vsティアナ=O=カンパニー(後編)

 裸に白衣、虫でなければセクシーだろう。


 だけど中身があれじゃあ、ホラー経由のキュートはあってもセクシーは、残念だ。


 そのくせすくりと立つ姿にブレがなく、その姿勢が綺麗であることは認めるしかない。


 そして、こちらに身構える姿勢も、隙がないと素人の俺にさえ凄みが伝わってくる。


 これとまだやらなきゃならないとか、勘弁してほしいぜ。


「……オマエ、ナメテタ」


 オケラの声、驚きの感情が聞こえるけど、オケラの感情が人のと同じなのかは疑問だけど。


「オマエ、ツヨイ。ミンナ、イッテタヨリズット」


「いや~、そんなに褒められると照れちゃうよ」


 本心だ。オケラからでも褒められたら嬉しい。


「ダカラ、ヤッテヤル」


「……何を?」


 返事の前に一時、笑いのような音をさせてる。


「キマッテル、オマエノオキニイリ。だーくげーむ、ダ」


「なん、だと?」


 全部が沸騰する。


 照れも痛みも吹き飛んで、思わず『道化』を忘れる。


 それほどまでの、これは侮辱だ。


ごときが、その名を口にするなよ」


 溢れる怒気、思わず顔が歪んでしまう。


 ダークゲーム、勝利のメリットと敗北のデメリット、比べればにしか仕掛けられない。


 それを、こいつに言われるのは、許しがたい。


 ……しまった。頭に血が上りすぎてオケラが引いてしまった。


 いけないいけない、これではエンターテイメントにならなくなる。エンターテイナーとして、笑顔は忘れちゃいけない。


「……いいよ。やろう。ダークゲーム。内容は、デスマッチかな?」


「……ソウダ」


 慎重なオケラの答え、確かに受け取った。


 これで合意、ダークゲームの発動、オケラとは言え人語を操れるならゲームもできる、はずだった。


 …………なのに、紋章が現れない。


 見えるところも、服で隠れてるところも、オケラのキチン質にも、どこにも浮かび上がっていない。


 不発、普通ならありえないことだ。


 俺との間で、口頭でのダークゲーム宣言、それは内容を知っていようがいまいが強制的に発動される。これは物理法則や魔法や奇跡なんかとは違う、絶対上位の能力だ。


 それが発動しないケースは、数えるほどしかない。


 この場合、当てはまるのは、一つだけだ。


「……お前、もう死んでるな?」


 ピクリとオケラの触覚が跳ねた。


 ◇


 単純な話だ。


 魂を賭けて行うダークゲーム、しかしその賭ける魂がなければ参加はできない。小学生でもわかる常識だ。


 そしてこのオケラはあのゾン子ちゃんとつるんでたと聞いている。


 ゾンビは仲間を増やすしか能がないのも小学生でもわかる常識、つまりはそういうことだ。


 真実、それで興が冷めた。


「なーんだ。もう抜け殻、出し殻じゃんかよ。そんなのに本気になってたとか、バカラシ」


 脱力、同時に痛みも蘇る。


「チガウ」


 オケラが言う。


「ディアナ、イキテル。シンダオボエ、ナイ」


「だーかーらー、騙されてるっていうか、操られてるんだよ」


「ソンナコトナイ。ゾン子、タオシタ。ダカラ、ショチョー、ナレタ」


「ショチョー? 所長? ないない。何で実験動物なんかを偉くするんだよ」


「ドウブツチガウ、カンパニー、ディアナ、カゾク」


 噴き出す。


 これは、負けた。


 こんなにウィットに富んだユーモア、俺なんかじゃとても思いつかない。


 それにこのタイミングとは、例え切り付けられてもこの大爆笑、止められない。


「ナニガオカシイ!」


 震わせる音、それを浴びても笑いが収まるまで数呼吸、さらに落ち着くのに数呼吸、涙を拭いて、涎を吹いて、息を吸って吐く。


「だってお前さ。家族とか、カンパニーがあり得ないだろ? カンパニーだぜ? お前は今まで何を見てきたんだよ」


「イッパイミテキタ、パパ、ティアナ、アイシテル」


「パパ? 誰?」


「ソリティア」


 これは、ユーモアを超えて愚かにまで達してもう笑えない。


「無いって、ソリティアだろ? あの重度のシスコン、てか妹への愛以外の感情を意図的に抹消した肉人形、あいつが他の誰かを愛するとか、ありえないって」


「アリエル、ディアナ、アイサレテル」


「なら訊くけどさ。なんて呼ばれてるんだ?」


「ナンテ?」


「ソリティアは上下関係なく妹以外は名前の呼び捨てだ。だが愛する妹だけは全く違う表現をする。それが愛なんだとのたまわってたが、それじゃあお前も、そう呼ばれてたんだろ? じゃあなんて? なんて呼ばれてたんでちゅか?」


 …………オケラは答えず、代わりにその腕を振るった。


 吹き飛ぶ倉庫、怒りに任せだ乱雑なあれでこれだ。


「カンケイナイ、オマエ、コロス。パパ、ヨロコブ。コレガゼンブ!」


 覚悟、憤怒、殺意、全部をこめて踏み込む四つ足、大してこちらも、好き嫌いを言える立場じゃなかった。


「イエローカード、発動」


 そういや、これは皮肉にもなるのか。


 ▼


 五十年生きたものとこれからの五十年を生きるもの、どちらの方が価値が上か?


