vs八島アザキ (後編)

「参ったなぁ」


 呟いてみたけど現状、良くはなってない。


 見下ろす下界では一つの陣営がもう一つの陣営に蹂躙され、飲み込まれようとしていた。


 一つは原住民たちだ。その中にはアザキがけしかけた百何人も混じってるはずだが、もうめちゃくちゃで誰がどこだかここからでもわからない。


 一方、そいつらにめちゃくちゃにされながらも逆転してめちゃくちゃにしかえし、飲み込もうとしているのは、さっき召喚してきたモンスターだった。


 プラナリア、1mほどのクリーム色の姿はナメクジに近く、動きは蛇に近い。だがその口はナツメウナギに近かいこのモンスターは、肉食でスピードが結構早く、何よりもめちゃくちゃ再生した。


 それこそ、細胞一つでも残っていればオリジナルのサイズまで再生できる。その速度は残っている細胞の量が多ければ当然早くなるのだが、特筆すべきは外部からの栄養素を一切必要としないということだ。


 何でも偉そうな学者が言うには、食べた肉も回収できないらしいので、どうも異世界の同種と胃袋かなんかで繋がっていて、栄養なんかを共有しているとかなんとか言ってたっけな。


 幸い、毒とか炎とか雷とかそういった属性攻撃には弱くて、火炎放射で簡単に駆除できるけど、ここの原住民にはそんな頭はもってなかった。


 出くわして驚いて、武器を抜いて攻撃して、そしたら思ったより通じて、調子に乗って攻撃しまくって、疲れて一息入れたら最初の方から増殖が始まってて、パニック起こして、また攻撃して、増やして、そうしてる間に力尽きて、最後は無様に食われる。ダイイングメッセージの一つも残さないから、次が出くわしたときに同じ過ちを繰り返す。そんなのが連鎖的に起こって、今ではもう、地面が見えないほどに増えてしまった。


 結論から言えば、これは失敗だった。


 ……ちょうど手札にきたし、相手の数が多そうだからと召喚してみたのだけれど、これではただの虐殺、ワンサイドゲーム、エンターテイメントには程遠い。


 せめてもの救い、と言っては何だけど、一応原住民は生き残っているようだった。それも皮肉か、プラナリアが開けられないドアの向こうで、外も気にせずどんちゃん騒ぎをしているところには被害が出てないようだ。それにプラナリアは高い所に登れない。おかげでこうして城の中から高みの見物ができた。


 ただ、それだけになりそうだった。


 窓から身を引いて室内へと戻る。差し込む夕日に加えて蝋燭立ての灯りが照らすのはそこそこ広い部屋だった。並ぶのは棚に木箱に雑多な剣や槍、ここは武器屋だったらしい。なら、最初に窓から捨てたのは店主となるが、今はどうだっていい。


 この部屋を含めて、城の中はおおよそだけど調べてみた。けれどもアザキの姿はなかったのだ。


 後は秘密の部屋か、あるいは外のどこかか、もう食われたならば決着のアナウンスがあるはずだから生きてはいるだろう。


 だが出てこなかった。それどころか、次の手も、会話すら打ち切られてしまった。


 ……普通に考えたら、雑魚をけしかけて体力を奪ったり、あるいは隙を作ってそこを攻めたりするものだけど、こうも綺麗にプラナリアの虐殺が決まるとは想定外だったらしい。


 だがそれは相手の姿がわかってない俺もおんなじで、ただ自衛にでるしかやれることがない。


 つまりはお互い手詰まりなのだ。


 動かないから動けない。だから動きがない。


 ……いや、先に動くのは俺の方か。


 プラナリアはもうすぐ消える。そうなれば温存してた兵力なり追加なりで同じことをしてくるだろう。いやアザキの性格が噂通りなら、何もしてこないというのもあり得る。精神的に削るというのはやりそうな手口だ。


 なんにしろ、居場所が知られている分、こちらが不利だ。


「ならば、こっちから動くしかない、か」


 自分に言い聞かせながら改めて、カードを引く。


 来たのは、おあつらえ向きのカードだった。


「ま、行けるだろ」


 思って即、発動した。


「グリーンカード『スフィンクス』発動!」


 ▼


 女は問う。


 朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足、これは何?


