vs氷老精ファルスフィス(前編)

 三日目、朝。


 セレブ・ボーダー東、敗者側の廃墟にて目を覚ます。


 これで一応、最終日、このまま半日隠れて過ごせば無事終了、なはずだ。


 だけどそれではエンターテイナー失格、せめてあと一人二人倒して終わりにしたいのが本音だ。


 なので朝一で移動して、歩いて、後悔し始めたころにたどり着いたのが、テンプレ墓所だった。


 ただ広がれるだけ広げたといった感じの墓場は、全部同じ墓石が乗っている。それも腰の高さで、感覚が広くて、とてもじゃないがドミノ倒しできない。


 ここを作ったやつは死者への経緯に毒されてエンターテイメントを忘れたと見える。こうはなりたくないな。


 そんな墓場を歩く。


 ……変わらない風景だった。


 墓石は、こちら側に面してる面が表らしく、死人の名前やらなんやらがかかれているらしいが、それだけで、当然読めるわけもなく、退屈極まりない、が感想だった。


 加えて花とかお供え物もなく、朝日のせいでホラーなテイスティングすら皆無だ。


「まるで昔のパソコンのスクリーンセイバーみたいヘヴォ」


 おしゃべり好きなはずのオペレーターも、これを最後に黙る。


 そうなるほどに、うんざりするほど退屈な移動がまだまだ続きそうでうんざりする。


 ならばいっそカードで変身して高速移動、とも考えたが、あいにく引いたカードは戦闘向けだった。しかも地味にコンボになってるから破棄はもったいなくて困る。


 ……足が止まった。


 はるか先、石を投げても届きそうにない距離に、化けて出た。


 墓石の陰からひょっこりと、白装束、禿頭、ジジィ、絶対幽霊だ。


 朝日に照らされて幽霊とか、すごいレア、これはぜひともDNAサンプルを手にしてクローンせねば。


 素早く墓石の陰に隠れてステルスを開始する。


 慎重に慎重を重ね、音を最小に次から次へと墓石を隠れ渡る。


 ばれてない。ばれてない。まだいる。まだいる。


 と、シャリっと何かを踏んだ。


 うんこ?


 靴をあげて靴の裏を見るとうんこだった。


 ……ただしそれは腸にくるまれた状態で、しかも凍っていた。


 何? 猟奇殺人? 野ぐそ?


 湧き出る想像を区切る前に、目線をあげて前を見れば、間違いなく猟奇殺人の現場だった。


「まさしくネギトロ、ヘヴォ」


 突如の指摘、悔しいが、ボットは適切だった。


 付け加えるなら、安い定食屋で頼んだネギトロ丼、古米の飯の上にフリスビーが乗ってる感じだ。それで、周囲に散らばってる骨はさしずめ紅ショウガあたりだろう。


 やばい、腹減ってきた。


「まーーた人間か」


 声、ステルス忘れてた俺が見上げた先に、まだ遠いがまだ幽霊がいた。


「やれやれ、やっと終わったと思ったら、まーだ楽しませてくれるとは、思ったよりも戦争も悪くないのぉ」


 ぼやいて、幽霊はどこからか出した杖を突く。


「我こそは妖精、氷精ジャックフロスト、名をファルスフィス、魂に刻んでおけ、若造」


「なん、だと」


 驚愕、せざるを得ない。


「ん? なんじゃ儂の名を知っとったか?」


「いや、違う。驚いたのは、二つ。まず、幽霊ですよね?」


「馬鹿もん。儂はまだ生きとるわ。お前ら人間では足を見なくば生きてるか判断もつかぬ戯けと聞いておったが、本当とは、ほれ、見ての通り、ご存命じゃい」


「あ、ふーん」


「がっかりヘヴォ?」


「まぁ、ね」


 幽霊じゃないとか、ただのメルヘンジジィじゃん、いらね。


「なにぶつぶつと、ボケる歳でもあるまい。さっさと始めるぞ」


「いやその前にもう一つ。ジャックフロストって、まさか妖精だーなんて、言わないよな」


「何を訳の分からんことを。儂が妖精でなくて何が妖精だという」


「いや、妖精って、もっとこう、手のひらサイズにちっちゃくて、羽生えてて、かわいくて、女の子じゃんか」


「かーーこれだから人間は、夢と誠ととの違いを判らぬとは、何とも愚かしいことだのぉ」


「いやいや、実際いるから」


「実際?」


「そうそう。えっと、初日か。対戦相手、紫髪で、風使いで飛び回ってたの」


「……貴様、その女子をどうした」


「さぁ? 爆発しちゃって粉々で、でも勝ったってことは死んだんじゃない?」


 刹那にぞくりとする。


 これは、幽霊じゃないファルスフィスからの殺気だけじゃない。純粋な気温の低下も加わって、身震いする。


「儂は、そいつが何なのか知らん」


 ファルスフィスが感情のない声でつぶやく。


「ここは戦場、戦いの場、殺し合いに赴いたならば女子供もそれなりの覚悟があろう。それをとやっかく言うのは野暮だろう。だが」


 ソル、と場の空気が一転する。


 冷気、氷点下、呼気が白く、水滴が氷に、世界が真冬となる。


「だが、それを語る貴様を、生かしておいてよかった試しがねぇ。何より……」


 サン、と真横に向けられ、構える杖、様になってる。


「……貴様を笑って逃がせるほど、老いちゃいねぇよ」


 杖、その表面、わずかに光りて霜が走り、瞬く間に氷の刃を形作る。


「おら運営! さっさと始めろ!」


 白くならない息で怒鳴りつけるファルスフィス、それに押されやがってカウントダウンが始まった。


「ちょっとまった!」


 このまま押されてはエンターテナーの名折れ、せめてやるべきことはきっちりとやる。すなわち自己紹介だ。


 振るえる足腰を無理やり動かし、目の前の墓石の上に飛び乗る。


「レディース&ジェントルメン、大変長らくお待たせいたしました。これより私、ユージョー=メニ―マネーの……」


 ……自己紹介が続かない。


 それほどまでに目の前に広がる光景がヤバかった。


 墓石の陰、見えなかった部分、その多くに、沢山のネギトロだった。


 それも形から、並びから、ネギトロ未満の目玉から、これが巨大生物だったネギトロだと、嫌でも推測できた。


「……あれ、このジジィ、強い?」


「当たり前へヴォ」


 ボットが答える。


「彼は今日まで戦って生き残ったヘヴォ。どこぞの運とハッタリだけで生き残った雑魚狩りピエロとはレベルが違いすぎるへーヴォ―」


 あまりにもひどい言われよう。


 カウントダウンが終わった。

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