vs釣鐘のマローラ(後編)

 ……失敗した。


 それ以外にを表現できなかった。


 ミスはどこか?


 皮肉にも考えるだけの時間はたっぷりくれてる。


 ……あの時、ジャブがドンピシャのタイミングでぶち抜く瞬間、例えるならばトラックにひかれて異世界へ転生するコンマ前まで準えても、ミスらしいミスが見つからない。


 そしてその後も、どうしようもなかった。


 激突の瞬間、死角越しに痛みが全てを教えてくれた。


 マローラがあの刹那に行ったのは、超至近距離での風の刃、俺の急所近くでやろうとしたのを拳の前でやったのだ。


 その結果がこの拳、内骨格が折れて飛び出て、外骨格ががっつりひび割れている。

 骨折は骨折だが、外骨格はなんだ、例えるなら爪が割れた感じか、少しでも動かそうものなら更なる痛み、加えて血だか汁だか黄色いのが滲み出てる。


 少なくとも、これでまたあのジャブを打つのはご遠慮願いたい。


「参ったねぇ」


 呟きながら複眼に移る姿をあえて見上げる。


 マローラは、はるか上空、こちらの手が絶対に届かない高さにいた。


 小さくともその姿、よくわかる。髪は乱れ、表情から余裕が消え、そして悔しさと吹き飛んだ己の右腕の痛みに食いしばっているのだろう。


 ……迫る拳への咄嗟の風、拳をどかすか、あるいはその身をどかすか、どちらを狙ったにせよ彼女は風を巻き起こし、結果として拳は吹き飛び、それ以上に彼女は吹き飛んで、そして生き残った。


 現在、彼女がいるのは考えうる限り最善の位置取り、目は届くが手は届かない上空だった。


 そこで静観、止まっていた。


 攻撃も回避も挑発も、あの歌うような声も聞けない。


 ただ上空でじっと、こちらを見下ろすだけだった。


 失敗した、としか言いようがない。


 反省点としては、拳の硬さに慢心したことと、マローラの反応する速度を見誤ったこと、それとその度胸に負けた、といったところだろう。


 それを踏まえて、もうあの妖精はこの手が届く距離までは降りてこないだろう。遠距離からちまちま削るか、あるいは逃げるか、こちらが石でも投げたところで、掠りもしないだろう。


 手詰まり、ならばデッキに頼るしかない。


 痛みを堪えながら口で引いたカードを無事な左手に掴みなおす。


 ……揃ったのは、悪くはない手札、むしろこの一枚が決まれば楽勝で、もう一枚で何とかなる、かも?


 あと問題は時間かな?


 思っていると体がまた光り出した。


 時間切れ、三分経過、元に戻る光、そして変身た時と同様ま変身しなおした。


 元の背丈、元の姿、違うのは潰れた右手と、新たに千切られた左手だった。


「痛っっってー」


 激痛、出血、思わず声が出てた。


 見上げるまでもなく上空にマローラはいない。


「やーーーっと戻ったわね」


 右の耳でつぶやかれれたマローラの声、振り返る前に更なる激痛、声を上げる前に、目の前にべちゃりと見慣れない耳の切れ端が飛び散ったカードの上に捨てられた。


「ぐっちゃぐっちゃにしてくれた右手のお礼、たっぷりとさせてもらうわ。もちろん、降参してもベルを壊しても、絶対にやめてあげないんだから」


 ふよふよと浮かび、踊るマローラ、最後の隙、致命的な好機、逃すわけにはいかなかった。


 ▼


 どこかのカンパニーの研究所でゴキブリが大量発生したことがあった。


 駆除するため、通常では薬剤を散布するのだが、そこでは大量の貴重な昆虫類を育てていたため使用できず、同様に病原菌や電磁波や呪殺結界は使用できなかった。


 ならば天敵をと色々投入した中にアルマジロもいた。


 主食は昆虫や蛇など、防御特化のその形状に、意外にも人間になつきやすい性格をしており、変異しても害は低いと考えられた。


 しかし結果としては失敗だった。


 失敗の要因は三つ、一つ目は一日の内18時間眠る長すぎる睡眠時間、二つ目は単純に思ったよりもゴキブリを食べかかったこと、そして三つ目、致命的だったことに可愛すぎたことがある。


