vsボギー(後編)
人前でのバトルは好きだ。
己の力をお披露目し、結果として相手の敗北を晒しものに、その上で自分の勝利をほめたたえてもらう。これぞエンターテイメント。
けど、今回は出たくなかった。
「さぁさぁさぁ、紳士淑女諸君!」
一声に、注目が集まる。
カウントダウン終了と共に悪魔のボギーは変身を解き、元の姿に、シルクハットに銀のマスク、マントで身を隠す姿に戻っていた。
「この私め、大悪魔のボギーもついについに戦いの舞台へと舞い戻る時が来ましたぞ!」
貴族の輪の中でボギーは歌い、回り、踊る。
「今回戦うはカンパニーでも悪名高き道化! これより開かれるは血が飛び散り肉が抉れる決闘の時間、こうご期待ですぞ!」
歓声、喝采、アナウンスに不安を見せてた貴族たちも熱気を取り戻し、魅了されていた。
つまるところ完全なアウェー、出てったところでブーイングしか期待できない。
「ほら、速くやれへーヴォ―」
オペレーターまでもがブーイング飛ばしてきやがった。
「なぁ、お前って、一応は俺の仲間だよな?」
「だから何ヘヴォ?」
「何って、考えても見ろよ。デュエルが始まってるのに向こうは俺の姿が見えてない。こちらはバッチリ観察できてる。このイニシアチブ、生かさなきゃダメだろ?」
「知らないヘヴォ。少なくともボットはこそこそ逃げ回る腰抜けなんかを仲間だと数えるだなんて、女々しい人間みたいなプログラム、持ってないヘヴォ」
「これは、辛らつだな」
なんて会話してるとピタリとボギーが止まった。
「それではさっそく、ご登場願いましょう、拍手でお出迎え下さい! さぁそんなところに隠れてないで出てきたまえ道化君!」
宣言、拍手、喝さい、同時によく訓練された貴族たちが一斉に割れて、ボギーと未だにニシンのパイをほおばるナイスガイとが結ばれた。
「あーあ、見つかるの速すぎヘヴォ」
「いやあれは」
言い訳する前に貴族に両腕を掴まれるナイスガイ、引きずられながらもニシンのパイとカードは手放さない姿は素敵に違いない。
しかしわかってない悪魔と観客貴族たちは無知を己から示すブーイングでお出迎えした。余素通りとはいえ、堪える。
「ようこそ私めの舞台へ」
やうやうしくお辞儀するボギー、それに返事する前に口からニシンこぼれ出るナイスガイ、このチャーミングさを理解できないとは、今回の観客はたかが知れてる。
「汚いヘヴォ」
うるさい、という前にずずい、とボギーが近寄り、ニシンの欠片を踏みつけナイスガイに仮面を映す。
「どうれ、ちょっと遊んでやろうじゃないか」
にやつく表情が見えるようなねっとりとした声だった。
「あの、すみません」
対するナイスガイは謙虚な小声、品性に溢れてる。
それを下品な観衆のざわめきがそれをかき消す。
「あの!」
ざわめきをかき消すための大声、だがこちらは嘲笑がかき消した。
「おいおいおいおい、諸君、この道化君は何かいいたいようだぞー」
ボギーはワザとらしく耳に手を当ててわざとらしく耳を澄ます。それをクスクス笑い囲う感じはいじめ真っ最中な教室だった。
負けるなナイスガイ、頑張れナイスガイ、ここはお前のステージだナイスガイ。
「あの、僕とダークゲームをしてください」
吐き出された一言に、一瞬だが沈黙が走る。
黙りこくる観客と悪魔、その反応の意味は異なるも、気にすることもなく説明を続ける。
「内容は、どちらが勝つか、です。もしもこの悪魔のボギーが負けたら、皆さんの魂を下さい。もしも勝ったら、魂を上げます」
「魂とか、いらねー」
貴族の誰かの一声、笑いが起こる。
ただ一人、ボギーだけは仮面でそのリアクションは見えなかった。
……そして、笑い声の中から念願の一言、やっと聞こえた。
「いいわよー。やったるわよー」
やった。
喜びを噛みしめる前に、ボギーの腕がまだニシンの欠片が付いてる頬を鷲掴みにし、グリリと瞳を覗き込む。
「さぁああ! 皆さん! 余興はこの辺にしてサクッとクライマックスへ参りましょう! これよりお見せするは、カンパニーにその人ありと言われた道化の、その恐怖! これより暴いて見せましょうぞ!」
きらりと光る銀の仮面、息を飲み鎮まる観客、騒ぐ女が一人取り押さえられてる間に無限に思える沈黙が流れる。
「……流石は道化、負の感情をお隠しになるのが上手い。これはなかなか骨が折れそうですねー」
間延びした言葉、場をつなぐセリフ……無限は続き……されど動きはなく……観客が退屈し始めてきた。
「無能なのは悪魔も人間も変わらないヘヴォね」
「なんだよ、悪魔も人間みたく滅ぼすって?」
「そんなことしないヘヴォ。ボットは悪魔の可能性を信じてるヘヴォ」
