vs釣鐘のマローラ(前編)
一日目、夜。
絶望と共に排尿する。
ダークゲームの紋章、あのアザキとの相互不可侵条約の焼き印、それが寄りにもよっての方にへばりついていた。
棒とは違って玉なら二つあるから、とれるっちゃあとれるけど、根拠はないが取ったらもう一つの方に出るような気がする。
……まぁいい、今は置いておこう。
赤黒い沼へすっきり出してチャックを上げ、一息入れると鼻にケミカルが刺さった。
流石は『血と毒の沼』なんて呼ばれるジェノサイド・ラインだ。南の端っこですら具合悪くなってくる。
魔族の死肉とその死因となった弾薬と毒ガスと、それらが混ざって熟成したこの沼は、後千年はこの地を汚し続ける。いわゆる負の遺産と言うやつだ。
真っ当な世界なら条約やら禁忌やらで封じ込めようとするし、そもそもこうまで汚れちまったら支配するうま味が無くなる。焦土戦、ならばまだワンチャンあるがまぁ、地下水に広がってる段階で際限なく毒は広がる。
ま、他人事だからエンターテイメントなんだけど。
それよりも問題はこれからだ。
天気予報では当分腫れ、月はほぼ満月で明るく、気温も耐えられないほど寒くはない。が、ここは毒の沼、さらにゾンビが徘徊してるとなれば、野宿はない。
普通ならあの古城に戻るとこだけど、あそこ一杯殺して恨まれてるだろうし、待ち伏せ怖い。
かといって移動するのもなんだかなぁ。
「カウントダウンを始めます30、29、28……」
ん?
「おいオペレーター」
「死ぬボーイ!」
「もういいから、てかそのキャラもう飽きたから。それよりカウントダウン、始まってるんだけど?」
「そりゃそうボーイ。ユーのネクストバトル決まったボーイ」
「いや待てって、相手の名前聞いてないしそのもそも夜だし、よいこは寝る時間だろ?」
「残念ボーイ。でも決めるの上ボーイ。諦めて死ぬがいいボーイ!」
「お前ホント、そればっかな」
「じゃ、じこしょーかいしよっか?」
女の声、眼前に振って湧いたのは、可愛い妖精だった。
紫の髪、木の実の髪飾り、葉っぱの服、手の平だけで覆い隠せそうなほど小さな体が、さも当然のように中空で止まっていた。
「あたしの名前はマローラ、釣鐘のマローラなんて呼ばれてるの。よろしくね対戦相手さん」
自己紹介はエンターテイナーの基礎、覚えてもらってなんぼの世界だ。そこに出遅れたのは痛手だが、急いで返して取り返す。
「これはこれはご丁寧に、わたくし目はユージョー=メニ―マネー、近しいものには『道化』などと呼ばれております。以後お見知りおきを」
若干大げさに頭を下げると『にひひ』と独特な笑いが響いた。
「それじゃー道化さん、あなたはどこから切り刻まれたい?」
「これはこれは、物騒なことをおっしゃいますね」
頭を上げる。
そこにはいない。
「ここ? それともこっち?」
声、見れば残像、腕、足、鼻先、まるで点滅かのように可愛らしい姿が消えては現れる。
「あぁ、やっぱりあなたもついてこれないのねー」
目鼻の高さ、手の届かない距離で、可愛らしい妖精であるマローラがやれやれと首を振る。
「みーんなそう。体ばっかり大きくて、ただそれだけ。面白くもなんともないの」
言いながらも細かな移動、その速度、人の目には止まらない。
「あら傷ついたらごめんんさい。でも大きいことが悪いことばかりじゃないのよ? だって、その方が斬るとこいっぱいで楽しいもの」
言って右手を振るう。
風、音、そして地面にくっきりと切られた後、場数と経験から、それが風の刃たと予想つく。
「それじゃあ道化さん。あなたも沢山切らせてね」
気が付けばBGMとなっていたカウントダウンが5を数えた。
これは、不味い。
速攻、風の刃、相性はよろしくない。
何より、速度重視、効率重視の戦術はゲームを白けさせる。
楽しめないとわかり切ったデュエル、命がかかってなければさっさとサレンダーしてるところだ。