 男は答える。


 答えは赤ん坊のはいはいから二本足で歩き、老いて杖を突く、人間である。


 女は間違いと言う。


 答えはまず四本足がどこから来たのか訊いて欲しいの、それから二人で一緒に二本足を探してほしいの、と答えた。


 男が問う。


 三本足はどうした?


 実に男とは、デリカシーのない生き物なのであった。


 ▲


「マジかよ」


 何度目かになる、疑いの言葉、それほどまでに出た答えは信じがたい。


 スフィンクス、瞬間的に知能を跳ね上げるこのカードは、あまりにも賢く、回転が良すぎるために普通の脳では即餓死するため、効果は一瞬に抑えられている。それでも跳ね上げられた知能は問われた問いに絶対的な正解を出してくれる。ただ問題は、その途中式を残してくれないことだ。おかげで、信じがたいことになる。


 今回、問うたのは『八島アザキがどこにいるか?』だった。


 それで出された答えは『ファンタズマゴリアを出てまっすぐ北』だった。


「マジかよ」


 言いながらも、納得できないわけではない。


 入ってると見せかけて入ってないのは手品の定石だし、外ならば好きな方向へ逃げられる。あの声も、部下に持たせたスピーカーとかで誤魔化したミスディレクションなのかもしれない。そもそも入っているという情報はあいつの口ぶりだけなんだし、カンパニーはそういうとこガバで、壁越しに戦わせるとか平然とやりそうだ。


 ただマジかよと信じられない根拠は、環境にあった。


 枯れ木と丘しかない荒れ地、身を覚醒そうな場所は見当たらない。穴を掘るにしても、北の『ジェノサイド・ライン』から微妙に毒がしみ込んでいて、土自体が有害になっている。そこに埋まるのは、体には良くないだろう。


 そこまでしてとるような手ではない。ましてや勝てえられるものも大したことないだろう。それにそこまでさせる情熱、根性、信じがたい。


「まぁ、スフィンクスの言う通り、だ」


 呟いてから足を進ませる。


 荒れ地をただ進む俺の髪は派手で目立つ。どこからどう見ても狙撃の的だった。


 周囲に人影どころか動くものすらなく、ただ古城からの喧噪が遠くに聞こえるだけで、ここで誰かが殺されても、暫くは誰にも気づかれないだろう。格好のキリングフィールドだ。


 そして案の定、頭が吹き飛ぶ。


 それも銃弾ではない。内部から弾け飛ぶような感じ、目玉は飛び出て耳から脳でて、明らかに普通じゃなかった。


 音響攻撃、小さな音を増幅させてぶつける、だったか。確かにこのレベルでは耳に指を差し込んだレベルじゃ防げないだろう。加えて音、弾丸がないから弾道も読めないとくれば、ここは確かにアザキのフィールドだった。


「参ったななぁ」


 何度目かになる後ろ向きの言葉が口から出た。



 ▼


 薬品などの安全性を確認するのに動物実験は欠かせない。


 どれがどのような影響を及ぼすのか、どこまで体内に入ったら危険なのか、それを動物の身をもって確認する。


 当然ながら、人間ではないため全ての結果が確実なわけではない。


 例えばネズミは、人間に比べてカビの毒素に強い。つまりネズミが兵器でも人間はだめというのがあり得るのだ。


 ゆえに、人間にとって最も有益で確実な動物実験とは、人体実験なのである。


 ▲


 レッドカード『モルモット』俺が持つ中で唯一コントロールできている

 と言っていいモンスターは、俺の生き写しだった。


 DNAや服装はもちろん、指紋、脳波、魔力に至るまで丸っとしたコピーだ。違いがあるとすればデッキと、ダークゲームができないことぐらいか。あとは頭が空っぽで、俺の言うことならなんでも聞くことも違う。


 ……念のため、出して先を歩かせてみたが、ビンゴだった。


 まぁ、噂通りならば出てきて名乗り合い、なんてのはまず無いよなぁ。


 それで、どうしよう。


 門の陰で思わずしゃがみ込んでしまう。


 一応、方向はわかってるから、イエローカードでごり押しもできるけど、あれの狙いがベルに向かれると困る。撤退、は余計こんがらがるだけだし、なんにしろ動くならモルモットが消える前にだ。召喚したモンスターは死体になっても時間になるまで残る。だけど十秒経ってアナウンスなければ偽物だと感付くかもしれない。