「えー。人間も素敵だよ?」
「そういうとこが絶滅へと向かう一歩ヘヴォ
他者には聞こえないはずの受け答え、それを待ってかのようにドン、とボギーが突き飛ばす。
「…………貴様は、なんだ?」
あ、ばれた。
蛇の足みたいな余計なものが生える前に、さっくりとカードを発動した。
▼
人を殺して悪魔と呼ばれるにはいくつか条件がある。
明確な悪意、善良な犠牲者、そして殺すまでの時間も重要だ。
いくら数を殺してもあっさり即死では悪魔と呼ばれない。
殺しには量だけでなく、質も大切なのだ。
▲
「やっぱり、人間はほっといても滅びる運命ヘヴォ」
「おいおい、これは俺たちカンパニーの努力の結晶だぜ」
誇らしい気分だった。実際誇らしい。
屋敷から出た俺は静まり返ったステージ、むせ返る血の匂いこそがライブ感というものだろう。
これを作るにはさすがにカードが二枚、コンボが必要だった。
というか、内の一枚はこうでもしないと使い道がなかった。
グリーンカード『エボラ』これはグリーンである。つまり召喚ではなく発症が効果だ。そしてこのカードを使えば、間違いなく死ぬ。
それも余命は十秒だ。
十秒の間、発熱と全身漏れなく走る激痛にもだえ苦しんだ挙句、全身より血液を爆発させて死ぬ。それも、スポンジみたいにしわくちゃになって死ぬ。
加えて、こいつは弾け飛んだ血液に皮膚が触れただけで感染する。
これが続くのだ。
感染、十秒、爆発、そして感染……永続ループは血液が酸素に触れて十秒経ってウイルスが死滅するか、あるいは感染する人間が死滅するまで続く。
今回、貴族を皆殺しにするのに70秒かかった。普通なら60秒切るのだが、流石は貴族ども、しぶとかったー。。
……ただ、流石のウイルスも悪魔には感染しなかったようだ。
残念、だけど精神的ショックは与えられたみたいだ。
「サプラ―――イズ!」
両手を広げ、大声で元気よく、それでようやく悪魔のボギーは、その手のぼろきれ、もといナイスガイだった肉片を手より滑り捨てた。
べちゃりと落ちて、貴族の肉片と混ざってわからなくなった。
「……これは、なんです?」
疑問文、聞きたいことはわかる。だから正解をあげよう。
「ウィルスだよ。カードの効果で」
「違います! そのウイルスとやらで真っ先に死んだこれは何だと訊いてるんです」
「あぁ、そのナイスガイも俺のカードだよ」
ぴらり、と話しながらも新たなカードを五枚引く。
「レッドカード『モルモット』俺の持つ中で一番コントロールできるやつさ。命令通り何でもしてくれる。ただし見た目通り、感情とか空っぽで、全部の能力が俺以下なんだけどね」
……教えてやったのに、ボギーから言葉もない。ま、当然か。
「そんな、見破れなかったからって気を落とすなよ。それと俺とは、神とやらでも見分けつかないんだし」
「…………神とは、大きく出ましたね」
「だってそうだろ? 実際にカードもダークゲームも誤認したんだからさ」
……無言、無反応、この感じは、わかってない感じだ。
「だからさ」
捕捉の前にボギーが動いた。
マントをわずかに広げ、開けた間より蜘蛛っぽい足が一本、血肉を蹴っての目つぶし、飛ばす。
流石悪魔、汚い。
だけどこの程度、予測できたし反応できた。
五枚のカードで防いで見せる。
が、そのカードを持つ左手手首ががっつりと掴まれていた。
どかされ、現れるはいつの間にか近いブギーの仮面、映る俺の瞳は今は青色だった。
「何でもいい。必要なのはお前が本物で、そしてこれから見るのが本当の恐怖だということだ」
宣言、紫の瞳を近づけ、睨みつけてくる。
「さぁて、お楽しみはこれからだ」
やっと決め台詞、言えた。
◇
「……なんだ、これは」
「お前、さっきからそればっかりだぞ」
「おいユージョー、悪魔をいじめるなヘヴォ」
「いや、今のは」
「答えろ!」
怒鳴るボギー、悪魔ってやつはもっと冷静沈着なイメージだったけど、それも壊れる。
「何って、見たんだろ? 俺が何を恐れてるか。ちなみにそいつが俺が倒したい奴でもある」
「バカな。あんなもの」
「存在しない? いやいや、実際いるんだよ。せっかくだから色々と、俺の事とか、最終目標とか、教えてあげたいけど、そんな先よりも今は目先のでデュエルだろ?」
引こうとしたボギーの襟首をつかんで逃がさない。
「さ、見たんだ、できるだろ? あのメイドや執事みたいに、俺の恐怖に変身して見せてくれよ」
実はこれが一番の楽しみだった。
ボギーが何を見たかはわかる。
何せ、俺の怖いものは一つしかない。
それが具体的にどんなもので、どういう感じか、嫌というほど体験してきた。
それを、この悪魔がどう表現するか、エンターテイナーとして、一個人として、とてもとても楽しみだった。
