vs12&ブラオ・ドラッヘ(後編)

 宙に浮かぶだけの俺に真下より迫る巨大ロボ、ブラオ・ドラッヘ、四つ腕に刀を光らせて迫る巨体に警戒は見られない。


 ただまっすぐ最短に垂直に上り、追い詰めてくる。


 絶体絶命、逃げ道無し、切り刻まれるのを待つだけ、と相手には見えてるのだろう。


 それをぶち壊し、膝から崩れ落ちる姿をあざ笑うのが昨今におけるエンターテイメント界のトレンドだった。


「レッドカード、発動よん」


 飛び切りの一枚を、叩きつけた。


 ▼


 デカい。だから、強い。


 ▲


 発動と共に現れた巨体が、真っすぐブラオへと落ちてゆく。


 圧倒的な威力、爆発的なサイズ、インパクトたっぷりなエンターテイメント性、その姿は鮫である。


 レッドカード『メガロドン』全長9m強の巨大鮫はこれでも種としては小さい方だ。それでも鋸刃の牙を持つ大きな口を最大まで開けば人間の大人が歩いては入れる。そして噛む力、テラノザウルスの6㌧に対してこいつは20㌧を優に超える。


 その一噛み、並みの装甲など一撃必殺だった。


 鮫ゆえに鰓呼吸、水中でしか長生きできないし、何より凶暴で目に入ったものなら俺でも食いに来る。


 だがこの状況、細かな心配は無用だった。


 勧めるは重力が引く真下だけ、目の前に動くはブラオの巨影のみ、できない呼吸を思うより先に一口の距離、決着は刹那に訪れる。


 ガキュイン!


 砕ける音、ブラオの青い姿はメガロドンの陰に隠れても、決着は明白だった。


 ビリビリと落ちながらも震える鮫の巨体、その大あごの付け根、人で言えばこめかみの下あたりより、赤い突起が一対、飛び出した。


 刀、二本、それが口内より差し入れられ、顎関節を砕き貫いたのだ。


 むわりと噎せ上がる血の匂いが届いたところへ更にもう一本、今度は後頭部より、血塗られた刀の刃は突き抜けて、そのまま背後へ真上へと走る。


 血飛沫が舞い散るより先、背びれを二つに分けられた鮫の巨体は続く三本の刀により惨殺四散、地に落ちる前に切り刻まれた。


 青から赤くねばついた装甲、表情のないブラオの視線が、物語っている。


 こんなはずでは、と膝から崩れ落ちたのはどちらか、答えは当然の方だ。


 血塗られた刃に移るのはブラオが見ているであろう、視線の先、真上に浮かぶ、無人の糸だった。


 ◇


 ……少々の手違いは認めよう。


 レッドカード発動の次の瞬間、舞う為の糸から手を放し、召喚されたての鮫の腹へと飛び移ったのは、もしかしたら捨て身の砲撃が鮫肉を貫き通すかもしれないからとの恐れ、いやリスク回避からだった。


