vsボギー(前編)

 二日目から三日目に移る夜。


 セレブ・ボーダー西、勝者側、どこぞのお屋敷前にてどんちゃん騒ぎに紛れ、誰も手を付けてなかったニシンのパイを独り占めにする。旨い。


 そんな俺を気にする奴はここにはいない。


 何故ならここは屋敷の庭で開かれた、パーティー会場だからだ。


 握手券のおまけ曲が鳴り響き、ふるまわれるは葡萄入りのメチルアルコールに肴は馬の丸焼きに段ボール、犬はまだ茹で上がらずに暴れてる。それらを口に運びながら、体にウラン燃料を塗りたくり、蛍光する肌を晒して踊り狂う貴族たち、彼らはいち早くカンパニーに寝返った裏切り者たちだった。


 生存とか打算とか、復讐とか苦肉の策とか、そんなのなくて、ただ面白おかしく、それこそ今みたいに遊べれば、後のことはどうでもいい。実に愚かな権力者たちだった。彼らが裏切ったからカンパニー的には色々と得したが、だからといって裏切らなかったら戦局が変わってたかというと、そんなはずもない。


 能力も精神もゴミとしか言いようのないゴミ、このパーティだって一晩催すだけでカンパニーの実効支配が一年延びるというのに、わかってないし、わかっててもやめないだろう。


 実に理想的な観客だった。


 自分で真偽を確かめたりもせず、ただランキング1位、とか、全米ぜんこめが泣いた、とか、今なら握手券が付いてくる、とか、適当にコマーシャルやっとけば絶賛する。


 ならばさっそく、と思ってみたが残念なことに先客が庭の真ん中ですでにショーを始めていた。


 それも彼らの好みにぴったしな演目だった。


「おいおいおい、まさか君は、メイドとあろうものが使えてるご主人が怖いとは、どういうことだい?」


 崩れ落ち、頭を抱えて震えるメイドの前で両手を広げておどけるのはボギー、自称では悪魔だった。


 初めの自己紹介ではマントにシルクハットなおっさんだったが、なんやかんややってた後に連れてこられたメイドの目を除くや否や、その姿を変えて見せた。悪魔かどうかは別にしても、能力者なのは確からしい。


 加えて、得意分野は下ネタと来た。


「ほら、並んで立てば兄弟だ。眉毛の辺りなんか瓜二つ、だけど下は……お、おぅ」


 悪魔が自分の腰をくねらせると下品な笑いが起こる。


 その隣、ボンクラを絵にかいたような色白肥満男がマネて腰をくねらせる。その動きに合わせてバスローブが開けて見たくない太ももが露になって、思わずニシンのパイを吐き戻す。


 ……他の貴族は似たり寄ったりな姿なので気にならないらしい。


「……まぁ、ベットの上では瓜二つでしょう」


 また笑い、それにメイドはさらに体を強張らせる。


「さてさて、それでは本番と参りましょう。ご覧の通り私は元気で、皆様はお好きでしょ?」


 笑い、歓声、口笛、湧きたつ観客たち、悔しいけれどエンターテイナーとしてはこの悪魔の方が俺よりも上手かもしれない。


 これは、あくまで俺の考えだが、昨今のエンターテイメントのトレンドは一言でいえば『サイコパス殺人鬼』に尽きる。


 一昔前なら、無意味にキャラとかが惨殺されればブーイングの嵐だった。だけども最近では生ぬるいと叱責を受ける。ちゃんと時間をかけて拷問しろと、そしてその通りにすれば数字が正直に応えてくれる。


 それに主人公も、強敵とのバトルとか、あるいは苦難や挫折なんかはバッサリカット、必要なのは一方的に、それも理不尽な力をもって、蹂躙することのみだ。しかもその手段が卑怯でも、いや卑怯なほど人気が出る傾向にある。


 今の観客はサイコパス殺人鬼、自分よりも弱い子供を攫って、誰にも見つからないところに閉じ込めて、たっぷり時間をかけて楽しむようなのが好まれるのだ。


 そう考えると、この悪魔の能力はまさに時代に合致してる。


 見たところ、この自称悪魔は相手の嫌なものを見抜いて変身しているようだった。


 当然、変身された方は嫌に決まってる。


 その上で嫌なことをする、となればサイコパス殺人鬼たちは絶対に気に入る。


 完璧、に見えるが一点だけ、下手な部分がある。


 時間をかけすぎてる。


 やるならさっさとやれ、と思うのだが、何故だか煽るだけで本番までなかなかいかない。


 いいからさっさとやれコールがほのかに響き始めてる。焦らしすぎだろう。


「旦那様!」


 コールを一喝する一声、そして貴族が割れて、その間を進み出たのは禿げ上がった執事だった。背は低いが肉が厚く、動きも機敏ながら貫禄がある。服が違えばこちらが貴族に見えるだろう。


