vs氷老精ファルスフィス(後編)

 長期戦は割に合わない。


 さっさと終わらせよう。寒いの嫌いだし。


 ▼


 動物の体で最も栄養価が高いのは内臓である。


 それを啄むためには腹の中へ頭を突っ込む必要があり、それには羽根が無い方が都合が良い。


 だから禿を笑うな啄むぞ。


 ▲


 カウントダウン終了と同時にぶっ放す。


 レッドカード『コンドル』翼を広げれば5mに届く巨体の猛禽類、当然肉食、召喚されれば目先の肉へと突っ込む。


 が、肉にありつけたのは嘴でなく氷の刃だった。


 氷の刃はなお伸ばされ、もはや刀剣と呼べぬ長さにて、コンドルの広げた右翼を切り裂き、肋骨の中程までへと食い込んだ。


 げはぁ、と鳥が鳴く。


 されども出血少なく、殺意は旺盛、止められた間合い首を伸ばして詰め寄る。


 タフさがこいつのウリだった。


 このカードのモデルは、ゾンビパンデミックが歴史のような異世界に生息していた屍肉喰らいだ。だから当然、病気に強く、呪いに強く、更に再生能力までも持ち合わせていた。


 その生命力、方翼を捥ごうが、肋をえぐろうが、その首が落ちようが、止まらないしなかなか死なない。


 例え氷だろうが所詮は老人の斬撃、コンドルの息の根を止め切れるはずもない、はずだった。


「甘いな」


 猛禽の向こうで呟くファルスフィス、途端に気温が一気に低下する。


 極めて低温、吸い込んだだけで肺が凍りつきそうな空気、間違いなく氷点下へと落ちる。


 比較的温暖な気候に生きてるコンドルの巨体が震え、すぐに止まり、凍りついた。


 その間、瞬き三回、それでコンドルは冷凍肉となって動かなくなった。


 文字通りの瞬間冷凍、まるでコントのような凍りつき、なんて低温だ。


 ……召喚された身とは言え、コンドルは血の通った生物、サイズもあり、例え殺せてもその体温を奪い去るはキツイはずだ。


 それが瞬く間に、首一本、羽根の一枚、血の一滴に至るまで、ファルスフィスは凍りつかせて見せた。


 一撃死、使えないコンドル、それでも凍りついた姿は蹴りたい背中だった。


 墓石を蹴り、次の墓石を踏切り、カードを引き直して、そして凍った背中を踏んで飛んで舞った。


 交差する視線、強まる冷気に目がしばしばする。


 跳躍した真下、見上げるファルスフィス、その手の杖をコンドルより引き抜いて切っ先を真上へ、俺へと向ける。


 ニヤリとファルスフィスが笑うと、切っ先を囲うように無数の氷の塊を作り出された。


 形は氷柱、数は六、当然飛ばしてくるだろう。


 させるかよ。


 止めるべく、引きたてのカードを氷柱と氷柱の間へと投げ込んだ。


 我ながら惚れ惚れする一投だ。


 ▼


 ただその実を絞るだけで油が取れる。


 そんな木が並ぶ畑は、放火には最高だった。


 ▲


 ナイスコントロール。


 放たれる寸前の氷柱と氷柱の間へ、狙い通りにカードが滑りこむ。


 即、発動。


 グリーンカード『オリーブ』は瞬時に弾けて果汁を、潤滑油をばら撒いた。


 ヌルヌルスベスベ、ベッタベタな油はばら撒かれ、氷柱にファルスフィスにと降りかかる。


 本来は滑らせ、転ばせるか、火を点けて躍らせるかのローションカードだが、今回は濡らすだけでだけで十分だった。


 ……オリーブオイルは10℃を下回ると凍る。この氷点下ならもちろん凍る。


 そして、パキリと音を立てて、凍った。


「ぬ、これは」


 氷柱らを解除し、動こうとするファルスフィス、だが氷使いでも、凍ったオリーブオイルからは逃げられない。


 回避不能、防御間に合わない、死に体なファルスフィスへ、とどめを使う。


 これも、とっておきだった。


 ▼


 姿は幻、実像は足跡、その存在はロマンだ。


 ▲


 現段階で、巨大ロボに対抗しうるカードは五枚ある。


 なんでも溶かして食べる単細胞生物、スライム。


 必殺の巨大な一口、メガロドン。


 巨大には巨大化を、メガテリウム。


 ベルの自爆がなければとっくに乱発してるメカ殺し、グレムリン。


 ……そして、最後の一枚が、こいつだった。


 変身完了。内側から燃え上がる感覚は、純粋に肉体が強化された証だ。


 イエローカード『イエティ』2mを超える巨体、分厚い筋肉に程よい脂肪、無骨というにふさわしいマッチョな体は長くて白い体毛でびっしりだ。人間の完全上位と呼べる圧倒的な身体能力と、それを効率的に駆動するための人間の格闘術『空手』が染み付き、合わさり、発現した姿だった。


 その拳は岩盤を砕き、その蹴りは山頂を切り倒す。比喩ではなく本当に標高を変えうるという、純粋な身体能力は、手足の物理攻撃だけで巨大ロボを粉砕しうる性能を秘めている。