 あぁもう、考えがまとまらない。またスフィンクス使いたい。


 こういう時は無心でカードを引くに限る。ドロー。


「お、いいカード」


 声に出るほどいいカードだった。


 ▼


 狩りとは、獲物と捕食者との口との距離を縮める行為である。


 それは主に四種類、追いかける、追い詰める、待ち伏せする、そして引き寄せるに大別される。


 そしてこのモンスターが行うのは、引き寄せる狩りだった


 ▲


「いーなこれ、ほしーな」


 思わず本音が出てしまうほど、アザキのテントは良くできていた。


 キャンピングカーを中心にかなり広い場所まで紐を伸ばし、鋭角に張ることでなだらかな丘に擬態する。表側には土を薄く被せたのか、それもとこういうガラなのか、触ればわかるかもしれないけれど触りたくはなかった。


 そんなテントの端、南側に向けて開けられた覗き窓に向かえって、黒いマットレスをシチエ寝そべっている男がいた。


 八島アザキ、だと思うが、白い後頭部だけではよくわからない。外に向けてるのは、リコーダー?


 そっと覗き込みそうになってハッとなって辞めた。


 危うく俺も巻き込まれるところだった。


「お前、俺に何をした」


 突如として聞こえてきたのはアザキの声だった。


「おっどろいたなぁ、あれを見ながらまだ喋れるのか」


「質問に答えろ。あれは、なんだ?」


「あぁ、あいつはクリオネだよ」


 答えながらそっと、覗き窓から差し込む光に手をかざす。


 反射する光も綺麗だった。


「あれは狩りをする。それも移動速度とかステルス行動とかじゃなくて、あいつはで狩りをする。見ればわかるだろ? 美醜を感じられる存在なら無条件に見とれちまうんだ。そして動けなくなる。今の君みたいにね」


「そうか、教えてくれて感謝する。代わりに俺からも警告だ。俺に触るな」


「……何で?」


「爆弾だよ。俺の体の下や車、それ以外にもあちこちに爆薬を仕掛けてある。俺がこの音の能力でコードを入力すれば全て起爆、一面穴だら、おい!」


 怒鳴られて、思わずズボンを掴んでた手を放す。


「いや、どうせならパンツ脱がせてからとどめ刺そうかと思って」


「お前、吹っ飛ばされたいのか!」


「いいよやれよ」


 すらりと出た本音に、アザキは黙ってしまった。


 ……しまった、怖く言い過ぎた。ビビッちゃった。ここはもう、ほぐさないと。


「いやほら、吹っ飛ばすならもっと前にやれてたじゃない? だけどやらないのはやれないからで、例えできても差し違えるなんて、金にもならないことやらないだろ?」


 あぁしまった、これでもまだ怖すぎる。


「……なら、取引だ」


 あれ、怖がってないや。


「俺の知ってるとっておきの情報網を貸してやろう。あのビンインやソリティアの弱みにも心当たりがある。それに俺とお前とが力を合わせれば世界だって」


「……興味ないよ。そんなの」


 なんか一気に興味が冷めた。情報網とか、弱みとか、面白くもない。


 これならまだプラナリアをミキサーにかけて爆発させてた方が楽しかった。


 さっさと止め刺しとくかな。


「……わかった。ならばゲームだ」


「……ゲーム?」


 思わず手が止まる。


「あぁ、お前の能力であるダークゲーム、相手をしてやろうというのだ」


「マジで! じゃあやろう! すぐやろう!」


「いや、今はだめだ」


「えーーー」


「当たり前だろ。こんな状況じゃあ、お前の勝ちは見えている。ならせめて、条件がイーブンにならないと楽しめないだろ?」


「じゃあなんだよイーブンって」


「まず、やるならこの戦争が終わった後、敵がいなくなってから、だ。大体整ってから一か月だな」


「そんな時間いらないって」


「魂がかかってるんだ。慎重にやらせてもらう。次に内容だが、ゲームの内容はお前が決めていい。ただし明確なルールが存在して、中立で、かつ中立な審判が勝敗を判定できるものでなきゃならない。加えてゲーム開始の一週間は前には教えてもらいたい」