「もうおやめください旦那様! 先代がこの騒ぎを見たらなんて言いましょう!」


 子供を叱る親の態度、これに旦那様はシュンとなる。


「おやおやおや、メイドもあれながら執事もこれとは、しつけがなってませんな」


 悪魔が煽る。


 観客もそれに乗る。


 囃し立てられ、同時に嘲笑されてるのは旦那様だった。


「黙れ下郎!」


 またも執事が一喝する。これにブーイングが返ってくる。


「よろしい。ならば次は貴方だ!」


 そう言い放ち、クルリと身を回転させて悪魔は執事の前に、変身はすぐに始まった。


 ……今度もまた、旦那様の姿だった。


 ただし、その姿はまさに瓜二つ、そっくりだった。


 これに感嘆の声が上がる。


「おーやおや、まーさかまさか、またもご主人、旦那様が怖いとは」


「あぁ、怖いとも」


 執事は低く、強く言う。


「わたくしめが恐ろしく感じているのは旦那様、その未来です。いい加減目を覚ましてください。毎日毎夜こんなバカ騒ぎをして、貴族の仕事も、貴族の責任も放り投げて何をなさっておられるのです。ただでさえ今は困難な時代、だからこそ上に立つ貴族が率先して苦難に立ち向かう、それこそが高貴なる家にお生まれになられた方の宿命なのですよ? それを果たすと、なき奥様様とのお約束、お忘れですか?」


 心に刺さる説教、というやつだろう。


 当てはまる貴族は旦那様だけではないらしく、みんなもシュンとなってる。


「あらあら、パーティーを森下げちゃって、それでどうします? このまま言われるままにお開きですか?」


 優し気で、だけど挑戦的で、実質命令な悪魔の言葉、上手い。


 そして載せられる旦那様、集まる視線に耐えきれず、決心を、それも低い方へと流れる覚悟をしたらしい。ちょろい。


 ずかずかと太もも見せながら焼き馬に向かうと、切り分けるのに使ってたサーベルを手に取る。


「やれ」


 一言、悪魔からだ。


「やれ」


 続いたのは貴族の誰かだろう。


「やれ」「やれ」「やれ」


 コール、広がり、盛り上がる。


「やれ」「やえれ!」「やれ!」


 歓声、合わせて貴族二人が飛び出し、執事の両腕を捕まえ捕らえる。


「放しなさい!」


 暴れる執事、その前に旦那様が立つ。


「旦那様」


「僕に、命令するにゃ!」


 口から色々飛ばしながらサーベルを振り上げると、旦那様は執事の頭へ振り下ろした。


 鮮血、歓声爆発、弾ける拍手、最高のショーだ。


「人間は、思ってたよりも悪くないかもしれない、ヘヴォ」


「マジですか?」


 短い会話の間に、執事は頭から血を流してふらつき、後退して、しりもちをついてから倒れた。


 それを追う旦那様、が、前に立ちふさがる一人の陰、メイドだった。


「……どけ」


 命ずる旦那様にメイドは国を横に振る。


「どけ」


 どかない。


「どけといってるにゃ!」


 再び振り上げられたサーベルにメイドは強く目を瞑った。


「カウントダウン、開始します。30、29、28……」


 アナウンスに、パーティーがざわつく。


「へぃ、ボット」


「興覚めへヴォ。やっぱり人間は生きるに値しないへーヴォ―」


「いや、待てって」


「違うヘヴォ? メイドは拷問予定なのにカッとなって台無しにしようとか、やっぱり人間は感情なんかに縛られた欠陥品へヴォ。欠陥品はスクラップ、常識ヘヴォ」


「あーそれは置いといて、なんかカウントしてるけど?」


「やるヘヴォ」


「はい?」


「三日目に入ったのにお前は一体何ポイント稼いだヘヴォ? このペースじゃノルマ達成しないヘヴォ。だからさっさとあの悪魔とやらを倒してこいヘヴォ」


「あぁーーーーはい、わかりました」


 俺のターン、ドロー。


 ……なんか、しっくりこなかった。

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