 答えは生きたもの。


 何故なら過去より素晴らしい未来などありえないからだ。


 ▲


 このカード、この変身が嫌いな理由なら山ほど言える。


 痛む節々、軋む筋肉、かすむ目、全身毛だらけに見えてあちこち剥げてて、なんか臭くて、口の中ねばねばする癖に噛み合わせが悪いから閉じてることすら難しい。


 キャットマン、猫頭、半猫人、ケットシー、バステト族、要するに猫の頭を持った獣人、その中でもかなりレアな部類にはいるのが、このサーベルキャット人だ。


 カード名ではスミロドンとなっているこいつは、カンパニーが接触した段階でもう太古の順守だったらしい。それをどうにか復活させてカードに変えた、までは他と同じだ。


 だが、だからなのか、変身後の姿はどういうわけだか老人そのものだった。


 腰こそ曲がってないが、おおよそがよぼよぼ、目立つ長い牙以外はほぼ歯はなくなり、指先は震え、膝も肩も上がらない。内臓含め内部がガタガタだと感じられる。記憶力や集中力も途切れて怒りっぽくもなり、気が付いたらぼーっとしてて変身時間が切れてたりもする。


 年は取りたくない、なんて毎回思わされる変身だ。


 そんな愛すべきおじいちゃんと化した俺に、オケラは躊躇なく攻撃を仕掛ける。


 いや、仕掛けてくるのがわかると言うべきだ。


 四本の足を大きく広げ、重心を落とし、かつ腰は捻り、右腕を後ろへと引く。


 初めて見せるはずのオケラの構え、なのにその諸動作に目新しさを感じられない。


「大斬撃!」


 なんか必殺技出された。


 それがどう動くか、どうされるか、どうすべきか、全部が体が知っている。


 ただ自然と、楽な方へと体を動かす。いや、動かされる。


 痛む節々、軋む筋肉、それから逃れたければこう動けと体が命じてくる。


 楽な方へ楽な方へ、その通りに身を動かせば、転ぶように体が前へへと転がり出てほらこの通り、オケラが放った不可視の斬撃、必殺技の大斬撃を紙一重でかわしてみせる。


 これがこの変身が一番嫌いな理由だ。


 体が勝手に動く、それも最善手で、だ。


 まさしくオートモード、逆らいたければ痛みに耐える他ない。


 操り人形の気分、大人に命じられる子供の気分だ。それでも勝てるなら使ってやろうというのが老獪というものだろう。


 そんな変身、驚いてるだろうオケラの顔は見せないくせに、かすむ目が自然と焦点を合わせるのがオケラの四の足、その内の手前の一本へ、何故かと考えることすら忘れて当然のように前へ、そして足をそっと延ばす。


 降りたての雪を踏みつけるようにサクサクとオケラの足が地から離れた。


 いつの間にか二発目を狙ってたオケラは己の力を制御できずに左へ盛大に転げた。


 オケラの大股開き、それに何も感じられない。こればかりは枯れたからではないと信じたい。


 同時に何故だか大きく噎せた。


 気のせいか、オケラの関節から何か負噴き出したようにも見えた気もするが、これが痴呆の始まりなのだろう。


「ギ」


 小さく鳴いてオケラは側転する。手を使わず、頭と背中の翅で回って着地、これも体は知っていた。


 身を起こしきられる前にすらりと身を走らせ間合いを潰し、指のない左手で砕けたコンクリ片をすくりと拾い上げると、勢い乗せてごずりとそのオケラの顔へと叩きつけた。


 老いて鈍った神経でも響く激痛、常人ならば頭蓋が砕ける一撃も、オケラの外骨格は傷一つつかなかった。


 これは、参った。


 この変身にはオートモードとは別に明確な弱点がある。


 純粋な攻撃力不足だ。


 老いがなくとも爪も牙も立派に見えてどれも武器には弱い。


 なのでこいつには武器がいる。好むのは刀剣、あまり重くないものが


 何でもこいつのモデルは剣聖とも呼ばれる剣の名手だったらしい。なので普段は別のカード『ソードフィッシュ』とのコンボか、落ちてた棒切れを合わせるのだが、今はコンクリしかなさそうだ。


