vs 錬金術師アルス=マグナ(前編)

 …………やばかった。


 ブロッコリー、一日ぐらいしか経過してないから大丈夫かと思ったら、滝のごとくだった。それも悪臭じゃなくて酸っぱい臭いとか、本当にやばかった。


 ま、だけどもこうしてスッキリできて、野糞を目撃されることも無かったし、上出来かな。


「……終わったヘヴォ?」


「あぁ、全部出たよ」


 答えながら木の葉で手を拭う。洗う水がないからたっぷり使ったから、手が葉っぱ臭い。これ、かぶれないないよな?


「しっかし、随分とこすい所に逃げ込んだへヴォな」


「こすい? ドラマチックと読んでくれよ」


 語りながら見られてるかわからないが、両手を広げてその間に石造りの風景を挟んで見る。


『伝説が始まってしまった聖域』ナロッシュ、ここはが唯一持つ、異世界へのアクセス手段、石作りの魔法陣、その遺跡だった。


 詳しい原理は何度説明されても寝てしまうが、カンパニーから見れば別段、珍しい技術体系ではなかったらしい。


 そんな歴史を見つめながらぶっ放すのは爽快だった。


「お前は、ここがなんだかわかってるへヴォ?」


「もちろんさ。なんなら説明しようか?」


「長話は無駄ヘヴォ。訊きたいのはひとつだけヘヴォ。お前は、ここらでの殺しが禁忌だと、知ってて逃げ込んだへっぽこ野郎ヘヴォ?」


「え……嘘だろ?」


「わざとらしいヘヴォ。ボットにも嘘だとバッチリわかるヘヴォ」


「いやいや、俺はただ、ベルが壊されて帰る手段を失った連中が、一縷の望みをかけてここに集まって来るだろうから、それを狩ろうかと思ってたんだけど」


「……どこかのトランプ使いがやりそうなことヘヴォ」


「俺のカードはトランプなんかじゃないぜ」


「あ。イキってるとこ悪いヘヴォ。デュエルが決まったへーヴォー」


「えーーもういーーよもー」


「上からの決定ヘヴォ。ただし恩情で相手のデータ来てるヘヴォ。名前はアルス=マグナ、錬金術使うヘヴォ」


「あ、そいつ知ってる」


「知り合いヘヴォ?」


「いや記事だけ。確か性転換錬金術師だろ? 今年のカンパニー変態番付でいきなり関脇のホープだったから印象深くて」


「ヘヴォ? こいつより上、というか下がいるヘヴォ?」


「会いたい? アポ取れると思うよ? あの番付作ったのは身内なんだよね」


「けっこうヘヴォ。メモリが汚れるヘヴォ。滅亡しろヘヴォ」


「そっちが言い始めたのに。で、勝手にカウントダウン進んでるけど、その変態はどこだよ?」


「さぁ、ヘヴォ。一応、逃げ隠れも戦いの内だからボットにはそこまで知らされてないヘヴォ」


「あっはーーん。うっふーーん。ばっかーーん」


 ……マジかよ。


 下品に響き渡る声は、変態であると自己主張していた。


 発生源は、目の前の石の円の向こう、で間違いなさそうだった。


「いたヘヴォ。あっちヘヴォ。行って戦うへーヴォ」


 …………気が滅入りすぎて答える元気もなかった。


 ◇


 この遺跡は直径が40mか50mあたりか、スープ皿のように中心と外側で高さが異なり、その外側には座席のように段差と隙間とがあった。


 その間に滑り込み、そっと頭だけ出す。


「早く行けヘヴォ」


「待てって」


 静めながら見た先、遺跡の真ん中に、アルス=マグナはいた。


 着ている服はセーラー服、それもスカートの丈はかなり短い。極東の島国での学生服、なのに髪はプラチナな金髪だ。そいつをツインテールにして、虫の触覚よろしく後ろに流してる。


 見えてるのは背中だが、それでもくっきりとわかるナイスバディ、健康的にスラリと伸びた足に太もも、ふくらはぎ、ルーズソックスとはまた古い。


 こいつが男だとは、事前情報なしではジョークと流してたろう。


「うっふーーん。うっふーーん。ばっかーーん」


 ……そんな女子校生としか表現できない女が、可愛い声で、なのに下品な掛け声を響かせて一人、やってるのは準備体操だった。


 腰に片手を当てて、残りの手を頭上を越えて横に伸ばして脇腹伸ばすやつ、名前なんて言ったっけ?


「あれがエチってやつヘヴォ?」


「いや、あれは、無駄に下品で自分しか楽しくないオヤジギャクってやつだよ」


 教えながら思うことは、関わりたくない、の一言だった。


 金を置換しようとしたら金の玉で痴漢しちゃった、という親父ギャグの化身、ただ対象を認識しただけで性別を変えられるとかいう、ある意味でチートな能力。


 だが、そもそも錬金術とは、万病を治す賢者の石を求めるものを指す訳で、だったら鉛を癒したら金に治った、とかいうデタラメよりかは本分に近い、のかなー?


 ……変態みたいにその背中を見つめてたら、いつの間にかカウントダウンが終わりそうだった。


 残り七、六、五と、違和感が見えた。


 は両手振り回し、背筋の運動に入ってた。だが限界まで両腕を上へ後ろへと伸ばしながらも首だけは頑なに前を向いている。その目線が指す先には石の壁しかない。


 何だ?