 そんな変身の本能に従い、落下と合わせて真下へ、蹴りを放つ。


 奏でる風切り音は毛が空を切ったからだけではないだろう。


 目を見開いていても見逃す弧の動きは、氷柱もオリーブオイルもなぎ払い、その向こうのファルスフィス、その顔面へめり込んだ。


 ……踏ん張りのつかない宙空、作用反作用を考えれば体重以上のベクトルは与えられない。


 そんなお利口さんな理論を超越して、放たれたとび蹴りは相手を爆散した。


 しかし、これは……。


「それなりに長く山奥におったが、儂も見るのは初めてだな」


 パキリときぬ擦れ音、戯けるような、嘲るような声を聴きながら爆散した氷とオリーブオイルの上に着地する。


 デコイ、身代わりの術、逃げられた。


 身を起こし、見回せば周囲は霧の中にいた。それも極低温のブリザード、氷の粒子が視界を遮ってゴリラ霧中だった。あ、うまい。


「まぁ、接近戦は、やめておこうかの」


 声、同時に飛来する影、本能が拳を振るった。


 撃退し粉砕したのは氷の塊、遠距離攻撃だった。


 ……額に汗が流れ落ちないのは、ただ低温だからだろう。でなければ、滝のごとく、なはずだ。


 ヤバイ。


 焦る思いが拳を打ち出し、眼前の墓石を砕き、できた破片を掴んで辺りへと投げ撒く。


 が、返ってくるは破片が暮石を破片に変えた音だけだった。


 不毛な攻撃、時だけが流れる。


 これは、本格的にヤバイ。


 焦る気持ちを落ち着かせるための一息は灼熱だった。


 ◇


 イエローカードの変身は三分が限度だ。


 だから全体として持久戦は苦手なのだが、その中にあって群を抜いて苦手とするのがこのイエティであり、故に最強になり損なった。


 そもそもイエティとは雪男である。


 雪男は雪山にいる。


 つまりは寒冷地に適した構造をしているのだ。


 それは即ち、平温では暑すぎるのだ。


 加えて、これが普通かどうか知らないが、圧倒的な身体能力を発揮すると一気に体温が跳ね上がる。


 この変身は変身が解ける前に、敵に負ける前に、内なる熱に煮殺されるのだ。


 ……だが落ち着いて考えれば、ここは寒冷地に匹敵する低温、ならば適温なはずだ。


 それでも暑いとなると、ひょっとするとコストに『シーラカンス』を使ってたのかもしれない。そうであろうがなかろうが、暑いものは暑い。


 やはり長期戦は割に合わない。


 だが打開策が見当たらない。


 カードを引くも、使えないのと使えないのと、これ利くのか?


 と、衣擦れの音、擦れるというよりも引きずるような音がハッキリと、方向が聞こえた。


「あぁもう煩わしいわい」


 ファルスフィスがぼやく。


 その声も、はっきりと、だ。


 あぁなるほど、ファルスフィスは氷使い、だから氷ならば自在に操れるだろう。だが、凍ったオリーブオイルはその他で、コントロールできてないのだろう。だからきぬ擦れ音がやたらと聞こえる不完全なステルスに落ちてるのだろう。


 なら、もう、暑いしもう、これでいいか。


 雑な思いで利くかどうかわからないのを発動した。


 ▼


 生のタマネギはすごく甘い。


 ただそれ以上にものすごく辛いだけなのだ。


 まるで人生のようですね。


 ▲


 発動から爆発まで五秒、数えながら目一杯息を吸い込み、肺を膨らませて息を止める。


 三、二、一、合わせるように本能が叫ぶ。攻撃がくる。


 飛来する音、氷柱、それも複数、だがその方角はきぬ擦れ音ではっきりとわかる。


 ならなんとでもなる。


 開き直ってそちらへカードをぶん投げ、空いた手にて技を放つ。


 回し受け、両手で描く円の動き、受けの基礎であり、防御の極みだった。


 圧倒的な身体能力と極められた空手の腕前が放つそれは、氷柱程度、ものの数ではなかった。


 完成された防御、砕け散った氷柱、そしてやっとカードが炸裂する。


 グリーンカード『オニオン』爆風に目を瞑る。


 肌に感じる冷たくない風、わずかに鼻に入ったタマネギ匂にむせかける。


「グギャ。げヴォーげヴォ」


 変わったむせ方、ファルスフィスだった。


 方向、距離、わかる。


 度胸を持って駆け出し、踏み切り、飛び込んで、覚悟を持って瞼を開く。


 そこは氷の霧の晴れた、代わりにタマネギの催涙ガスが満ちた空間だった。


 刹那に眼球へ染み渡る激痛、滲み出る涙、それでもはっきりと見えたのは、その先に佇むファルスフィス、そしてその手前にそびえる氷の壁だった。


 タマネギ汁がなければ気付けなかっただろう。それだけの透明度、まるで飲み水のように透き通り、その身の全て無駄なく包みながらもその顔を一切隠していない。


 見せたのは、してやったり、との表情と、腰を深く落とした構え、合わせれば、この氷壁ごと両断してやるぞとの自信と狙い。


 ……これは先読みではない。


 カードを投げ込まれたのに対して、とりあえずの様子見に壁を作り、次いで不慮の際に対応すべく構えていた。こちらが飛び込んで来たのは偶然、選択肢の一つにあってもそのものズバリとは考えてなかっただろう。