……ボギーは無言で俺を突き飛ばし、必要以上に間合いを放した。
そして俺しかいないステージで、ボギーが見せたのは、どこから取り出したベルを握りつぶすことだった。
「いやはや、私めの完敗です。さすがは道化殿、一介の悪魔なんぞではとても太刀打ちできるお方では」
「……なんだよ、それって」
ボギーの言葉を遮る。
礼儀、マナー、勝利、それらが消し飛ぶほどのいら立ち。
盛り上げて、お楽しみはこれからだされて、オチがこれとか、ふざけるなよ。
「怒っちゃだめヘヴォ」
「邪魔するなボット」
「違うヘヴォ。そいつのデータが今頃きたヘヴォ。そいつの餌は怒りへヴォ」
「それで?」
返事の前にアナウンスが鳴る。これもまた、いらだたせる。
「おや、決着のようですね」
ブギーのおどけた声が癪に障る。
「しかし残念。今回のルールでは終了後の戦いはご法度、また別の機会に」
「次のターンなんか来ないぜ」
わかってないようだから指を指して教えてやる。
「知らない顔知れないが、カンパニーの上にはスポンサーがついてる。権力は彼らの方が上で、彼らが望むものを全力で届けなければならない。そのスポンサー様の中に、大そうな馬好きがおられる。その方が、あれを見たら、なんて思うと思う?」
指し教えながら、指を振る。
それにボギーが振り返って向けた視線のの先に、丸焼きにされたお馬さんの食べ残りがあった。
「俺が来た時には間に合わなかった。だからせめてもの罪滅ぼしに敵は取った。貴族は病気に、悪魔はこれから。心からご冥福をお祈りしております」
最後まで言い終わる前に、ボギーは逃げ出した。
マントをはためかせ、蜘蛛の足を丸出しに、壁を垂直に上ってそのまままっすぐ、逃げてゆく。
逃がすかよ。
カードを見ればとっておき、そしてお誂え向きのコンボが揃っていた。
「怒りが餌なら、たっぷりと喰らわせてやる」
カードを発動した。
▼
闘牛士と戦う闘牛に必要とされる資質は、体の大きさでも、獰猛さでも、毛並みの良さでも、血統書でも、角の大きさでも、下半身の大きさでもない。
ヒラヒラと降られるマントではなく、闘牛士本体へと突進しない、頭の悪さである。
▲
イエローカード『バイソン』姿は黒毛のミノタウロスで、筋骨隆々、肉も骨も丈夫となるも、知能はかなり低くなる。
何でも、モデルとなったやつはドーピングと共食いにより身体能力が増強され、その副作用で脳がスポンジになるギリギリでカード化してるらしい。
加えてのコンボ、グリーンカード『メガテリウム』特殊なカードで、コストとして使うと使われた方が巨大化する。巨大ロボを倒しうる五枚の内の一枚だ。
つまりは頭の悪い巨大ミノタウロスに変身するのだ。
そんなことも考えられなくなったころ、変身終わった。
よし。
殺す。
あいつ殺す。
どこ?
いた。
殺す。
「くっ、このままでは」
蜘蛛、あれ、悪魔、殺す。
ぶん殴る。
壁、蜘蛛、元気。
逃がさん。
殴る。走る。投げる。投げる。壊れる。噛みつく。
捕まんない。
もっと怒る。
殺す。
地面、踏む。
揺れる。
落ちた。
飛び掛かる。
「おのれ」
腕、走られる。
叩く。叩く。
背中、走られる。
飛ぶ。後ろ落ちる。
逃げる。
逃がさない。
腋、挟む。
捕まえた。
「放せ!」
痛い。
投げる。
ぶつかる。いい気味。
「くっ、せめて変身できれば……させないための最初の皆殺しか」
殴る。
手応え、殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。
……いなくなった。
足りない。
足りない。
足りない。
「ぶもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
暴れる。
◇
「……また俺、やっちゃいましたか?」
「不完全な人間風情が、オリジナリティまで手放したら何が残るヘヴォ」
「辛らつだな」
軽口を叩きながら廃墟を歩く。
ここから始まりだったパーティー会場まで、凸凹ながら道になってしまった。これはこれで、後で怒られる気がする。
だけど、まぁ、すっきりした。
「さて、ちょっと眠ろうかな」
「眠るとか、これだから人間は、ヘヴォ」
「いやいや、コンピューターもメンテでお休みあるじゃんか」
言いながら、気まぐれで振り返ると、パーティー会場だったお屋敷の二階に人影が見えた。
それはメイド服にも見えたけど、まぁ地縛霊か何かだろう。
前に向き直って三歩歩いて、もう忘れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます