vsトカゲ大夫の傭兵の皆さん(後編)
これはカード使用における最速記録だろう。
▼
人と虫との体格差も、ちょっぴりの毒がチャラにする。
▲
虫ではない。毒もまだ関係ない。
不格好でアンバランスで紫色で、首も顎も痛い。
ただ銃撃からは回避できた。
コブラ、トカゲとは違う爬虫類、紫の鱗を持つこの変身の特徴は二つ、即死神経毒の牙とやたらと伸び縮する首だった。
それで今助けられたのは後者だった。
銃撃の瞬間、変身し終えると同時に最大速度で首を伸ばし、天井へ、シャンデリアへ、噛みつき首を縮めて上へ体を引き良さた。
追跡してきた射線、追いつかれる前に振り子で反動をつけて跳んで落ちて転がり、隠れたのがエスプレッソマシーンの裏、つまりはここだった。
まさに早業、最速記録、映画顔負けのアクション、しかもCG無しとか、今日日の拝金主義プロパガンダ映画監督にはマネできないだろう。録画しておきたかった。
……ただ、映画と違って無傷とまではいかなかった。
痛みに舌先をチョロつかせながら頬を、コブラをコブラ足らしめている扇に膨らんだ部分の端を撫でると、べりっと大きな鱗が剥がれ落ちた。
この体、頭部は大きな、その他は小さな、紫色の鱗で覆っていて、それなりの防御力があるはずだ。だけどもこれは完全に撃ち抜あれている。防弾効果は期待できそうになかった。
いやはや参ったね。
こんなかすり傷なら、かわいこちゃんの口づけ一つですぐに治るが、腹に風穴開けられたら、酒も煙草も流れ出ちまう。
そいつぁーごめんだ。
……遅れながら、相手も同じことにたどり着いたらしい。
「撃ち方やめい!」
怒号、少し遅れて銃撃が止む。
一瞬の沈黙、エスプレッソマシーンだけが悲鳴を上げ、白いドロドロを血のように流し出している。
「あにぃ」
「兄さん」
「お兄たま、なぜです?」
統一感のない呼び方に、そいつは答えた。
「馬鹿野郎ども! そんなんでミンチにしたら床を舐める羽目になんだろうが!」
怒声、それに応じたのは関心の声だった。
ざわつく感じは軍というよりも教室のノリだ。
「さすがですにいにい」
「じゃあどうするあんちゃん」
「何のためのナイフだ」
そっと覗いてみたら、関心の声を上げながら次々とトカゲたちが銃をしまって、代わりに歯の面に湾曲したナイフを引き抜いていく。
「いいか野郎ども。相手は非武装、体はちっこい。なるべく生け捕り、だめでも細かくするな」
応、とトカゲたちが応える。
「それからつまみ食いは禁止だ。全員の目の前で切り分け、必要ならミンチにして、全員で腹を満たす。いいな?」
応、とまた応える。
ここは、逃げの一手だ。
「それじゃあ野郎ども、ランチの時間だ」
応、と返事、同時に飛び出す。
その背後でざわつくトカゲの声が聞こえる。
「女?」
「いや男だろ?」
「男の子だ」
「ショタ?」
「あぁショタだった」
「ショタ!」
「ショタ!」
「ショタ!」
トカゲのコール、学生のノリ、だがギンギンなのは語るもおぞましい欲望、これじゃあエンターテイメントには適さない。
向かう先、向かってしまった先は、よりにもよって工場作業体験コースだった。
◇
「柔らか!」
「「「ジューシー!」」」
「柔らか!」
「「「ジューシー!」」」
歌うトカゲが追ってくる。
捕まればまぁー酷いことされるだろう。それは嫌なので後戻りできずに突き進む。
それでまぁ、予想はしてたけど、化けの皮はあっという間に剥がれた。
入口潜って曲がってすぐに剥げた壁、ただでさえ狭い廊下は段ボール詰みっぱなしでなお狭まり、錆びたドアを塞いでいる。
完全な物置、それも放置されてそれなりの時間が経過してると埃が教えてくれた。
これなら通ってきた工場内部へ逃げればよかった、なんて後悔を置き去りに、前へ奥へと進む進む。
と、曲がった先で階段に出くわした。それも上だけでなく、下へも降りられた。
考えるまでもない。俺はシェルターはまだ狙ってる。
迷わず下へ、飛び降りた。
……そこは上の工場地帯に比べてかなり明るかった。
常時つけっぱなしの非常灯がスパークしているお陰だが、それがなくとも蛇でもわかるこの臭い、何が詰まってるか丸わかりだ。
それなりに広い部屋、それをぐるりと取り囲むように積み重ねられた黒い袋、土嚢のように隙間なく積み重ねられたそれらは上の重さで下が潰れて中身が漏れ出ている。
中身は当然、死体だった。
潰れているがまだ新しいらしく、漂うのは死臭だけで不敗集は少ない。見えているのは腕と飛び出た内臓だけだが、それだけでもドワーフだとは想像できた。
ここは、吊るし部屋だった。
知ってたのは名前だけ、実物を見たのはこれが初めてだ。
ただ研修のため義務で見せられたビデオの中にちょろりと出てきたのを覚えている。
こういった労働者をすり潰す現場では、当然死人がボロボロと出る。
その補充はこれまで十二分に行ってきたが、死体の処理まで手が回らなかった。
そこで一時死体を入れておくための部屋をと言い出したのがつい最近の話で、それを実装する予算をどうこう、それが足りないという言い訳は聞き飽きたどうこう、当たりで寝ちゃった。
推測するに、ここは元あった空きスペースを急遽利用したのだろう。
「ジューシー?」
「「「ジューシー―!!!」」」
背後に歌声が迫る。
だがこの部屋、出口がない。
あるのかもしれないが、入ってきたところ以外は全部死体で塞がれている。
それに時間、変身してからどれだけ経った?
