vsトカゲ大夫の傭兵の皆さん(前編)
二日目、昼。
ブロッコリーな朝食で気分爽快、デッキ補充はあれだったけど、上々な一日になるはず、だった。
「すみません。納期が迫ってますので」
ここにきてからこのセリフばかりを聞かされる。
ファクトリオ、数多の異世界に点在する数多の工場の一つだ。外見こそ場違いなほどに未来だが、中に一歩入れば真っ黒な実情が見えてくる。
耳をつんざく機械音、鼻を突く異臭、喉をイガイガさせるのは埃かカビか、あるいはほかの何かか。
劣悪、としか言いようがない工場内部に詰め込まれていたのは、抜け殻だった。
ドワーフ、だったのだろう。だが体毛のほとんどは抜け落ち、肉も削げ落ち、一目見ただけで生気や魂や、おおよそ人として必要なものが抜け落ちているのがわかる。
彼らに私語はなく、ただ決められた作業を決められたとおりに、ルーティンワークをルーティンし続けている。
ここまでくると彼らの前で動くベルトコンベアの方が元気で、生き物のように見える始末だ。
まぁ、カンパニーとしては日常風景な労働環境なのだが、当然こんなところを視察に来たわけではない。
狙いは、幹部クラスのみが利用できる共通するサービスシステムである。
細かなことを上げたらそれこそ数多なれど、カンパニーが異世界に作った施設に必ずあるのが緊急用避難シェルターだ。
何せ異世界、何が起こるかわからない。ノームの大量発生、ゴブリンの人権運動、新種の花粉症にオペラブーム、危険が数多あり、それから逃れる手段は数多な方が良い。
なのでカンパニーが作った一定以上大きな建物には必ずシェルターが存在し、一定以上偉い人間、俺みたいなVIPは緊急時に貰っているパスコードで中へ避難できるようになっている。このシステムはスタンドアローンなので早々に封印できないようになっているから、まだ使えるはずだ。
当然、シェルターの中は安全安心設計だ。流石に異世界への移動はできないが、水も食料も漫画も薬も何年分もストックしてあることになっている。
つまりは中へ逃げ込めば終わるまで安全安心なのだ。入れれば。
「だーかーらー、シェルター、わかる?」
「すみません、納期がありますので」
繰り返すのはもう何人目かのドワーフだ。
「だからー、別に案内してくれなくても、場所だけ教えてくれたら」
「すみません、納期がありますので」
「俺、一応は幹部だよ?」
「すみません、納期がありますので」
繰り返す言葉、変化を求めてその耳を引きちぎってみる。
「すみません、納期がありますので、これで失礼します」
千切る作業を無視し、その間の沈黙で用済みと判断したのか、ドワーフはそれだけ言い残し、血を滴らせながら元居た位置へと戻っていく。
こいつも、使えない。
ここにきてからどいつに聞いてもこんな感じだ。課長や部長や工場長や弟子やコマーシャルモデルでさえ、納期納期と質問に答えない。いや答えられないのだ。
支配下に置いた異世界人を薬物洗脳で画一化、統一化し、ただプログラム通りにしか動けない機械へと変える。
これがカンパニーが求める未来ヴィジョンだった。
名前は確か、カンパニーメソッド、だったか、しっかりと駆動して結果を残せているらしい。
当然、プログラム通りに動いているだけ彼らには非がない。非があるのはこんな不完全な命令を下した中間管理職が悪いのだ。そいつは後で現場の何たるかを知るために、自身でメソッドを体感してもらうことにしよう。
兎にも角にもここにはシェルターがないことはわかった。ならば移動だ。
千切った耳を他の耳の山に投げ捨てて、奥へと進むことにした。
◇
複雑な工場の中、上へ下へと探検する。
工場は工場なので部屋の大半は何かを作っていた。
釜から流れてきたどんぶり鉢に液晶の指示に従って何種類かあるらしいプラスチックの麺を投入し、同じく種類のあるらしい樹脂のスープを流しいれ、団扇で仰いで冷やして固めて、同じくプラスチックの具材をトッピング、「最後に真心を込めて検品、八割ほどが破棄されて残り二割が箱に入れられトラックへ、出荷されてゆく。
