vsティアナ=O=カンパニー(前編)
一日目から二日目に変わった朝。
痛みと寒さで目が覚める。
痛みは右手が強い。折れて曲がった各指がわずかな振動ごとに痛みを発する。なのに指は動かず、ただの突起に成り下がった。
寒さは左手が強い。切断面からの出血こそ収まってるが、その分すーすーして露骨に体温を持ってかれてる。
それとは別に、全身痛いし寒い。
転がって野宿、吹き曝しで一晩眠ればこんなものだろう。
それで、ここは、確かピクロス、考えなしに乱立させた豆腐建築地帯、だったはずだ。
痛いのをこらえて視野を巡らす。
……左右に壁、上はどこまでも続く道、下にはいくらかのがれきと転がってきたらしき跡、ひび割れた壁から砕けた瓦礫まで見えている。
本当にピンボールだったらしいし、それ以上にそれだけの威力でぶっ転がされたことも、それでベル含めて無事だったことも驚きだ。
改めて視野を空に向ければ白んでる。
夜明け、朝日、朝、新たな一日、そして戦争の二日目……起きるか。
痛む体を動かして、突いた手がなお一層痛んで、身を起こす。
ころりとこぼれたイヤホンを指以外で耳にねじ込むと、なじみになりつつある声が聞こえてきた。
「死ぬがいいボーイ! ナイトメアにパラライズされてブラッドをリバースしながらコーカイにドロップアウトするボーイ!」
「おはよう。朝からずいぶんとテンション高いな」
「……まさか、ユーは、ずっとスリープボーイ?」
「もちろん、すやすやだったさ」
まるで死んでたみたいに、とウィットに富んだ一言はアナウンスにかき消された。
「これより『道化』ユージョー=メニ―マネー、ヴァアサス『異世界螻蛄』ティアナ=O=カンパニーとのデュエルを開始する」
「……マジかよ」
「今度こそ死ぬがよいボーイ!」
目覚めて一発目のデュエル、いつもならここで朝飯前だなんてセリフを吐いてるとこだが、こいつは、そうもいかない相手だった。
異世界螻蛄、転移実験でなんやかんやあってあーだこーだしている間にかくかくじかじかしたなんかなった、オケラだ。
性格はカンパニーへの愛着、外皮は硬く、悪食、必殺技は確か風属性か。
加えて重要なのが、こいつが裏切り者である、という事実だ。
……異世界生物戦闘実験、真面目なカンパニーが珍しくもってきた面白企画、だったのに、金出して招いた外部人員に全部ぶっ壊された。
その中の一人、ゾンビなアイドルゾン子ちゃん、あの娘についていったのがこいつの最後だ。
その後、何度かハンターを送り込んでは返り討ちにあってたとは聞いていたが、まさか参戦してるとは、笑えない。
……その笑えない相手は、ぬくりと豆腐建築の影より姿を現した。
見覚えのある姿ではない。
でかくて黒くて太くててかってて、変な臭いになんだかべたべたしてる。これが緑でなければ子供に見せるのを躊躇する姿だ。
「……陣営は、ソリティアあたりかな?」
「何でわかってるボーイ?」
「なーに消去法だよ。飛び出してったモナリザんとこはない。ビンインはゾン子ちゃん当たりとは絶対仲悪いし、リンドは絶対チートで美少女化してる。何より追加の外骨格、絶対ロボだろ」
軽口、叩きながらも頭を動かす。
伝え聞く強固な外骨格、巨大ロボと同じなら対抗策は五枚ほど、その内何枚残ってる?