 一応、単体でものらりくらりと生き延びられるが、それでは勝てない。


 それでまぁ、これだとジリ貧で負ける。


 ならば新しいカード、と思い、思い出す。


 後で使おうと残しておいたカード、その応用編、あのゾン子ちゃんにも通用するかもと妄想してた。


 ……なら、こいつで試してもいい。


 決めるとほぼ同時にオケラは両腕を広げる。


「対葬・大斬撃」


 四つ足はべったりと広げて股が地に着き中腰の姿勢、転ばない確固たる意志を見せながらの両端より放たれる二つの必殺技、その隙間に身を投げ込む。


 すれすれに掠める斬撃、はみ出た右手と左つま先が斬り飛ばされるも、その刹那にできた間に、とっておきカードを伸ばした足へと叩きつけた。


 強張るオケラ、だが悲しいほどに軽い音、ダメージは当然なく、強張りもすぐにほぐれる。


 そんなオケラに笑って見せる。


「レッドカード、発動」


 敗北前の凶器か、勝利のどや顔か、緊張の一瞬がやって来た。


 ▼


 乱獲により絶滅寸前です。


 食べて応援しましょう。


 ▲


「ギ、ギギギギ、ギギギギ」


 実に虫らしい断末魔が響く。


 四本の足を侵食されたオケラは面白く転がった。


 まだ無事な両腕で地面を引っ掻き、自分の下半身から逃れようとする姿は、虫ながらそそるものがある。


 だのに、無粋な産声が水を差す。


「ブゴ、ブゴ、ブゴ、ブゴロ」


 オケラの下半身、四つ足から臍があったらその辺りまでを侵食しながら召喚されているのは薄緑色の肌にモジャモジャな濃い緑の頭を持つ、ブロッコリー人の上半身だった。


 何でも異世界人ではなく宇宙人らしいこいつは、カードの中でも特別だった。


 普通、召喚されたカードは死亡しても十分で全部消える。


 なので殺して食っても満腹は十分しか持たない。


 しかしこいつは『ブロッコリースプラウト』という苗木の状態で召喚される。そしてコストとして追加で消費された死体を体に変換する。


 なので十分経った後でも魂は消えるが残りは残る。


 だけど今重要なのはと言うことだ。


 つまりは、理論上、アンデットもコストにできることを意味していた。


 カチカチカチカチ、耳障りな噛む音、それらに隠れて侵食は進み、オケラとブロッコリーとの比率が逆転する。


 オケラ自慢の外骨格、ダイヤよりも強固とうたわれた装甲が柔らかいブロッコリーへと変身してい行くさまは理不尽ともいえる。


 カードの力は、ダークゲーム同様、絶対の力が働いている。。


 ゆえに発動すればお終い。取り消しも妨害も奪取も再現もできない。


 まぁ、それほどまでに巨大なプログラムと戦うために、色々頑張ってるんだけど。


「ワダ、ワダシハ」


 皺枯れ声、オケラの今際に残す、最後の言葉、注目する。


「ワダシハソレデモ、アイシテル」


 ……この一言に、思わず残った左手で口を覆う。


 これは、これこそは、まさにまさしく、最高のエンターテイメントだった。


 ここまで感動的な一言を最後に持ってくるなんて、まるでライトノベルのようではないか。


 ここまで一級のエンターテイナー、経緯を評さずにはいられない。


 ならばどうするか、決まっている、冥土の土産をあげるのだ。


 そっと身を屈め、口づけするかの距離で囁く。


「最後にいいことを教えてやろう。この世界の秘密だ。他の誰も、あのゾン子も、カンパニーの誰も知らない驚愕の事実だ。実は」


「ベルの信号が消失しました。よって勝者、ユージョー=メニ―マネー」


「……なんだよ」


 一人愚痴って立ち上がる。


 同時に、ブロッコリー人が完成した。


 その姿はまさにブロッコリーに手足が生えた姿だ。不格好な手足で立ち上がろうとするその間抜けな顔を踏みつける。


 ぐちゃり、という足応え、それでも手足は動き続け、もがき続ける。


 ブロッコリー人の特徴は強靭な生命力と再生力、そして栄養満点であることだ。


 踏みつけたまま右手だか左手だかへ身を曲げ、かじる。


 生、そして歯のない口、食えたものじゃないがそれでも押しつぶし、ペーストにして飲み込むと効果が出た。


 みるみると汚れが落ちるかのように治る傷、消える痛み、生える指、この再生能力こそこのカードの価値だった。


 まさに朝飯前、皮肉の利いた決着だ。



 ……と、回復とは違った違和感を感じる。


 なんだと内観で探れば、デッキが、補充されていた。


 補充はダークゲームに勝ったときだけ、ならばと確認するも、アザキのは残っている。他に保留はない。


 ならば、オケラ?


「まさか」


 ブロッコリーをこぼしながら思わず呟く。


 まさかまさか、最後の土壇場で、ひょっとしたら感動的な今際の辺りでか、魂を取り戻した?


 それこそライトノベルの世界だ。


 だが、もしも、そうだとしたら、ここまでの盛り上がりを演出するとか、それこそ本物のエンターテイメント、つまりはエンターテイナーとして完敗ことになる。


 …………深く考えるのは辞めよう。


 ブロッコリー人の足をもいで齧る。


 ……ここまで不味い朝飯も初めてだった。

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