 ペットとして人気のアルマジロ、その魅力に取りつかれ、そこから人の心が蘇り、精神的問題から動物実験を続けられない研究者が続出したのだ。


 お陰でひと悶着あったが、同時期に投入したタカアシグモが変異して全部食べてくれたし、残ったアルマジロも存外に美味しかった。


 ▲


 丸まる。


 完全球体形態、この状態での防御力はマントファスマをはるかに上回る。


 魔法、炎、電撃、衝撃、大抵の攻撃に耐えうる。加えて内部に一定量の酸素を確保できるため、少なくとも変身中の三分間は無敵と言える。


 実際無敵だ。さっきから風の刃を感じるも感じるだけで痛みは当然ない。重ねて感じるは罵詈雑言、されるがままにしてある。


 球体には手も足もない。当然、攻撃手段はない。


 それを知ってか、あるいは我慢できなくなってか、遠くからの観察はもうやめたらしい。


 まき散らされる風の刃、十秒もかからない時の間、二枚目の、そして決着のカードを発動させた。


 また、決め台詞はお預けだった。


 ▼


 キノコは菌類である。


 正確には、菌類が集まり形作ったものがキノコである。


 ▲


「何よこれ!」


 守備表示でも伝わる困惑の声、見たい気持ちを丸めて抑える。


 聞こえる音から想像するに、ブンブンと飛び回り、逃げ回ってるらしい。


 それから風の刃、空振りじゃないのは召喚した俺自身がよく知っている。


 マローラが戦っているのは、キノコだ。


 それも飛び切り強力な、そして彼女の天敵とも呼べるやつだ。


 マタンゴ、魔法の存在する異世界にて発見されたこのキノコは、実にユニークだった。


 元来菌類は食物連鎖に属する全ての生物を最終的に最下層へと分解する。


 すなわち何でも食べる。死体から排せつ物から時には生きているものすらも餌食とすることがある。


 その中で純粋な生命エネルギーである魔力を餌とするものが存在することは予期できたことだった。


 ゴーレムの腐食より発見されたこいつはその予想を超える生態を持っていた。


 魔力さえあれば際限なく増え、それも瞬く間に、魔力さえあれば皮膚だろうが土だろうが水だろうが、空気中だろうが、とにかく増えて、不合理なくせに笠に軸の赤いキノコが生えまくるのだ。その速度、宙に一度舞い上げられた胞子が地に着く前にあのキノコの形まで成長しきるとか、ぶっ壊れてる。


 その他にも病気に強く、食われてもそれ以上に増え、出汁にすれば絶品な上に魔力強化作用まである。


 こちらは、この変身でそこそこ防げているが……マローラには天敵だろう。


「消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ!」


 そんなキノコへ、風の刃を飛ばすのは餌を与えてるにすぎない。


 案の定、素振りにしか聞こえない斬撃の音が途絶えなかった。


 現れたキノコを二つに裂けば、それ以上に増える。


 それが段々と近づき、うっかり触ればそこにキノコが生える。生えれば力が、魔力が吸われる。そして専門じゃないから断言できないけど、妖精は魔力で飛んでるらしい。


 飛べない妖精なんか、ただのフィギュアだ。


「こんんのおおおぉぉぉぉぉーーーーーーー…………」


 遠ざかっていく声、高速での移動、それも悪手だろう。


 逃げるのは間違いではないが、その手段が魔法では、ましてや力んで無駄の多い飛行では、痕跡にたっぷり魔力が残る。


 こいつを辿ってキノコがどこまでもどこまでも付いてくる。


 流石にその速度は、彼女の機動力よりも遅いが、終わりはない。


 疲れてへばって止まって、追いつかれれば終わりは同じだ。


 決着、だけどエンターテイメントとしては最悪だ。


 戦略、戦術、実力、能力、それらを一切無視してたった一枚の天敵シルバーバレットで終わらせる。それも敗因が属性とか、下の下だ。


 これが炎、雷、氷と言ったものなら、胞子を殺せるからいいゲームになったんだろうけど……いや、それはそれで問題だ。


 このマタンゴ、天敵が一つだけある。


 それはすなわち炎だ。


 魔方陣の破壊や封印の解除、大量破壊兵器への利用を目的とした研究所にて、予期せぬ大量発生が毎度のごとく発生した。


 その時の対処は毎度同じ、火で焼く。


 火炎放射部隊が展開、一斉ファイヤー、そして爆破オチへと繋がった。


 菌を構成するのがほぼ魔力だけであり、それも多く内包し、加えて胞子として中空に舞っている。


 すなわち粉塵爆発、失敗に後悔できるほどの肉は残ってなかった。


 ……もしも俺が逆の立場なら、迷わず火を使う。


 ここらでなら古城、あそこまで行ければ、いやそうでなくても他の餌で気を引かせて、なんて妖精のちっちゃな頭で考えつきそうだ。


 そこへ火花パチリで全部吹っ飛ぶ。


 その範囲はマローラの移動範囲、ここも導火線の要領でここまでくる。


 ……逃げるか?


 いや、守備表示を変更するとこちらもキノコの餌食になる。


 いやいや、ならば変身が解けたら餌食になる。キノコは十分、変身は三分だ。


 つまり俺もピンチだった。ガビーン。


 転がっての移動もできるが、キノコを追い抜けるほどの機動力はない。


 追加のカード、でも丸まってると暗くて見えない。


 あるとすれば変身後、速攻でドローからの一発逆転、狙うしかな








「ボーイ! 死ねボーイ! そのまま帰って来るなボーイ! ゴートゥーヘルだボーイ!」


 耳鳴り、激痛、焦げ臭い臭い、そして激痛、背中に硬い地面、真上に星空、訳が分からない。


「……なぁJ」


「死ねボーーーーイ!」


「今そういうのいいから、簡潔に、どうなったか教えてくれ」


「……死ねばよかったボーイ」


「ありがとう。その声援が俺に力をくれたんだ。で?」


「ウィナーはユーボーイ。相手のマローラはベル反応ロストでミッシングボーイ」


「そこまでは、まぁ、予測着くよ。それで今、ここはどこ?」


「そこは、ピクロスの端ボーイ」


「は? 何、そこまで吹っ飛ばされた?」


「違うボーイ。正確にはローリングボーイ。ストレートなマッシュルームがコンボでボカンで、そのパワーが突き抜けたボーイ。アンビーバボー、ユーはビリヤードのボールのように転がりまくったボーイ」


「それは、さぞかし素敵な爆破オチだっただろうな」


「はぁーん、何言ってるボーイ。転がる勢いがパワフルなだけで、なーーんもエンターテイメントなかったボーイ。おそらくアナザー代理は誰も気が付いてないボーイ。ユーは所詮その程度の」


「あぁわかった。ありがとう」


 折れた右手のどれかの指で耳のイヤホンを穿り出す。


 ……満身創痍、最低な爆破オチ、とりあえず今は、眠りたかった。

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