見ものではあったが今はいい。
と、サイレンが鳴った。
同時にどこからか別のドワーフが湧いて出て、今働いているドワーフと入れ替わってゆく。
休憩時間か、ひょっとするとアメニティな方にシェルターがあるかもしれない。
思い付き、付いてゆく。
進むドワーフは自然と一列に、足音までそろえて階段を上がり、二階へ。同じく暗い中を抜けて向かったのは食堂と書かれた、廊下だった。
正確には廊下にしか見えないような長細い部屋だった。両端に出入り口があり、一方通行らしく、片方から中へと一列、一糸乱れず入ってゆく。
中を除けば、座らないどころか立ち止まりもしてなかった。
一定速度で進みながら上から降りてきたチューブを咥え、出された食事を飲みながら歩き、そのまま飲み終わったころには部屋を出ている。
マラソンの給水のような食事風景、文字通りの流れ作業、あっという間に列が掃けて無人となった。
好奇心、射なくなった廊下に一歩踏み入れるとオートでチューブが動き出した。
レールに沿って流れるチューブが、誰も咥えてないのに次々と食事をぶちまける。
流れ出たのは、サイレントホワイトだった、と思う。
知ってるのは名前だけ、内容は人づてに、曰く、原材料を知ったら食べれなくなる白いドロドロ、カンパニーメソッドのおやつ、栄養補給から水分補給までこなす万能食、モチロン保存料や洗脳薬たっぷりだということだ。舐めれば、あのドワーフの列に加わることになる。だから味は知らなかったが、臭いは無かった。
それが無人の廊下にドロドロと垂れ流されていく。
……ま、誰かが掃除するだろう。それより今はシェルターだ。
◇
……考えてみれば、シェルターは普通、地下にあるはずだ。
そこまで気が付いて、次の問題、地下へはどうやって行くのか?
登ってきた階段を降りたところで、一階以下へ向かう道はなく、ならばとさ迷い歩いてたどり着いたのは玄関だった。
まだ外観の未来感の残るガラスの自動ドア、ハイカラでシンプルな受付、でかいソファー、中央にそびえるようなエスプレッソマシーン、囲む壁には希望溢れる工場生活に前歯を光らせている先輩ドワーフの写真、高い天井にはシャンデリアまである。
そして奥、床の矢印に導かれた先には工場作業体験コースとやらの入口が見える。
賭けてもいい、あの入口を潜って就職した奴は一人もいない。
大体の流れは通例通りだろう。
カンパニーとの価格競争に敗れたどこぞの田舎から、生活のため、あるいはハイカラな未来のため、カンパニーのリクルート要員の口車に乗って、就職希望者がここまで面接にやって来る。
未知なる世界、馴れない面接、ここを訪れた連中は何を思っていたかは知らないが、緊張してたのは想像に難くない。だから勧められるがままにエスプレッソマシーンから出てきたサイレントホワイトを疑いもせずに口にする。
それでお終い。
夢も希望も自我も魂も人権も消え去って、プログラムを待つ真っ白のな機械に大変身する。
それからはもう、書類はこちらで印刷し、給料は寄付という形で回収、労働者は文句も言わず、黙々と働き続ける。必要経費は維持するためのサイレントホワイトおかわりぐらいなもんだ。
完璧な雇用体系、だがそれも今は昔になっているようだ。
半開きで固まった自動ドア、無人の受付、ソファーには埃、エスプレッソマシーンにはカビ、壁のポスターも日に焼けてか変色している。明らかに手入れされてない。
正体がばれたか、あるいは人材が尽きたか、奥を見てきた身としてはこれ以上のリクルートは不必要と判断した、というのに賭けたい。
何にしろ、ここにもシェルターはなかった。
さてどうするかな、と少しばかり歩き疲れたのでソファーに座る。
舞う埃にせき込みながら、だんだんとシェルターいらないんじゃないかと考え始めてた。
ここの工場のどこか邪魔にならない場所、ベルトコンベアの隙間とかに隠れてれば、少なくとも巨大ロボットと遭遇することはないだろう。