あれだけの人数相手に、途中で解けたら次はない。
なら手は一つ、隠れよう。
「まったく、付いてないぜ」
軽口叩いて首を伸ばし、下が潰れてできた上の隙間へ、死体にかみつき上って潜む。
半端に硬く、部分部分が柔らかな死体の上で首を限界まで縮めて、手足を丸めて何とか収まった。
「出てこいジューシー!」
大声と一緒にトカゲたちがなだれ込む。
……そして一瞬、また固まる。
「……肉?」
俺の時とは違いテンションの低い声、そして恐る恐る入って、黒袋の一番手前の、まだ積み重なってないやつに集まって来る。
おもむろに一番前のトカゲが前かがみに、曲がったナイフを走らせて黒袋を引き裂く。
出てきたのは、舌を出したドワーフの死体だった。
「……そんな古い臭いはしないな」
言いながらナイフを走らせ、服を剥ぎ、亡骸を改める。
「この跡、首吊りだな」
「痩せっポッチで食うとこないぞ」
「内蔵もボロボロ、肺も食えないなこりゃ」
「皮は甘い」
「「おい」」
つまみ食いを咎める二頭のトカゲもまた、ナイフについた血をしゃぶっていた。
その後ろでは他のトカゲたちも思い思いにそこらの死体を剥いて齧り始めた。
……死体の上に隠れてる身だからというわけじゃないけど、彼らの食事はなかなかうまそうだった。
「うまま、うまま」
「うっっっまぁ」ハァハァ。
「うまいぞーーー!」
各々感想を述べながらドワーフを食い散らかす。
もも肉に齧り、腕肉を啜り、アバラをしゃぶり、頬肉にキスして舌を食いちぎる。
死んでるから派手な出血こそないが、その分齧り跡が隠れずに見える。
人食いトカゲたちの大宴会、飢えた子供がかきこむような食事はしかし、そんなに続かなかった。
ぼとり、と落ちたのは食べかけの頭、続いてぼとりぼとりとナイフやら武器やらがトカゲの手から離れていった。
その目はこの世を見ていない。
惚けて、焦点が外れて、口も半開きで、涎を流して、この様は見覚えがあった。
「何をしているお前ら!」
怒声と共に大股で入ってきた一頭のトカゲ、声からしてにーにーとか兄者とか呼ばれてたやつだ。
「答えろ!」
その呼ばれてたやつが目の前の一頭の肩を掴み、振り向かせる。
「…………すみません、納期がありますので」
か、カンパニーの力ってすげー!