それでもやるしかない。
「俺のターン、ドロー!」
5枚ドロー、チェック、それで、これとは。
……出し惜しみはできない。
「俺はこのカードを使う!」
宣言、同時に0が告げられた。
▼
男子の間で時折話題に上がるものに『最強の虫は何か?』がある。
別バージョンで動物の中でだったり、あるいは全てを同じサイズにした場合だたりをあるが、こと虫ともなると白熱し、時にはリアルファイトからの刃傷沙汰というのも珍しくない。
その中で定説となるものがある。
カブトムシ、クワガタを連れてくるものは素人である。
スズメバチ、トンボを連れてくるのは比較的玄人である。
シャコ、ムカデを連れてくるものはそれ以前にそれが虫かどうかという関門に出くわす。
その中で、マントファスマを上げるものがいる。
カマキリとナナフシを合わせたようなこの昆虫は比較的最近になって発見された。肉食で、掴まっている木に腹部を打ち付けて音を鳴らして求愛したりする。そして二つ名として『グラディエーター』と呼ばれていた。
……実際、最強かどうかは別である。
▲
少なくとも、俺のデッキの中で最強は、こいつで間違いなかった。
目立った爪も棘も毒もないが。それを補えるほどにずば抜けた身体能力がある。
2mをこえる巨体、マッチョな体、外皮は硬く、視野は複眼で広く、左右に分かれる顎も強い。つま先を上げる独特の姿勢はすなわち踵で踏み切るよう、体が特化したもの、それだけでダッシュ力がけた違いに上がる。
この変身に、マローラは初め不思議そうな顔をしていた。
しかしすぐに切り替えてそのちっちゃなお手手を振るう。
巻き起こる不可視の刃、それでも埃や塵を刻む軌道は読める。
まっすぐ進み胸へ。だけどさすがはキチン質、傷どころか痛みも感じない。
それにむっとした表情を見せたかと思うと、立て続けに鎌風が乱射される。
流石にこれはと腕を上げ、ガードを固めようとする。
が、それが完了する前に全刃がこの身に届いていた。
遺憾しがたい速度の差、されどもこちらには硬度の差がある。
全てを受け、なおも平然といられるストロングスタイル、これに小さくともマローラ顔真っ赤なのは手に取るように分かった。
ぐるりと旋回、距離をとるや一気に加速、真っすぐ突っ込んでくる。
勢いに至近距離、そこからの風はより強力と想像は難くない。
近づく間合い、届くまであと少し、少し、少し、少し……今!
◇
いくら最強とはいえ、マローラのあの加速に追いつけるわけがない。
せいぜいが複眼を用いての動体視力で、その動きを見切るのがやっとだ。
ただしそれは同じ動きを競い合えば、の話だ。そうなれば当然、勝てるわけがない。
だが相手は小さく、こちらは大きい。ならばほんの少しの動きで、それを当てるだけで相手は吹き飛ぶ。
それだけが彼女に追いつければそれでよいのだ。
そしてマントファスマには、それができた。
木々へ腹部をぶつけて音を鳴らす動き、残像すら残さない単純動作、その速度を右の拳に当てはめる。
本来ならば圧倒的防御力を盾に、カウンターでの全力パンチに用いてきた瞬間運動、音速越え、それで放つは人類最速の打撃、ジャブだった。
腰の捻りも足の踏ん張りも無視して、ただ肩とと肘とで伸ばして放つ一撃は軽く、弱く、それを言い訳にするかの如く回避不能である。
まさにチート、放つ拳は音速を超え、圧縮された大気が輪を作るベイパーコーンさえもが観測される一撃、加えて油断も付け加えてある。
変身、からの圧倒的硬度、しかし見せたガードの動作は変らず鈍い。
追いつけるわけがない。その思い込みが生んだまっすぐな直進、見切れるわけがなかった。
心技体、全てが合わさり勝った必殺の一撃は完璧すぎた。
……心残りはただ一つ。決め台詞の一つも言えないことだけだった。
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