 嫌な予感に汗が滴る、


 と、三から二に移る瞬間、背中を風が撫でて、前へと追い越していった。


 こちらは風上、あちらは風下、変態の嗅覚は侮れない。


 慌ててドロー、引いたのはある意味でぴったりで、ある意味で最悪なカード、だが他に選択肢などなかった。


 ▼


 生き物は食べ物で作られる。


 草を食むものは静かに、肉を食らうものは猛る。


 ならば屍肉を貪り、あるいは疲れた強者より奪った獲物でできたこの獣はどうだ?


 火にくべよ。


 ▲


「私は、ついに私は、やったのだぁ」


 歓喜、興奮、ワナワナと震えるアルスが振り向く。


 その顔は想像以上に可愛くて、その表情は想像以上に醜かった。


 パッチリお目目、小さなお鼻、整った眉に綺麗な唇、パーツはバツグンなのに、吊り上がった目尻、広がった鼻の穴、だらしなく開いた口からはヨダレまで垂らしてる。


 最高の顔で最低な表情を、醜美一体は芸術的でさえあった。


 そんなアルスが全力でガッツポーズする。


「ついにメスケモきたーーーーー!」


 木霊する絶叫、バレてる。


 なら隠れ続けるのはエンターテイメントではない。


 渋々、姿を見せる。


「おうっふ、イヌ耳じゃぁん」


「ほっとけ」


 思わず出た声、まるでアニメだった。


 イエローカード『ハイエナ』灰色の毛に爪と牙、尾っぽを持つまでは普通の変身だ。だが何故だか女体化する。それも、言っちゃあなんだが、巨乳だった。顔は、口が前に伸びた犬顔なのでコメントを差し支えるが、出っ張った胸、丸い尻、悪くないプロポーションだ。


 ……ブラックウィドウは女の前に蜘蛛だったが、こっちは半端に骨格が人間なので色々違和感がある。特に腰、骨盤、足の付け根が根本から違うようで、ただ立って歩くだけでもかなり違和感がある。


 なので、変身仕立てはいつもこう、歩き方がぎこちなかった。


「それで、念のため訊くけど、お前がアルスでいいんだよな?」


「待って、もうちょい、もうちょいで完璧な裸を想像できるから」


「変態ヘヴォ」


「だな」


 視姦されながらもツカツカ歩いてアルスへ向かい、距離を詰める。


 ……変態相手とはいえ、カードの残りが心許ない。それにこの変身でできるのはひっかきかみつきだ。間合いは近い方が良い。


「あ、一応オペレーターとして教えておくヘヴォ」


「なんだよ」


 ボットに返しながら円の中心へと飛び降りる。


「そいつの能力にラッキースケベとかいうのあるヘヴォ」


「何?」


 着地、が足元の石畳ごと体が傾いた。


 とっさに右手を突こうとした先は今し方飛び降りた段差、伸ばした指が弾かれ、肩から激突、さらに下へとずり落ちて鑢のような壁面に肩と頰の肌が削られる。


 食いしばる痛み、だが敵前、隙を消すべく立ち上がり、アルスへ構える。


「説明によると、ラッキースケベとは、性転換した直後の相手の因果へ干渉し……黒塗りで消されてることが絶対に起こる、ヘヴォ。推測するにこの黒塗りこそエチなことじゃないヘヴォか?」


 なんだよそれ、と痛みを忘れて笑いそうになる。


 だがそれ以上に、最悪な想像が頭によぎった。


「へいボット。それって


「ヘヴォ?」


「うわぁ、痛そうなのはちょっと」


 ボットの返事の前にアルスが声をあげる。


 戦争で甘っちょろい精神、引いた顔つきで一歩距離を置いた。


 と、その引いた足が小石をふんずける。それが弾かれて何故だか前へと飛んだ。


 小石は地面にかすれて弾かれ、急に上へ、俺の顔面へと迫る。


 身の危険を感じ、咄嗟に左手を向けて防御する。


 が、小石は中指と薬指の間をすり抜けた。


 ハイエナの反射神経、首をひねってかわす。


 が、


「がぁ」


 声が漏れる激痛、だが直ちに失明するほどのダメージではない。


 まるで嬲るような攻撃は、恥ずかしながら、だった。


 最悪を想像する。


 ……こいつは自分で性別を変えた相手へ、影響を与える、みたいなことを言っていた。だが実際はそうなのか? 俺みたいに自分で性別を変える相手と当たったことがないだけじゃないのか? あるいは変える能力を使わなかった分だけ、残り《ラッキースケベ》が強化されてるんじゃあないのか?


 だとすれば、これから起こるのは因果に介入した俺の性癖つまりは《嬲り殺し》だ。


「マジかハガ!」


 開いた口に、呟いてた舌に、声を吐いてた喉に何かが吸い込まれ、呼吸が詰まる。


 窒息、喉に右手を当て、口を開いて舌を伸ばし、左の指で喉を掻き出す。


 爪による引っかき傷、血の味と共に吐き出したのは、尻を拭く時に使ってたのと同じ木の葉の一枚だった。


 笑えない。


 こんな冗談みたいなギャグキャラが最後というのも笑えないのに、その相性ときたら、最悪だった。


「ごめん、リョナ系はちょっと無理」


 顔色青くしながら困惑するアルスは、ムカつくことに今まで一番可愛かった。

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