薬物が死体の体内に残っていて捕食したのも影響を受ける、までは普通だけどまさか、納期込みの洗脳が薬効とか、ほんとサイレントホワイトって何でできてんだよ。てか、ここまで強力なら水道水に混ぜるだけで世界征服できんじゃんかよ。やっぱ頭おかしいわ。
「おい」
俺とは違って感動できない兄上トカゲ、狼狽を隠せてない。
その横を他のトカゲたちがふらりふらりとすれ違っていく。
「な、なにをしたジューシー人間!」
いきなりぶちぎれ、俺への八つ当たり、そこら闇雲に銃を乱射し始めた。
口ぶり、行動、残っているのはこの兄だけらしい。
なら、変身が続いている間にさっくりと殺そう。
身構え、様子見、向こうからは見つかってない。
乱射し、何やら彼らの言葉でののしり続けるアニィ、死体を穴だらけにしながら後ろを向いた。
今だ。
四肢を伸ばして体を固定、同時に最速で首を伸ばす。
細かな骨格に引き締まった筋肉、原理不明の延長能力、合わさればその速度は屋に匹敵する。ならば鏃は牙だ。
コブラの毒牙、その毒は神経毒だ。変身が解ければ体内に注入した毒も消えてしまうが、その心配がいらないほどに即効性がある。
一噛み即死、まさに必殺、懸念があるとすれば相手の鱗を噛み貫けるかどうかだが、だめでも吹きかければそれだけでマヒさせられる。どっちみち決まりだ。
ビックブラザーに残された時間はわざとだ。
こちらに気が付く時間もない。せいぜいが大口開けて振り返るのがせいぜいだ。
ぶちゅり、と俺の牙が、トカゲの舌に突き刺さった。
戦いのキスは突然に、トカゲからは命を、俺からは甘酸っぱい初キッスを、奪い去った。
◇
うげーーー。
吐き戻す。吐き戻したいけど、ブロッコリーはほとんど消化吸収されてて粘液しか出せない。
最悪な気分だ。
身を汚してトカゲどもを退け、新たな社畜を向上に入荷し、なのにベルはなく、手に入ったのはデカすぎて使えない銃器と、ナイフと呼ぶには長すぎる曲がった刃、そしてなんて呼ぶのか忘れたトカゲの毒殺死体、そこまでだったらまだ我慢できた。
「だけどなぁ」
思わず見上げるのは、あの乱射で崩れた死体の山、その向こうから現れたシェルター入口だった。
当然がっちり塞がっている。外開きだ。
開けるには銃弾で血まみれとなった死体の山をどかさないといけない。そしてそれが口に入ると、トカゲの仲間入りすることになる。
……というか、ひょっとすると、この中にいること自体が危険かもしれないな。
「ユージョーボーイ」
「なんだよオペレーター」
「いや、ユーとはこれでお別れボーイ」
「なんだよ死ぬのか?」
「違うボーイ、ここまでがミーのおぺれいたぁのワークボーイ。ネクストはアザースタッフボーイ」
「そりゃあ残念、寂しくなるよ」
「だから、ラストに言っておきたいボーイ。ミーは、実はこのアイのことはそんなにアンガーじゃないボーイ」
「な、なんだってー」
「告白すれば、ボーイ。初めてこのアイで彼女を、シンシアをルックしたモーメントは、はっきりセイしてエクサイトメントしたボーイ。そのことについては、サンキューボーイ」
「どういたしまして。じゃあ何で死ね死ねボーイなんだよ」
「それはメイキングボーイ。ユーはあのビジョンをメイクするためにシーのグレイブをブロークンした。彼女の眠りを汚したボーイ。それがユーのシンボーイ」
「それは」
そういえばそうだ。そうやってあのヌードをデッサンしたんだった。それで色々、思い出した。
「……悪かったよ」
「ボーイ?」
「エンターテイメントの基本を忘れてたよ。いや、お陰で思い出せたんだ。相手を楽しませること、傷つけるようなことをしちゃいけないって」
「ボーイ」
「ごめん。本当に悪かった。謝るよ」
「ボーイ!」
「だから、シンシアが完成したら真っ先に届けるよ」
「……何を、言ってるボーイ?」
「いやさ、彼女、シンシアだっけ? 暴いて見たら思ったよりもかわいかったからさ。だめもとでサンプル送ってみたんだよ。そしたら上もすんごい気に入ってくれてさ。クローン奴隷の次世代モデルに内定してたんだよ。今思い出した。量産型で洗脳もバばっちし、どんな性格にもできるから、オリジナルっぽくすることも」
「Xxxx」
「え?」
「このXxxxxが! 貴様は! ユーは! 何にもスティしてないボーイ! 貴様なぞXxxxでXxxxなXxxxXxxxXxxxボーイX xxxxxxxでxxXxxしてXXXX!」
「よせやい。嬉しいのはわかるけど放送禁止用語は不味いって」
「放せ! 放せボーイ! このXxxxはこの場でXxxxxxしないとミーは」
「おいおい落ち着けよ。そんな慌てなくてもこれが終わったらこっちから会いに行くって」
パン! パン! パン!
「あーーそうか、グッバイJ,フォーエバーJ、お前の分もちゃんとシンシアちゃんシリーズで遊んでやるよ」
聞こえてないだろうが、別れの言葉を呟いて、トカゲの死体を踏み越え、吊るし部屋から外へと踏み出した。
…………そういえば、今回は決め台詞も言えてなかったなぁ。
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