 氷柱もそうだ。こちらの出方がわからないから身を隠しつつ、遠距離で突いて反応を見ている。


 全ては事前に予測していた事態、それに事前に用意しておいた対応策をそのまか当てはめてるだけだ。


 これが経験値の差、だろう。


 瞼を閉じる。


 …………頭の中ではいくらでも後悔できるのに、打開策が思いつかない。


 今の俺は飛び込んだ身、両足は地を離れ、踏ん張ることも曲がることもできない。


 時間はない。


 おそらく次もない。


 目が痛い。


 残されたのは、カードだけ。


 いいじゃない。


 これが俺の切り札だ。


 ▼


 その蛇は最高の殺傷力を有していた。


 しかし石を食べることができなかった。


 だから滅びた。


 ▲


 組み合わせとしては、最悪だろう。


 最高はマントファスマだ。複眼に瞬きはない。


 イエティも悪くはない。


 だがオニオンは、最悪だった。


 グリーンカード『バジリクス』使用すれば次の瞼を閉じるまでの間、この目を石化の魔眼、即ち目を合わせた相手を石化する視線を得る。ただし威力はかなり控えめで、相手を石に変えるどころか動きを封じるのがやっとというレベルだった。


 激痛、落涙らくらい、閉じろと暴れる本能を空手の意思と顔面の筋肉で押さえこみ、開き続ける。


 視野がぼやけるのは涙だけではないだろう。確実に、角質が傷つき、視力が落ちている。


 それでも最後に見れたのは、驚愕に固まるファルスフィスの姿だった。


 言いたいセリフは山ほどある。だがそれよりも決着を、安全な瞬きを望んでいる。


 無限に思える時の果て、ようやく飛び込みが終わり、地に足がつき、必殺の間合いとなれた。


 体が重く、粘つくが、構ってる余裕はない。


 あとは終わらせるだけ、動きは体が覚えてる。


 自然と腰を深く落とし、両足の指で大地を掴み、息を止め、腰を捻り、肘を引き、手首を返して、拳を握る。


 限界、瞼を落とすと同時にそれらを一斉に駆動、放つ。


 その技の名は正拳突き、またの名を『クレパス生成拳』だった。


 当然のように音を置き去りとする打撃、圧縮された空気を突き抜け、その先の氷壁などのれん程の手応えしかなく、ファルスフィスの身など霞に等しかった。


 遅れての爆音、全身の毛がめちゃくちゃにかき乱されて上下不覚となりながらも、刹那には大地を踏みしめる己を感じる。


 滲む涙、洗われる眼球、引かない痛み、閉ざされた視界に、それでも耳をすます。


 爆音後……音はなく、代わりに感じるは気温の上昇、そして遅れての、勝利のアナウンスだった。


 それに喜ぶよりも安堵するよりも先に、煮えたぎる体温に苦しむ地獄が待っていた。


 ◇


 逃げられたな。


 ブロッコリースプライトを咀嚼しながら思う。


 再生した視界には溶けた氷の水たまりと、溶けて匂い始めたフリスビー、あとはドミノに倒れた墓石ばかりで、ファルスフィスらしきミンチはなかった。


 あの時、拳を放つ前の粘つく感じは弱体化の呪術かなんかだろう。加えて霞の手応え、事前に見せた変わり身の術、経験値、合わせて考えれば直撃はできてなかったんだろう。


 それでもこの打撃風、あるいは吹き飛ばされた破片でも当たればダメージになる。少なくともベルは壊れる威力だ。


 大方、致命傷にはならなかったが、それなりの手傷を負って、ここで勝っても次はない、見切りをつけた感じだろう。


 その上であの感じ、間違いなく敵になってる。


 性格から不意打ち暗殺はなさそうだけど、次またこんなイベントがあれば敵として登場しそうな気がしないでもない。そのための特訓とかしそうだし。


 今後の愁いに頭を抱えながら最後の破片を頬張り、立ち上がる。


「なぁボット。ナロッシュあっち?」


「そっちで合ってるへヴォ」


「そうか、ありがとう」


 礼を言いながら見渡す先は、ドミノ倒しの後だった。


 見渡す限りの墓石全てが、あの正拳突きの爆風でなぎ倒されてる。


 お陰で変化に富んだ道ではあるが、砕けた破片で足場が悪い。これはこれで、歩きにくい道のりだった。


「これだけやったんだから、今晩辺り化けて出てこないかな」


「辞めるへヴォ」


「なんだよ。まさか人工知能のくせに怖いのか?」


「怖いへヴォよ? だって殺しても化けて出るなら、どうやって滅ぼせばいいへヴォ?」


「お前は、ブレないなー」


 呟きながら、また歩き出した。




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