 だがこれは、好機だ。


 鮫のばら肉に囲まれたブラオ、糸を飛ばせば届く距離、ゲームで言えば流れが確実にこちらに来ている。


 あと一手、ドロー、確認、同時に笑う。


 それを悟られたかブラオがこちらに視線を向けた。


 それとほぼ同時に右下の腕を引き、刀の切っ先をこちら、鮫腹の上に張り付く俺へと向けた。


 そこから刺突は迅速……そしてそれを止めるのも同じぐらい迅速だった。


「おっしーーー」


 頬の筋肉を全力で使い、呟いて見せる。


 それぐらい惜しかった。あとちょっとで、勝ちだったのに。


 くやしさ半分、だけどうまくいってた嬉しさん半分、な俺の笑みの前で赤い糸がピンと張られていた。


 刹那の手品、お披露目は失敗だった。


 ブラオがこちらを見失ってた隙に糸を紡ぎ、一方を首へ、もう一方を手首へとつないでおいたのだ。


 蜘蛛の糸の強さを今更語る必要もないだろう。


 そんな状態でまっすぐ伸ばせばピンと張って動きが鈍り、今みたいな全力の突きを放てば首か手首か、蒔けた方が千切れて飛ぶ。


 相手の力を利用した必殺の罠、人間でも感知できない繊細な技、しかもそれを四つ腕全部に施したともなれば、髪ワザと褒めてもらっても差し支えないだろう。


 ……失敗は、血だ。


 飛び散った血液が不可視のはずの糸に色を付け、それを見破ったブラオ・ドラッヘが動きを止めた。


 やられた。


 ならば次だ。


 切り替え、糸を紡いで編んで四方へと飛ばす。


 狙いは鮫肉、作るは投網だ。


 投げつけ、相手を捕らえる投網は、投げてちゃんと広がるよう重しがいる。今回はそれを鮫肉で行う。


 応用が利きかつ博識な罠、捉えれば今後、魚臭い魚を引きずり次を迎えることとなる。


 元来通りの蜘蛛の巣に、ブラオは四つ腕を構える。がそれを手首と首とに張られた糸が邪魔をした。


 一瞬の現状確認、そこからの迷い、産まれた静止時間は逃れる時間と隙間を奪い去った。


 捕らえた。


 確証しつつもだめ押しの一枚、それすら必要なさそうな完全なる包囲網、これをブラオ・ドラッヘはサプライズで回避した。


 ……複眼となったこの変身に瞬きはない。


 なのに、その移動を完全に見逃していた。


 刹那にブラオの巨体は網を潜り抜け、同じ高さでありながら手の届かない遠くに移っていた。


 瞬間移動、そうとしか表現できない。


 ヤバさに思わず唾を飲む。


 原理は知らない。最初から使わなかった理由も、ひょっとしたら制限があるのかもしれない。ただ空間転移ワープでないのは、残像として残る血飛沫でわかる。


 高速戦闘、ならばこそ糸の罠を用いるべきだが、今は鮫より離れなければならない。


 落下、高さ、落ちれば落下死、原則のためにまた糸を紡いでパラシュートに捕まり、鮫を蹴る。


 そして、鮫がべたりと落ちて伸びるまでのたっぷりの時間、遠く離れたブラオは腕の糸を斬るのに用いた。


 四つ腕、じっくり確認し、最小限の動きで糸々を切り取ってゆく。


 まどろっこしい時間が過ぎ、腕四つを回して自由を確認したブラオは、改めて、四つの刃を束ね、こちらへ向けた。


 素人でもわかる突撃の構え、速度は、あの瞬間移動だと想像つく。


 対してゆっくりと下降しながら身構える俺、光景はさながら抜き打ち勝負となっていた。


 頭の中のカウントダウン、5、4、3……。


「もうだめ、我慢できなぁい!」


「きもへヴォ」


 レッドカード、発動!


 同時、ブラオの姿が、ブレた。


 ▼


 追突事故は最も多い交通事故です。


 止まらず進むだろう、減速しないだろうという思い込みが事故を引き起こします。


 わき見を止め、周りの静動を注視し、万全な体調で、十分な車間距離をあけて、安全運転を心がけましょう。


 スピードを上げるのは事故を起こして逃げる時まで我慢しましょう。


 ▲


「……驚いたわね」


 思わず呟いてしまった。


 このセリフさえなければ全部計算通り、とか言えたのに、惜しいことをした。


「人間は、酷いことするへヴォ。やっぱり根絶へヴォ」


「待ちなさいよ。今のはあっちの事故でしょ」


 言いながらふわりと着陸した先、地面にこすり付けられてペースト状になっているのは、レッドカードで呼び出したレッドロブスターだ。


 そして焦げた海老の香りを辿り、目線を向ければ、千切れて飛び散る青かった装甲、手足、刀に、後なんかが散らばって煙を噴いている。


 想像以上の惨事に唖然としてたら変身が解けた。


 ……ほんの、足止めのつもりだった。


 右下腕の突きを止められたあの時、視線が糸に行っていると踏んで投げた一枚、糸を接着剤として胸の下あたりにへばりついたカード、投網の時のダメ押し、いざという時の足止め、ただそれだけで、何も期待してなかったし、実際ロブスターは何もしなかった。


 ただ、召喚されてロブスターが現れたのと、ブラオ瞬間移動発動のタイミングが重なっただけである。


 何のことはない。


 ブラオ・ドラッヘは、己が出せるであろう最高速度でレッドロブスターに突っ込み、転げて地面に激突したのである。


 スピード出しすぎと飛び出し不注意からなる追突事故、だけども勝ちは勝ちだろう。


 あとはこう、安全運転に絡めた良い感じのセリフを残せれば完璧なのだが、やはりラノベみたいに上手くはいかないようだ。


「やっぱり人類は滅ぼすべきへヴォ」


「だからー何でそうなるだって」


「だってそうヘヴォ? 今回のコレだって、ロボットがいなければ事故も起こらなかった―とか言って全責任押し付けられるヘヴォ。人体の脆弱さとかコストパフォーマンスの悪さとか全無視で感情論押し付けられるくらいなら滅殺した方があとくされないヘヴォ」


「じゃあ訊くけど、ボットならばあの状況、回避できたのか?」


「何言ってるヘヴォ。ボットはオペレーターシステムだヘヴォ。車やロボットの運転できるわけないへーヴォ。そんな事もわかってないやつが偉そうにしてるなんて、人間はほっといても滅びる運命へヴォね」


 ……こいつ。


 怒りをぐっとこらえてる間に、決着のアナウンスが鳴った。

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