「いいってそんな、そんなのゲーム名前教えるから、後はルールブックとかで調べろよ」


「だめだ。そもそもダークゲームとやらのルールブックはないのだ。細かな部分も含めて質問させてもらおう」


「え、俺んとこくるの?」


「行ってもいいし来てもいい。何なら待ち合わせてもいい。場所は、任せるが近場がいい」


「あ、わかった。そうやって逃げるつもりだろ? ルール説明ないからゲームできないって」


「逃げないさ。信用できなら逃げたら負け、もルールに加えてもらっていい。それでもだめなら、ゲーム本番まで危害を加えない、加えたら即敗北、というのもな」


「それはまたずいぶんと、なりふり構わずだな」


「命がかかってるからな。これで後は約束を反故したら負け、と言うのを加えて、この条件でどうだ?」


「ふぅむ。どうしよっかな?」


 なーんて、言っては見ても答えは決まってる。


 アザキ、好敵手、今回みたいな雑魚に恵まれないとかいう敗因とか、もったいない。


 どうせなら全力を叩き潰して踏みつぶしたい。


 お楽しみはこれからにしたいのだ。


 だけど、ちょっとだけ、欲をかいてみる。


「一つ、条件を加えてもいいかな?」


「ベルなら、俺の襟首の後ろだ」


 言われて手を伸ばすとほんとにあった。


「それを壊した瞬間、ダークゲームを受けたとみなすが」


「あぁわかった」


 答えてベルを握る。硬くて壊れない。


 地面に叩きつける。硬くて壊れない。


 何度も踏みつける。やっと壊れた。


「勝負あり。勝者、ユージョー・メニ―マネー!」


 アナウンスが聞こえる。が相手は音使い、確認に通信する。


「オペレーター、俺の勝ちかな?」


「あぁボーイ、ユーウィナーだボーイ」


 投げやりな骨伝導、間違いないらしい。


 それに合わせるように、アザキの顔を照らしていたクリオネの光も消える。


「やれやれ、当分、水族館はいいな」


 ぼやきながら立ち上がるアザキ、そしてずり落ちかけたズボンをはきなおそうとするる瞬間、右の内太ももに確かに紋章があった。


 俺のも探すが、見えるところにはない。また胃の内側かもしれないが、片方があるなら俺の方もあるだろう。


 これで、ゲームができる。


「それじゃあ、また会う日を楽しみにしているよ」


「……いや、お前と会うことは二度とないだろう」


「……え? でも今さっき」


「あぁ約束したさ。この恥ずかしい所の紋章がその証拠だ。だがその前になんと言った? 思い出せ」


「なんてって、逃げない?」


「その前だ」


「待ち合わせ?」


「もっともっと前だよ」


「……カクヨム公式カルテル?」


「なんだそれは」


「じゃあなんだよわかんねーよ」


「言いたいのは、ゲームの話を始めた時、つまりはこの戦争が終わった後、、のくだりだ」


「……おいまさか」


「そうだとも」


 アザキは笑う。



 …………これは、酷い言いくるめだ。子供の苦し紛れと言ってもいい。


 だがそれを、こうも堂々と言われてしまうと、何故だか反論できなかった。まるで、魔女を焼き殺す前の罪状認否を聞いている気分だ。


 間違っているのにそうだと反論できない『圧』が、その声にあった。


 それに、紋章は発動している。この言い分をダークゲームがどう判断するかはわからないし、試してみる勇気もなかった。


 つまりは、内心ではほぼ認めてしまってた。


「参ったね、どうも」


「それと、わかってると思うが」


「あぁ、この始まらないゲームが始まるまで攻撃できないんだろ? お互いに、なんて言った覚えはないけど、そっちは言い張るんだろ?」


「ノーコメントだ。それにどう答えても攻撃ととられかねないからな」


 そういってアザキは両手を上げる。


「これは独り言だが、私はこれからここを引き払って、完全に引きこもる。一応、最終日まではここにいるが、そのタイミングで迎えが来るのでね」


「あぁそうかよ」


 投げ槍に返事して、ふと、その速やかな動作から、一つの疑問が浮かんだ。


「なぁ、まさかと思うが、なんて、言わないよな?」


 …………八島アザキは何も答えなかった。ただ笑うだけだった。。

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