確実に使ったのは一枚、後はコストにしてるかもしれない。
加えて両手はこんなにぐちゃぐちゃ、やりにくいったらありゃしない。
「……オマエ、ドウケカ?」
機械音声、とも違う独特の声、主はオケラらしい。
「おやおや、昆虫にまで名前を知られるようになるとは、うんうんエンターテイメントも広がって来たんだなぁ」
「シッテル、キイテル、オマエ、カンパニー、テキ」
「おいおい、それは勘違いだって、俺はカンパニーの一員だぜ? ほら、みんなニコニコ、カンパニーは家族ってあれ、俺が考えたんだし」
「シラナイ、シッテル、ヒトツダケ」
カチカチと耳障りな音、まるで笑ってるかのようだ。
「オマエ、コロス! カンパニー、ヨロコブ!」
宣言、同時に動き出す。
カウントダウン0、オケラの背中の緑の触手がうねってこちらを向く。
四本の先端がわずかに膨らんでわかりやすい。
ひょいと回避した跡に飛来したのは、緑のべとべとだった。
「エンガチョ!」
声マネしておちょくってやると面白いように連射してきた。
べとべと、びちゃびちゃ、緑に染まる。
飛沫が服にかかるとじゅわりと溶けた。毒か、酸か、殺すつもりはあるらしい。
それでこれとは、なんだ、拍子抜けだ。
ここまでわかりやすい相手だと、すぐにセオリーが見えてしまう。
本来エンターテイメントを目指すならそこから外れるべきだけど、まぁ、痛いし、手堅く行こう。
思うと同時に地を蹴った。
◇
規則正しく並ぶコンクリートの倉庫、四方へまっすぐ伸びる道は方眼用紙にも見える。
そしてその線の上、斜めが遮られているここでは、オケラが道にいる俺を見つけるには同じ軸に重なる必要がある。
加えてそのマス目一つ一つが倉庫、中に入れるし隠れられる。
つまり、ここはシンプルな割に隠れやすい地形だった。
一応、オケラは緑のべとべとで染め上げることで一度見たところをマーキングし、こちらに使わせなくすることはできている。
が、移動力は低く、射程もそんなにないから限度がある。しかも移動の度に大きな音を立ててるからこちらからは位置がもろばれで、見る必要すらない。
しかもその性格は、素直すぎる。何せ一度見た場所を二度と見直してないのだ。お陰で時間をかけてぐるりと回って戻ってきたらもう、移動する必要すらなかった。
知能の差、経験値の差、悪意の差が出たのだろう。やりやすくてこれはこれでエンターテイメントにできない。いや、安物のコメディーにはなるか。
「ドコカクレタ!」
……忍耐まで弱いとは、ほんと、セオリー通りで笑えない。
さっさと終わらせよう。
「カードドロー」
言ってはみたがやっぱり指がないと引きにくい。
それでも何とか、左手の親指の付け根でこすり付けるようにして引き、小指の付け根で挟んで見る。
あぁ、こいつかぁ、まぁ、使えるかな。
と、音が変わった。
どこがどうというわけではないが、べとべとの発射音が連続するようになった。それに漂うケミカルな悪臭に、思わず飛び退いた。
刹那に空から降り注いだ緑、そして白色の豆腐建築が溶けていく。
コンクリートに鉄骨、溶解した先、思ったよりすぐ目の前に、オケラがいた。
「ミツケタ!」
宣言、その前に向けて発射すれば間に合ったかもしれないのに、遅れた分、俺がカードを投げるのが速かった。
そして、発射と発動はほぼ同時となった。
▼
真に怪物を作り出すのは想像力である。
▲
グロブスター、海岸に流れ着いた肉の塊、悪臭を放つ死骸の一部、これが何のどこかは謎であり、それがより想像力を掻きたてる。
だが、カードの効果には何の想像力も働かなかった。
コストが0とは言え、ただ現れるだけの4m近い悪臭肉の塊、動きもせず、毒もなく、美味しくもない。
最初はコストか、盾に用いていたが、裏技を発見してから化けた。
レッドカードは投げられた状態で発動すると、物理法則を無視して召喚された生物もその勢いに乗って飛んで行くのだ。
結果、一撃の威力が格段と上がり、グロブスターは盾と嫌がらせにパワーアップした。
お陰で、オケラは大変なことになっていた。
鉄筋コンクリートを溶かす猛毒は当然グロブスターも溶かす。が、その発射の勢いだけでは投擲の勢いは殺せず、結果べとべとででろでろになったグロブスターを頭から浴びることとなった。
流石に、自分で出した毒に溶けるほど間抜けではなかったらしいが、でろでろをはがすのにさらにべとべとを発射するほどには間抜けだった。
結果はこのように、いつかのスライムよろしくメルトダウンが広がっていた。
深さはもう、オケラの頭がすっぽり埋まるぐらい。それがアリ地獄の要領で広がり、新たな倉庫を引きずり込んでは溶かして、新たな悪臭の池となる。
地味に、その水面が溢れないところをみると、地下水脈か未完成の上下水道にでも抜けてるらしい。これはまた、新たな地質汚染の発生と言うわけでだ。この規模だと、少なくとも海鮮市場は盛り土でもしないと無理だろう。
「……まさか、やったかボーイ?」
口にするのはジンクス、露骨なフラグは辞めろ、と言う前に爆発四散、べとべとでろでろが真っ二つに割られ、それが閉じる前に黒色が飛び出してきた。
そしてまだ無事な地面の上、俺のすぐ近くに降り立ったのは、見覚えのあるオケラだった。
あぁもう、しつこいやつは嫌いだ。
思いながら無理やりカードを引く。
……一枚目は今は使えないがいつか使いたいカード、二枚目は使いたくない大っ嫌いなカードだった。
「さぁ、セカンドランドのスタートボーイ」
何もかもが大っ嫌いだった。
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