あるいはラッキースケベか、真っすぐ刺さらない。
代わりに爪でなく指が、その毛が、アルスをくすぐっていた。
「げははヒュゴ! げははヒュゴ!」
くすぐりに噴き出し、悪臭に噎せる、これはこれで地獄だが、変態男がもがき苦しむ姿など、見せられるこちらが地獄だった。
その思いが手を鈍らせ、隙を産み出してしまった。
自分でも温いと思った一撃の左手を、アルスは逃さなかった。
滑って生暖かい手が、俺の手首を捕まえた。細い指のくせに強い力で食い込ませ、放さない。
「この」
残る右手を拳にし、握るカードごと叩きつける。
が、これもラッキースケベか、顔に胸にと叩きつけた拳からは悲しいほどに手応えがなかった。
無力化、こちらの攻撃が通じないと知れるとアルスはまたも、いやこれまで以上に煮崩れた笑みを浮かべた。
ぷしゅー、と吹きかけた息はスカンクの中でも臭い、そして、しゅぱー、と吸い込み息を止めた顔は、これから行われるえぐい行為を容易に想像させた。
差し迫る運命、逆転の手は、すでに手の中にあった。
しかしそれは分の悪い賭け、それでもそれに
▼
この体に何をされようとも、魂に触れることは一切ない。
▲
「ぶ、あはっははははっははっはっはははっは」
笑う。
可笑しいからじゃない。狂ったからじゃない。
ただ、勝利への一手として、笑う。
笑いながら冷静に考えることは、やっぱりカードのことだった。
巨大ロボットを倒せるカードは5枚あった。
しかしながら、厳しい条件が合えば、正確には発動できるのであれば、倒せるカードはもう一組追加される。
ただしその条件は厳しく、かつ試してないのでぶっつけ本番となる上、一度目が上手くいったから次も上手くいくとは限らないこのコンボは、そもそも揃わなかったから使用してこなかった。
だが揃った。
それも厳しい条件がそろいつつある状況で、発動できた。
ならばやることは一つ、時間稼ぎだった。
「一つだけ、告白するが」
独白、返事は無い方が良い。
「俺はいくつか性癖を暴露させられた。リョナ、出血、拷問、それに濡れとか汚れとあな。加えてもう一つだけ、教えてやるよ。俺は盗撮も好きなんだ。それも相手が一切気づかれることなく見張るのが大好きなんだ。支配してると実感できるからな」
ここまで自分で言って、やっとこれもラッキースケベに準じていると気が付いた。
お陰で万事、十秒が経過した。
決着のアラームが鳴り響く。
勝者はもちろん、俺だった。
「驚いてるのはわかるよ。何にも見えないけどな」
種明かしは、リップサービスだった。
「グリーンカード『カメレオン』発動中は肉眼なんかを含めた一切のセンサーから隠れられる。強力な一枚だが、今回は使えない。ベルへの信号も途絶えるからだ。それをもう一枚、グリーンカード『キマイラ』でおマえに」
声が変わる。いや戻る。
ほぼ同時に変身が解け、人間に戻る。
すなわちハイエナの強い鼻はなくなった。
……俺ももだえ苦しむ中へと入った。
◇
酷い目に遭った。
一応、ラフレシアやスカンクみたいなカードで実体化したものは、残骸含めて十分で消える。幸いにも臭いも消えるため、泥と水と汗と……想像したくないぬめぬめ以外で匂うことはなかった。
この戦争で最大ともいえる死闘、終えた二人の間には静寂があった。
足を広げ、座った状態でお互い見つめ合う。
俺は、単純に痛みで立ち上がる元気がなかった。治したいがもうブロッコリーはなく、新しく作るにもどこかでコストで使った覚えがある。ならば治療は帰ってから、になるだろう。
対して変態たるアルス=マグナは女子高生の姿に戻っていた。
可愛らしい少女の顔は、げっそりと疲れ果てていて、ラッキースケベどころじゃないと語っている。皮肉にも、その顔が一番かわいかった。
「なんだよ。性転換とかもう無しか?」
煽ってみると、アルスは遮るように手を振った。
「やだよ。あれもこの戦争では攻撃扱いになるから、ベル失くして負けた上でペナルティとか、奴隷まっしぐらじゃない」
「そっか」
答えて立ち上がる。
もう戦いはないらしいが、一応、念のため、ドローする。
……あぁ、デッキの意思を感じる。
「それじゃあ、二度と戦わないことを願ってるよ」
近づいて変態へ、右手を差し出す。
「あ、あぁそうだな」
それに応えて差し出され、俺の手に握手するアルスの手はすべすべだった。
この手を切り取って持ち帰りたい。
黒い欲望を内に秘め、デッキの意思に従った。
▼
この世で最も強いのは愛である。
ならば、愛を支配するものが最強である。
▲
「お前は、何でこんなひどくて無意味なことができるヘヴォ?』
「やってないって、俺はお願いしただけなんだから」
「その顔でよくゆーヘヴォ」
「やーめーろーよー。この顔気にしてんだからさー」
答えながら足元に広がる血だまりから一歩遠ざかる。
その赤い血にうっすらと映る俺の顔はカラフルっぽかった。
イエローカード『マンドリル』変身後は身体能力がごっそりと低下するのだが、コストはかなり重い。それだけ、能力が尖っていた。
一言でいえば女を堕とすフェロモンである。
体臭と、この独特の顔とを合わせて見せることで、女は文字通り魅了される。
それこそ、俺を喜ばせるために一人で勝手にショーをしだすぐらいにメロメロになる。
それは、性転換するアルスにも通用した。
「別に問題ないだろ? これがデュエルの外で、ここでは殺しが禁忌だとしても、だ。これはこいつが勝手に一人でやったんだ。俺は関係ない」
「それを見て楽しんでたのにヘヴォ?」
「まさか、楽しめるわけ無いだろ?」
「ヘヴォ?」
「この際だから教えてやるよ。いいか? 人にはSとMとがいると言うがそれは間違いで、本当はN、すなわちノーマルもいるんだ。例えば鞭で叩かれるのが好きなのがM、マゾヒストで、好きだとわかってて鞭を振るうのは実はN、ノーマルなんだよ。本物のS、サディストは止めてよ言われて興奮する。そしてやりすぎる。俺はサディストだ。だからいくら好みの女子高生が好みのリョナプレイをセルフで見せてくれたからって、それが本人の意思だと萎えるんだよ」
「うーん。よい子のボットにはわからないヘヴォ。ただなんでみんながお前のことを嫌ってるかは良くわかったヘヴォ」
「なんだよ、人類滅ぼしたくなったか?」
「何でお前の話をしてるのに人類が出てくるヘヴォ」
「……ん?」
「あ、戦争終了の時間ヘヴォ。お疲れ様でしたヘヴォ」
「あ、あぁお疲れ」
「お疲れヘヴォ。それと、これから社内裁判に出廷してもらうヘヴォ」
「……なんですって?」
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