侵入してきても複雑なここなら逃げ隠れできそうだし、後は水と食料とを何とかすれば、残り二日ぐらいならなんとかできるだろう。
それで余裕があればまたシェルターを探せばいい。
我ながら良いアイディアだ。
ならさっそく、とソファーから立ち上がるのとほぼ同時にガラスの割れる音がした。
そっと、そちらへ視線を向ければ、犯人はでかいトカゲたちだった。
比喩ではない。直立した、暗めの青い鱗で、俺の倍ぐらいありそうな背丈、それを丸めたトカゲ人間たちが、手にした銃器の銃尻で自動ドアのガラスを叩き割っているところだった。
侵入者、武器、冷血動物、導き出されるのは敵だった。
ソファーに身を隠し、忘れてたイヤホンを頼る。
「おいオペレーター、なんだよあのトカゲは?」
「シンシア、あぁシンシア」
「オイ」
「あ、あぁ、あーー、死ねボーーーイ!」
「自分のキャラとか思い出さなくていいから仕事してくれ。あれは、今度のデュエルの相手なのか?」
「……違うボーイ。少なくともそんな通知受けてないボーイ。でも死ぬがいいボーイ」
「怒られたからって凹むなよ」
応えながら覗くと、トカゲたちはガラスを踏み越え、入ってきたところだった。
数は、六より多い。武装は銃器、服装に見えたのは血の滲んだ包帯、健康状態はボロボロのようだ。元の傷もあるのだろうが、片目、片手、尻尾、切断面は未だに止血しきれておらず、足を引きずるもの、うめくもの、たった今事切れたものもいる。
獣人でもわかる。彼らは敗残兵だ。
「出たボーイ」
「なんだよ」
「ワークしてやったボーイ。彼らはモナリザグループの代理ボーイ。ただしメジャーはルーズでドロップアウトボーイ」
「なるほどですね」
あのでかい体に銃器、手こずりそうな感じだが、今回は社長戦争、ロボから情報屋から妖精からオケラから、何でもあり、つまりは相手が悪かったのだろう。生き残れただけでも拍手してあげた方がいい。
と、そのトカゲたちが鼻を引くつかせ、同時に銃器を構えた。
緊張状態、臨戦態勢、睨むのは、俺のいる方だった。
「出てこい」
威圧する命令口調、ばれてる。
なら、どうするか?
向こうは大人数、こちらはデッキ回復したとはいえ一人、形勢は不利だ。
だけど戦っても得をしないのはお互い様だ。
あちらにはベルがなく、こちらがデュエルして勝ってもポイントは入らない。
あちらも同じくベルなしでは勝利できず、むしろ満身創痍の怪我人抱えて戦いたいとは思わないだろう。
よし、ここはひとつ、平和的交渉と行こう、の前に、ドローだけはしておく。
……よし。良い手札ではないが、良し。
「待ってくれ!」
カードを輪ゴムで手首に、それから続きの声を上げる。
「今出る! だから撃たないでくれ!」
両手を上げて先に、それからゆっくりと立ち上がり、身を晒す。
……撃ってこない。トカゲたちは固まったままだった。
いい感じ、後は交渉次第、だけども交渉はエンターテイメントでもある。つまり俺の得意分野だ。
「俺はユージョー、確かに代理で、お前たちとは敵陣営だけど戦う気はない。それにお互いメリットも」
「…………肉だ」
ぼそりと、トカゲのどれかが呟いた。
「……肉だ」
違うトカゲだ。
「肉だ」
これも違うトカゲ。
「肉だ」「肉だ」「肉だ」「肉だ」
どれがどれだかわからなくなる。
「肉だ」「肉だ」「肉だ!」「肉だ!」「肉だ!!」
謎の肉コール、熱気を帯び、涎をたらし、尻尾をフリフリ絶叫し始めるトカゲたち、なんだ?
「肉だ!」「肉だ!」「肉!」「肉!」「肉!」「肉!」
コールが短く、ボルテージは熱く。
「肉!」「肉!」「肉!」「肉!」「肉!」「肉!」「肉!」
この盛り上がりは、まずい。
「ユージョーボーイ、今のうちにトークしたいことがあるボーイ」
「今?」
俺の一言をきっかけに、銃口が一斉に火を噴いた。
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